4. 真昼の幽霊じゃないけれど
私はアパートの1階自転車置場の横に置いてある灰皿の前で、火が着いていないタバコを咥えたままこっちを睨んでいるアンさんと対面していた。
「それで、話って何かな?」
アンさんの言葉遣いと表情が凄く怖く感じる。
早く話を切り出さないとイライラしている様子なので悠長なことは言ってられない。
思いきって核心から切り出す。
「私はアイリーンさんを引き取らせて欲しいとお願いにきました」
「何だって! あんたまだ子供だろう! ふざけた事を言うのだったら怒るよ!」
既に怒っているじゃないですか、と言い返したいところだけど火に油を注ぐ事だと思うので、何とか宥める努力をしてみる。
「私は子供の様に幼く見えますがもう少し年を取っています。保護者の方に説明し納得してもらった上でアイリーンさんを私達の施設に迎え入れ教育し将来、私達人類の未来に大きく貢献できる人材に育つようにしたいと考えていますので私たちの施設へ連れて行く事をお許し下さい。お願いします」
「そんな陳腐な説明で私が納得するとでも思っているのかい!」
「私もそう返事されるだろうと思いましたのでパンフレットを用意しました。口では何とでも言えますし、今日初めて会った人の事なんかそう易々と信用できませんよね」
知らない人をそう簡単に信用してはダメだろうと思いながらパンフレットを手渡す。
アンさんはパンフレットをパラパラと見てクルクルと丸めてしまう。
あっもしかしたら日本語は上手く読めなかったのかも知れないな。
このパンフレットに記載されている施設は佐賀県の山中、東脊振村にある養護教育施設を案内したものだけど、実際は地球防衛基地日本駐屯所として機能している。
「こんな物であんた達が人身売買組織みたいな人間でないと証明出来るとでも思っているの?」
まあ当然の反応かも知れない。
疑われ出したら切りがないだろう。
「そうですよね、僕にはその事を証明する方法はありません。本当はアンさんがこちらの施設を見学に来て納得して頂けたらいいんですけど、見に来られますか」
アンさんは考え込んでいる様に思える。
「本当に私が行ったら納得するとでも思っているの?」
「はい、必ず納得して安心され希望を持たれると思いますよ、ただ入居者との直接面会が禁止になっていますので、施設のルート見学と希望されるのであれば入居者とのリモート面会が可能です。見学には事前に申し込みが必要となりますが申し込まれますか?」
実際この施設に子供たちは1人も居ない。
大きめのショッピングモールが余裕で入る程の敷地が山間部に広がっていてその中央平坦部分に1フロアー10室3階建て鉄筋コンクリート造りの建造物が3棟放射状に配置されている。
その中で30人程の職員が働いていて外来者は決められた順路で中を歩き、それぞれの場所で人工知能が対応する立体画像を廊下越しに見せられて満足して帰って行く仕組みになっている。
「そこにアイリーンが行ってしまうともうニ度と会えなくなるんだろう?」
自分達が母国へ一度帰ってから日本へ再入国した時の事を言っているのだろうか。
しかしそれは、彼女たちが計画している事を行ったとしても同じ結果になっているはずだ。
どちらかと言えば養護施設に置き去りにするよりは再会の可能性は高くなると考えるべきではないだろうか。
「アンさん達はもう直ぐベトナムへ帰られるのですよね、今度のお正月は無理だけどその次のお正月にはアイリーンさんと会えるようにしますから」
「私の居場所が分からなくなってもかい?」
「私たちの組織に行動調査チームというのがありまして、そこにアンさんたちの追跡調査依頼を出しますから色々把握出来るようになります。そのほうがアイリーンさんにも近況報告が出来て安心させられると思いますから」
「絶対にだよ、約束だよ」
「この私が請け負います」
説得が上手く行かなかったら最終手段として暗示を掛けてもいいことになっていたが、その必要はなくなりそうで良かった。
「そう言えば、あんたの名前をまだ聞いてなかったね」
「私は石井光一ここが地元です。それと……」
私の自己紹介はアンさんに遮られて最後まで言えなくなってしまう。
「もういいよ兎に角、人身売買や臓器目的ではなさそうだし、あんたも見た目は正直者みたいだし……アイリーンを幸せにしてくれるなら連れて行きな。ただ本人がその話にOKしたらだよ」
アンさんが泣きそうに見えているのは気のせいではないのかも知れない。
少し愛ちゃんの面影がある難攻不落と思われた母親の同意は得られた。
次は愛ちゃんの説得なのだけど、何とな~く愛ちゃんは自分の置かれている状況が分かっているような気がする。
アンさんと一緒に部屋へ戻って、愛ちゃんを探す。
愛ちゃんはテーブルに座って押し入れの中に置いてあるテレビで時代劇……あれは、そう必殺…の再放送を見ていた。
面白い事をするなぁと思ったが直ぐに、あぁ受信料対策かも知れないなと自分一人納得した。
「愛、じゃなかった、アイリーンさん」
何か呼び慣れないせいかぞわぁっとする。
「僕と一緒に来ないかい?」
「また公園に行って遊ぶの?」
愛ちゃんはキョトンとして聞き返した。
「ママとお出かけしなくて良くなったんだよ、お兄ちゃんが住んでいる所で愛ちゃんも一緒に暮らすことになったんだ。大勢の子供達と一緒に生活することになるから楽しい毎日が送れるようになると思うよ」
愛ちゃんに対しては私と一緒に行くことが決まっているという流れで話を進めるようにした。
