17.クマ子
◼️前回までのあらすじ◼️
ひとりBrave Battle Onlineにログインした真雪は、『クマ子』という名のアバターと対戦し、完敗を喫した。
負けた……
予言されたように、スキルを使われてからはまったく手が出なかった。
「私は、弱い……」
両のてのひらに視線を落として言葉にする。
言い知れない思いが、込み上げてくる。この感情は――
「悔しい……」
言葉が漏れる。そう『悔しさ』だ。
自分の弱さ、不甲斐なさに、悔しさを感じたのだ。
今までは遥かに格上の相手――師匠――が相手だったので、負けても「仕方ない、次こそは」と闘志を燃やしていた。
正式リリース版のブレバトをインストールした後は周りが気をつかってくれたため勝つことができていた。
でも、今回は――
全力を出し切れずに、そして負けた。
結果的に完敗だったが、本当に手も足も出なかった訳では無い。
知らないスキルに翻弄され冷静さを欠き、後半は本来の動きが出来ていなかった。闇雲に拳を振るい、更に相手の術中に嵌って自滅した。冷静に対処していればもっと戦えていた筈だ。
悔しさに打ち震えていると、視界が切り替わる。
バトルが終了して、ポータルエリアに戻ったのだ。
あたりはのどかな遊牧民の集落のような風景。
「出来ればもう一度、あのクマ子さんと戦いたいな」
そう思い、メニューを開こうとすると、背後からの声がかけられる。
「ほう。再度バトルを希望されるとは光栄だな」
驚いて振り返ると、そこにはマスコットモードになった熊の姿があった。
「えっ」
驚いて、変な声が出てしまった。
「はじめまして、か?」
クマ子さんはそんな私に再度声をかけてくる。
「あ、はい。えっと、私、Snowっていいます」
焦って、途中途中噛みながら自己紹介する。
「ああ、アタシの名は……今は『クマ子』だな」
女性の声。やはり師匠ではない。それに
「今は?」
「あぁ、アンタはブレバト初心者だったな。
色々と説明した方がいいな。この後、時間はあるか?」
クマ子さんにそう問われ、私は「はい」と応える。何気にログインしたが、特にすぐログアウトする必要は無かった。このゲームについて、教えてもらえる事があるのならば、むしろ時間を使ってでもお願いしたいくらいだ。
「うむ。ならば、念の為に再度バトルを申請していいかな? 感想戦ということで」
「え、あ、はい」
「まぁ、そんなに畏まらなくていい。では申請するぞ」
クマ子さんは片手を動かしメニュー操作をすると『バトルが承認されました』とシステムメッセージが表示され、先程と同じバトルフィールドへ転送された。
システムメッセージが闘いの開始を告げるが、その間にクマ子は刀を抜いて地面に突き立て素手となり戦闘の意思なしの態度を見せた。
私も構えず、戦闘の意思なしの態度をとる。
「さて、何から話すかな……」
戦闘が始まり、最初に口を開いたのはクマ子さん。
「まずは、一つ――
よくはわからないが、アンタは厄介なゲーム設定をしてしまったようだな」
「えっ」
予想外の指摘に驚く。
「やはり気づいていないか……
戦闘の自動承認なんて、普通はありえない設定だ。しかも、ルールについても制限なし。そんなのは相当に格上の者が行うもので、そんな設定している者は周りに対して『どんな不利なルールでも相手してやる。勝てるものなら勝ってみろ』と喧嘩を吹っかけているようなものだ。何時何時に戦闘を仕掛けられても仕方ない状態だ。
アタシと話している最中に他者から戦闘を仕掛けられる可能性があったので、再度バトル申請をさせてもらった。本来ならポータルエリアで話すだけでよかったのだが、念のためだな」
私の疑問を読み取ったかのように、クマ子さんが丁寧に説明してくれた。
な、なるほど、そうなのか。ううー
私は指を動かして詳細設定画面を表示させるが、パスワード入力を促されて変更をすることが出来なくなっていた。
「まあ、設定については考えがあるので置いておこう。先ほどのバトルについてだ」
クマ子さんは腕を組んでゆっくりと近づいてくる。
「あんたはブレバトを知らなさ過ぎる。いや、ブレバトの知識が偏っているといった方がいいかな」
クマ子は腕を組んだまま私の周りを一周しながら指摘する。
「あの、私、昨日ブレバトを始めたばかりで――」
「その言葉は正確ではないな」
私の言葉を遮ってクマ子さんが指摘する。
「え」
「ならば――」
瞬間、クマ子が一歩踏み込み拳を打ち込んできた。私はとっさにその拳を『流水の捌き』でいなす。
「初心者ならば、この攻撃を難なく捌ける訳ねぇからだ」
超至近距離まで近づいたクマ子さんの顔。ふと不敵な笑みに変えて、距離をとる。
「さらに詳しく言えば、君は戦闘に関する技術は一般人に比べて高レベル、いや達人クラスといってもいい。だが――」
パチンと指を鳴らすと、クマ子が目の前から消えた。
「ブレバトのシステムについての知識は皆無。無知といってもいい」
背後からの言葉。ビックリして振り返る。
