親善大使 1
AIキッドの意趣返しとも取れる発言にアイリーンは動じることなく言い返す。
「機械じゃないんだからね、どんなに疲れていても睡眠は8時間て決めているわ、それ以下でも以上でも調子が出なくてダメなのよ」
〈私は3時間ですね、それ以上もそれ以下もないですねタイマーは正確ですから〉
「何の話してるのよ、うちがしているのは睡眠の話よ、AIが眠るとか聞いた事がないわ!」
〈私は特別製ですからそれに大丈夫ですよ、私が眠っている間はバックアップ回路がちゃんと仕事してますから〉
「それでいつ寝てるのよ?」
〈操縦席で操縦者が寝ている時にですよ、アイリーンさんでも寝ている時は私に指示を出さないでしょう〉
「分からないわ寝言で言うかもよ、うちにも8時間後のタイマーセットお願いね」
〈ラジャー〉
AIキッドはアイリーンの口真似をした。
〈起きて、おきてアイリーン起きて〉
スピーカーからAIキッドのけたたましい声がする。
(もう五月蝿いわねぇ~)
アイリーンが操縦席で目を覚ます。
「タイマー掛けてって言ったよね何でかなぁ」
〈タイマーの音色を決めてなかったから私の美声で清々しく起きてもらおうと思ったのですけど如何でしたか、清々しい目覚めは〉
「まだ凄く眠いわ疲れが取れてないのかしら、ところでいまは何時なの?」
〈キャプテンが使っている時間では6月6日午前3時です。地球標準時間と宇宙基地標準時間並びに宇宙…〉
「もういいわうちに取っては夜中の3時なのね、あと3時間寝かせてもらうわ起こさないでよ」
〈8時間後に起こしてって言ったのはキャプテンですからね、私は悪くないですよ〉
「悪かったわよ、今度から朝の6時に起こして22時に寝るから」
〈地球人は本当に我が儘です。朝の6時に起こせば良いんですね〉
『我が儘ってどう言う事よ…』
そう言い返したのはもう夢の中だったみたい。
〈キャプテンはもう少し頑張って私とお話ししてくれると思っていたのに残念だな。あ~あ暇になってしまった、どうしよう。そうだ通信傍受だけなら問題ないはずですね、真夜中過ぎですけど誰か喋ってますように…と〉
ジー、ガガガ…ツー。
〈こんな地球から45億kmも離れてる宇宙空間じゃあアマ無線も届かないかあ…って、もう、キャプテンったらビーコンの発信を手動停止してるし自動受信装置もだ、ヤバイよ、敵と味方の識別ができないから味方の艦に撃たれちゃうじゃないですか〉
〈・・・ます。こちらは、モーリス星人天王星常駐警備隊です。所属不明機に告げる、貴殿の所属と機関名を明らかにされたし、繰り返す…〉
「もう、5分も呼び掛けているのに返事がないのは異状ですから鼻先に空砲でもぶっ放しませんか、それで正気に戻ると思いますよ」
(それしかないかもな)
「この通信を最後として応答ない場合は実力行使を行う」
通信機の向こう側では結構危ない会話をしている。
〈あちゃぁスイッチ入れた途端にこれだ、キャプテンはスイッチの事なんか知らなかっただろうけどどうしたものかねぇ、朝の6時まで起こすなと言っていたし…これはAIに対して名誉挽回のチャンスを神が与えてくれたものだと考えて絶対に良い所を見せなくてはいけないな〉
通信機のこっち側は呑気なものである。
〈最終通告になる、こちらは…〉
〈こちらは地球防衛基地所属ドロンパ号搭載機のスターキッドです。ちょっとした手違いで識別ビーコンが発信されていませんでした。現在発信中ですので確認下さい。尚、当機は急ぎ基地へ帰投中ですので悪しからず通過させて頂きます〉
〈天王星警備隊よりスターキッドへ、当該宙域通過時は我等の検閲を受ける規則になっていることを貴殿達がどのようにお考えなのか3分以内に返答を頂きたい。その後、当方の実力を持って検閲を開始する〉
〈困った事になってきたぞ、キャプテンを起こしたほうがいいに決まっているのは分かっているけど『6時までは起こさないで』と言われている手前もう少し頑張ってみるか〉
スターキッドは左右にゆっくり機体を揺らして敵意のないことを先に伝える。
〈了解ですがそちらで検閲を受けた場合、当方に発生する時間のロスは情報と物資の無償提供で補完して頂けないでしょうか〉
(『転んでもただでは起きない』所を見せてやろうじゃない)
