6話
大変長らくお待たせしました。続きをお楽しみください。
「そんでさぁ、上司がほんとうにもぅ、なんと言うかぁ、面倒事だけ押し付けて、本人はさっさと帰っちゃうのぉ」
「あらあら、いけない人ね」
……姫子は来夢に今日あったことをたっぷりと話した。他人の愚痴なのに、来夢は嫌な顔1つせずに真剣に聞いていく。本来なら酔っぱらいの愚痴など、面倒に思っても可笑しくはないはずなのに。
「同僚の女もさぁ……なんかぁ、うー……仕事とかぁ、おしつけてぇぇぇ、う゛ー」
「よしよし、辛かったわね」
時折姫子の頭を撫でてあげる。なぜなら彼女は泣いているから。少しでも慰めようとしている? 無意識に手が動いてしまったのだろう? いいや、違う。
(彼女には悪いけれど……。この娘、とても良いわ。私が求めている人だと思ってしまうわ)
来夢は自身の欲望から、愛しさを感じ姫子を撫でていた。来夢にとって今の姫子は可愛く見えて仕方がない。この娘を癒してあげたい、辛い気持ちを解消させたいのだ。
「ほんど、づらいよぉぉっ。あんなじごどばやめだいぃぃぃ」
そんな来夢を他所に、姫子は辛くてしんどい気持ちを爆発させる。そんな姿を見たマスターはと言うと苦笑し、やはり面倒そうにと思っているのだが……。来夢は違う。
(飼いたい。美味しいものを食べさせて、キレイにして、一緒に寝たりしてあげたい……)
来夢が姫子を見る目は、最早猫や犬を愛でるような目。姫子の話を聞いているだけで、惹かれつつある。
(いけないわ、初めて会った女の子に抱いていい感情じゃない)
その中で僅かな理性を残しつつ、クピクピと両手で可愛く水を飲見ながら話す姫子を見つめた。
「れもぉ、しごとどがぁ、みっがんなぃのぉよぉ」
「このご時世、転職は難しいものね」
「本当にそうだよー!! もぅ、世間はハードモードすぎぃ、だいぎらぃぃぃ゛」
「そうねぇ」
ぐでんぐでんに酔い、未だに身体を左右に揺らす姫子は椅子から転げ落ちてしまいそうだ。そんな姫子を支えつつ、来夢はマスターとふと目が合った。
「……すごいでしょ? 酔うといっつもこんなんなるんですよ」
「ふふ、相当大変な毎日を過ごしてるんでしょうね」
「はは、かも知れませんね。でも、あんまり優しくすると、ソイツ……すんごい甘えて来ますよ? 迷惑だったら引き剥がして結構ですから」
マスターは、常連である姫子の事をソコソコ知っている。店に来れば決まって酔いつぶれ、心配して話し掛けてきたお客に絡んで少々迷惑をかける。
そんな迷惑行為をする姫子だが……マスターは、出禁にしていない辺りあんまり邪険にしていなさそうだ。
「ねぇ、ちょっとぉ。わらしの話聞いてよぉ」
「ふふ、ごめんなさいね。聞くからヨダレ拭きましょうね」
「あ゛ぅぅぅ」
まるで母娘の様なやり取りを微笑みながら見たあと、空になったグラスを下げていく。
「うぇへへ、ほんと来夢さんやしゃしぃ」
「そう思う? 案外そうでも無いかも知れないわよ」
「わー、わぁぁ。なんか今のぉ、経験豊富な大人の人ぉって感じしたぁ」
確かにそれっぽい……。姫子はそんな雰囲気の女性が大好きなのだ。故にとても意識してしまう。
(こ、この人になら飼われても良いかも……)
酔ってはいるが、ほんの少し意識はあるのか? 確定づけた事は思っていない。にしても、やっぱり思考が危なすぎる。まぁ、それは来夢もなのだが……。
その時姫子はふと、ニマリと裏がある様な笑いを見せた。
「そんな来夢さんはぁ、なんだか王女様みたい」
