81.上機嫌な東雲
■前回までのあらすじ■
ブレバト紹介ブースにてデモ体験に参加した真雪達は、とんでもない活躍を見せつけて討伐クエストをクリアするのであった。
その熱気の冷めあがらぬうちに紹介コーナーは終了したのであった。
□登場人物紹介□
東雲 乃亜
七夕イベントが行われている大型VRアミューズメント施設の所長 兼、ブレバト開発を行った会社一つであるセガワ・コーポレーションの社員。整った顔立ちだが目の下の隈とボサボサな髪が台無しにしている。
オールスターバトルにて真雪と朱音と会っており、真雪とはプロ契約する際は自分のところでと約束をしている。
人の流れに乗ってブレバト紹介を行っていた会場から出ると、チラチラとこっちを見る目はあるが声をかけてくることはなかった。
あれだけすごいバトルをしたので人が集まってくるかもと心配したのだけど、それは杞憂に終わった――と思ったのもつかの間
「ちょ、ちょっと貴女達、少し、少し話を聞かせてもらっていいかな」
息を切らせながらスーツ姿の女性が話しかけて来た。その後ろからヨレヨレのスーツと大きい鞄を持った男性が「課長、待ってくださいよ~」と息を切らせてかけてくる。
誰だろう、と首を傾げていると先に話しかけて来た女性が「急に話しかけて、ごめんなさい。私達は怪しいものじゃないわ。えっと、これ私の名刺」と内ポケットから名刺を取り出して差し出してくる。その名刺には鼻髭が特徴的なキャラクターが描かれていた。
「げっ」
それを見て、冴華さんが小さく言葉を漏らす。
「私はブレバト開発に携わるゲーム会社の一つ、株式会社・天道橋の人事課長をやってる清水と言います。少しだけお時間いいかな?」
息を整えながらにっこりと営業スマイルを浮かべて聞いてくる。遅れて来たヨレシャツの男性も同じように名刺を差し出した。そちらは開発部の社員で上十条という名前だった。
どうしたらいいか分からず朱音ちゃんたちと目を合わせていると、慌てたように冴華さんが口を開く。
「あ、私、この後、急ぎの用事が。フーちゃん、急ご。真雪ちゃん達はこの人たちのお話聞いてあげてね」
被っていた帽子の鍔を深々と下げて、言葉短く小声で言うと背を向ける。その言葉を受けて楓先輩が「ああ」と悟ったような返事をすると「すまん。サエの所属会社の人だ。悪いがアタシたちが居なくなるまで話し相手してくれないか」と私達に耳打ちする。
「ん? 今の声……」
「それでは私達はこれにて」
そう言葉を残して凄まじい身のこなしにて冴華さんはその場を後にした。それは『紫電一刀流』の高速移動術を使ったような見事な撤退だった。それに合わせて後を追う楓先輩の対応も見事だった。
「えっと、ごめんなさい。先輩たちは用事があるみたいでして。私達だけでよろしければお話をお聞きしますよ」
呆気にとられる私と朱音ちゃんの代わりに、美月ちゃんが名刺を受け取って対応する。
「どうします、課長?」
「二人に話を聞きたかったけど、優先すべきは『ゆき』ちゃんの方だから、まずは此方の子に話を聞きましょう」
二人はそんなやりとりをしながら、私達、というか私に声をかけてくる。
「ありがとう。時間は取らせないわ。
さっそくの確認なんだけど、貴女がさっきの体験コーナーで体験した『ゆき』ちゃんよね」
清水と名乗ったスーツの女性が聞いてくるので、私は「はい」と首肯する。
「率直に訊くわね。先程の討伐クエストだけど、システムのトラブルでスキル表示がされなくて確認できなかったんだけど、どのスキルを登録していたのかな?」
問われた質問に、私は「う〜ん」と唸って思い出しながら登録していたスキルを答える。
確か登録していたのは――
・星屑氷嵐弾
・氷弾丸
・凍結捕縛
・氷塊乱舞弾
・二段跳躍
・武具錬成(錬成武器:鉄甲)
・武具氷結強化
・超過駆動
だったはず。【超過駆動】が3スロット使うので、丁度10スロット分だ。『飛翔の靴』の効果の【二段跳躍】と通常スキルの【二段跳躍】を合わせて三段跳躍が使用可能だったのが楽しかった。
スキルについて答えを聞いて、目の前の二人が目を見合わせる。朱音ちゃん達も「うん。そういう反応になるよね……」と苦笑している。
なんだろう、この反応。また何か変なこと言っちゃったかな?
