コールドスリープは眠り姫 2
地球人類の産業革命が始まり環境破壊が深刻さを増してきたのが1785年頃。
これを見た宇宙連盟の幹部が危機感を募らせ盟約の条文に『加入する知的種族は来訪した惑星の自然保護のため惑星を開発してはならない』という一文が追加され違犯者には厳罰が科せられるようになった。
それから連盟加入の人々は人工の星を造ったり巨大母船を建造したりしてその中で生活を営むようにしている。
連盟非加入の人々は従わなくていいのかと言うとそうではなく、結果的に連盟の介入があるのでいざこざを起こしたくなければ倣うしかない。
例えそれが小さな反政府組織であっても自分達の手で造った家を持っている。
ここは地球から6光年離れたバーナード星惑星軌道上に、スペースデブリを集めて造られた小型の人工惑星。
そこはサロメが所属する宇宙解放組織レッドフラックスの本拠地になっていた。
アイリーンはそこで今、目を覚ます。
(朝かなぁ、朝だよな頭が痛い…それにしても何であんなに酷い夢を見せるの、うちが何か悪い事…したよな)
「キッド、キッド~? 変ねぇ」
(いつもなら呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん、てな勢いでやって来るのに、あれここはどこかしらラストパラダイスのスィート程ではないにしろいい部屋ね、成富支部長のベットルームかしらう~ん思い出せない)
ベッドから滑り出ると白いドレスの様なものを身に纏っていた。
(凄い、シルクのレースみたい、でも、このレース模様はドレスと言うよりも…)
「お目覚めかな、36時間も寝続けるとは良く寝る子供だ、その割には期待どおりに育ってないようだか…」
ドクターイノマンが隣室との境に立ち、赤い液体が入ったグラスを手に持ったまま囁く。
「イノマンが居る。ここは現実世界なのね、でもあれは何かのジョークだったんでしょう?イノマンが悪の手先に成り下がってしまったなんて信じないわ、信じたくもないわよ」
「フフフ、目覚めての開口一番がそれか、お前の教育係も頭が固かったようだな」
「ゴートさんの悪口言わないでよね。よく知りもしないのに勝手な事は言わないのよ」
アイリーンの怒声も何処吹く風と言った様子を見せながらグラスを口に持っていく。
「山羊座ゼータ星系の出身だったな、山羊頭で横瞳の、とても教育係には向かない性格に思えたのは私の勘違いかな、アイリーンよよく聞くがいい、物事を一方向からだけしか見ようとしない愚かな人間にはなってはいけない。善と悪を分けるのも然りだ。集団の中で目立たず打たれず生きていきたいのなら周囲に合わせる事が大切だ。だが自分の信念だけは誰に言うではなくともしっかり持っていなければいけない。それでも私を悪と言うのならそれはそれでお前の信念として受け入れよう。但し袂を分かつことになるがな。さあどうする」
(いきなり訳が分からないことを言い出して一体何なのよ、イエスかノーって言えばいいのよね、だけどどっちを選んだにしろ最後は許してくれそうに思うのよね)
「そんな質問ならうちの返事は最初から決まっているわ、5歳までうちの中に居てうちのことを守ってくれたイノマンだけを信じる。たとえダークイノマンになっていたとしてもね」
アイリーンは言い切った。
「私だけと言う所には引っ掛かるがまあよかろう、しかし、お前の中から出ていったのはお前が4才の時だった筈だが」
「うちは命あるものの年齢は数え年で言わなければいけないと信念を持ってるわ、だからイノマンあなたがうちの中に居たのは4年間5才の時までよ。生まれてからの1年間が0才だなんてあり得ないわ」
アイリーンは勝ち誇った表情をしてイノマンを睨んでいる。
「ふん、自分の間違いには自分で気付かなければ納得しないか、確かに私の娘だ。フフフ、この呼ばれ方は嫌いだったな」
アイリーンが不敵な笑みを漏らしたのをイノマンは見逃した。
「そうだねパパ。その事実は変わらないわ、だから、うちはあなたの事をパパと呼ぶわ」
イノマンはもともと色白な顔面を更に蒼白にして震え、グラスの中の残り少なくなった液体までもがこぼれ出さんばかりに波打っている。
「あら、パパどうしたの? お顔が青いわよ、お具合でも悪くしたのかしら」
アイリーンが白々しく言い放つ。
イノマンはうなだれ声もかなり小さくなった。
「分かった今回はお前の勝ちを認めよう、だから、その呼び方だけはやめてくれ」
