12.ホテルは『ラストパラダイス』 1
私は自分でも驚く程素早く動く。
カッパの手首を強く掴んでアイリーンの手首から優しく離しそのまま思いっきり引っ張って陸に叩き付ける。
離さずにいた手首を逆にひねって腕を決めて押さえ込む。
そこまでの動作を一瞬の内にやってのけた。
「や、やめてくれ~ストップ! ストップ! アトラクションだから、悪かったよあんたら地球人だろ目立つんだ。今日はあんたら以外に客いないしハネムーンかい、えらい金払いが良かったからさちょっと脅かせば直ぐに大金を払ってくれると思って……忘れてたんだよ~あんたら地球人がとてつもなく狂暴だと言う事をさ」
緑色のカッパ人間が青ざめている様な気がして気の毒に思えてくる。
「ここでは金が全てのようだが、どう落とし前を付けてくれるのかな?」
つい追い討ちを掛けてしまう。
相手が弱いと見ると強気に出るのが地球人の性だ。
「お父さん許してあげようよ可哀想でしょ、この人も必死になって稼がないと家族を養えなくなるのよ、お父さんの凄くカッコいい所も見れたしアトラクション代ぐらい払ってあげてもいいと思うな」
『アトラクション代なら私が貰っても良くないかい』
思っただけで口にはしなかった。
アイリーンがカッコいいと言ってくれて私の株が上がったのだからそのお代にと1000ポンタ払ってやる。
カッパ人間はペコペコと何回も頭を下げながら池に戻って行った。
(それにしても服がびしょ濡れだ。クリーニング代は一体誰が払ってくれるんだい?)
「は、ハックション」
『大魔王…』
「えっ?誰か何か言ったかい」
「誰も何も言わないよ今ここには、うち達二人しかいないし、大丈夫?」
「ああそら耳かな、大丈夫だけど今日は早目に宇宙艇に戻って休もうか、明日は早く母船に入りたいからさ」
「いいけど滅多にないことだから……初めてだからお泊まりしたいな」
(こらこら上目遣いに人を見るもんじゃありません)
「仕方がないですね、私も早く服を脱ぎたいし濡れたままじゃ、あのタクシーも乗せてくれないだろうからね」
「その通りだわ!出入口料金所の所にあった建物が確かホテルだったけどそこでいいでしょう?」
アイリーンは最初から計画を立てていたに違いない。
「そこだとタクシーも直ぐに来てくれそうだね、そこに泊まろうか」
ホテルにたどり着くまでの間にこのびしょびしょの服がある程度は乾いてくれるよう、できるだけ風を含ませながら歩いていく。
アイリーンはいつもの様に私の前を後をスキップしながら走り回ってる。
日はまだ高い、果たしてびしょ濡れの二人が無事にチェックイン出来るのだろうかと不安を抱きながらホテルの受付カウンターに向かう。
私たちはルナ・ターミナルの公園に併設されたホテルの門をくぐった。
ホテル〖ラストパラダイス〗のフロントマンは私たちが地球人だと言うことで差別することなく対応してくれる。
無事にチェックインできて助かったのだけどそれでも最初の説明で『パブリックスペースのご利用は控えたほうが宜しいかと思われます』と言う忠告を聞き入れ部屋でのディナーサービスが受けられるスゥィートルーム(一番安い)に宿泊する事にした。
アイリーンは例によってフロントでは借りてきた猫の様にしとやかに振る舞っていたのだが、スゥィートルームに入るといきなり走り出してダブルベッドに飛び込み、トランポリンよろしくピョンピョン跳ねだす。
それをまだ扉の内側にいたルームサービスレディに見られていたと気付いた時の表情と言ったらもう、二度とは見せてくれないだろうと思うものだった。
例えば今まさに悪戯を成し遂げた猫がその一部始終を飼い主に見られていたと気付いた時の表情みたいな。
「何かございましたらべ、ベルを鳴らしてお呼び下さい。直ぐに参ります」
良く訓練されたであろうルームサービスレディはその成果も何処へやら、赤面してたじろぎそれだけ言うのが精一杯と言った感じでそそくさと退室していく。
「へへへっ、またやっちまったぜ光一さん」
「その呼び方はやめなさい!」
「いいじゃない2人だけだしぃ~、それにハネムーンみたいで……あっ!そうだ新婚さんようこそって視聴者参加番組あったよね、それに年の差カップルで応募しようよ」
「ああ……」
もう何をどこから突っ込んだら良いのかわからない。
頭を抱えてテーブルに経たり込んでいると。
「ごめんよ光兄ちゃんうち少し浮かれ過ぎたね、こんなに幸せなことは生まれて初めてだしもうニ度とないかも知れないと思うとやめられなくて止められなくなったんだ」
「大丈夫だよそれより先にシャワー使わせてもらうよ、もう一歩も歩けないや」
「それは大変だね、うちが手伝ってあげるよ一緒にシャワー浴びようね」
