22.有坂 文乃③〜懺悔〜
◼️前回までのあらすじ◼️
文乃が目を離しているうちに、予想外に試合が早く進み準々決勝が始まってしまった。
そこに出場した真雪は菫麗の嫌がらせで設定がめちゃくちゃにされていた。
それを知っている文乃が止めに入ろうとするが、果たして……
柊木さんの絶叫に私は踵を返して走り出す。
それは無論、逃げ出したわけではない。
試合を止めなくちゃ!
必死に臨時ダイブルームに向かって走る。
少しでも早く試合を止めるには、外からの干渉が一番。無理にでも柊木さんの入っているカプセル型の設備をこじ開けて柊木さんの身体を揺すれば、端末の安全装置が起動してフルダイブが解かれるはずだ。
その前に誰かが異変に気づいて試合を止めるかもしれない。
でも、誰かが気づくまでは、柊木さんはゲーム内での勝敗が決まる一定ダメージまで本物の刃物で刺されるのと同等の痛みを受けることとなるのだ。
『ははは、変な叫び声。ダッサ』
繋げっぱなしにしている端末から、菫麗の笑い声が聞こえる。
「笑い事じゃないのよ! あんたバカなの!?
これ全校に流れてるのよ! 私達の悪事は絶対バレるわ。
それにあんた幻覚痛って知ってる?
フルダイブで受けた痛みが現実で残り続ける傷の無い傷のこと。取り返しのつかない後遺症を私達のせいであの子に負わせてしまうかもしれないのよ!
分かったらあんたもさっさと臨時ダイブルームに来なさい!」
怒鳴りつけて、通話を切る。
多分、ことの重大さを分かってないだろうし、伝わっても無いだろう。
先程の笑い声で菫麗に期待することを放棄した。
せめて私が柊木さんを助けるんだ。
そして、ちゃんと謝ろう。
息を切らせ、疲労で重くなった足を動かしながらも、なんとか臨時ダイブルームへ駆けつけて、ドアを開く。
すると画面では試合が終わったことを告げていた。
だが、それは私が想定していたものとは異なるものであった。
『な、な、な、な、なんと、大番狂わせ!!
勝者、1年E組!
まさに圧倒! 私も目の前で起きたことが信じられません!』
放送部のアナウンス。
画面には『Winner』の文字が踊っており、目を虚にして佇む柊木さんのアバターが映し出されていた。
「な、にが……」
全力疾走でカラカラになった喉で言葉を紡ぐ。状況が分からない。でも、想定した最悪の状況でなかったので一安心、と思ったのだが――
ビービービー!!!
聞き覚えのないブザー音が響く。
臨時ダイブルームにいた生徒は、何だ、と辺りを見回してる。
画面では柊木さんのアバターが消え、警告メッセージが踊る。
『プレイヤーの意識レベルが低下したため、強制的にログアウトされました』
そのメッセージを見て、私は慌てて重くなっていた足に鞭を打って臨時ダイブルームの中に歩みいり、異変の起きている場所を探し出す。
そして見つけ出す。ブザー音が鳴っているカプセルを。
私はそのカプセルに近づくと、躊躇わずに保護カバーを外して非常開閉用のレバーを回す。
非常開閉の操作で少し空いた扉を、急いでいため無理矢理こじ開けて中に入る。
「柊木さん――っ!!!」
声を掛けて覗き込むと、シートにぐったりと横たわる柊木さんの姿が目に入った。
「柊木さん! 柊木さん!!」
乱暴に靴を脱ぎ捨てて、柊木さんの横たわるシートに近づく。
柊木さんはピクリとも動かない。
耳掛け型の端末のLEDランプは緑。ゲームから復帰しているはずである。それでも動かない。それに、まるで寝てるようと言われるブレバトのフルダイブ状態だが、印象が違った。力なく横たわるその姿はまるで死――
嫌な考えが浮かんで、私は慌てて頭を振ってその思いを払いのける。
私じゃどうしたらいいか判断できない。応急処置の仕方も分からない。
慌ててカプセルから顔を出すと、臨時ダイブルームにいた生徒に
「誰か急いで保健室に行って養護教諭を呼んできて」
とお願いする。
動かない柊木さんをどうしたらいいか判断できないなら、保険の先生を呼ぶしかない。
驚く生徒たちに「早く!」と叫ぶと、何人かの生徒が慌てて走り出した。
私はその背中を見て「お願い……」と祈りを込めて言葉を漏らす。
その後、私は怒られるのを覚悟して「……ごめんなさい。もう一人、職員室に行って1年E組の担任の柏葉先生を呼んできて下さい」とお願いをする。
菫麗の暴走。私の判断ミス。諸々が重なって大変な事態を招いてしまった。
後悔と罪悪感が胸を締め付ける。
その場にへたり込んで私は涙を流した。
しばらくそのまま泣いた後、ゆっくりと顔を上げると保健の先生――初老の女性である――が臨時ダイブルームにやってきた。
「まったく、何があったと言うの?」
