14.ホテルは『ラストパラダイス』 3
「ごめんなさい勝手に飲んでしまって、でもスイートルームの冷蔵庫の中に何が入っているのかとても気になって我慢ができなかったんだよ、それにのども渇いていたし爽やかな黄色で魅惑的な飲み物を飲んでみたいと思う誘惑に勝てなくて……」
「それでこれを全部飲んだんだね」
「それをね口に入れた瞬間ジュワーってなって凄く酸っぱくてこれは飲み物じゃないって思って全部捨てたの、でも冷蔵庫に入っていたんだからやっぱり飲み物なんだろうな、それを捨ててしまったから怒られるだろうなって、見つからない様にごみ箱の底へ隠したの、ごめんなさい!」
何はともあれ、飲んでなくてよかったよ。
「これはお酒だからね、気を付けようね」
「これからは黄色はお酒って十分気を付けるよ」
(いや違うから)
でも今は朝から体力を減らしたくないとの思いが強いので少しずつ覚えてもらえればいいかと思う。
「ほら、朝食の用意が出来たみたいだから食べようか」
アイリーンの視線がテーブル上にくぎ付けになっている。
「うん、わかったー」
今度はインディアンの踊りみたいなスキップを始めた。
「ピョンピョン跳ねないで!」
(怒られないと判ったら直ぐに元気を取り戻すんだね)
「頂きます。ほらお父さんも一緒に言うんでしょ」
私はチラッと給仕の方を見てこちらに関心がないことを確認してから。
「頂きます」
と小さい声で言った。
アイリーンは凄くのどが渇いていたんだろうと思う。
コップに入ったオレンジジュースを一気に飲み干すと給仕におかわりを要求してまたひと息で飲み干している。
「うっぷ……お酒があんなに不味いものならうちは一生でもお酒を飲まないと決めるわ、ブハー」
(お前は朝っぱらから酔っ払いの真似事かい……それよりそのセリフをイノマンが聞いたら嘆くだろうなぁ、暴れだすかも知れないなアイリーンには後で少し訂正しておこう)
ルームサービスには残って給仕をしてもらっていたのだけど朝食もほぼ終わったのでコーヒーとホットミルクだけ残して戻ってもらう。
その時30分後にチェックアウトする事を伝えた。
もう一度お風呂に入ると言い出したアイリーンを引き止め『ホテル・ラストパラダイス』のバルコニーに出て最後の見納めとなるだろうルナ・ターミナルの景色を眺める事を提案する。
アイリーンはバルコニーの手すりにしがみつき独り言のように呟きだす。
「ここが月の地下都市ドームの中だとはとても思えないね、でも空は広くて青く全体的には明るいけど太陽は無くて何か嘘くさいし昨日の大通りで起きたケンカにしたって遊園地のアトラクションぽくなかった? あのカッパにしたってお兄ちゃんに殺られてからアトラクションだって言っててさ、何だか誤魔化しだけで出来た世界の様に思えるね」
(カッパさんは殺してはないでしょう。それにアトラクション代って言いながら渡したお金を涙ながらに喜んで受け取ってたし)
光一は心の中だけで反論してみる。
「仕方ないさ地球観光が規制されてから突貫工事で造ったみたいだからね、いろいろ大人の事情ってもんがあるんでしょう。そろそろ出ようか受付カウンターでタクシー呼べると助かるのだけどな」
受付カウンターでタクシーが呼べたので助かった。
後は玄関前に立って待ってるだけで目の前に停まってくれるはず。
「お父さん帰りの車も来た時と同じ車だよね」
「どうだろうか、自分たちが来るとは明言しなかったように思うけど」
「あの大きな車にもう一度乗りたかったなー、お父さんもあんなボロい車だったら絶対嫌だよね」
アイリーンが見ているほうから赤いキャラバンをオープンカーにしたみたいな車がアプローチに進入してこっちに向かって来る。
「安心してあの車違うと思うから来るのが早すぎるし」
見るからに怪しい空気を引き連れているし。
赤いキャラバンのオープンカーが目の前で止まった。
(結構広いアプローチなのになんでわざわざ人の前に止まるかなぁ)
光一が心外して運転手を睨む。
「失礼ですがドクターイノマン様ではないですか」
いきなり丁寧な言葉遣いのダミ声で恫喝されて、口から心臓が飛び出したんじゃないだろうかと思う位ビックリする。
赤いキャラバンのオープンカーは地球出身者としか見えない人間が運転手をしていて、助手席から声を掛けて来た人間はブリキのオモチャみたいな鎧を頭から爪先までかぶっていた。
パッと見ただけでは外骨格人間かと思ってしまう。
「突然いきなり何なんですか私は石井光一、こっちは娘の愛鈴です。人違いですよ」
「我々はあなたがドクターイノマンであると確証を持って探していたのです、石井光一さん。娘さんと言うことで構いませんからそちらも一緒に同行願いましょうかね」
光一は後ろをチラッと見る。
(ホテルの玄関ドアまでは少し遠いなぁ、アイリーンを連れて走って戻るのは無理だよなー、じゃあ次なる手は……)
「誘拐だー! 誰か保安局へ連絡してくれー!」
最大限のボリームで叫ぶがいまいち反応がない。
「助けてくれー、い……5千ポンタ払うから!」
機転を利かせて言い直す。
あまり高額だと誘拐犯から助かった後に助けてくれた人が新たな犯罪者になってしまうかもしれない。
これは効果があったみたいで通りの人々の動きが止まった。
「1万だ!」
誰かが叫ぶ。
「分かった1万だ! 助けてくれたら1万払う!」
《《 わぁ~! 》》
効果はバツグンだ!