「鍵言なし、行動起因でのスキル【空間転移】。
今のはちょっと意地悪だったか」
ふんっとクマ子さんがまたしても不敵に笑う。
「先ほどの戦闘で経験しているのだから、スキルを使用されたと気づいてもいいものだがな」
そう指摘されて、「あう~」と声が漏れる。
「まあ、知らないのは仕方ないが、錯乱して攻撃が雑になってしまったのは君の反省点だな」
その言葉には反論の余地もなく、肩を落とすしかなかった。
「もし、あんたが強くなることを望むならば、まずはスキルを知ることから始めることだな。
あんたは強くなることを望むか?」
クマ子さんが問いかけてくる。
最初はリハビリのため始めたものだった。正式リリース版のブレバトは友達から薦められて始めたものだった。友達と楽しく遊べたらそれていいと最初は思っていたけど、今は――
クマ子さんに負けた時の気持ちを思い出す。
悔しい。勝ちたい、と思った。それが私の気持ち。私は――
「強くなりたいです」
自然と言葉が出た。その言葉を聞いて、クマ子さんは嬉しそうにほほ笑んだ。
「ならば、まずはスキルを知ることだ。
先ほど披露したスキル【空間転移】も、その特性を知れば対処も可能だ。
このスキルは10メートル先の位置に転移するというもの。裏を返せば丁度10メートルの位置にしか移動できない。それを踏まえれば予測もできる。さらに、戦闘時のように鍵言起動ならば、言葉を耳にしてからでも対処出来て、対処方法の幅も広がる」
なるほど、と頷く。
「通常の設定画面は開けるよな?」
「は、はい」
「ならばスキル設定画面で、候補のスキルを選択すれば説明が表示されるので、自分の取得できないスキルについても気になるものがあれば調べる癖をつけておくといい。
まぁ、そこに記載されているのは簡単なスキルの説明だけなので、詳しく知りたければまとめサイトで確認するのだな。大抵のスキルについては対処方法まで記載されているからな」
「なるほど。教えてくれて、ありがとうございます。
スキルについては数が多すぎて、自分のスキルの選定すら後回しにしていました……」
数が多くて匙を投げた過去の自分が恥ずかしい。
「そしてスキルの中で君が特に気にしなくちゃいけないのは、システム系スキルだな」
「システム系?」
聞いたことのない単語に首を傾げる。
「はぁ…… そこからか。
スキルには【システム系スキル】と【達人系スキル】の二種類あるんだ」
クマ子さんがため息をついた後、指を二本立てて見せる。
「システム系スキルは、管理者がシステムを利用して作り上げたスキルだ。
アタシが多用した【空間転移】【二段跳躍】のような現実では再現不能な動きや、魔術師が使用する魔法のような超常的な現象を起こすスキルだ。
君が使用した【超過駆動】もシステム系スキルに当たるな。
そしてもう一つ、達人系スキルは管理者が契約した様々な達人の動きを再現するスキルだな。
私が最後に使用した【貫衝烈拳】がそれにあたる」
「【かんしょうれっけん】?」
首を傾げる。
「最後だったから記憶にないか。これだ。
スキル発動――【貫衝烈拳】!!」
クマ子さんがスキルを発動させる。
強く地面を踏み込み、体内を巡らせた気を接触の瞬間に爆発させる。今回は空打ちのため、突き出した拳とともに周りの空気が爆ぜるような衝撃波が広がった。
それはスキルによる技の再現。しかし。私の目には別の映像とか重なる。
「それって、真陰熊流格闘術の『崩穿華』と同じ……」
言葉が漏れる。
この技を教えてくれた師匠と見た目が一緒であるため、師匠が奥義を繰り出した姿と重なったのだ。
「その流派はアンタが扱う格闘術の流派か?」
「はい」
「なるほど。やはり、あんたが使った技と一緒だったか……
この技は二年前に亡くなった最強の格闘家・岩隈 京士郎が提供した達人スキルだ」
いわくま? なんだか知らない名前が出て来たなと疑問符を浮かべるが、クマ子は構わずに言葉を続ける。
「達人スキルは通常では習得が難しいだけで再現可能な技でもあるんだ。
ゲーム内で簡単に必殺技として達人の技を使えるようにと、ゲーム会社が報奨金をだして各種スポーツの有名人から動作情報を買い取り、システムに組み込んだものが『達人系スキル』だ。
まぁそれ以外にも、後継者が居ない流派などが、ゲームのシステムを通して後世にその技術を残したいと提供する例もあるみたいだな」
クマ子がスキルについて説明してくれた。
つまり【貫衝烈拳】は、格闘の達人である岩隈と言う人がゲームに動作を提供したスキルらしい。
「アタシは剣術家の家系に生まれて剣術家として育てられたのだが、伝説の格闘家である岩隈さんを尊敬してるんだ。
このスキルを登録しているのもいつかはこの技をシステム補助なしに取得できればと思ってのことだ」
そして、スキルについての思い入れを語る。その岩隈という格闘家を心から尊敬しているのが、その言葉の熱量から伝わってくる。
「ところであんたはその技は誰から教わった?