保健の先生は息を切らしている。私の剣幕に緊急だと判断したのか、呼びに行った生徒が急かせながら連れてきたのだ。
「先生、すみません。こっちです。ゲームが終わった後なんですが、友達が目を覚さないんです。どうなってるか……」
私は涙を拭って状況を伝えるが、言葉の最後の方はまた涙があふれて涙声になってしまった。
「何ですって!? ちょっと確認させて」
異常事態を悟って、保健の先生が急いでカプセルの中に入ってくる。
カプセルの中に三人は狭いので、私は心配だったがカプセルの外で待つことにした。
「何があったの!」
カプセルの中で保健の先生が柊木さんを診始めると、慌てた様子で柏葉先生が飛び込んできた。
「先生。すみません。ゲームに参加した柊木さんが、ゲーム後に目を覚まさなくて…… 今、保健の先生に診てもらっています」
状況を説明する。
「なんでっ。柊木さんは身体が弱いって伝えたはずなのに!」
先生に肩を掴まれる。すごい剣幕だ。
私には返す言葉がない。
「って、ごめんなさい。そうじゃないわね。
貴方が保健の先生を呼んでくれたのね。ありがとう」
取り乱したのを、柏葉先生が謝る。
「老月先生。柊木さんの容態はどうですか?」
そして、カプセルを覗き込み、柏葉先生が問いかける。
「危険な状況ね。すぐに救急車呼んで!」
えっ、救急車? まさか、そんなに重体なの。
心が締め付けられるように苦しい。
「分かりました。近くの総合病院に柊木さんはずっと入院していて主治医もいるはずなので、それを踏まえて連絡します。詳しい容態は?」
柏葉先生は耳掛け型の端末を操作しながら、状況を訊く。
「激しい運動をしてしまったみたい。全身の筋繊維断裂、関節の炎症、それに伴って高熱が出てる。移動にはストレッチャーが必要と伝えて」
保健医は的確に現状を伝える。
それを聞いて、柏葉先生が顔を青ざめさせながら仮想デスクトップを操作する仕草をする。
え、今、なんて言ったの……
柊木さんの症状は、私が不安視していた幻傷跡なんかではなかった。物理的に、肉体的にボロボロになっていたのだ。
その報告で、なぜ先ほど柏葉先生が取り乱していたのかを理解する。
柊木さんは私が思っている以上に身体が弱かったのだ。
「あれっ、どうしたの? 文乃に呼ばれたから来たけどさぁ、準々決勝で勝ったって、マジ?」
そんな中、あっけらかんとした態度で菫麗が顔を出す。
この人はっ。
私の心が怒りに染まるが、それをぐっと堪える。
「菫麗、状況は後で説明するから、今はすこし静かにして」
怒鳴りつけたい気持ちを抑えて、できるだけ穏やかにそう告げる。
「さっきからアンタなによ。いくらなんでもそろそろムカついてきたんだけど」
それでも私の苛立った気持ちが伝わってしまったのか、菫麗の表情から笑みが消える。
だが、今は緊急時だ。私は視線で柏葉先生が電話をしていることを伝える。
さすがに先生がいることに気付いた菫麗は、それ以上声を上げることはなかった。
「救急です」
柏葉先生は端末を電話モードにして、救急連絡先へ連絡する。
学校の住所と、簡単に柊木さんの状況を伝えると、柊木さんが先月まで近くの総合病院に入院していたことを告げていた。
「みんなごめんなさいね。怪我人が出てしまったので、この部屋は一旦封鎖します。スポーツ大会についてはもう一つのダイブルームを使用するようにして下さい。運営委員には私から連絡しときます」
ダイブルームにいた生徒にそう告げて、人払いをする。
「有坂さんと木下さんは、ちょっと話を聞きたいから残ってね」
心配げに話しながら臨時ダイブルームを出ていく生徒たちに紛れて外に出ようとしていた菫麗を呼び止める。私は説明責任があると思ったので残っていたが、菫麗はそうは思っていなかったみたいだ。
不満げな顔で菫麗が戻ってきた。
「ちょっと待ってね。先に実行委員の子に連絡入れるから」
柏葉先生はそう私たちに断りを入れると、再度端末から通話を行った。連絡先はスポーツ大会の実行委員を取り仕切っている体育の先生のようで、端的に「怪我人が出てしまったので、臨時の方のダイブルームを閉鎖する件と、ブレバトの競技についてはいったん休憩を挟んでほしい」との旨を伝えていた。
通話が終わると、一つ深くため息をついてからこちらに向き直る。
「詳しく話を聞かせてちょうだい――と、言っても木下は現状が分かってない感じね。
簡単に状況を説明すると、柊木が大怪我をして、いま救急車を手配したところだ。
怪我、といっても外傷があるものではない。私が一番懸念していたオーバートレーニング症候群の症状が重度に出ている状態だ。
こうなる恐れがあったから柊木を見学としようとしたんだけどな。けど、木下の意見ももっともだったので、参加させるように判断を変えたんだが残念な結果になってしまったわ。