「あらあら、私はそんなに偉い人間じゃないわよ?」
「またまたぁ、謙遜しないでよー」
それとなく、自分の願望をさらけ出すことにした。先程脳裏でピンッと思い立ったのだ……心と体が来夢の優しさに触れて姫子の中に潜む心の声が叫んだのだ。
『もう言っちゃえ。それとなーく私を飼ってって言っちゃえー』
と。完全に泥酔し切った者の謎のテンションである。こうなったら姫子は止められない。またフラフラと肩を揺らしながら姫子は話しを続けた。
「来夢さんは、王女様……。それもシンデレラに出てくる様な立派な人ー」
「……え? それは王子様じゃなかったかしら?」
「もー、細かい事は良いのー。変に突っ込むの禁止ー」
でへへ、と若干気味悪く笑う姫子。王子と王女を間違っているけれど、姫子にとっては些細な事らしい……。
目の前で聞いているマスターは突っ込みたい気持ちはあるものの、言えば騒ぐと思うので黙っておいた。
「そんでねぇ、えぇと。私はさぁ、そのぉ……シンデレラにぃ、憧れてるのぉ」
「そうなの?」
「んっ。そうなのー。うぇへへへ」
……そしたら、なんの脈拍もなく自分が好きな物語の事を話し出した。これには来夢は若干着いて行けなくて同意するしかなかったが。
この刹那、マスターは姫子の思惑を感じ取る。
(おいおい、変な事くちばしんじゃ無いだろうな)
マスターは少々警戒しつつ聞いていると……姫子は満面の笑みで来夢の両肩に手を置いて話を続けた。
「でねぇ、でねぇ。シンデレラって、王女様と結ばれるじゃん?」
「え、えぇ……そうね」
……正しくは王子様とだが、来夢もマスターもツッコミはしない。姫子の頭の中では、シンデレラのワンシーンの様に自分とドレスを着た来夢が手を取り合い踊っているのを想像している。
思考が本当にシンデレラ、故に……この言葉はすんなりと飛び出てきた。
「つまりシンデレラは幸せになれるのぉ。それはさぁ、色々頑張ったご褒美……なんだよねぇ。はぁぁぁぁ、私もさぁ……飼われたいなぁ、シンデレラみたく」
「おいコラ、シンデレラはそんな物騒な話じゃねぇぞ」
と、その刹那。マスターの鋭いツッコミが軽い手刀と共に飛んだ。ペコッと頭にヒットした後、すぐ様姫子は手で押さえ涙ぐむ。それも恨めしそうにマスターを睨みながら……。
「うっさいなぁ、ちょぉっと違うのわかるけどぉ……飼われたいから飼われたいって言っただけじゃんかぁ!!」
「あーもー、客の前で変な事言うな!! 出禁にすんぞ」
「ッッ。やーだー!!」
止めないで、突っ込まないでーと駄々をこね始めた姫子。せっかくそれとなーく来夢相手にアピールをしたのに邪魔をされて怒っているのだ。
いや、しかし……狙って言った言葉にしてはストレート過ぎている。これには来夢は少し苦笑してしまった。
「私はー、ずぅぅっと魔法に掛かってたいのぉ。適度に頑張るし、嫌だけど……は、働きもするぅっ。でも、飼われて癒される位いいじゃぁーん」
遂にはガタンガタンと椅子を揺らすくらい暴れだす姫子。日々の抱えたストレスが遂に爆発した。目の前に現れた来夢、自分を癒してくれるかも知れない存在に会えた事で歯止めが効かなくなったのだ。
「ちょ、もー!! 今日は一段と発言が酷いなぁっ。あー、えと、ホントごめんなさい。いつもは決まって酔いつぶれて寝る……の、に?」
そんな姫子を止めながら、マスターはひたすらに謝った……が、その時マスターは見てしまったのだ。口を手で抑え、うつむき加減で妖しく笑う来夢の姿を。