岩隈さんは生涯一人も弟子を取らなかったはずだが……」
チラリとクマ子が視線を向けてくる。
「えっと……」
問われて言い淀む。そういえば師匠のこと全然知らなかった。退院の時に一度だけ現実の師匠にあったが、詳しいことは全くと言って知らないのだ。
「私が入院中に会った人なんですけど、詳しくは知らないんです。
ゲームの中ではクマ子さんと同じクマの姿でした」
「なんだと! まさかこの格好はそういう意味が――
すまないが、その人の特徴をもっと教えてくれ」
クマ子は必死な感じで訊いてくる。
「えっ、え。えっと、あの、ゲーム内ではめちゃくちゃ強くて。毎日バトルをしていたんだけど全然勝てなくて……」
その勢いに戸惑いながらも、何とか思い出せることを言葉にして伝える。
「あ、一度現実でもあったんですが、すごい大怪我した男の人でした」
「Snowが全く敵わないような強さの大怪我をした男性――ま、まさか、一部では生存説も流れていたが、ほんとうに……」
クマ子の手がぶるぶると震えている。
「Snow、すまないが先ほどアタシが見せたスキルを、実践してみてもらっていいか?」
「えっ、はい。あの、【超過駆動】を使わないと再現できないので、それだけ使ってもいいですか?」
「ああ、もちろん構わない」
私は言われるがままに【超過駆動】を起動し、拳を構えた。
「ふぅ…… 行きます。真陰熊流・奥義『崩穿華』!」
ボッと突き出した拳の周りの空気が爆ぜる。
「こんな感じで、いいですか?」
振り返るとクマ子さんは目を見開いて固まっていた。
「間違いない本物の技だ。まさか、あのメールの内容はホントだったのか。チャンピオンロックベア人形を持っていたことでまさかとは思ったが……」
小声で独り言ちるクマ子さんに、私は恐る恐る「あの……」と声をかける。
「あ、すまない。ちょっと考え事をしていた」
我に返ったクマ子さんは、覚悟を決めたかのような瞳で私を見据える。
「先ほど強くなりたいと言ったな。もし君が望むならば私が君を指導しても構わない。
土台があるので、私が指導すればブレバトにて強くなれる事を保証しよう。
ただし、一つ条件がある」
クマ子さんが指を一つ立てる。私はその条件を聞くことを了承するかのように首を縦に振る。
「アンタがその人から教わった格闘技術をアタシに教えてくれ。
先ほども言った通り私は岩隈さんを尊敬してる。なので岩隈さんのスキル【貫衝烈拳】をなんとか習得しよう思っている。だが、スキルと同じ動きを再現してもあの技を発動することが出来ないのだ。
独学であの人の域に達すことは無理だと諦めかけていたのだが、その技を習得したアンタに教えを乞えばアタシの目標に近づけると思ったのだ。
もしアンタがその技を他の者にも教える気があればなのだが、どうだろうか?」
まっすぐな視線が突き刺さる。
そんなの答えは決まっている。私に師匠の技をうまく伝えられるか不安もあるが、門外不出って訳ではないはずだ。私も強くなりたいし、むしろこちらからお願いしたいくらいだった。
「分かりました」
私の答えに、クマ子は安堵したように頭を下げる。
「顔を上げて下さい。むしろ、こちらの方が教わることは多いと思ってますから。
だから、こちらこそです。よろしくお願いします」
私は手を差し出すと、クマ子は「ああ、互いに強くなろう」と私の手を握ったのであった。




