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1. アイリーンは4才だよ

東域宇宙和平維持連盟地球防衛基地、行動調査チーム所属の石井光一は福岡県久留米市の公園に無国籍の少女アイリーンを保護する目的で訪れていた。

ベトナムから農業実習生として入国していたアイリーンの母親は5年の研修修了が間近に迫る中、アイリーンを児童養護施設の前に置き去りにして帰国するつもりでいた。

 

挿絵(By みてみん)


 初夏のそこそこ強くなった日差しが降り注ぐなか、休日の公園の遊び場に子供たちの「キャッキャウフフ・・・」と楽しそうな叫び声や笑い声が響いている。

 私は自分で持ち込んだベンチに座ってゆっくりと佇んでいた。

 遊び場の反対側の木陰では3人の大人の女性達が賑やかしく広げたシートの上に弁当を広げている。

 その手前の砂場で4人の小さい子供達が砂山を作ったり壊したりして遊ぶ。

 丸い遊び場の中央に広がる芝生では白い半袖トレーナーに白い半ズボンの10歳位の男の子と上下黒のジャージを着た父親らしい男性がサッカーボールを蹴って遊んでいる。

 男の子が「父さん、いくよ!」と叫んではボールを蹴るが、ボールはあさっての方向へ跳ねて子供がそれを追い駆けて行く。

 この公園はギリギリ市街と言った場所にあり北側に市営住宅が建ち並び、食堂やコンビニエンスストアが混在している。

 そして郊外に向かっては農家のビニールハウスが密集していた。

 私は今日の朝から同じ場所でベンチに座っていて、くつろいでいるようにしか見られないのだけど実は仕事でここに来て絶好のタイミングを待っている。

 しかし陽気な気候と楽しそうな光景のせいで目的なんか忘れてしまいそうになっているのも確かだ。

 木陰で弁当を並べていた大人の女性の1人が「お昼にしますよーーー」と良く通る澄んだ声で叫ぶ。

 お昼にはまだだいぶ早い時間なんだけど、午後になると日差しが強くなると予報が出ていたので午前中に帰りたいと考えているのかも知れない。

 その声を聞いて思い思いの遊具で遊んでいた子供達がバラバラと木立に向かって駆けて行った。

 うんていで遊んでいた父娘は私のほう、つまり遊び場の出口に向かって歩き出したので弁当のグループとは違うみたいだ。

 女の子が「アイスクリーム! アイスクリーム!」とスキップしながら遊び場から出ていってる。

 アイスクリームを求めて公園の中にあるコンビニへでも行くのかもしれない。

「お父さん、早く! 早く! 溶けちゃうよ~」

(溶けるわけないでしょう)と思いながら声のするほうを目で追いかける。

 声はまだ響いているけど姿はもう木々の陰に隠れて見えない。

 サッカーボールで遊んでいた子供は父親を見捨てお昼を求めて駆けて行ったみたいで、父親が私の方へ転がっているボールを取りに歩いて来ている。

「元気がいい息子さんで羨ましいですね」

 私は一般的な社交辞令を言ったつもりでやってはいけない初歩的ミスをやってしまった。

「あはは、ああ見えて娘なんですよ、もうおてんばの盛りで困ったもんです。スカートでも履いてくれたら少しは女の子に見えるんでしょうけどね」

 私は凹む事なく笑顔で続けた。

「じゃぁ、今が可愛くてしょうがない時期ですね5才? いや6才くらいですか」

「今年の4月に小学1年生になりましたから7歳ですね、学校で何か男子に負けたくないことがあるみたいでサッカーの練習につき合わされてですね……サッカーの試合でもあるのでしょうかね?」

 私に聞かれても返事に困るんですが、可愛い娘さんのことなんだからもっと関心を持ってあげればいいのにとは心の中だけで呟いた。

「そこは暑いでしょう、ずーっと座っていらっしゃるみたいでしたけどお体に障りませんか?」

 うん良かった、ちゃんと野球帽を被った60歳のおっさんに見えているみたいで。

「あはは大丈夫ですよ、お気遣いありがとうございます。午前中はできるだけ自然の太陽を浴びたいと思いましてね、そうしないと何日もお日様に会わずに過ごしてしまいますから」

「漫画か何か書かれている作家さんですか?」

「いえいえ全然、全くそんな才能は持ち合わせていませんよ、リャナンシーにでも会わない限りね」

「えっ何ですって、チンパンジーがお好きなんですか?」

 ジョークが噛み合いそうになく虚しいので話を最初に戻そう。

「小さいお子さんと一緒にいてあげる事は大切ですよね。私の知る限り娘さんは10才を過ぎた辺りから父親を避け始めるらしいですから」

「他の人からも良く言われますよ今が一番大切な時期だとは十分判っているんですがね、どうしても仕事が優先になってしまいますね」

「仕事があってこその一家団欒ですからね」

「やっぱりそうですよね、今も単身赴任中なんで月に一度しか家に帰れないんですよ今回は三連休取れましたからここへ遊びに来れたんですけどね」

「単身赴任ですか『家族はあっても家庭は無い』と世間ではよく言われていますよね」

「生活の為とはいえ子供に寂しい思いをさせるなんて情けない父親ですね、単身赴任制度なんて早くなくなれば良いと思いますよ」

「早く帰って来れるように私もお祈りしときますね」

「ありがとうございます。では失礼します、貴方もお元気で」

 父親は礼儀正しく一礼してボールを持って去っていった。

 サラリーマンも大変なんだなぁと思いながら後ろ姿を見送っていると砂場のほうから歩いて来ている小さな子供が目に入る。

 さっきまで砂場で遊んでいた子だ、多分この子が今日のターゲットだと思う。

 どうやって声を掛けようか思案していたが向こうから来てくれるなんて今日は運がいいみたいだ。

 少し気づくのが遅れたけどここにたどり着くにはまだ時間が掛かりそうなので後ろにある公衆トイレに急いで入る。

(アイリーンだったらいいな、確か4才だったよな。だったら僕は15才だ)

