音楽は宇宙を救う? 1
冥王星のイノマン地下研究所の隅々にG線上のアリアの音色が染み渡っていく。
7日前にイノマンが、ワームホールを人工的に作るために考えた空間貫通理論ってものをいきなり実証実験して確認するって言い出した時、反対するものは誰もいなかった。
今、アイリーンは地上ドームの中から小さな輝きしかもたらさない太陽を見つめながら考えをまとめている。
(イノマンたら腕力は無いのに知識力で皆を牛耳っているなんてやっぱり凄い人なんだなって改めて感じたわね、ぶっつけ本番の実験は成功してうち達は一瞬で冥王星の近くまで来れたんだけど、その時に時間のズレが発生していない事も確認されたんだって。
だからワームホールとは区分してトラップホールと呼ぶことにするって言ってたわ。
何でもワームホールを通ると〖浦島現象〗とかで 周囲の人は年を取っているのにうち達は若いままで居られるって、うちは凄くいいことだと思ったんだけども大人たちは古い時代に置いていかれることになるからそんなにいいことではないんだと言っている。だったら新しい時代に早く慣れればいいだけじゃないかと思うんだけど…)
理解しようとする努力を放り投げた時サロメから地下に戻ってくるように連絡が入った。
意外にもサロメが優しく接してくるので話をしてみてもいいかなと思いさっきの放り投げた考えを聞いてみる。
「自然界にあるワームホールとイノマンが名付けたトラップホールの違いについて教えればいいんだよな。今回イノマンが開発したトラップホールはあんたが以前利用したことがある〖うずしお〗と同じものだ。ワームホールはお前の時間を虫が食うんだ。分かったか」
「分かる訳がないでしょう、うちはイノマンじゃないんだからね」
「そうかあんたがイノマンの娘だから分かると思ったんだがな、仕方ないから例え話をしよう。地球で普通に生活する中学1年生13歳の少女で仲が良い友達が居たんだ…」
サロメとテーブルを挟んで座り2人だけのお茶会をしていた。
サロメが飲んでいるティーカップの中身は紅茶よりブランデーの量が多いみたいでその匂いだけでアイリーンは酔っぱらいそうになっている。
「そういえばうちは幼稚園とか学校に行ったことがないわね、友達も居ないわ」
(サロメにも同性の友達? は、居ないみたいね部下のことは友達と思って良いのかしら?)
アイリーンはふとそんなことを思う。
「バーナード星にある人工惑星、私達レッドフラックスの基地までここから光の速さで6年かかるのは知ってるな」
「うちがテレポートして一瞬で着いた所よね、フフン」
アイリーンは得意気に自慢してみる。
(まあ目的地を間違えちゃったんだけどね、今思うと凄く危ない事してたんだなって、本当に恐ろしいわ)
「その距離をワームホールを通って来たとするとあんたには一瞬だろうけど私達は6歳年を取っているんだよ」
(そう、そこんとこが良く分からないのさ)
「サロメさんはおばあちゃんになっちゃってるんだよね、可哀想」
「そしてあんたが帰りもワームホールを通って地球に戻ると友達はどうなっていると思うね」
「お土産に玉手箱を持って帰るんでしょう。うちは絶対開けたりしないわ」
アイリーンは考えが追い付かないので茶化してみた。
「あんたは中学1年生13歳のまま、友達は25歳の大人になっていて大学を卒業して社会人になっていたり結婚して子育てをしたりしているんだよ、世の中の仕組みや玩具もだいぶん変わってるだろうね、あんたが乗っている宇宙艇も時代遅れのポンコツ扱いされてしまうかも知れないな、それにあんたは知識も何も増えていない、ただの子供のままなんだよ新しい時代に追い付こうとしたら山のように勉強しなければいけないだろうさそれがいいことなのか良く考えてごらん」
サロメはアイリーンの横やりには引っ掛からずに話を終わらせる。
話を聞き終わったアイリーンは青ざめていた。
「そうなんだ知識も胸も増えてないってのは嫌ね、それにスターキッドがポンコツ扱いされてしまってたらうちはブチ切れて何をしでかすか分からないわそうね本当に良い事って一つもないみたい(いいえ、一つあったわうちは今の姿のままでも今の赤ちゃんは12歳になってるじゃない)ねえそれってコールドスリープと同じ理屈だよね、ワームホールに入るとコールドスリープした状態になって出口に流されるんじゃないかなあ、たしか光速で飛んでも浦島現象が起きるって聞いたことがあるわ、絶対にコールドスリープなんかしてないのにね」
