9話
遅くなって申し訳ございません
来夢は気分が高揚していた。酒に酔っているのに、更に酔っている様な感覚に浸っていた。
道中、拾ったタクシーの中で来夢の肩を借りて眠る姫子の顔は既に癒されている。
その表情を見て、来夢は静かに笑った。その中でやはり思ってしまうのは、お持ち帰り気味に姫子を自宅に連れ帰っている事。
(少し勢いづき過ぎたかしら。でも……この娘はピッタリだと思ったの。利用するみたいで悪いとは思ってる。でも、向こうは"飼われる事"を望んでいた)
だから構わないわよね。そんな言い訳を想い、景色を眺めつつ……自宅に着いた。来夢の自宅はタワーマンション、その最上階だ。
一応は親の言う通り、勉強に色んな稽古を取り組み社会的成功を掴んだのだ。
(どうしてかしら、今に限っては家に帰るという当たり前の行為が、自分らしくない位嬉しいくらい思っているわ)
相当酔いが回っていて眠る姫子を見て、思わず微笑んでしまう。家に着いたら先ずは何をしよう、あと何をすればいいの? なんて想像が掻き立てられていく。
思い返せば抑圧されて、欲を満たせていなかった来夢。いざ、自分の願望を満たせるとなると……張り切りすぎてしまうし、少し怖い。
(これって、いわゆるお持ち帰り? でも、飼うと決めたから……んー、どうなのかしら)
今更ながらいけない事をしている気分になり、少し不安に……でも楽しさの方が大きい。
「ほんと、こんな気分になったのは初めてよ」
ずっと憧れていた、何かを飼うのを。それが"人間"と聞いたら、きっと皆は変な目で見るだろう。でも、構わない。気にしなければいい。
来夢はムニャムニャと寝息を立てる姫子のほっぺを優しく突っついてみる。すると。
「んぁぁ、なぁにぃするのぉ。やぁめぇてぇ」
「あら、ごめんなさいね。モチモチそうなほっぺだったから、ついね」
「ぁう? えへへぇぃ、褒められたぁ」
目を閉じながら可愛くペシペシと来夢の太ももをか弱く叩いた。なんだろう、この子猫の様な反応は。
とても母性本能をくすぐられる。
(……良い娘に出会えたわ。だから、姫子にも私と出会えて良かったって思わせないと)
目を細め、愛おしさを抱き来夢は姫子の手を優しく握る。そして。
「私は姫子にイヤな気持ちなんて、させないわ」
キスする様に優しい動きで耳元に近付き、甘く囁いた。その吐息がくすぐったかったのか、モゾモゾと身体を動かす姫子であったが……嬉しそうに眠ったまま微笑んだ。
もしかして、声が聴こえていたのだろうか? そんな事実など明かされぬままに、タクシーは来夢の住むタワーマンションへ向かっていく……。
◇◇◇
「ん、ん゛……ぁぅ、ぅ。ぁ……ん」
「あら、起こしてしまったかしら?」
姫子は、目をシパシパさせつつ目が覚めた。酔いはまだ残っているのか、身体が酷くだる重い。けれど気分は楽しげ。
若干の酔いによる気持ちの悪さはあるものの、姫子はじぃぃぃ……っと、辺りを見渡した。
「あたしのおうちはぁ、いつからぁこんなにリッチにぃ? あと部屋に壁がないんらけど」
「ここは私の家よ。ほら、ここに座って」
「んぁ、んー……」
酷く酔ってはいるけれど、此処が自分の家ではない事は何となく分かった。
なんと言うか、部屋がキレイなのだ。シックで落ち着きがあって何より座ると身体が沈むふかふかのソファーがある。
(あ゛ぁぁ、きもちー)
思わずうっとりしてしまい、また寝そうになるが……。何となく耐えてみた。だって、スゴく良い気分になれているから。
此処で寝てしまうのは勿体ない。
「姫子、今の状況わかる?」
「んー……うんー。わかるよー」
でも、時間が経って酔いがまわりスムーズに話せなくなってきた。けれど、今の状況ぐらいは解る。
姫子は来夢に飼われる事になった、だから今ここにいる。しかし、着いてみて少しばかり驚いた。
(着いたばっかなのに、なんだろ……居心地ぃ、いーなー)