「ちなみに聞くけど、怪鳥デネブの全方位攻撃を防御した時って防御スキルは使ってなかったのかな?」
ヨレシャツの男性が恐る恐る聞いてくるので、私は【超過駆動】を使っていたので素早い動きで氷を弾いただけですと答えた。
「……それじゃあ、怪鳥デネブを墜落させた技は」
「あれは一点に高速連打を打ち込む『水穿』という技と、氣功を使ってダメージを貫通させる『崩穿華』って言う必殺技です」
質問に素直に答えたのだが、目の前の二人は更に目を丸くするばかりであった。
なんだろう、この反応。
私はちょっと不安になって横にいる朱音ちゃん達に目配せすると、美月ちゃんが任せてと頷く。
「この子はちょっと特殊なんです。現実世界では普通の女の子なんですけど、ゲームでは達人クラスの動きが出来るんです」
美月ちゃんの説明に、私もスーツ姿の二人も状況を理解する。
そうか。冴華さんも言っていた「そろそろ自分の実力に気付くべきだ」って。多分、今私が説明した事っていうのは普通ではできない事なのだ。
「やはり清水課長の直感は当たってたんですよ。すごい、すごい人材です」
ヨレシャツの男性は嬉しそうに女性上司に声をかける。女性上司も「ええ……」と小さく頷く。
「ねぇ貴女。プロゲーマーに興味は無いかしら。ぜひうち専属のプロゲーマー養成所に入ってもらいたいのだけど」
瞳を輝かせてそう告げる女性上司に、私は驚いて「ひゃう」と変な声が出てしまった。
「驚かせてしまって済まない。うちは未来のプロ候補のゲーマーを集めてプロになるための技術や教育を行う専門の養成所を運営しているんだ。もしプロを目指すならば入って損はないと思いますよ」
ヨレシャツの男性が補足するように説明をする。
「えっと、あの、急に言われても。それに……」
慌ててそう言葉を返すが、目の前の二人の勢いは止まらない。
「そうだ。パンフレット。たしか鞄の中に……あった、こちらです。場所は京都になっていますが、ブレバトならばVR世界なので、どこに住んでいても問題ないです。プロとほぼ同じ環境で腕を磨くことが出来ます」
「あと、入学金や授業料についても気にしなくていいわ。上に掛け合って免除するようにしよう。どうだろうか?」
すごい勢いで迫る二人に、流石に朱音ちゃんが割って入る。
「あの。真雪が困っているので、それ以上言い寄るのは止めてくれませんか」
強気でそう言い放つが、それでも「いや、すまない。だがしかし」と二人は諦めないようだった。
どうしたらいいか困惑していると、思わぬ助け舟が相手の背後から入る。
「清水ちゃん、上十条くん、すまないな。それは無理だな。真雪ちゃんはうちと専属契約を決めているんでね」
その言葉に驚いて二人が振り返る。そこにいたのは目の下の濃い隈が特徴的な白衣の女性が立っていた。
「し、東雲所長」
「東雲さん、今なんて――」
予想外の人物の登場に、慌ててスーツの二人が問い返す。どうやら二人は東雲さんの知り合いの様だった。
「何度も同じことを言わせないで欲しいな。真雪ちゃんは私達セガワコーポレーションが先に専属契約しているんだ。残念ながらこの子が天道橋の所属になることはないって事だ」
やれやれと首を振りながら答える。
「なっ、ほ、本当なのか」
ちらりと私を見るスーツの女性に私は「あの、はい。東雲さんと、そう約束しています」と答える。
「はっはっは。一足遅かったな。この子は将来うちの所属となる予定だ。ついでに天道橋が持っているタイトルも奪う予定だから首を洗って待ってることだな。ってことで、もう用は無いたろう。ほら、帰った帰った」
ふん、と鼻で笑いながら、シッシと払いのけるように手を動かしてみせる。
「ぐぬぬ、まさかセガワが先に声をかけていたとはっ」
「課長……」
「仕方ないわ、ここは引きましょう」
そう言って、スーツ姿の二人は去っていった。
「くっ、くははは。ははははは。あー気分がいい。もしかしたらと思って出向いてきて正解だったよ。奴らの悔し気な表情、あとで施設の防犯カメラの情報から抜き取っておこう」
腹を抑えて笑う東雲さんはそう言葉を漏らす。