別に私は二人を責めているわけでない。正確な情報が欲しいだけだ。
スポーツ大会に向けてで、柊木が過度な運動をしていなかったか? 最近、様子がおかしいとかなかったか?」
柏葉先生は、落ち着いた様子で、ゆっくりと言い聞かせるように私達に問いかける。
「柊木さんについては、特に変わったことはなかったです。スポーツ大会の練習についても見学だけで参加させてはいなかったですし、私たちと一緒にいた時以外で柊木さんが勝手に運動をしちゃったんじゃないかなと思います」
しれっと菫麗が答える。
「やはりそうか……
私も柊木については気にはしていたが、気づけなかったからな。
柊木は初めてのイベントで楽しみにしていたようだしな、それが悪い方向に作用してしまったのだろう――」
柏葉先生は菫麗の言葉を受けてそう結論付ける。
これで話は終わり、となりそうだったのだが、私は敢えて口を開く。
「いえ、先生。私達が悪かったです」
その言葉に、菫麗が「何を言い出すの」という視線をこちらに向ける。
菫麗にしては余計なことだろう、でもここで有耶無耶にして終わらすことは私にはできなかった。
「練習には参加させていなかったですが、荷物持ちや買い出しなど、色々お願いしちゃってました。柊木さんは補欠ってことで引け目があったのか積極的に動いてくれて、多分それが原因で今回の事が起きてしまったのだと思います。ごめんなさい……」
私は正直に告げて、頭を下げた。
「なっ、何言ってんの? 参加できないんだから、それくらいの手伝い、当り前じゃない。そんなので全身ボロボロになっちゃうワケ。そのんなこと無いですよね」
食い下がるよう菫麗が先生に聞く。
先生は菫麗の言葉を聞くと、何かを言いたげに口を開くが、言葉を飲み込んでから、再度言葉を紡ぐ。
「そうだな。二人は悪くない。悪いのは私だ。私の説明不足が招いた事故だ……
有坂、頭を上げていい。状況は分かった。二人とも教室に戻っていいぞ。
スポーツ大会の競技も、詳しくまでは見ていないが勝ち残ってるみたいだな。柊木の頑張りの分もお前たちが引き続いて頑張ってくれ」
そう言って、私たちを臨時ダイブルームから解放してくれた。
私はもう一度、柊木さんのいるカプセルに向けて頭を下げてから、臨時ダイブルームを後にした。
「てか、文乃。なに余計なこと言ってくれてんの!
先生も納得して話が終わるとこだったじゃん。先生も言ってたし、やっぱりあいつが勝手に怪我しただけでしょ。ったく、なにが「私たちが悪いんです」だよ。勝手に自分が悪者って思いこむのは勝手だけど、私まで巻き込まないでほしいわ、ホントに」
臨時ダイブルームを出ると、菫麗が私に対して不満をぶつけてくる。その言葉を聞いて、私は「そうかこの子は全然反省してないんだ」と悟った。今更になって、私は何でこんな子に気を使っていたんだろうと思う。
「でさ、準決勝、どうんの? 先生は「柊木さんの分まで頑張って」って言ってたけど、こんなことがあったから、私はもう無理だから、不戦敗にしてもいいかなって思ってるんだけど」
「はぁ? なに言ってんの。
このままじゃ、アイツが活躍しただけになっちゃうじゃん。そんなの許せるわけないでしょ!
結果しか見てないから分からないけど、どうせ捨て身で戦って勝利したんでしょ。
ビビってたけど、それで勝てるくらいならeスポーツ部ってのも大したことないんじゃない。
次の相手は2年らしいし、優勝候補の3年の先輩がその程度だったら私でも勝てると思うから、準決勝は私か出るわ。
アンタは勝手に一人で凹んでればいいわ」
私の言葉に、菫麗は鼻を鳴らして笑う。
2回戦で貴女の言ってる2年生にギリギリ勝てただけのくせに。
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
菫麗は柊木さんへの嫉妬で周りが見えていない。酷い設定にしたのに私たちは柊木さんに返り討ちにあったのだ。柊木さんがブレバトで信じられないほど強かったんじゃないか、って冷静に考えれば予測できるはずなのに。
「そう。分かったわ。それじゃ、後はよろしくね」
私はそう言うと、教室に戻るべく歩き出した。
後ろで菫麗が私に向かって「無責任」とかいっているみたいだが、菫麗の言葉などもう耳に入らない。
「どっちが無責任よ」
そうつぶやく声と、遠くから響く救急車のサイレンの音が聞こえるのは同時であった。
スポーツ大会、なかなか上手く纏まらず、すみません…
あと1話で終わらすつもりが、もう少し文乃視点でのお話が続きます。
もう少しお付き合いください。




