4話
姫子の傍に来た時。より疲弊している事が見て分かった、何があったか知らないけれど。来夢には姫子が働き詰めだと言う事が分かる。
(この子には悪いけど。今の貴女はとても魅力的に見えるわ。でも。まだこの子が私が望む娘と決まった訳じゃない)
確かめないと。消え入りそうな声で呟き、来夢は姫子に優しく微笑んだ。一方で姫子はキョトンと来夢を見て固まってしまっている。
見ず知らずの人に頭を撫でられたら、驚くのは無理もない。
「貴女大丈夫? そんなに泣いてどうしたの?」
「ぇ、ん……」
優しい目で姫子を見たあと、来夢はカバンからハンカチを取り出し、姫子の涙を拭いてあげた。それも優しく……。
その仕草は何処と無く母親を感じさせた。
「涙をふいて? 可愛い顔が台無しよ」
「……ぅ、ぁぅ、ぅー」
されるがままに涙を拭かれる姫子は、ぼーっとしながら来夢を見つめる。何だかキレイな女の人が目の前にいる。と泥酔して回らない脳ミソでゆったりと思考した後、姫子はカッと目を見開き。
「うぇッッ!? 目の前にパツキンでナイスバディなお姉さんがいるぅぅッッ」
「こら、店で騒ぐな」
突発的に叫んだ、その直後にマスターからチョップを喰らう。それでも姫子はテンション高くマスターをみつめ……。
「だ、だってパツキン美女だよっ。存在自体がレアなんだよっ。その人が私の目の前に……あわわわわ」
長々と良く分からない事を語った。だが、姫子は徐々に話す勢いが落ちていく。それどころか顔色が悪くなってきた。
「ゔぶ……っ」
「あらあら、大丈夫?」
突っ伏してしまう姫子の背中を優しく擦る来夢は、心に深く突き刺さるモノを感じた。
(この娘、良いわね)
心が昂り、思わずニヤけてしまう。その顔を見られないよう、来夢は口元を押さえつつ心配そうに姫子を見つめた。
よく見ると疲れ切った顔の奥に、可愛さが見える。無性に優しくしてあげたいと思ってしまう。
「少し顔色が悪いわね。もぅ、飲み過ぎは良くないわよ?」
「ッッ。ぅ、ぁ……」
「マスターさん、この娘に酔い醒ましになるモノを」
「あ、うん。直ぐに持ってくるよ」
姫子の頭を撫でている手を、いつの間にか頬へ移した来夢。この時点で自身が抱く欲求が反応した。
(堪らないわね。この娘の様な弱ってる娘をみると、私の願望が顔を出すわ)
目の前にいる可愛い娘を介抱したい、いや……愛でたいと言った方が正しいだろう。
傷ついたら癒してあげたい、ダメなことをしたら叱りたい。たくさん食べさせて上げたいし、散歩もさせてみたい。
そんな思いが湧いてでる。
(この娘とは初対面じゃない、自重しないと。でも、こんな事を思ったのって、この娘が初めてだわ)
凡そ動物に向けるであろう"飼育願望"を、来夢は1人の女に向けている。この願望は来夢が中学生になった時抱き始めた願望だ。
娯楽を禁止された来夢だが、親の言う事を聞くつもりは無い。1人の人間なのだ、娯楽……とは言わないが、何かをして癒されたい気持ちはあるに決まってる。
故に、何が自分にとっての癒しになるのかを調べた。ゲーム、食事、旅行……全てが癒しに当てはまる事無く、近しいものに出会ったのが中学生になった時。
それが、生き物を飼うこと。
偶然、母が猫を飼うことになり来夢も飼育をしたのだが……正直言うと。人より早く死んでしまう猫を、来夢は何処か可愛く思えなかった。
この時、脳裏に危ない思考が過ぎった。
"同じ時を生きられる人間なら、どう思うんだろう"
瞬時に想像した、その刹那……想像であっても、大いなる幸福感を得てしまう。
"飼うなら、疲れきって擦れている娘が良い。同じ女性というのも外せない。同じ女の方が気が合うもの"
凡そ中学女子が思い立つ様な事じゃない。それに絶対に叶う筈が無い願望でもある。
来夢にとっての癒しは"飼育欲求"を満たす事。愛でて癒す事が来夢にとっての幸せだ。今までそんな存在に巡り会う事が無かったが……今、本能で悟った。
目の前にいる女性こそ、来夢が求めていた人かも知れない。
抱いた時、この願望を叶えるのは不可能だと感じていた。だが、諦めなかった……。
「貴女、名前は? 私は二十日 来夢。ただの女よ」
「……ぅ、うぷ。えと。灰被 姫子。OLです」
諦めなかったから、出会えたのかも知れない。
(いえ、それともモヒートがもつ魔法のお陰かしら)
二十日 来夢は乾きを感じてる。
乾きを癒す望みを持つ来夢の前に……示し合わせたかの様に姫子は現れた。
偶然ではなく必然、来夢と姫子が出会えたのは本当にカクテルに魔法を掛けられたからなのかも知れない。
この小説はマイペース更新になります。ですので、次回のお話まで待たせてしまいます。申し訳ございません。