「いや絶対にダメだから」
アイリーンは4才でも女の子。
光一とアイリーンは同じDNAを持つ者だから一般的に言う所の兄妹と一緒、でもその事はアイリーンは知らない。
(理屈から言えば一緒にシャワー浴びても何の問題もないことなんだけどなぁ、そう言う訳にはいかないだろうな)
そんなことを考えながらバスローブを掴みシャワールームへ向かう。
光一はこの部屋がスウィートなのを忘れてた。
「すごいよ光兄ちゃん! プールだよ温水プールだ! 泳いでもいいよね?」
もう驚く事には慣れてしまった。
事ここに至っては取り繕うことなんか何の意味もないと思う。
アイリーンはハンドタオルで胴を巻いているしクローンの光一は下半身つるぺたで見られて困る物は何も無い。
だから大丈夫としておこう。
「言っておきますけどお風呂ですからね、走って滑って転んで頭を打って痛い目にあって泣きますよ」
「大丈夫~だよ~そんなヘマはしない~っと……あ、危なかったねお兄ちゃん!」
言ったそばから濡れたタイルの上をツーッと滑ってる。
「お前が危ないんだよ!」
本当に危なかった一瞬でも目が離せたものじゃない……そうか何があろうとアイリーンを1人でお風呂に入れる事はできなかったんだ。
割り切ってしまうと話しは終わって、やる事が出来た。
ざぁ~っと手抜きシャワーを浴びてから。
「アイリーンこっちに来なさい」
彼女に呼び掛ける。
アイリーンの目付きが変わった。
「何をするつもりなのさ」
(ははぁ~ん気取ったか)
「いいから、こっちに来るのです」
(ピエロの時みたいにはいかないものだな)
「その右手に持っているのはシャンプーよね、それをこっちに投げてよこしなさいよそしたら行くわ」
(アクション物の見すぎだよ)
「ほらよ!」
シャンプーをアイリーンのほうへ滑らせてやると足でさらに遠くに蹴飛ばしてから私のほうへやって来る。
「何よ身体なら自分で洗えるわ!」
私はアイリーンの右腕を取ると情け容赦なく頭からシャワーを浴びせ左手の平に隠し持っていたシャンプー液で髪の毛を洗った。
「お兄ちゃん! 図ったわね!」
ギャーギャーわめき散らすが無視して返事はしない。
「ごめんねシャンプーハットが見当たらないんだ、しっかり目をつぶるんだよ」
再び頭からシャワーを浴びせキレイに洗い流す。
「目がぁ! 目がぁ~」
アイリーンの絶叫が浴室に響く。
ケロリンと書かれたプラスチック製の黄色い洗面器にお湯を張ってイスに座らせたアイリーンの前に差し出して。
「ほら顔をしっかり洗って」
良く絞ったタオルで髪の毛を拭いてやる。
「身体は自分で洗えると言ったよね」
と言いながらタオルを手渡す。
「身体をピカピカに磨いてから、あのダブルベッドへ潜り込むと凄く肌触りが良くてぐっすり眠れるよ」
「その前に晩ごはん! ディナーを食べさせてくれるんでしょうね。うちを飢えさせたままベッドに放り込んだりしないよね」
(さてはこの部屋の料金が高かったのを知って晩ごはん抜きとでも思ったのかな)
アイリーンが潤んだ瞳で訴えてくる。
(実は先日起きた宇宙嵐の案件を業務扱いにしてもらう事に成功したから、ここの支払いは行動調査チームへ請求してもらえるようになったんだけどな)
「どうしようかなぁ」
光一は少し意地悪を言った。
「児童虐待だよぉ~お願いだからパンのミミだけでもいいから食べさせてよ」
スィートルームでパンのミミを頬張っている2人も、なかなかシュールな感じでいいかも知れない。
「冗談だよ僕が可愛いアイリーンにそんなひどい事するはずないでしょ」
「そ、そうだよね(お兄ちゃんなら、やりかねないわ)」
アイリーンはひきつり笑いをする。
「早く身体をしっかり洗って湯船に肩まで浸かって温まりなさい」
「わかったー」
いつもの調子に戻ったみたいで一安心した。
ルームサービスを呼んで着ていた服を全てクリーニング依頼したら1時間で出来上ると返事があって助かる。
まあこれから明日の朝までは多分室内着のままなんだけどね。
しばらく2人して寛いでいると来客を告げるフォトグラフが点灯してクリーニングを依頼した時に注文したディナーが用意されて来た。
給仕は丁寧にお断りして食事の準備に取り掛かる。
ディナーと言っても合成された食材しかない。
だから何だと聞かれたら。
料理の見た目は何処であっても大事なので宇宙人種毎の写真入りメニューがちゃんと用意されていると言ってやる。
だけど地球人以外の殆どの宇宙人は元の素材が何だか分かる様な料理を出す事を野蛮と考えているので、分厚い肉のステーキとか切り刻んだだけの野菜のサラダとかはメニューには入ってない。




