2話
姫子が思うのは、いつかは叶えたい思想の事。それ即ち"飼育願望"。
「飼われるなら、悲しい時に甘やかしてくれたり、いい事したら沢山褒めてくれる母性マシマシの人が良いなぁ」
かなり超ド級に尖りすぎた危険な思想であった。冗談に思えるだろうが、姫子は本気で思っている。故にマスターはため息をつき呆れてしまっているのだ。
「聞いてないっての」
「う゛ー。ねぇマスタぁ、そんな人知らない? 知り合いにいたり……」
「知らんし、いるかそんな奴」
「えーー!!」
不満げに唸いた後、満たされない気持ちを飲み込むようにビールを飲み切った。その後……。
「じゃぁもう一杯、おかわりぃ」
「なにがじゃぁ、だよ。流石にやめときなって。フラフラじゃん」
「飲まなきゃやってらんないのー。のーまーせーてーよー!!」
マスターの言葉通りフラフラになりながら、また酒を頼もうとした。姫子の視点は定まっていない。なのに飲もうとする。
「だってさ、だってぇぇ。酔って、ふわふわぁってする感じがぁ……結構気持ちいいんだよ?」
「それ、気持ち悪いの間違いじゃないか?」
「ちーがーうーのー!!」
姫子にとって、酔うという感覚はとても気持ちがいいものと思っているから。だから、どれだけ泥酔しても飲んでしまう。
「私にとってはさぁ、酔うって事は魔法に掛かるのと同じなんだよ」
「魔法?」
「そう。ふわふわぁって感じがぁ、何だか良い事起きるよーって言われてるみたいで、楽しくなるの」
「なるほど。独特な感性だね」
姫子にとって、お酒は魔法。掛かっている間は自分が望む雰囲気に浸れてしまう。ふわふわで楽しげ、この時だけは嫌な気分が薄まってくれる。でも……。
「あーあ。これで、金髪お姉さんが来てくれたらなぁ。お尻とお胸がおっきくて、優しい人がいーなー」
姫子が求める王子様……もとい、お姫様は現れない。そこだけが不満、これでは飼われたい欲望が満たせない。
危なげな姫子の言葉を聞いて、またため息を吐いた後。スっと、姫子が飲んでるグラスを引いた。
「夢ばっか見てないで現実を見な。アンタが言う魔法とやらは下手したら肝臓悪くするんだから」
「う゛ー。そんなの今は聞きたくなーいー!!」
「あー、うるさいなッッ。店ん中で叫ぶんじゃないよ」
まるで子供のように駄々をこねる姫子。グラスを取り返そうとするが……ぐでんぐでんに酔った姫子の力では叶わない。
マスターの腕一本で頭を押さえられ、阻止されてしまう。それでも続けてみるも……取れないとみるや。
「しっかりトイレも出来るし。頼まれれば掃除もするよ? 料理だってするもん」
「アンタ、料理出来んの?」
「ふふ、得意料理はカップ麺でーす。あと冷凍食品をチンするのも得意ッッ」
「あぁ、そぅ」
勝手に聞いてもいないことを話し始めた。典型的な料理が出来ない人みたいな事を言う姫子に対し。マスターはため息混じりに応えるしか出来ない。
「というか、まるで自分がペットになるみたいな物言いだな」
「だって。そうなりたいんだもん。ニャーニャー」
こりゃ重症だ。
マスターは率直に思った。今宵の姫子の酔い方は過去一に酷い。
「はぁ。仕方ないね」
またため息を吐いた後。姫子から引いたグラスを遠くへ置き、マスターは何かを作り始めた。
「良いかい。これはアタシの気まぐれなお節介だ。心配したから奢るんじゃ無いからね?」
「え」
「言っとくけど、これが最初で最後だからね?」
姫子は目を見開いて驚いた。こんな事、今まで無かったから。身体をフラフラと揺すりながらマスターの動きを見つつ、姫子は呟いた。
「マスター、それってツンデレ? だとしたらまったく似合ってないよ。ププププ」
「下らない夢見てんなら、氷水ぶっかけるよ。アンタみたいな奴に見せるツンデレは持ち合わせて無いんだよ」
「ひぇ。ごめんなさい」
わざわざアイスピックを手に取り氷に向かってガシャンッッと突き立て脅す。
マスターはこう見えても、姫子の事を心配しているのだ。酔うと絡んでくる迷惑な客だけど常連客。
少しでも力になりたい、そんな気持ちがあるのだ。でも、全くと言っていい程素直にそれが表に出せない。
姫子に対して冷たい態度を取るが、マスターはかなり心配しているのだ。
「ほら、出来たよ。ゆっくり味わいな」
「わー。なんか、オレンジジュースみたいなのが出てきたぁ。ねぇねぇ、これなんて名前のカクテル?」
姫子の言った通り、マスターが出したのはオレンジジュースにも見える。だが、これはれっきとしたカクテルだ。
「シンデレラって言うんだ。『夢見る少女』って言うカクテル言葉がある。アンタは少女って年齢じゃないけど、今のアンタにピッタリだろ?」
「ん。そうかもしれない。でも、随分と似合わない事したね。マスターも酔ってる?」
「アタシは下戸だよ。飲めないの知ってんだろうに」
「あはは、そうだったねぇ」
何気ないやり取りをした後、シンデレラと呼ばれたカクテルを姫子の前に差し出した。
少し間を開けた後、そのグラスを手に取った。
「んじゃ。マスターが奢ってくれたし、飲ませて頂きまーすっ」
「はいはい、ゆっくりと味わいな。これで、本当に魔法に掛かると良いね」
マスターの言葉に「うん」と元気よく返したあと……姫子はそのカクテルを飲んでいく。甘酸っぱくて飲みやすく、酔っていた姫子の身体に染み渡る。
彼女がソレを実感していた頃。
カランコロンカラン……と軽やかにドアベルが鳴った。
「いらっしゃい。お好きな席へどうぞ」
ピシッとした高級スーツを見にまとい、美しくスラリと長い金髪を揺らし。グラマラスな女性がこの店に入ってきた。
それだけで、大人の色気漂う良い匂いが漂ってきそうだ。その人は歩き方にも気品が現れていてマスターは少々見惚れてしまう。
「……」
独特な雰囲気を持つその女性は、姫子から離れたカウンター席へ座り……チラリと姫子を見た後、直ぐに目を離す。
「モヒートを1つ、ドライフルーツと一緒に貰えるかしら」
意味深な何かを感じさせる女性客は、直ぐに透き通るような声音でカクテルを注文した。
姫子はまだ知る由もないだろう。今、現れた女性こそが姫子が望んだ女性である事に。その事を知らず、姫子は泥酔の感覚に浸っていく……。
作中に出てきたカクテル、シンデレラは実在します。興味がある方は調べてお作り下さい。美味しいですよ。