「えっ?なんて言ったかよく聞こえないわ、もう一度うちが理解できる様に言ってよパパ」
イノマンは両手を上げて降参のポーズをする。
グラスはいつの間にか空になっていた。
「降参だ、私の事をパパと呼ばないで… 欲しい」
アイリーンは腰に手を当て無い胸を反らして天狗になった。
「潔いわね、うちは好きよそういうの、それでこれからどうしたらいいのかしら」
イノマンは対応を間違えたのかも知れないと後悔し始めている。
「ひとつだけ教えておきたい事がある。お前が使っているテレポートは未完成で危険だ。しっかりした知識と訓練を行ってから実践しないから…裸になったりするんだ、テレポート自体は珍しくもないがお前のようなやり方は初めて見たぞ、もう少し成長してやって来てたならばサキュバスもたじろぐ効果を与えていただろうがな。それにしても今日はもう遅いので寝なさい、続きは明日にしても問題はない筈だからな」
しかしアイリーンは元気に反抗した。
「丸1日と12時間も寝続けたうちに更に寝ろと言うの? 無理にきまっているじゃない」
「そうか、その手があったかお前がその気なら私は構わない、今から明日の朝まで講義を行い眠気がきたところでそのままコールドスリープさせてクール便で送り返そう」
今度はアイリーンが顔面蒼白になっていく。
「うちやっぱり寝ます。いま急に凄く眠くなりました。お休みなさい」
後退りしてベッドに潜り込もうとするアイリーンをイノマンはすうっと抱き抱えて歩き出す。
アイリーンは予想もしていなかったイノマンの行動と力強さに抵抗する気を削がれされるがままになっていた時、通り過ぎた通路の窓ガラスの1面だけにカーテンが付いてないのに気付き『ああ、やっぱり』と更に脱力していく。
イノマンに抱えられたまま到着した部屋は、広いスペースの中央に寒々としたいかにも寝心地の悪そうなストレッチャーが1台だけ置いてあり、その周囲を様々な機械や計器が取り囲んでいて殆んど研究室の姿を表していた。
イノマンはアイリーンをストレッチャーの上に座らせ抵抗する隙を与えず酸素マスクを被せて睡眠ガスを流し込む。
「すまないね私に似てれば素直に従ったりはしないだろう。今は納得するまで口論できる時間がない。だから強行手段を取らせてもらう。講義は睡眠学習機能をテストしてみよう、コールドスリープ状態になっていても成果が得られるのかどうか興味があるからな。お互い生き永らえたならばまた会おう」
イノマンはそこまで言い終わると機械の操作に没頭した。
アイリーンはベッドを包むカプセルの中で静かに眠る。
その姿は、まるで棺に入った白雪姫のように見えた。
宇宙解放組織レッドフラックスの本拠地から見える蛇使い座バーナード星は今日も元気な暗赤色に輝いている。
朝食の席に一人で姿を現したイノマンを見たサロメは不審に思った。
「あの娘はどうした」
イノマンはサロメを意に介した様子も見せず返事をする。
「元いた所に返した」
「帰しただとー!何を考えている…にも程があるんじゃないか…なぁ」
サロメはイノマンの顔色が変わったのに気付いて、語気が少し強かったと思い途中から言い方を変えてみたけど遅かった。
「私にそんな言葉を掛けていいと思っているのか」
案の定イノマンの癇に障ったみたい。
今日は特に着火点が低いみたいだけど、いきなり大爆発しなかった分だけ増しだっただろう。
「すまない。明け方の夢見が悪かったせいでイラついていたみたいだ、それで元いた場所ってのは地球だろう、少しぐらい話をさせてくれても良かったんじゃないか、こんなチャンスはもう2度とないと思うぞ」
サロメがそろっと言い直す。
「いつまでもここに居られると邪魔になるばかりだ、それに彼女はあちら側に居て私の目になって欲しいからな別に話す必要もないだろう」
「それはそうだけど一方的に嫌われたままというのは嫌だなぁと思って、それに帰したってどうやって今は一番目立ってはいけない時だろう」
「ああ分かっている、だからコールドスリープさせ流星にカモフラージュした準光速ロケットに乗せて飛ばした」
「飛ばしたって…敵の監視網に引っ掛かったらどうする気なのさ」
サロメはイノマンがレッドフラックス代表代行をしている自分に何の相談もなく行動していることに今は強い不満しかない。
「アルカトラ刑務所とは違う方向に飛ばしているので監視網に引っ掛かってくれたらそれはそれで目眩ましになる」
イノマンがテーブルに着くと今朝はミンツ隊員が朝食を給仕してくる。