 公衆トイレから出て来た私は60才のおっさんから15才の少年の姿に変化していた。

 変化していると言っても肉体が変化しているのではなく光を屈折させた光学擬態によるものだ。

「ちょっと、服が大きいな」

 トレーナーの袖口とズボンの裾を折り曲げて調整する。

 自分の身体意外は光学擬態の対象外になるので気を付けなくてはいけない。

 野球帽は被ったまま少し向きを変え格好良くして急いでベンチに座る。

「やぁ、アイリーン今日も1人かい?」

 焦って、何の脈絡もなく確信事をいきなり叫んでしまったが、まだ距離があった。

 女の子は真っ直ぐ私の目の前までやって来て不審者を見る目で私を見つめている。

「お兄ちゃんは誰なのさ、さっきからうちのこと呼んでたでしょう声が聞こえてたわ、それで来てあげたのよ、お兄ちゃんはうちのこと知っている人なの? 知らない人とはお話してはいけないんだよ知っている人だったらごめんなさい。うちのマ…お母さんはちゃんと仕事行ったけど、お兄ちゃんお仕事サボったのですか」

(今、まさにお仕事真っ最中なんですけど)

 アイリーンがテレパスとは聞いてないので単純に感がいいだけだと思いたい。

「あれ、ちゃんと15才に見えているよね? 焦って間違えてしまったかな」

 思わず口に出してしまった。

「お兄ちゃん15才なの?大人の人かと思っちゃったよ、じゃぁうちとカケオチなんか出来ないね残念だわぁ」

(ちょっとこの子どこの子? 本当に今日のターゲットの子なのか不安になってきたぞ)

「ア、アイリーンだよね? 4才だよね?」

 言った瞬間、背中を冷や汗が流れる。

 失敗したと思った。

(まるでアイリーンを狙った不審者その者だ!)

「違うよ、うちは鈴木愛鈴すずきあいりだよ。でもアイリーンなら4才だよ! お願いだから人違いで誘拐なんかしないでよね!」

(ああ、アイリーンで間違いなさそうでよかったよ、でも警戒されてしまったかもしれない)

「アイリーン声が大きいよ、誘拐なんて言わないで……『間違いでした』と言っても『話なら署で聞く』って連れていかれる世の中なんだからさぁ」

「わかったー、じゃぁお兄ちゃんに問題です。お兄ちゃんは、いちばん悪人、にばん仕置人、さんばん暇人どれですか?」

(今度は声が小さくて聞きづらいんだけど)

「えっ?いきなりの三択問題?付き合わなければいけないの?仕置人? って何? 中学生って答が無いんですけど!」

「別にいいのよ何でも、うちはお前さんのお命申し受けて帰るだけだから」

(意味不明、理解不能、心頭滅却あっ違った)

「待って3番の暇人でいいからさぁ、だからお願いもう少し付き合って下さい!」

「いやだわ~、出会って3分も経たない内に求婚だなんて、カップ麺より早いんだから」

(もう嫌だ~、誰か助けて!)

 心の叫びが外に出ないように努力するので精一杯になっていた。

(誰がこの子を教育したーっ)

「そうだ! お腹が空いたんだったわ、お兄ちゃんお弁当持って来てるよね、分けてちょうだい!」

(この子『お昼にしますよー』の声に感化されてるのではないですか。それにしても話題の飛びすぎで思考が追い付かないよ『3番暇人』の答に対するリアクションはなしでいいんだよね『もう少し付き合って』の意味は正しく伝わっていると思ってていいんだよね、それで今度はお弁当を出せと言ってるんですよね)

「お兄ちゃん顔が青いよ大丈夫?」

「い、いや別に、お兄ちゃんは大丈夫だから、お、お弁当? 持ってくるはずがない、いえ、お弁当は持って来てないよごめんね、お腹が空いてるんだね、う~ん……ラーメンでもご馳走しようか?」

 どうでもいいけど早くこのしょうもない兄妹漫才を終わらせたい。

「いいの? ムリムリお願いしたんじゃないんだよ、だからありがたくご馳走になるね、でもうちチャーシューメンが食べたいな、いいよね、そしたらさ知らない人でなくなるね、だってうちにご馳走してくれる人だから」

(食べ物に釣られて付いていくその考えは非常に危ないと思うよ、だけど今は大変有難いお言葉なので指摘しないでおくね。それに可愛い所もあるじゃない、無理矢理をムリムリって覚えてしまったんだよな、きっと)

「じゃぁさ、公園出た所にあるラーメン屋に行こうか」

「うん問題ないよ、ただお昼までには帰る約束なんだ、ご馳走して貰うんだし帰りにうちのアパートまで送ってね、いいでしょ?」

 ここで拒否ると今までの事すべてを白紙撤回されそうなので慎重になって言葉を選ぶ。

「アパートまでエスコートさせて頂きます、お姫様」

「お兄ちゃん! それセクハラ発言だからね」

 アイリーンのカウンターパンチが炸裂した。

 まあ、それでも最後はアイリーンの保護者に会って話をする予定だったので好都合な展開になっているのは間違いないはず。

 なのに素直に喜べないのは何でかなぁ。


皆様始めまして、ペンネーム兜山 狸と申します。

会社勤めをしながら書いていますので投稿日がバラバラになるかと思います。


どうぞよろしくお願いいたします。



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