86.タッチーvsドモン
◼️前回までのあらすじ◼️
タッチー先輩とドモンさんのバトルが始まるよ。
タッチー先輩は憧れのジョーカーさんに興味を持ってもらい助言をもらうことはでかなるかな?
バトルフィールドは先程と同じ『闘技場』であった。
石畳で出来た円形状のフィールドは小細工の効かない実力のみがものをいうフィールドだ。
「うっし、俺の実力を見せてやんよ」
リーゼント頭のドモンさんが金属バットを肩に担いだ状態で、軽く屈伸運動して試合開始を待つ。
対するオーソドックスな剣士スタイルのタッチー先輩は、ショートソードを中段に構える。個性を殺した基本に忠実な構えだ。
「闘気を発するでもなく覇気も感じられないな。
今のところ特に見どころはなさそうだが、何か狙っている感じなのか?」
観戦者として私の隣の観戦席に座るジョーカーさんが訝しげな視線を向けてくる。今の状況だと、タッチー先輩は強そうには見えないからだ。
「多分、そうだと思います。私と闘った時は決まった構えを取らない『無行の型』でした。オーソドックスな構えをして相手を油断させようとしてるんじゃないかな」
ブレバトでは観客の姿はおろか声すらも試合しているプレイヤーに聞こえないので、どんな作戦をとっているかなんかの予想を隠さずに話せるので、私は素直に答えた。
「なるほどな」
ジョーカーさんは「うむ」と頷く。
そんなやりとりをしている間に、カウントダウンが開始され、試合が始まった。
「おっしゃあぁぁぁっ!!! 行くぜぇ、スキル【金剛纏衣】!」
まずはドモンさんが動く。主武器である『金属バット』がスキルによって耐久値・硬度が上昇する。
ドモンさんの戦闘スタイルはまさに殴って勝つと言うものだ。耐久の高い『金属バット』で攻撃を続ける事で多少な防具ならば武具破壊に追い込み、さらに手数の多い飽和攻撃にて押し切る超攻撃型の戦闘スタイルだ。
少し驚いたのは、ドモンさんの声と共に辺りの空気が少し震えたのだ。まだ『闘気』は扱えないようだけど、ドモンさんの気合が圧力としてゲーム内で表現されたようだった。
「どうだ。ドモンも鍛え方次第で『闘気』が使えそうだろ?」
「はい。『気』の流れを知る訓練を積めばすぐにでも使えるようになると思います」
私の肯定の言葉に、ジョーカーさんは満足気な表情を浮かべた。どうやらジョーカーさんは、ドモンさんのように強さを前面に押し出す戦闘スタイルが好きなようだ。
ドモンさんは距離を詰めるために駆け出す。
ガリガリガリ――【縮地】
気合いの声と共に駆けながら、金属バットを地面に擦り付けた瞬間、スキル発動の表示が出てドモンさんの姿が消える。
動作起動でのスキル発動だ。
一瞬にして距離が縮み、タッチー先輩の目の前にドモンさんが現れる。
「オラァ、『砕け散れ』!」
叫んで上段から金属バットを振り下ろす。『砕け散れ』の言葉が鍵言葉のようで、振り下ろすのと同時にスキル【破砕撃】の文字が表示され、金属バットが黄色いオーラに包まれる。
それは武具へのダメージを増加させる武具破壊用のスキルだ。耐久力が比較的に低い『短剣』で受ければ一撃で武器破壊となりかねない。かといって武器で受けなければ初撃ボーナスで体力を大きく減らされてしまう。見事な先制攻撃だ。
両手で武器を構えていたタッチー先輩は上腕部に装備している防具の『鉄甲』で防御するのは難しい。完全に先手を取られたと、みんな思っただろうが――
ズバッ――
ぐにゃりと擬音が聞こえるような柔らかな身のこなしで唐竹割りの攻撃を躱して、さらにしならせた腕の動きで無理と思われた体勢から斬撃を放ったのだ。
先輩が柔軟な身体を活かしての回避とカウンター重視の戦法なのを知っていた私は予測できたが、ドモンさんやジョーカーさんは驚いたであろう。
「ぐぁっ、なにぃ……」
想定外の斬撃を喰らって、ドモンさんは多々良を踏む。初撃ボーナスにカウンター判定も入って、一撃で2割近くドモンさんの体力が減少する。
