妖姫サロメ
敵の中型戦艦から発射された圧縮弾を全て迎撃したあとアイリーンが提案した内容を実行に移す。
ただ降伏勧告はあんまりなので別の言葉にした。
「こちらは、東域宇宙和平連盟地球防衛基地輸送艦の護衛艇です。そちらの星籍と目的を知らせて欲しい、先程の攻撃は誤射と言うことにしても良い」
まあ通信出来てないだろうなとの思いが半分以上ある。
「ジジッ…… プッ」
「通信出来てたよねそして切られたわ、連射口にまたロックオンされた! 先手必勝! 撃つわよ!」
「待っ…」
ちょっと考え事してて間に合わなかったが、それも打つ手の一つにあった。
それよりも通信出来るとなればやらなくてはいけない事の優先順位が変わってくる。
「メーデー、メーデー座標3.5基準4,2,-4にて交戦中。こちらはドロンパ号」
これで基地からか月からか救助が来るはずだ。
敵にも聞こえたはずだから引き揚げてくれないかなあ。
「敵の連射口3基破壊!」
ふと、本当にアイリーンなのだろうかと思う。
ここからでは、見下ろす形になって表情が見えないけれど、決して『アイリーンの中の私』ではないと祈りたい。
破壊したなら残骸を回収する。
それが攻撃を受けた証拠となり、時間は掛かるけど敵の正体が判明する。
後から言い逃れが出来なくしてやればいい。
スターキッドは敵の攻撃を避けながら4度目の攻撃態勢に入ろうと大きくカーブを宇宙に描いていた。
操縦席のディスプレイが赤く光り警報音が鳴り響く。
「アイリーン前方にトルネード発生、回避して!」
光一が叫ぶ。
「間に合わないよ!」
スターキッドはなす術もなく宇宙嵐の中に螺旋を描いて吸い込まれて行った。
(頭が割れるように痛い、寝る前にお酒を飲んだ記憶はない…夢?いつの間に寝たんだろうか、トルネードに巻き込まれたのも夢…)
「起きて、おきてお兄ちゃん起きて」
耳元でアイリーンの心配そうな声がする。
(身体を揺らさないで、頭が痛い)
「アイリーン、どうなったんだったかな…頭がはっきりしなくてボーッとする」
起き上がろうとするけど体が動かない。
(ベットの上に寝てるみたいだけど何でだ)
頭を声の方へ向けて見るとアイリーンとその後に綺麗な顔した知らない人が立っていた。
「目が覚めたかい君達を殺さないようにするのは大変だったよ、良心的だろうそれを君達はバンバン撃ちやがって少しは反省してもらうよ」
「お前は誰だ、アイリーンから離れろ」
寝たままの体勢で言ったのでは何を言っても虚勢にしか聞こえないだろうけど。
(なぜ動かないんだ?薬か?いや、このベトベトな感じは…嫌な予感がするんだけど)
光一が恐る恐る反対側に首を回すとやはり予想通りの蜘蛛人間が手に白い粘着質の糸の束を持ってニヤニヤしながら私を見下ろしている。
「わかった、負けを認めるから話し合おう、抵抗しないことを約束するから体の糸を外して欲しい」
光一は一瞬で全身汗まみれになった。
もちろん、冷や汗だ。
出来れば蜘蛛人間もどこかにやって欲しいとはアイリーンの手前なんとか我慢できた。
もしここにアイリーンがいなければ泣いて頼むか発狂していたかも知れない。
(しかし、いつから私はこんなにも蜘蛛人間が苦手になったんだろう)
思い当たる記憶がない。
「久しぶりだなドクターイノマン、よかろう君が我々に好意的に協力してくれさえすればそれ以上の事は望まない」
白く美しい顔に満面の笑顔を含ませ優越感に浸って喋るこいつのことは、どこかで見たはずなのだが思い出せない。
「協力する、何でもするから、早くこの糸を外して欲しい…」
とりあえず食べられる前に蜘蛛人間の食卓から逃れることは出来たみたいだ。
でもアイリーンの私を見る目が冷たく感じるのは気のせいだと思いたい。
「お兄ちゃんひどい取り乱し様だったよ、もう少しは虚勢張るかと思ったのに」
やはり冷たい言葉を浴びせてきたけど、思っていた程ではなかった。
「アイリーン、まずやってそれから考えるので良かったんだよね、僕は立派にやってのけたと思っているんだけど」
光一はここで虚勢を張ってみせる。
これで良かったんだと自分に言い聞かせた。
蜘蛛人間に拘束されたまま虚勢を張っていたら直ぐにアイリーンを盾に脅されていたはずだ。
それから言いなりになったんじゃあ、アイリーンに負い目を与えてしまう。
そもそもサロメは最初からアイリーンの肩に両手を置いていて…盾にするつもりだったんだ。
そうだ彼いいや彼女の名前はサロメじゃないか、妖姫サロメ、確かマーロ星ヘデロ大王の娘で宇宙海賊ジベルの妻で、一見しただけでは美男子と見間違ってしまう程の妖艶で男勝りな姫だ。
