親善大使 2
車で少し走ると大きな建物が見えてきたので我慢できずに聞いてみる。
大きな建物の前に止まってくれた。
宇宙港出入口にある公衆トイレみたい。
「こちらにあります、ここで待ってますので、できるだけ早く戻って下さいね」
大きな身体を小さくして明らかにビビっている。
(うちはそんなにきつく言ってないよね)
そんなことを考えながらトイレへと早足で進んで行く。
(それにしても綺麗で広い個室だこと、こんなに広いと落ち着かないわね)
用を済ませて戻りながら考える。
(あの人ってケンタロスって種族よね、背中に乗せてって言ったらやっぱり不味いかなぁ、聞くだけなら良いかも知れないわね、あとは何か食べ物があればいいんだけど)
「ねぇここで、ご馳走って食べられないかしら」
「ご馳走って食べ物は聞いたことがないです。あっ、でもそれ以前にここに地球人用の食料は無いと思います」
いやはやなんとも悲観的な返事が帰ってきた。
頭の中で『ゴ~ン』と、あるはずもない鐘が諸行無常を訴える。
「この際、毒でなければ何でも良いですから」
「時間もないですしね、早く司令部へ戻らないと私が怒られてしまいますから、急ぎたいのですけど」
「そうよねうちが悪かったわ無理を言ってしまったわね、うちは…捕虜なのよね」
「はあ?何処からそんな話になったんですか、単なる聞き取り調査ですよ、こんな辺境の宙域をあんな小さな宇宙艇でそれも単騎で飛んでいる方なんて100年どころか500年待ったって居ませんからね、私たちに取っては貴重なお仕事なんです」
「単なるお仕事なのは分かりましたけどうち達はどれくらいの間ここに居なければいけませんか」
「あれ変ですね管制官のほうと話が付いている筈なのですが、あなたが滞在する時間を物資で相殺すると言うことになっています。だからそんなに長くはないと思います」
(AIキッドの奴、また勝手な事をやらかしたわねでもまあいいわ、物資を分取るなんてお手柄じゃない)
車はいかにもお役所と言えそうな建物の前で二人を下ろして走り去って行った。
(AIによる自走式なのかなぁ、だったらうちのキッドちゃんと違って無駄口を叩かないお利口さんなのかも知れないわね)
建物の正面玄関からは入らず、ぐるっと半周した所から入る。
(こっちの入り口はたぶん裏口ね、少し薄暗いし所々にバケツやら何やらが置いてあるわ)
良く引っ掛けないものだと思っていたら先を行く案内人が見事にバケツを蹴飛ばした。
あたふたと拾ってもとの位置に戻している。
(ハハハ、やっぱりね、なんだか親近感が湧くじゃない)
「何か食べたいとの事でしたので調書室に行く前に私たちの詰所に寄りますね、私たちが非常食にしてる食料は地球人が言うところのラスクに似てますのでもしかすると食べられるかも知れません…食べてみますか」
「助かるわ、今なら干し草でも食べられそうよ」
「人前でそんな事言ったらダメですよ一応差別用語になってますから、人間は誰しも干し草なんか食べませんよ。ここが詰所です。えーっと干し草…じゃなくて、あったこれです、ここでは氷パンと言っています。氷の様に固くて腐らないと言う意味です」
一見すると短く太いフランスパンみたいな感じがした。
手に持つとずっしり重くて固く匂いを嗅ぐと草原のイメージが頭の中に沸く。
一口噛ると甘みはないけど深みがある味でまあ結構美味しいかもと思った。
(お腹が空くと何でも美味しくなるものよ)
失礼なことを思いながら二口目を噛る。
(でもこれって『牧草固めたらこんな味じゃないかしら』とか言ってはいけない事なのよねー、あっ、もしかしたら牧草はサラダになるかも知れないわね今度ためしてみようかしら)
「ありがとうむぐっ、思った以上に固いわでも美味しいわよもぐっ、これ唾液で溶かしながら食べると結構いけるわね癖になりそうよ…噛ってしまってから言うのも何だけど、頂いてしまって良かったのかしら」
詰所には案内人の他に数人のお馬さんタイプの人間が居たけどみんなこっちを見て固まっている。
ちょっと可愛いかもと思ってしまった。
地球人を初めて見たのかも知れない。
うちは平均的な地球人の寿命の1/17しか生きてませんよと言いたくなる。
「これは私達が小腹が空いた時や少し遠出する時に噛ったり持っていったりするような食べ物、一応非常食になってるのですが今食べても大丈夫です。何でしたら帰りに1本お持ちになって構いませんから」
「ありがとう、遠慮なく頂いて行くわ」
凄く便利な非常食を頂いたわ、ラッキーかもだわね。
詰所を出て少し歩き見栄えの良いドアを叩く。
