5話
姫子は過去一動揺し、気持ちが高揚していた。酔いの気持ちの悪さはあるが、それを上回る幸福感が目の前にあるのだ。
「あぁ、どうしよ。私、幸せ過ぎて吐きそう」
「いや、吐くな。最悪吐くんならトイレにいけ」
吐きそうになりながら、姫子は来夢をじぃっと見つめ。ニヘラと少々不気味に笑った。
「ねぇ、お姉さん。さっき……私が泣いてて、大丈夫って言ってくれた?」
「えぇ、言ったわよ」
「ふわぁ、優しい人だぁ」
吐きそうになりながら感激しつつ、姫子はまた泣いた。目の前にいる人は知らない人なのに。この人からは深い優しさを感じるのだ。
「ううぅぅ、今まで生きててお姉さんみたいに優しい人見たことなかったよ」
「もう、大袈裟ね」
苦笑しながら、また来夢に涙を拭かれる。それを受け入れつつ、姫子はマジマジと来夢を見てみた。
見れば見るほど自分好みの女性で、本当にビックリしてしまう。心からゾクゾクすると言うか……無性にこの人に甘やかして貰いたくなった。
「ほら、姿勢を正して。もうお酒は止めましょうね」
「んぁ、ぅー」
優しく背中に触れられた時、ふわりと来夢の髪が揺れ……仄かな華やかな香りが伝わった。
(わ、わ、わぁ。すごくいい匂い……。この人、本当に良いかも)
この人は初対面で、もちろん知らない人なのにドキドキして仕方が無い。酔とは違う感覚に戸惑いながら、姫子は来夢に促されるまま背筋を伸ばす。
(ほっ、ほんとうにシンデレラの魔法に掛かったのかな? いい人が来ちゃったよ)
でも、直ぐにふにゃふにゃっと力無く背筋を丸めると、来夢はクスリと笑った。その笑い方はとても静かで品がある。
姫子はチラリと飲んでいたシンデレラを見て、また来夢を見つめた。
とにかく美しい。見とれ過ぎて暫く見つめていると、来夢は不思議そうに首を傾げ見つめ返してきた。
(う、ぁ。その仕草……やばいって。キレイ過ぎるでしょ)
若干酔いが覚めたのか、思考がスラスラ湧いてくる。
どうしよう、この人に思い切り甘えたい気持ちが止まらない、自分自身の願望が湧いて出てくる。
「少し良いかしら」
「へ」
その時だ。唐突に来夢に話かけられたかと思うと、彼女は真っ直ぐと姫子の目を見てきた。その視線はやはり美しい。
けれど……この時、姫子は心の底から震えるような"何か"を感じた。
しかも、来夢にじっくりと見られている事も感じる。その事に恥じかしく思っていると。
「その、聞こえてきてしまったのだけど」
「は、はい?」
少しいい辛そうな表情を見せ手をモジモジさせながら、尋ねてきた。なんだろうか? 来夢が言った通り唐突なので身構えてしまう。
「職場で何かあったの? って、唐突すぎるわね……ごめんなさい」
だが、そんな思いは直ぐに消失してしまう。心配そうな顔つきで語ってくる来夢が、姫子の心を鷲掴みにしたからだ。
「うっ、うぅぅ。ぞぅなのぉぉぉぉっっ」
故に、溢れんばかりの想いが爆発した。目の前の優しさの体現者にすがりつき、来夢の豊満は乳房に頬をすりつける。
「ほわ。やわらかぁ……。この感触すきぃ」
そんな様子にギョッと慌てた来夢だが、直ぐに聖母の如き笑顔を見せて頭を撫でてくれた。その手つきは物凄く優しくて、とても落ち着く……。
(あぁぁ、全てが癒されてくぅ。さいこぅ)
姫子はトロンっと表情を綻ばせ、来夢の優しさに浸っていると……。突如頭に強い衝撃が襲った。
「やめろ、この変態酔っ払い。これ飲んで酔いを覚ませ!!」
「いったーいっ。なにするんだよー」
「お前が変なことするからだろ。ほら、これ飲め。んで少し落ち着け!!」
マスターが思い切り姫子の頭をチョップしたのだ。痛そうに頭を抑え、マスターを睨むと……。姫子の傍には暖かいスープが置かれていた。
「わ。これ美味しそー」
「変わり身早。早速飲んでるし」
そのスープはトマトと味噌のスープ。しかもキャベツと薄切りのベーコン入りである。酔った身体に適度な酸味と塩気がマッチして余程美味しいのか姫子はとても喜んだ。
マスターは、そんな様子に苦笑しつつ来夢に頭を下げた。
「ウチの常連がごめんなさい。コイツ酔うと絡みがスゴくて」
「ふふふ、みたいね。でも私は気にしていないわ」
来夢は上品に笑いつつ、スープに舌鼓をうつ姫子を見ながら続けた。
「寧ろ、おやつを前にした子猫みたいに急に態度を変えたり、感情の赴くままに泣いたりするのって……可愛いもの」
「っ。あ、あはは。そりゃ随分変わった見方だね」
来夢が言ったことは嘘偽りのない事実だ。こう言う風に振る舞う女性は、来夢にとって惹かれる相手。
故に早くも夢中になっていた。
そんな来夢の事を知らないマスターは、来夢の事を少し変な客だと認識してしまう。
「あら。いま、私の事を変な女だって思ったでしょう」
「ぇ゛……あ、まぁ、その。はい、ごめんなさい」
「まぁ。ここのマスターは正直な人ね」
そんなマスターの心を簡単に見透かした後、静かに笑う。笑いつつ、モヒートを口に含み静かに飲み込んだ。
「ねぇ、ねぇねぇねぇ。おねぇさん、おねぇさぁん」
「はぁい、何かしら?」
その時だ。スープをクイッと飲み干し、またベッタリと来夢にくっついた後。甘え切った顔つきで語った。
「あのね、私の話を聞いてくれる? 今日辛いことあってぇ、聞いて欲しいの。ダメ?」
嫌だ、なんて言わないでね? と言いたげに目を潤ませる姫子は、ギュッと来夢の袖を少しだけ強く掴んだ。
その様子に、マスターは慌てて止めようとしたけれど、来夢は静かに手をかざして制止して……。
「構わないわよ。私でよければ話を聞くわ」
まるで全てを受け入れる様は笑顔を見せて、髪を靡かせながら答えた。その仕草は大人の色気を感じ、呆気なく頬を赤らめ魅了された姫子は……。
「やったぁ。うへへへぇ」
蕩けた表情で返事をするのであった……。