〈ちょっと待って下さい……その提案に付いて前例がないので本来受けられませんが今回に限り話し合いの場を設けます〉
〈分かりました。指示に従いますので誘導信号発信願います〉
〈いいえ、まだ距離がありますから座標再設定して下さい。座標はスターキッド基準で1,40,0.4です。到着は今の速度で3時間後になります〉
(このままの速度で機首を天皇星へ向けろって事か…ちよっと待てよ)
〈この座標は天王星の裏側になりますけど〉
〈そうですよ星は自転しますからね、警備隊基地が衛星軌道にあると思っていましたか、ガス惑星中心のコア部表面に建造しています。発着所もありますから真っ直ぐガスを突っ切って目標地点に来て下さい。そこでビーコンを出します。ではご幸運を通信終わり〉
〈到着が先かキャプテンの目覚めが先になるのか…際どい、今回の事をキャプテンが褒めてくれるか怒り出すのかこれも際どい、中々に刺激的な状況になってきましたね。今の内にキャプテンの可愛い寝顔でも見ながらノイズクリアしておきましょうっと〉
スターキッドは天王星大気を形成する最大100気圧の水素ガスへと突っ込んで行く。
〈キャプテン起きて、起きれますか6時ですよ〉
「ああ、おはよう…何か悪夢を見たような気がするわ、何も悪戯しなかったでしょうね」
アイリーンは鏡の前へと歩きだす。
〈何もしてませんよ見てただけで、あっ報告事項が…〉
「待って、今聞いても何にも分からないわ、おトイレ済ませて何か食べてから…えっ、ちよっと待ってよ何で着陸態勢取って」
〈タッチダウン、見事な着陸でしたおめでとう。何故だか分かりませんけど宇宙服が無いとのことでしたので送迎車を昇降口に直接ドッキングさせますから乗り込んで下さい。再度確認しますけど一名様で間違いないですか〉
〈間違いないです。キャプテン・アイリーンで登録お願いします〉
〈通信では男性とばかり思っていました。大変失礼しました女性だったとは…〉
(その言い方も大変失礼なんですけど!)
アイリーンは心の中だけで罵った。
「それで、今回は何をやらかしているのかな、ミスターAIキッド君!」
キャプテンはお怒りのご様子である。
〈怒らないで下さいよ~、6時まで起こすなって言ったじゃないですか、私だって出来る事を精一杯やったんですよ、それにスターキッドにはトイレも食料も無いんです。キャプテンなら36時間位平気で我慢出来るでしょう〉
「うちはクローンじゃないん…あれ?どうしようウァ~ン、お兄ちゃんの気配が無い…無くなっちゃってるよー!」
〈キャプテン落ち着いて大丈夫だと思いますよ、意識を集中して呼び掛けてみて下さい。しつこく何回も呼び掛けて下さい。諦めないで…どうですか?まだ気配を感じないですか?〉
「うん…居たわ凄く小さくなっちゃっているけどわかるわ良かった。それで今の現状はどうなっているのよ」
〈すみません説明している時間がなくなってしまいましたのでハンディカム持って行って下さい。キャプテンが歩いてる途中で説明します〉
「仕方ないわね、これを付けたまま行って来るからねキッドが一方的に喋って経緯教えてよ」
スターキッドからの愚痴めいた報告を聞きながら昇降口へと向かっている時、自分の汗の匂いが気になった。
(そう言えば月のホテルでクリーニングしてから今日で何日目だろう、アパートにいた頃は毎日お風呂に入って洗濯をするのが煩わしかったけど、あれって凄い贅沢してたんだよなぁーって思うわ)
「キャプテン・アイリーンですか?」
運転席に一人だけ座っている人が話し掛けてくる。
「見上げないで!」
(いまタラップ階段を下りているんだから、でもスカートの下にはちゃんと短パン履いているのよって…履いてたかしら)
「キャプテン・アイリーンですよね地球人は若く見えると聞いていましたけど、想像以上にお若い方なんですね」
(ケンタウロスだ!胴体が馬なんで凄く大きいや、もうだいぶん慣れたけどやっぱり初めてお目にかかる異星の人たちには… ビビるわね)
「気を遣わなくていいわはっきりと『幼児なんですねって』言ってくれたほうがすっきりするわ、その通りなんだから!」
(自分でもかなり苛ついているのが分かるのよ、だってトイレと空腹を我慢しているのですもの、でも、もう限界かも…)
「あのー、近くにおトイレないかしら?」