「さすがイノマンの娘ね、でも私にはそれの説明は出来ないからパパにでも聞いてみることねじゃぁ、私はここを出て行くけどこれから先どこかで会ったとしても仲良くお茶しましょうね」
「分かったわうちもサロメ姉ちゃんを見倣って強くなるから」
「……」
サロメは大きく口を開けて何か言い掛けたけど何も言わずにそのまま背中を見せて歩いて行く。
アイリーンは冥王星宙域にたどり着いた直後職務質問にやって来た東域宇宙和平維持連盟冥王星駐屯所の警備艇の検閲をアンバ隊長の名前を出して掻い潜っていた。
そしてイノマンに案内されアンバ隊長も発見出来なかった秘密の地下研究所で7日が経過していた。
それまでのドタバタした日々が過ぎやっと人心地が着いて地上ドームの中で寛いでいる。
7日前、バッハのオルガンがバロック音楽を奏で始めた頃イノマン地下研究所娯楽室ではアンバ冥王星駐屯隊長、サロメレッドフラックス代表、イノマン博士らのトップ3による顔見せ挨拶と打ち合わせや代表会議と親睦会が一連の流れとなって始められたばかりのところだった。
これはアンバ隊長とうちが顔見知りでアルベ名誉市民の資格を直接貰っているから実現できたんだからねとアイリーンが息巻いている。
本来であるならイノマンとサロメは連盟から指名手配されているので問答無用で拘束される立場にあるのをアイリーンが取り成したのだから。
イノマンには大量殺人兵器の開発と運用の嫌疑が、サロメには自由解放運動の名を借りたテロ活動の容疑がかかっていて、アンバ隊長が面会すること自体既に違反行為に当たっている。
冥王星に連盟の駐屯所が出来ていることをイノマンは全く知らなかったけどサロメは部下からの報告でおおよその見当が付いていた。
サロメは冥王星行きが決まった時、最悪の事態に陥ったらアイリーンを盾にすれば何とかなるだろうと思っていたのだったが、冥王星の警備隊に囲まれた時アイリーンが自ら進んで前に出て警備隊長と渡り合っているのを目の当たりにしてから考え方を改めている。
今から少し前、地下研究所の1室でバッハはやっと得られた自由時間を満喫できるようになり、やっとの思いで守り抜いたオルガンを感慨深く奏で出している。
思い起こせば7日前、4番艦の爆破により発生するエネルギーと歪みを利用して空間移動することが決まった後の引っ越しでバッハが2番艦から密かに持ち出していたオルガンが見つかってしまっていた。
4番隊のラーディが最初に見つけて「マクロスでもあるまいにこんなものがどこかで役立つ筈もない、宇宙のデブリになればいい」と言ってダストシュートに放り込もうとしたのをイシカワ4番隊隊長が止めてくれて私を呼び出しオルガンを守るチャンスをくれてる。
バッハは2番艦を放棄する話になった時、自分の部屋に置いている私物のオルガンをどうしても見捨てる事が出来ずに白兵戦時に着用するパワードスーツを着て重量物の積換えをしながらどさくさに紛れて5番艦に積み込んでいたのだった。
5番艦倉庫の奥深くに隠す様に積み込んでいたのが見つかり、オルガンの危機に直面しても弁解する言葉が見つからずオルガンの前に立ち尽くしている。
「ラーディ君まだこの場所には空間的に余裕がありそうだな、君にオルガンを目の敵にする理由がないのであればいよいよの時まで置いてあげてても構わないであろう、最後の最後になってからオルガンの処遇を決めても良いのではないかな」
イシカワ隊長は威厳を捨ててラーディ君へ譲歩を求めている。
「イシカワ隊長がそう言われるのなら私は従うのみです。でしたらこの場所にあるガラクタとしか思われないその他諸々の選別をお願いしても構わないでしょうか」
「分かった我れが選別する。しかし不要な物を宇宙デブリにするのは良くない。粉砕して再利用出来る様にしなくてはな」
「お言葉ですが時間がありません。限られた時間内で終わらせるには多少の犠牲も必要だと考えますし、この後この宙域を通過するのは連盟艦隊と思われます。宇宙デブリは私達への追撃を阻止するための有効手段になると考えます」
「君の言うことにも一理あると思うのだが宇宙デブリを故意に発生させることは上官である我が禁ずる。おまけにデブリならばこれから発生する4番艦と光子ロケットの残骸で十分ではないか、ここの選別と粉砕作業は我が行なう。お主は4番艦の荷物を纏めるがよかろう」
「了解しました」
ラーディは敬礼するとクルリと背を向けて仕事に戻って行った。




