8話
気がつけば、姫子も来夢も互いを支える様に寄り添って見つめあっていた。そんな様子をマスターは少し離れた所でみつつ……。
(な、なんだこの2人の雰囲気は……っ。初対面だよな? まるっきり恋人同士って感じがするんだが……ッッ)
ちょっぴり恥ずかしくなってしまった。そうなりつつ、チラチラ2人をみつつ冷静に考えてみる。2人は初対面なのにシンデレラと王子様の様に互いに惹かれていたのだ。
そんな時、ふと来夢が静かに語りだした。
「本気で言っているのなら、飼ってみようかしら」
「ほんと!?」
その言葉は、マスターを強く驚かせた。おい、マジか!! と言いたげな表情を来夢に向けたあと思わず転けそうになってしまった。が、少し落ち着こう。
来夢側のちょっとしたからかいかも知れないのだから。故にマスターは乗っかって見ることにした。
「はははっ、来夢さん……だっけ? 結構ユウキあること言うね、コイツ、きっと飼いにくいよ?」
「あー、もぅ。また、そんな事言うー!!」
あはは、うふふふと賑やかに笑いつつ。少し和やかな雰囲気になった時、来夢はモヒートを口にしつつ、チラリとマスターを見た後、再び姫子をじっと見つめた。
「あら、私は本気よ? 仕事から帰って待ってくれる人がいるのって、ステキじゃない?」
「……ッッ」
その視線が恥ずかしく思ったのか、姫子は頬を朱に染めた。酔っているのにハッキリと心を掴まれたのが分かる。
「あ、あははぁ。お客さんも酔っちゃった? 凄いこと言うじゃん」
「そうね、酔っているのかも知れない。でもね、これは酔っぱらいの戯言じゃぁないのよ」
しかも、その後。来夢は姫子の顎をくいっと優しくあげてみせた。その大人な雰囲気あふれる行為には姫子は「ぁ」と小さな声が漏れてしまった。
「私、心が乾いているのよ。貴女を飼えば潤えると思うの。だって、私の心が語りかけてる。この娘を飼いたいって」
明らかな危ない言葉、なのに姫子は魅力されてしまった。キラキラと眼を輝かせ、気がつけば来夢の手を取ってしまいそうになっている。
「ちょっ、ちょいちょいちょぉぉいっ!! ホント、そんな事言っちゃダメだって。あと、お前も本気にしてんじゃないよ!!」
と、その時だ。焦ったマスターが止めに入った。ヤバそうなやり取りなので止めるのは当たり前だろう。
来夢のことを注意しつつ、姫子の頭を軽くペシペシ叩き正気に戻そうとするが……。
「やばい、これあれだ。魔法に掛けられちゃったっぽい!!」
「はぁ!?」
「だってだって、私めっちゃときめいてるもん」
「は、はァァァァッッ!?」
姫子は妙な事を言い始めた。当然マスターに理解など出来るはずがない。しかも姫子はそのまま来夢の手を握り、来夢に向かって甘えた声で語り出す。
「ね、ねぇ。ほんとに飼ってくれるの?」
「えぇ、私の言葉に嘘はないわ」
夢なら覚めないで欲しいし、魔法にかけられたのなら、解けないでほしい。姫子は来夢に魅了されたのだ。
確信できる、この魔法は……深夜0時を過ぎても解けないと。
「じゃ、じゃぁ……んー。飼われちゃおうかなぁ。えへへぃ」
「えぇ。お家にいらっしゃい。たっぷり癒してあげるわ」
「うへへぇ、いい言葉ぁ」
と言うか、まさに童話じみた展開になってはいるが会話としてはかなりヤバい。焦りまくるマスター。
焦り過ぎて仕事が手につかない、グラスを手にすれば震えて落としそうになる程だ。
(面と向かって"飼いたい"って言う奴に頬を赤らめんなよー)
心の中で突っ込んだ後、よりイチャイチャし始めた2人に対し、マスターは。
「あー、ハイハイ。店ん中でこれ以上可笑しな話は止めてくれー。アタシまで可笑しくなりそうだ」
思いっきり突っ込んだ。もう放っておいたらどんどん話がヤバい方向へ言ってしまいそうだからだ。
「ふふ、それは安心だー。でも、ずぅぅっと家にいろーって言わない?」
けれど、そんなマスターをスルーして姫子は、続けて甘えた声で語る。もはや遠慮なしと言った感じに肩を寄せ、上目使いでみつめる姿は……子猫や子犬と言った感じだ。
「そんな事言わないわ。姫子さんが望むことをしてあげる」
「うぇへへへへ、良い響きぃ」
ひっく、としゃっくりをしつつ。来夢の言葉に蕩けてしまった姫子は、急に姿勢をただしキリッとした真面目そうな雰囲気のある目で。
「きめたぁ、私この人の家に飼われちゃおぉ」
なんとも気の抜けそうな声音で、大変な事を言い出した。これには空いた口が塞がらないマスター、人は酔いが進むとここまで突拍子もない事が出来るのかと思ってしまう。
いや、それに加えて来夢の言動も……言い方は悪いが少しの狂気さがある。
「ふふ、嬉しい言葉ね。いいわよ、いらっしゃい」
「えへへぇ、やったぁ」
なのに、どうして姫子は惹かれるのか? 酔っているから……と言ってしまえば簡単だが。理由は別の場所にありそうだ。
他に飼われることで"癒し"を得たい姫子。
他を飼うことで"癒される"と思う来夢。
2人の違うようで重なる想いが、姫子と来夢を惹き合わせたのだろう。
「と言うわけで。マスターさん、ごちそうさま。私達は帰るわ」
「え? ぁ、ちょ……ッッ」
なにも言わせない、と言わんばかりに。来夢は姫子が飲み食いした代金までも支払い、姫子の手を引き、彼女のおぼつかない足取りに注意しながら店から出ていってしまった。
「お、おいおい。ほんとに連れてっちゃったよ」
もはや、そう言うしかなくなったマスターは残された空の2つのグラスを眺め、深いため息を吐いた。
大変お待たせしました。次回もお待たせさせてしまいます。申し訳ございません。