21.有坂 文乃②〜想定外〜
◼️前回までのあらすじ◼️
スポーツ大会が始まったよ。
真雪を小間使いの様に扱う菫麗の行動に文乃は不信感と、真雪への罪悪感が募っている。
※今回も文乃からの視点です。
ミレイの【飛燕脚】が相手の鳩尾に突き刺さる。
吹き飛ばされた相手の赤いゲージが無くなり、『Winner』の文字が踊る。
「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
勝ちが決まったミレイが両の拳を突き上げる。
「おおおおっ! 凄い、やった。やったー!」
私も思わず声を上げる。
接戦だった。ミレイの頭上に表示されている体力ゲージの色は赤である。
『な、な、な、なんと、これば番狂わせ。
一年E組、二年B組を下し二回戦突破。一年生で唯一ベスト8進出だーーー!!』
モニタに映し出された画像に、放送部のアナウンスが付け加わる。
ダイブルームのカプセル型プレイシートは、戦闘を行う生徒と、戦闘を控えたクラスの練習を優先させているため、観戦の私は外でのモニタ観戦となっている。
1回戦は相手が初心者だったこともあり無難に勝ち上がり、迎えた2回戦。
相手は上級生の二年生。1回戦と違い相手もブレバトの経験者で上位ランカーであった。
試合内容は五分五分。実力は拮抗していた。
試合形式は一対一の2勝先取の3戦形式。
対戦相手の職業は剣士。タイプ的には「雷」属性系の魔法スキルを併用する魔法剣士タイプであった。
1戦目は【投擲】から格闘系のスキルで接近戦に持ち込むミレイの必勝パターンで臨むも、属性攻撃に付随する低確率で発生する短時間行動不能が入り、怯んだところに大ダメージの一撃を喰らいってしまった。そこから立て直すことができずに惜敗してしまった。
2戦目はスタンが発生する攻撃を警戒し、珍しくオーソドックスな槌矛によるゴリ押しで攻めた。慣れない戦法を取ったためやや劣勢で進む展開となったが、後半に相手の武器の耐久が限界となり『武器破壊』が発生。そのまま押し切った。
そして決戦の3戦目。流れは2戦目と同様となったが、今度は相手が武器破壊を警戒し盾による防御を多用。武器での防御による会心防御が無くなったため2戦目に比べ拮抗した戦いになったが、体力が半分を切ったタイミングでミレイが【投擲】からの近接を仕掛けた。相手は1戦目と同じく雷属性の範囲スキルで牽制したが、今回はスタンは発生せず、防御を捨ててゴリ押しをして、ギリギリのところで勝利を収めたのだ。
「す、すごい。すごいよ。やった」
そんな戦いを臨時ダイブルームに設置されたモニタ越しに見ていた私は感嘆の声を漏らす。
「あ…… 木下さん、勝った、ん、だね……」
そう声をかけられて、振り返ると息を切らしながらも嬉しそうに笑う柊木さんの姿があった。
その手には3つのドリンクが抱えられている。1試合目が終わった後に菫麗が「2回戦の後も飲みたい」と続け様に買いに行かせたのだ。身体が弱いながらも補欠ということで、菫麗の命令を聞いて買い物をしてきてくれたのだ。
1戦目も臨時ダイブルームに来るのに時間がかかり、柊木さんは試合の半分も見ることが出来なかった。
ピピピ……
柊木さんに声をかけようとしたところで、電子音が響いた。そちらに目を向けると、菫麗が入っているカプセルの入り口液晶が「OPEN」の表示に切り替わり扉が開いた。
「っしゃぁあ! 大金星!」
ガッツポーズをしながら菫麗が出てくる。
「菫麗、やったね! すごいよ。これでベスト8。獲得ポイントで他の一年と差がついたね」
そう応えると、私は菫麗とハイタッチを交わす。
「あ、あの。木下さん、やったね」
柊木さんも声をかける。笑顔で同じようにハイタッチをしたいようだが、抱えたドリンクのせいで手を挙げることができないみたいだ。
だが、その動きが菫麗の癇に障ったようだ。
「なに? ドリンク買ってきたってアピール?