「あ、あの、貴女は?」
東雲に会ったことのない美月ちゃんが驚きながら東雲さんに声をかける。
「いや、すまない。真雪ちゃんと朱音ちゃんとは面識があるが、キミとは初めてだったね。私はこういう者だ」
東雲さんは白衣の内ポケットから名刺を取り出して美月ちゃんに渡す。
「えっ、これって」
「まあ簡単に言えばこの施設の所長だ。それと同時にセガワ・コーポレーションの社員でもある東雲だ。
真雪ちゃん達とは先月のオールスターバトルの時に会っていて、そこで真雪ちゃんとは専属契約を結んだんだ。な、真雪ちゃん」
ニコニコ顔で東雲さんが自己紹介する。
「さて、ここでは何だから場所を移そう」
東雲さんはそうとたけ言うと、私たちを先導して移動する。私達は東雲さんに案内されて、関係者エリア内の一つの部屋へとやってきた。途中、関係者エリアに入る際に東雲さんは警備員とやり取りをしていたが、かなり強引に手続きを進めたようだった。
「さて、先程の討伐クエストについて感想戦を行いたいのだが」
そう話り始めると、部屋にいたオペレーターが慌てながら機材を操作して画面に映像を表示させた。
こうして東雲さん主導で先程の討伐クエストの見直しと意見交換を始めた。
特に私が攻撃に参加した部分についてはスロー再生され、細かくどのような意思でどう動いたのかを訊かれた。
「なるほど。とても参考になった。開発チーム、今の真雪ちゃんの発言、全て記録したな。この情報を元に多くの改修やエネミーの開発ができるな。
はっはっは。月に一回のデータ収集協力をお願いしてたが、まさかここまで良いデータが取れるなんて思ってはいなかったよ。闘ってもらったモンスターも、限界いっぱいまで強化していたのだが、まさかああも完璧に斃されてしまうとは思わなかった。
本当に真雪ちゃんに出会えたことに感謝だな!」
東雲さんは、質問攻めにあって放心状態であった私の身体を引き寄せてハグをしながら頭を撫でる。
ほんのりと香る大人の香水の匂いが鼻をくすぐる。
「あうう……」
思いがけず長く続いた抱擁に目を回す私を、朱音ちゃん達が慌てて救出する。
「すまん、すまん。興奮して抱きついてしまった」
ははは、と頭を書く東雲に朱音ちゃんが「もし男性だったらセクハラで訴えられてますよ」と控えめに忠告する。オペレーターの数人が小さく頷いているところを見ると普段からスキンシップが激しい人みたいだ。
「おっと、結構時間を使ってしまったな。友人との時間を奪ってしまってすまない。代わりに、そうだな」
東雲さんは懐から懐中時計を取り出して時間を確認すると此方に視線を向ける。
「まだ3階のAR天文エリアに行っていないならば、これから行ってみる事をお勧めするよ。そうだ。ちょっと電子チケットを表示してくれるかな」
言われるままに端末を操作して電子チケットを表示すると、東雲さんはそこにオペレーターさんに手渡された機材を翳した。すると電子チケットに赤い印が付く。
「これはファストパスの印だ。もし入るのに列ができていたら近くの係員にそれを見せればすぐに入れるはずだ。
それと、ここだけの情報だがこの後の時間帯にそこでちょっとしたイベントがあるから楽しみにしておくといい。
長く拘束してしまったな。なにか私に伝えることがなければ、話を終わらせたいと思うのだがどうかな?」
機材を片付けながら聞いてくる。
私は特に伝えることがなかったので朱音ちゃん達に視線で確認する。二人も特に無いようだった。
「あ、そうだ」
そこで一つ気付く。美月きちゃんにずっと持っていてもらったバスケット。差し入れとして持ってきたうちのパンを東雲さんに渡す。
「あまり量は無いのですが、うちのお店で出しているパンです。是非スタッフの皆さんと一緒に召し上がってください」
そう伝えると、東雲さんだけでなくオペレータとして作業していた人たちからも感謝の言葉をいただいた。
こうして東雲さんとのお話が終わり、私達はスタッフの一人に案内され関係者エリアを後にするのであった。
次話で七夕イベント編は終了する予定です。