さらに無理な体勢からの斬撃を放ったタッチー先輩ではあるが、追撃の下段蹴りを放ち、ドモンさんの体力を更に削る。
「な、なんだ、あの変則的な動きは」
ジョーカーさんも驚きの声を漏らす。
「タッチー先輩はめちゃくちゃ体が柔らかいんです。さらに体幹も良くて、普通の人では倒れてしまうような体勢でもバランスを取って動くことができるんです」
私が説明を追加する。
「いやいや、だからってそれを戦闘パターンに普通組み入れるか?!」
「私が助言したんですけど、まさかここまで上手い立ち回りができるなんで思いませんでした」
「あんたが助言したのか。実践する方もそうだが、助言したあんたも大概だな……」
「えっ」
予想外のジョーカーさんからのツッコミにそちらへ目を向けたが、ジョーカーさんは前のめりになってバトルを見詰めていた。どうやら、タッチー先輩の戦法に興味を持ってくれた様だ。
態勢を立て直し、さらに追撃に出ようとしたタッチー先輩だが、大きく武器を振るようなドモンさんの反撃に慌てて距離をとることとなる。
「くっそ! キモい動きしやがって。ならばこれならどうだ。
スキル発動【魔力具現化】!」
ドモンさんは半身となって、左手を翳しスキルを発動させる。すると上に向けたその掌から、魔力の塊が次々と上空へ撃ち出される。それは単純な球状の弾だった。
なにをするのかな、と思っていると、ドモンさんは金属バットを両手で握りしめて、大きく振りかぶった。そして――
「喰らえ、必殺『千本ノック弾』!!」
撃ち出された魔力弾が重力に引かれ落ちてきたところを、次々とバットで魔力の球を打ち出したのだった。
「なっ」
魔法系スキルにて通常に撃ち出される魔法よりも遥かに速い速度で打ち出された魔力の球に、タッチー先輩は慌てて回避行動をとる。
「まだまだぁ、オラッ、オラッ、オラッ、オラぁーー!!!」
次々に降ってきた魔力弾を金属バットで打ち出す。タッチー先輩はその高速で飛来する魔力弾を必死に避ける。
「あの攻撃は地味に見えて、かなり厄介だぞ。150キロ近い速度の射撃攻撃の連射だからな。それに、不規則な地面反射も重なると回避するのも一苦労だ」
ジョーカーさんがドモンさんの必殺技について解説してくれる。
タッチー先輩も回避は得意なはずだが、得意のカウンターができない中間距離での攻撃に対処出来ずにいる。
ドモンさんは球を打ち終わると再度【魔力具現化】にて次の球を造り出し打ち出すという行為を繰り返し、間断なく魔力弾が放たれている。
単純な直点的な打球ならば回避は難しくないのだが『土』属性の魔力弾のため、地面にぶつかると複雑に反射されるのだ、まさに河原でのノックの様に予測不能な魔力弾の軌道に回避し切れず徐々に体力が削られていく。
「くっ、これではジリ貧だ。仕掛けるしかあるまい」
球を打ち終えたタイミングで、タッチー先輩が意を決して距離を詰めようと前へ出る。
「甘めぇよ! 【魔力具現化】『巨大散弾球』!」
今までは複数個の小さい球を作り出していたのだが、タッチー先輩が仕掛けるのを見て今度は大きな一つの弾を作り出した。こちらは大量の魔力を使用したもののようで代償としてドモンさんの体力がグンと減る。
「喰らえっ! 『広角散弾射』!」
その大きな球をフルスイングで金属バットを叩きつけると、魔力弾は複数の弾に分かれて放射線状に打ち出される。
「くっ、スキル発動――」
タッチー先輩はスキルを発動させる。その声は大量に降り注いだ魔力弾の炸裂音にかき消された。
「カウンターで入ったな。これは決まったか?」
響き渡った炸裂音に、ジョーカーさんが呟く。炸裂音がしたということは、魔力弾が“なにか“に当たったことを意味する。もしタッチー先輩に直撃していたなら勝負が決まっていてもおかしくない。
「チッ、試合が終わってないってことは耐えたか?