まぁ、買ってきてくれたならもらうけど、本当ウザッ」
菫麗は奪い取るように柊木さんが抱えたドリンクの一つを手に取ると、礼も言わずにそれを口にした。
「あの、ごめん……」
柊木さんから笑みが消え、泣きそうな表情に変わる。
共犯で虐め対象にしようとした私が言えた義理では無いのだけど、いくらなんでもこの扱いは酷いと思った。
「有坂さんは、どっちがいい?」
消え入りそうな声で、柊木さんが声を掛けてくる。その手には2種類のスポーツドリンク。試合に出ていない私の分も買ってきてくれたようだ。
「ありがとう。頂くよ」
私はその片方を受け取ると、手を挙げてみせる。
それを柊木さんが、きょとんとした表情で見返す。
「ハイタッチ。同じ競技の仲間なんだから当然でしょ?」
そう言うと、柊木さんの顔に驚きとも喜びともいえない明るい表情が戻る。
「うん」
頷いて、柊木さんが私の掌に控えめに自らの掌を打ち合わせた。
「文乃、なにやってんの?」
その行動に、菫麗が機嫌悪そうに言葉をかけてきたが、私は少しためらった後、勇気を出して「いいでしょ、同じクラスで同じ競技の仲間なんだから」と返した。
いつも菫麗の行動に合わせていただけの私からの思いがけない反発に驚いたようだが「別に、構わないけど」と返すのみであった。
「で、次の対戦は、と……」
菫麗は気を取り戻したように、耳掛け型の端末を弄って学校のスポーツ大会情報にアクセスする。
「げっ……」
そんな声を上げて、仮想デスクトップを弄っていた菫麗の指が止まる。
その反応が気になって、菫麗に「どうしたの?」と声をかける。
「次の対戦、優勝候補の一角、3年1組とか、ないわー。これは無理ゲー」
菫麗が天を仰ぐ。
3年1組、代表は椛谷 慎一郎先輩。
eスポーツ部の副部長で、全国ランク1000位以内のトップランカーだ。
競技人口1億人といわれているブレバトの中で、1000位以内といったらバケモノの巣窟である。もうそのレベルのトップランカーになると運良く勝てるかもの次元を超えている。
第一回の全国高校生ブレバトグランプリの優勝校であるこの学校は、その実績に憧れてトップランカーが集まっているのだ。その中の副部長となれば勝つなんて夢のまた夢だ。
「運が無いね、せめてeスポーツ部じゃ無い相手だったら、だったけど」
明らかに負け確定な次の対戦カードに、私は菫麗に慰めの言葉をかける。
「闘うこっちの身にも……って、そうだ」
私の言葉にいつものように反応した菫麗だが、言葉の途中でニヤリと黒い笑みを浮かべた。
「ねえ、柊木さん。次の試合、誰が出ても勝てそうもない相手で消化試合になるからさ、あんた出てみない?」
とんでも無いことを言い出す。
「え、私? 大丈夫かな?」
急に話題を振られて、柊木さんは目を丸くしている。
「いやいやいや、いくら何でも無茶でしょ」
「はぁ? ただ見てるだけだった柊木さんに参加のチャンスを与えただけじゃん。
私、勝てない試合とかしたく無いから、次の試合はパスね。もし、柊木さんが可愛そうって思うなら文乃が出れば。私は教室戻るわ」
菫麗はそう言うと、飲み干したドリンクパックを柊木さんに放って「片しといて」とだけ言葉を残して臨時ダイブルームを出て行ってしまった。
……
残された私と柊木さんはしばし言葉を失う。
そんな無言の時間に、私の中で沸々と怒りが湧き上がる。
いくら何でも我儘過ぎるし、それに柊木さんに対する態度も我慢の限界だった。
「あー、もう、ふざけんなって感じよね!
柊木さん、ごめんね。私、菫麗を連れ戻してくる」
「あ、あの、有坂さん」
「ん?」
負け試合を押し付けた菫麗を連れ戻そうと一歩踏み出した私に、柊木さんが声をかける。
「私、出てみたい」
振り返ると、自信なさそうな声で柊木さんが告げる。
「でも次の試合の相手、めっちゃ強くて、勝ち目無いんだよ?」
「うん…… でも、構わない。クラスでがんばってるイベントに私も参加したい」
上目遣いでこちらを見てくる。自信なさそうな態度だが、その目には決意の光が宿っていた。
そんな目で見られたら「ダメ」とは言えないよ……
「分かったよ。柊木さんが参加したいって言うなら私は止められないね。
でも、もし出てみて勝てないって思ったら棄権をするん――」
だよ、と言葉を続けようとして思い出す。
「あれっ、もしかして柊木さん。ブレバトの設定って菫麗に変えられて、そのまま?」
嫌な予感がする。もしあの設定のままゲームをしてしまったら、ほとんど現実と変わらない痛覚でダメージを受けることとなるのだ。試合のルールはスポーツ大会中は固定なので棄権ができないってことはないはずだが、確実に負ける試合で痛覚最大なんて拷問みたいなものだ。
私の問いに柊木さんが「うん」と答える。
そんなのマジありえないんだけど!
全校生徒が見ている中で、痛覚最大の状態で一方的に攻撃されるのだ。そんな危険なこと、この子にさせるわけには行かない。
「分かった。柊木さん、次の試合に出てもらおうと思うけど、ちょっと待ってね。菫麗を呼び戻してくる。そして、設定を元に戻して、まともな状態で試合に出てもらうから!」
そう言い残すと、私は臨時ダイブルームを飛び出した。
マジで負け試合を押し付けるのは百歩譲って構わない、けどあんな酷い設定のままの柊木さんを参加させるなんて間違ってる。もちろん、私が出場して負ければいいんだけど、あれだけ覚悟を持って参加したいって言った柊木さんの想いも汲んであげたい。幸い次の試合まであと3試合ある。30分以上時間はあると思うから、菫麗を連れ戻して、無理矢理にでも柊木さんの設定を元に戻ささせるんだ。あんなに健気に頑張ってる子が報われないなんて許されない。
私は必死に廊下を走って教室まで戻った。途中の廊下で追いつけると思ったのだが、菫麗の背中は見当たらなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ…… 菫麗、いる?!」
教室に飛び込むなり、叫ぶように菫麗を呼ぶ。
しかし、菫麗の姿はそこになかった。
はぁっ? どこいったのよ!