通りを歩いていた殆んどの人が人波となって押し寄せて来てるんじゃないかと思える。
赤いキャラバンもこれには敵わないと思ったのだろう、車の向きを変え人壁が薄い所に突っ込んで人波を押し分けて逃げ出す。
私は財布から電光石火の勢いで1万ポンタ札を取り出しアイリーンを前だっこして先頭を走って迫って来る豹頭の人間に手渡した。
「ありがとう、助けてくれて!」
そう言って大通りを宇宙港の方へ一目散に走り出す。
全員にたかられては私も敵わない。
「さすがにチーター頭の人が一番早かったね!」
アイリーンが後ろを振り向きながら言う。
「口を開くと舌を噛むから黙って」
少し言い方がきつかったかもと思いながらも、言葉が分からないのに今がどういう状況になっているのか、よく理解出来たねって聞いてみたい。
そんなに長い間走らなくて良くなった。
前方から見たことのあるリムジンタクシーが迎車の表示を点滅させながらこっちに来ている。
光一は気付いてくれるか不安になり車道に出て手を振った。
リムジンは私達を少し通り過ぎた辺りで止まる。
「お客さん! 車道に出たら危ないですよ轢かれても何の補償も出ないから損しますよ」
運転手が怒鳴った。
「良かったー止まってくれて、ここで乗ってもいいですよね」
「料金が一緒で良ければOKです」
「それで良いです。料金上乗せしますから宇宙港まで最速でお願いします」
「上乗せ1万ポンタで最速になりますぜ」
「わかりました。それでお願いします」
「それではお子さんを足の間に入れて頭を抱えて姿勢を低くして体に力を入れて下さい。飛びます」
『飛びます』を聞き終わらない内に無茶苦茶な上昇力が加わったと思う暇もなく急降下する。
脳がシェイクされるのではないかと思ってしまう。
「お客さん、着きましたよ」
「そ、空を飛べたのですね」
「滅多には飛びませんけどね、お客さん鬼気迫るって顔してましたよ、あんな顔見せられたらこっちだって逃げ出したくなるってもんですぜ。一体何があったんだかは聞きませんけどね、待ち合わせ場所から出て来るなんて、ああ物取りにでも襲われたんですか滅多にはないことなんですがねぇー、それゃあ大変でしたね。でもここまで来れば安心できるってもんですぜ、奴らも宇宙までは追って来ることなんかできないでしょうからね」
見た目は気が優しそうな運転手は饒舌になった分だけ言葉遣いが乱暴になってる。
「そう言うこと言うと本当になりますからやめましょうね」
車の料金表示は780ポンタになっていた。
財布から1万5千ポンタ取り出し渡す。
「お釣りはいいですから私達の事を黙っていてもらえますかお願いします」
「良いですよ。ただ口止め料込みだとすると少し少ないんでしつこく聞かれるまでは黙ってますよ」
「それで十分です。ありがとう」
目の前には宇宙艇が来た時と同じ態勢で待っているけどタラップは収納されていた。
「おに、お父さんタラップが無いよ入れないんじゃない大丈夫?」
「心配ないよ」
アイリーンを抱き上げて機体の後方真下まで歩いて上を見上げる。
「入れて!」
〈顔・網膜・声紋・オールクリア、回収開始〉
無機物の音声アナウンスが読み上げられると私たちは白い光に包まれてエレベーターに乗った感覚で機内へ引き上げられて行った。
「ここまで無事に来れたね、後は母船に乗るんだよね待っててくれてるかなぁ」
「安心して大丈夫だから」
光一は通信席で立ったままへッドセットを装着して宇宙港管制官と連絡し合う。
「出航許可出たから今すぐ飛ぶよ」
アイリーンは良くしたもので既に副操縦席に深く潜り込んで縮こまっている。
「そんなに緊張しなくて大丈夫、この宇宙艇は重力制御できるからさっきみたいな目には合わないよ」
「そうかなぁ、それならゆっくりルナ・ターミナルにお別れ出来るね」