「愛ちゃんに決めてもらいなさいってお母さんに言われたから」
私がどんなに良いことを言っても愛ちゃんが拒絶するのであれば今回は諦める。
しかし委員会の決定事項はそう簡単に覆すことは出来ない。
だから日を改めてたとえ養護施設に居ようとも何回でも誘いに来ることになるだろう。
「うちはママといる、どこにも行かない!」
潤んだ瞳で私やアンさんウオンさんを交互に睨み付けて泣きそうな顔になっていた。
「どこにも行かない! ここにいる!」
大粒の涙がボタボタと落ちて畳の上に染みを作っていく。
(やっぱり泣き出しましたか)
私はまた出直しだなと半分諦めかけた。
「でも… …駄目、なんでしょう……ママや他のみんなもどこか遠くへ行っちゃうんでしょう。ここへは、もう……帰って来ないんだよね」
アンさんが愛ちゃんを優しく抱き締める。
アンさんの目にも涙が溢れ出しそうに溜まってきてた。
「ごめんねアイリーン、たとえ何があってもアイリーンのことを守るから」
「うちはママの所には連れていってもらえないんだよね! どんなに泣いてお願いしても、ヒック、どんなに……ヒック、いい子にしますと言っても、ヒック、置いて行くんでしょう」
「ごめんね、アイリーン」
「わぁ~~ん」
もう誰にも止められない。
アンさんが優しく抱きしめたまま、頭を撫でてあやしだす。
「ごめんなさい、ごめんなさい、何回謝っても許して貰えないよねアイリーン」
やっぱり愛ちゃんは自分が置いて行かれる事を理解していたみたいに思う。
まあ、大人達がいつもバタバタしていれば気付かなくても感じ取っていたのかも知れない。
だから公園で毎日、誰か自分を救ってくれる人を待っていたのだろう。
6月2日の黄昏時に私と愛ちゃんはさっきの公園に来ている。
「それじゃ、そろそろ行きますか」
あれから愛ちゃんが落ち着くのを待ってもう一度聞くと私と来てくれると言う。
アンさんや私に残された時間が少ないことや、何やかんやで別れの時間は短いほうがいいんじゃないかとなって。
そして結果的には私がこのまま連れて帰る事になる、
それからがまた大変で愛ちゃんの荷物を大きめのバッグに入るように必要最低限まで選別したり、今後の連絡方法についてもう一度話し合ったりした。
そしていよいよ出掛けようとした時になってから、まだ帰って来てない仲間達とお別れすると言い出し譲らなくなってしまう。
仕方なくアンさんがアイリーンを連れてハウス農園までお別れをしに行く。
アンさんとウオンさんが、西鉄花畑駅まで見送ると言って聞かないのを何とかごまかして玄関先で別れる。
私としては公園のベンチに座って手を振りながら大空に飛び立つ姿は他人に見られたくない光景……いやいや絶対に誰にも見られてはいけない事だ。
「行ってきます!」
アパートの玄関で愛ちゃんが言った最後の言葉に胸が詰まる。
愛ちゃんの大切な物が詰まったバッグを携えて公園のベンチに二人して座り周囲に誰もいない事を何回も確認した。
足元にはパネル形式の起動装置が円陣状に配置され最後の一枚を手に持っている。
このベンチは私が持ち込んだ無重力バルーンだ。
手に持っていた最後の一枚をはめ込むとパネル一枚一枚がウィ~ンと唸りだし白い煙りがベンチを包みだす。
時刻は午後5時、少し遅い時間になってしまったけどこれだけは言いたかったセリフを言う。
「真昼の幽霊じゃないけれど、消えるとしますか!」
私は起動コマンドを唱えた。
ベンチの周囲に漂っていた煙りが凝縮して球状になっていく。
ベンチはその中心に浮かんでいて次の瞬間、シュンと軽い音を立ててパネルと一緒に大空へ飛び上った。
ベンチがあった跡には同心円状の模様が残っている。
僕たち二人は地球の衛星軌道上で無人のままデブリに擬態して操縦士の帰りを待っていた宇宙艇のコクピットにいた。
宇宙酔いをした愛ちゃんをリクライニングさせた副操縦席で休ませながら出発準備をしている。
環境コントロール画面で操縦室の天井、壁、床の全部を外部監視スクリーンに切り替えると私たちは、真っ暗な宇宙の真っ只中に浮かんでいた。
足元には約束通りの青い地球、日本列島が見える。
今日は珍しく雲に隠れていない。
「愛ちゃん、暗い宇宙は怖くないかい?」
「大丈夫だよ、それに乗り物に酔った時は遠くを眺めると良くなるって聞いた事があるし、こっちのほうがいいかもね」
中々の宇宙っ子だと思う。
私はドリンクサーバーの所へ行き、トロピカルドリンクを2つ用意して愛ちゃんの横にかがんで声を掛ける。
「飲むかい?」
宇宙酔いの薬と一緒に差し出す。
ガラスのコップが色鮮やかに光を反射している
「トロピカルドリンク!」
思ったより元気な声が戻って来て安心した。
瞳が輝いている。
「どうしてトロピカルドリンクなの?」
「少しでも気分が晴れるかなと思ってだよ、それと、この広大な宇宙に似合っているだろう」
「そうかなぁ…」首をかしげている。
「お兄ちゃん、お顔が黄色いよ大丈夫?」
唐突に何を言い出すのかと思って心配したが、ハハァンと理解した。
「大丈夫だよ、これで青、赤、黄色の信号機のお兄ちゃんの顔色が揃ったね」
愛ちゃんは何を思ったのか、突然大声をあげた。
「お兄ちゃん変!変態のお兄ちゃんなの!」と言うと……。
「あははは」大声で笑い出してしまった。
愛ちゃんは、宇宙酔いから、宇宙ハイになってしまったみたいだ。
愛ちゃんの明るい笑い声が何時までも宇宙艇の中に響いている。