いつも違う私の態度にざわつく教室内の同級生に「ごめん。何でもない」と一言入れてから廊下に出て、端末から菫麗にコールを入れる。学校内での電話は禁止なのだが仕方ない。
コールが10回程続いた後、通話がつながる。
「どうしたの、文乃」
あっけらかんとした菫麗の声に怒りが頂点に達する。
「あんたどこにいるのよ! 柊木さんに次の試合任せるにしても、柊木さんの設定をあんたが弄ったままでしょ」
感情のままに言葉をぶつける。
「なに興奮してるのよ。いま、学食でお昼のパンを買い終わったとこだけど? それに設定って何だっけ」
「あんたが設定したブレバトの設定よ!
あんな設定のままトップランカーと闘ったらどうなるか分かってるんでしょ。早く戻って柊木さんの設定戻しなさいよ!」
「なに興奮してんのよ。あの設定にするのに協力したくせに。別に設定戻してもいいけど、もう手遅れじゃない?」
「はぁっ?」
「だって、もう準々決勝始まるじゃん」
菫麗の言葉に、私は慌てて教室に戻りモニタに視線を向ける。
『2回戦の残り試合がまさかまさかの2戦連続の不戦勝。さすがにeスポーツ部の部員と当たるのは通常のクラス代表では荷が重かったみたいですね。
そして準々決勝第一試合はeスポーツ部員、2年生同士の戦いとなりましたが、2年C組の圧勝でしたね。
サクサクと戦いが進んで準々決勝第2試合。優勝候補の一角、3年1組と相対するのは唯一勝ち残っている一年のE組。棄権の連絡がないため、果敢にチャレンジするものと思われます』
放送部のアナウンスが流れる。
なんで、もう試合始まってるのよ。タイムテーブル守りなさいよ!
心の中で叫ぶが、その声が届くはずもなく試合準備が進んでいく。
「3年1組、椛谷選手のアバター『レッドリーフ』がコロシアムステージに転送されてきました。
こちらはトップランカーの風格を漂わせる威風堂々とした佇まい。
対する1年E組は――
……あれ、転送されてこないですね……」
アナウンスの声が響く中、教室のクラスメイトの視線がこちらに向く。それはそうだろう、競技選手の一人がここにいるのだ。しかも、端末通話でもう一人とも話をしている。
私はクラスメイトの視線と、通話中の菫麗の言葉をを無視して画面に注目する。
柊木さん、参加しないで!
祈るように画面を見続ける。
うちのクラスの代表選手は現れない。
そうだよね、私が戻ってないし、一人で参加を判断できる子じゃないし、無理して参加することはないはずだよね。
ほっと息を吐く。
『う〜ん、これは不参加ってことですかね。
棄権の通知なしでの不参加はペナルティーとなりますが、後1分待って現れないようでしたら、不戦敗としましょう』
放送部のアナウンスが告げる。
沈黙が走る。その沈黙に今の状況を思い出す。
「あ、ごめん。棄権っての、本部に伝えるの忘れちゃった。さすがに優勝候補には勝てないしね……
で、でも、ベスト8だから、ペナルティーで点数減っても許して、ね」
ごめん、とクラスメイトに謝る。
が――
『おおっと、来ました!
1年E組の選手。
二回戦までと選手が違うみたいですね。現れたのは補欠で登録された選手のアバターのようです』
盛り上がるアナウンスに「えっ」と言葉を漏らす。
『あー、参加しちゃったかー、バカな子だな』
繋ぎっぱなしだった端末から菫麗の声が聞こえる。
な、なんで!
「な、なに言ってんの菫麗……」
震えながら、端末通信で言葉を返す。
私の言葉と画面の展開の違いにクラスメイトも混乱しているが、一番混乱しているのは私だ。
『それでは試合開始です』
無情にも、展開を進めるアナウンスが響く。
このままだと何が起こるか……
画面の中でカウントダウンが開始される。
もう止められない
呆然と画面を見つめるしかない。
試合が開始される。
そして――
どことなく中世の貴族をイメージさせる軽装備にマント姿の相手アバター。
細身剣を抜刀すると、小さな旋風を残して柊木さんのアバターに肉薄する。
柊木さんは構えが間に合っていない。その胸元に細身剣が突き刺さり。
「あああああぁぁっ!!!!!」
柊木さんの悲鳴が響き渡った。
◼️登場人物紹介◼️
椛谷 慎一郎
eスポーツ部の副部長。眼鏡の似合う理論派のイケメンの先輩。
部長が脳筋のため、情報収集や作戦立案なども担当する苦労人。