「ホルス機動兵入ります」
(あっ、ホルスさんて言うんだもっと早く聞いとけば良かった)
スライドドアを開けるとよくTVで見ていた刑事物の取調室と同じセットがそこにあって、思わず微笑んでしまった。
良かったよ大笑いしなくて。
これでテーブルにカツ丼でも乗っていたらアウトだったね。
「レッド隊長お連れしました」
「ご苦労だった下がってよろしい。連絡があるまで詰所で待機するように」
「分かりました」
「それでは話を聞かせて貰いますか」
「それでは…お話しします」
ここでも冥王星に行った経緯から小惑星帯に向かっている理由までを箇条書きで話をする事にした。
「ほぼ理解できました。そしてあなたの行動に問題点はないと判断されました」
「直ぐに分かってくれてとても助かりました。それでは出発しても良いですか」
「そうですね本当はもっと色々お話ししたかったのですが、この星では本当にあなたをおもてなしすることができません。これはすごく残念なことだと思っています。しかしあなたを見て驚きました。地球人は幼い子供から大人まで誰しもが粗暴で野蛮な人種と聞いていましたから、あなたを知って今後は見解を変えなければと思っています」
「それは嬉しいです。うちはもう少し大きくなったらアイドルになる予定なんです。その時は最初に来ますね。そうだ、今のうちにサイン書いておきましょうか」
うちなんだかもうアイドルになった気分だよ。
「そうですねサイン書いて貰いましょうか、不可侵条約って分かるかな、私たちとアイリーンさんは喧嘩をしません、そして喧嘩相手の味方もしませんと言う約束を書類にして残しておくのです。これを額にでも入れて目立つ所に掛けておけば他の人が見た時、この二人は仲良しなんだなってのがいちいち説明しなくて分かってもらえるから便利なんですよ」
「分かったわ仲良しの証拠みたいな物ね、サインするから持ってきて」
「少し時間が必要だから施設内を見て回って時間を潰して下さい。ホルンを呼んで案内させましょう」
「じゃあその辺にいるね、その書類が出来たら呼んでね」
(よかったうちは最初からさっきの機動兵詰所に行きたかったのよね)
「あの、氷パンをまだ貰えるかしら、あれはやっぱりクセになってしまうわ… フフフ」
アイリーンが部屋を出ると奥の隠し扉が開く。
中から新たな人が出てきて苦言を言い出した。
「レッド隊長いいんですか勝手なことをして」
「ヘレフォード参謀長、私と彼女の個人的な取り交わし文書にしますから問題ないでしょう。それにあと十数年もすれば彼女が地球人類の代表になっていると思いますよ」
「おそらく冥王星の方々とも仲良しになっているんじゃないですかね、私たちとは馬が合いませんけど」
ケンタウロスのヘレフォード参謀長が落ちを付けて立ち去っていく。
アイリーンは出来上がった書類を見た。
文字が読めなくてちんぷんかんぷんだったのでブレインに頼んで翻訳と判断を任せサインだけ自分でする。
(サインは自筆でないとダメだものね)
「これで全部終わりましたよね、今度こそ出発していいですか、あと30時間あの狭い操縦席に座ったままなのかと思うと今から嫌になりますけどね」
「アステロイドの… 地球防衛基地に行くんでしたよね、だったら便利なショートカット方法がありますよ〖うずしお移動法〗と呼んでますが一瞬で着きます。ただ、使用するのにそれなりの理由が必要なのですが、うん、そうだアイリーンさんには私たちモーリス天王星警備隊の親善大使になって貰いましょう。そうすれば上手くいくと思います」
「そんな便利な物があるんだっら是非使わせてもらいたいです。親善大使って何をすればいいのかわからないけど引き受けます。だから使わせてもらえるように頑張って下さい」
「親書を書きますのでもう少しだけ時間を下さい。そして向こうに着いたら偉い人に渡すようにお願いします。それで全てが分かるように書きますから、その間アイリーンさんは出発準備に入って下さい。私は〖うずしお〗の起動準備を指示します」
廊下に出るとホルスさんが待ってくれてた。
その背中に一杯の荷物を載せて。
「アイリーンさんは親善大使になったんですね、だったらお土産を増やしますからもう一度詰所に寄りますね」
(どこで聞いてたんだろう)
アイリーンは不思議に思う。
「これ全部お土産ですか?」
「そうですよ」
「まだ、増やすんですか?」
「そうですよ」
光速宇宙艇スターキッドは警備隊で貰ったお土産で積載オーバー寸前の質量になって天王星警備隊宇宙港を飛び立った。