彼女の夫ジベルはアルファ星移民船の襲撃に失敗してオメガ星のアルカトラ刑務所に終身刑で投獄されていると聞いている。
「もう少しましな言い訳を聞きたかったわ、大丈夫?痛い所とかない」
アイリーンが光一の身体をあちこち触って点検してる。
「僕は少し限界だよ」
拘束を解かれたから安心してベッドに座り込んでしまう。
「そろそろそちらの話しは終りにしてもらい、我々の話し合いに付き合って頂けますか」
「あんたはサロメだろ、さっきから仲間が大勢いそうな口振りだけど実は少ないんじゃないかい」
「拘束を解かれて自由になったら態度がずいぶん大きくなりましたね、また蜘蛛の糸に捕らわれたくなったのですか」
「いいや、協力するって言ったからにはそうするさ、それで何からすればいい」
「私はドクターイノマンと話がしたいの、取引がしたいと言ってもいいわ」
「ドクターイノマンなら今でも指名手配中のままなんですが、知らないとかは言わないですよね」
「それはあなた達が流している流言飛語だと思っていますよ、そしてそれはイノマンが地球に居たことによって確信に変わったのです」
「そんな荒唐無稽な、どういう理屈でそうなったんですか」
「あなたは隠し事が下手ですね、いいですか地球防衛基地行動調査チームの石井光一さんが冥王星の研究所でドクターイノマンのクローンに入って独占していると言う事実は誰もが知っていることです。何故か分かりませんがあなた達はその事を秘密にしませんでしたから」
「すみませんそこのところの『独占している』は『ドクターイノマンの実験台にされ強制的にイノマンのクローンに移植された』に変更して下さい。だから体はドクターイノマンの造ったクローンですがイノマンの知識も能力も持っていませんしイノマン本人でも全くありません」
「中身が凡人以下だから、仕方がないことでしょう。中身もイノマンになった時に本物のマッドサイエンティストドクターイノマンが復活する。そして我々と共に宇宙の歴史に新たな年号を刻む事になるのです」
「だから、ドクターイノマンはまだ、指名手配中で…」
「さっきから君の嘘は通じていないと言っているではないか、なぜ今まで目の前にドクターイノマンのクローンがいるのに手を出さなかったと思う?」
「僕にそんな事が分かるはずないでしょう、確かに皆が知っての通り僕はドクターイノマンのクローンですが何の取り柄もありませんよ」
「指名手配中のイノマンが自分のクローンをいつまでも放置しとくわけがないでしょう。何のためかは分かりませんが、いずれクローンを取り返しに来ると考え、あなたを監視していたのです。100年は長かったですよ、それも今日で終わりです。地球でイノマンに会ったのでしょう。さあ全てを話してもらいますよ」
「地球には人員育成のため、この子の保護に行っただけでイノマンには出会ってもいません。もし出会っていたとしても僕には誰がイノマンなのか分からないですしね」
「そうですか、あなたがその子を地球から連れ出した時その子こそがイノマンかと思ったのですが違いました。凄く残念で思わず殺してしまおうかとも考えましたが、その子はイノマンの遺伝子を持つイノマンの子供ですから他に利用価値がありそうなので今は保留にしています」
サロメはアイリーンがイノマンを呼び寄せるための役に立ってもらえないだろうかと考えていた。
アイリーンはひたすら黙って聞いている、何回か我慢の限界を感じたが短気を起こしてお兄ちゃんをこれ以上危険な目に合わせたくなかった。
この話の中で一番驚いたのが父親がドクターイノマンだと知った時で、これには息と一緒に叫び声も飲み込み考え込んでしまって次の会話を聞き逃してしまう。
「・・・クローンの表層意識にあなたが居るのかも知れない。石井光一の意識をクローン体から引き剥がした時にこそドクターイノマンが表れると信じている仲間がいるのです。だからそれをこれから実行します。くれぐれも言いますが私達はドクターイノマンに帰ってきてもらいたいだけなのです。その体が使い物にならなくなる前に表れてくれる事を期待していますよ」
アイリーンが考え事をやめて自分に戻った時、サロメの手には電気鞭が握られていた。
(何をするのだろう?)
サロメの腕がしなやかに反り返って伸びる。
それだけの動作しかしていないのにクモ人間の4本の手に押さえ付けられた光一の身体が痙攣した。
またサロメの腕が動いて光一が痙攣する。
(あのサロメはお兄ちゃんに夢中になって、うちのことは全く忘れてしまってるみたい…今だったら何とかならないかしら)
3度目にサロメが大きく腕を振り上げたその時にアイリーンはお兄ちゃん目掛けて走って飛び込み覆い被さる様にしっかり抱きつく。