だが大ダメージは必至だろ。とどめを刺してやる」
金属バットに再度【金剛強化】を施してドモンさんが言う。ドモンさんの目の前には複数の魔力弾が炸裂したことによって爆煙が舞い上がっていた。
その煙が晴れていくと――
「なっ、どこへ行った?!」
だが煙が晴れた場所。ドモンさんの目にはタッチー先輩の姿は映らなかった。
「バカな。当たった手応えはあった。まさか転移系のスキルで後ろに――」
ドガッ
振り返ったドモンさんが、後頭部に衝撃を受けてバランスを崩す。当たりどころが悪かったのか、予想以上に体力が減少していた。
「ちぃっ、やはり前にいたのかっ」
慌てて再度前に向き直ると、ドモンさんの足元に大楯が転がっている。
観客席から見ていたので何が起きたのか確認できたが、ドモンさんは何が起きたのか分からず混乱しているであろう。
相手が散弾攻撃を仕掛けた瞬間にタッチー先輩が使ったスキルは【武具錬成】であった。
召喚したのは『大楯』
その楯で散弾攻撃を防いだのだ。
では、なんでドモンさんはタッチー先輩を見失ったかというと、爆煙が上がっている時に更に【蜃気楼】のスキルを発動したからだ。
体全体を隠すほどの大楯に対して存在を錯覚させる【蜃気楼】を使用したため、タッチー先輩が“いなくなった“と錯覚してしまったのだ。
タッチー先輩にとって運が良かったのはスキル発動の文字表示がちょうど爆煙に隠れていたことでドモンさんはスキル発動に気づかず完全に見失った格好になり、警戒したドモンさんは後ろを向いて無防備な姿を晒してしまった。タッチー先輩は攻撃に移るために不要となった大楯を投げつけドモンさんにダメージを与えつつ、一気に距離を詰めた。投げた楯が後頭部にあたったのはただの幸運だ。
「む、あの移動法は俺の」
態勢を極端に低くして移動するその姿にジョーカーさんが言葉を漏らす。
「参考にしたって言ってました」
私は肯定する様に補足する。
「はぁぁぁっ!!」
「チィッ! 舐めるな、オラァ!」
タッチー先輩は低い体勢から切り上げ攻撃を繰り出し、それに気づいたドモンさんは防御は考えず金属バットの打ち下ろし攻撃で応戦する。
ザシュッ!!
攻撃が入ったのはタッチー先輩の方であった。
互いの武器同士がぶつかり合い、鍔迫り合いになるかと思われた双方の攻撃だったが、タッチー先輩の攻撃の軌跡が変化し互いの武器がすり抜けるように相手を襲ったのだ。そして、タッチー先輩の攻撃が入り、ドモンさんの攻撃は柔らかな身のこなしで避けられた形となった。
この攻撃カウンターと判定され、大きく相手の体力を奪う。
その攻防を見てジョーカーさんは「ほぉ」と感心した声をこぼした。
「くそっ、本当にやりづらいな貴様っ!」
ドモンさんが横薙ぎに振るった攻撃も、状態を逸らして躱し、長い手足のリーチを生かして反撃を行う。
その後、ドモンさんは【烈震脚】にてタッチー先輩の独特の動きを封じて闘う戦法を見つけるも、そこまでに受けたダメージの差が最後まで尾を引き、タッチー先輩の勝利でバトルは終了するのであった。
「あー、くそっ。敗けちまった!」
「なんとか勝利できたが、最後は危ういところだった……」
闘技場の中央では試合を終えた二人が感想を零していた。
一息ついたところで、二人は視線を交わす。
「ヒョロ男なんて言って悪かったな。お前ぇの強さは認めるよ。次は負けねぇぜ」
「こちらこそ、良き試合をして頂き感謝致す。我も次回対戦する際に後れを取らぬよう精進しよう」
そして、互いに歩み寄り互いに健闘を讃えて握手をする。
「ジョーカーさん、どうでしたか?」
そんな二人を観戦席から見守りながら、私はジョーカーさんに声をかける。
今回の目的が『ジョーカーさんに助言を貰うこと』なのだ。問いかけた後、固唾を飲んで反応を伺う。
「ふん。愚問だな。こんな試合を見せられて熱くならない訳がないだろう。
あのタッチーってプレイヤーについても、動きを見れば俺の戦闘スタイルを見本にしていたのは感じ取れた。
つまらない試合だったならもう一人の俺に代わってもらって適当に対応を任すつもりだったが、俺がこのままアドバイスしてやろうと思うよ」
愉しそうに口元を歪めてジョーカーさんが答える。
「そうですか。良かった」
今日の一番の目的が果たせそうで、ほっと一息つく。
「それじゃあ、奴らのところに行くか。
Snowももしドモンにアドバイスがあれば、伝えてやってくれ」
そう言うと、ジョーカーさんは感想戦モードとなって干渉できる様になった二人の元へと移動する。
私も「分かりました」と答えてその後に続いて闘技場へと歩を進めるのであった。