なんだかホッコリすると言うか、自分の家と比べて落ち着けてしまう。そんな事を酔いどれながら感じていると。隣に来夢が座り、水が入ったコップを前にあるテーブルに置いた
「はい、お水」
「……いらない。お酒が良い」
「飲んだ方が良いわよ? あと、お酒はもうダメ」
「えー……」
まだ飲みたかったのにー、なんて文句を言っても来夢は優しく「ダメ」と言ってくる。だから姫子は、来夢の方にトサリともたれかかった。
「早速甘えてくれてるの? 飼い始めた子猫でもそうはならないわよ」
「う゛ー、飲まへてくれないからァ、こうしてるらけー」
飲めない分はこうやって困らせてやるのだ。こんな事が出来るのも、来夢と出会ったから。だからだろう、姫子が考えるよりも先に身体が動いてしまう。
「あらあら、困ったわね」
「あぁ……んー……ふへへ」
言葉通り困り顔をみせる来夢だけど、優しく姫子の頭を撫でてくれた。向こうも喜んでくれてるのだろうか。
なら、もっと困らせて……いや違うそうじゃない。酔っていても姫子はキチンと自分の願望のままに動くことが出来る。
したいのは困らせる事じゃなくて、甘える事ではないか。
「ねぇ」
「なぁに?」
くいくいっと、来夢の袖をひっぱりじぃっとみつめた。よく見なくても分かっていたけど、やはり来夢はキレイな人だ。そんな人だから姫子は……。
「バーでね、まだ言えなかった事があるの……聞いてくれる? 言い足りないの」
「構わないわ、たくさん話して」
会社での出来事を言いたくなった。この人なら真剣に、優しく何も言わずに聞いてくれる気がしたから。
「ン。ありがと、あのね……」
そこからは、会社の事を話した。主にイヤな事があった……と言う話だ。そんな話を来夢はただ静かに聞き、時折。
「もうねぇ、なんなのぉって感じするの……ッッ、あのアホ上司ぃ」
「こらっ、そんな言葉使わないの」
「ウーッ、だってぇ」
「だってじゃないわ。そんな人の為に姫子が汚い言葉を使うだけ損よ」
こうやって注意してくれる。その後猫を撫でる様に肩を撫で、背中を撫で、頭を撫でて……。
「陰口なんてなんの生産性もないわ、という私も言っちゃうけど。ふふ」
「えー、なにそれぇ」
軽快に且つ大人っぽく微笑んだ。その仕草がとてもときめいてしまった。もっと見たい、もっと来夢に触れられたい、なんて思った時。突然眠気が襲い、カクンと大きく顔を振ってしまった。
「もう眠る? なら、歯ブラシと化粧落とし用意するけど……」
「ヤ。まだ話してたいし甘えたいの」
「まぁ、嬉しいわね。でも限界そうだけど、本当に寝ないの?」
「ん、寝ない。まだ、喋ってたいの……ダメ?」
「ダメじゃないわ」
眠たくても、今は来夢とたくさん話していたい。まだ、話し足りない。例え明日も隣に来夢がいようとも。
掛かった魔法から、まだ覚めたくない。時計の針が12時を過ぎようとも……姫子はまだ魔法に掛かったままでいたいのだ。
「そう。なら姫子が満足するまで付き合うわ。実は私も話していたいもの」
「じゃ、お話……しよ? たくさん。会ったばっかり、だも……ん。来夢の色々知りたい、よ」
次第に眠りにつきつつある姫子、頑張って話そうとする様は、まだ眠りにつきたくない子供と一緒。
愛おしい、こんなに可愛い光景があって良いの? 強く思った来夢は、潤いを感じていた。
もっと甘やかしてみたい。お世話してみたい。ズレた願望なのは分かっているけれど……来夢は深く悦んだ。
泥酔のシンデレラ、姫子は口をパクパクさせつつ……暫くしてやっぱり眠った。けれどとても幸せそう。乾きを感じていた来夢は、すっかり潤い……。
「この時間は、絶対に長く続かせたい……。姫子ともっと仲良くならないと」
密かに姫子と親密になろうと想っていた。この日だけで終わらせない魔法にしない為に。そんな事を願い、来夢は姫子の頭をまた撫でた……。




