164.強化合宿⑧~百瀬 胡桃~
■前回までのあらすじ■
県大会を制し、全国大会出場を決めた神里高校。
全国大会に向けて強化合宿を行うなことになった。
一日目のミーティングにて、実力が足りていないレギュラーメンバーがいると指摘を受ける。
強化合宿編は、三人称視点|(今回は胡桃からの視点)となります
百瀬 胡桃は子供の頃から不器用な子だった。
勉強も運動も中の下。「出来ない」ではなく「それなり」なのだ。典型的に目立たないタイプであった。
ひとつの転機となったのは、髪型を変えた時であった。当時見ていたアニメの影響を受けて髪型をツインテールにしたのだ。特徴のなかった胡桃だったが、髪型を変えたことによって注目されるようになった。
当時も童顔であった胡桃のツインテールは、まさにアニメのヒロインそのものであり、多くの男子生徒から話しかけられるようになった。胡桃は男子から声を掛けられる経験が無かったので、どのように対応していいか分からず、素っ気ない対応となったのだか、その態度も男子生徒の心を鷲掴みにしたのだ。当時はやっていた『ツンデレ』という性格と見事に合致したからだ。
それから胡桃は髪型やファッションに気を遣うようになり、同じくファッションに興味を持つ女友達も増えていった。
注目されるようになり、苦手な勉強や運動を協力してくれる友達が増えて、胡桃の見ている世界が一変した。苦手ばかりで嫌いであった学校が楽しいものへと変貌したのだ。
しかし、胡桃にとって良い方向へ向かった学校生活であったが、それに反した動きもあった。
人気となった胡桃を嫉妬する生徒が出て来たのだ。男子からの人気が上がるにつれ、きつく当たる女子が増えていったのだ。苦手を克服したように思っていたが、たまに耳に入ってくる嫉妬女子からの心無い言葉に、自分の力だけでは、他の人より優れているものはないのだと思い知らされた。
それでも「私一人で出来なかったとしても、助けてくれる友達がいるから気にしないもん」と強がっていたが、心の中に痼りが残っていた。
そんな時、もう一つの転機が訪れる。
フルダイブ型VRゲーム『Brave Battle Online』との出会いだ。
それは世界的な伝染病の影響で外出制限されていた時に、友達から勧められたゲームであった。格闘ゲームであるのだが、VR空間でコミュニケーションが出来るツールとして爆発的に広まっていたのだった。
今までいくつかゲームをやってきたが、どれも上手く出来なかった胡桃はあまり乗り気ではなかったが、コミュニケーションツールとして使えるよ、と勧められるがままにそのゲームを始めた。
最初の驚きはキャラメイクだった。現実の体形から大きく逸脱しなければ限りなく自由にキャラメイクすることが出来たのだ。友人達はみな顔の造形を弄って美男美女となっていたが、胡桃は敢えて現実の姿に近づけてキャラメイクした。唯一現実と変更したのは髪色だ。憧れたアニメのヒロインと同じ鮮やかな桃色とし、可愛らしい服を身に纏った。
そして更に驚いたのは格闘ゲームとしての自由度と、一撃必殺のシステムだった。
非力である胡桃でも戦略次第で勝利できたのだ。
You Win!!
画面に表示されたその文字を見て喜びと共に、今まで感じたことのない高揚感につつまれた。
私でも、勝てる。活躍できるんだ……
最初は手加減してくれていた相手だったが、コツを掴んだ胡桃は本気で向かってくる相手をも打ち倒すことが出来たのだ。
今も幻覚系のスキルで惑わせ、喉元への致命の一撃にて勝利を収めたのだった。
こうして自らが活躍できる場を見つけた胡桃は『Brave Battle Online』にハマっていく。
そしてそのゲームで仲良くなった仲間は、胡桃の見た目だけに惹かれて近づいてきた現実の友人と異なり、しっかりと胡桃の実力を認めた者たちであった。
心通わす仲間とのゲームは最高に楽しく、高校も『Brave Battle Online』の競技部活動がある神里高校へと進学したのだった。
将来はこのゲームに関わる職業に就きたい、という夢を持ち始めた。
全国高校ブレバトグランプリで良い成績を残せば関連会社への就職時に心象が良いという話があるため、高校最後の大会は大きな好機であった。
全国大会への出場が決まり、レギュラーメンバーとして参加する予定であった。
しかし、そこに暗雲が立ち込める。
埼玉県の実力校を迎えてでの強化合宿。その一日目の成績は思わしくなかった。幾つか勝ちを拾う事は出来たが、それ以上に敗北を積み上げた。
接近戦闘を主とする相手にはそれなりに闘えたのだが、自分と同じ中距離戦闘を得意とする相手には戦術を全て看破され一方的に敗けるという結果となった。
サニーやサバナは埼玉県屈指の中距離職の実力者であるため、そこまで恥じるものではないのだが胡桃にとっては看過できない事態であった。
何とかしなければ、と焦る中、最悪な事態が起きる。強化合宿一日目の夜、そこで行われたミーティングの中で大宮電子高校の部長である大翔から実力が劣るレギュラーメンバーが居ると指摘されたのだ。
その対象の一人であった椛谷は参謀としての活動に注力することとしレギュラーの座を譲ったのだ。そして自ずと部員の視線が胡桃に集まった。
「私はレギュラーを譲るつもりはないわ。絶対にね」
胡桃はピシャリと言い放つ。代替要員である朱音は闘気を使えるが、戦績として胡桃に勝てていない。それは胡桃が朱音の癖や戦術を知り尽くしているがためだ。朱音に特化した対策を講じ、何とか勝てているだけ、実力では既に追い抜かれていると感じていた。本来ならば実力に勝る朱音にレギュラーを譲るべき、と思っているが口から出たのは拒絶の言葉だった。
目標であるブレバトのゲーム関連企業で働く。そのためにはこの大会で活躍しなくちゃいけない。その想いが強かった。
「……ならば、勝ってみせます」
そんな後輩の言葉に頭に血が上り、口論となった。それを収めたのは神里高校の部長である刹那だった。
刹那は全国大会の組み合わせ抽選会の前日に再度レギュラーの座を掛けて朱音とバトルをして最終メンバーを決める事としたのだ。
このままならば今まで通りの対処で朱音にならば勝てる、筈であった。
強化合宿二日目――
「っしゃあぁぁぁ! 大金星っ!」
ゲーム内にアカネの歓喜の声が響く。
アカネが対戦したのは大宮電子高校の次期エースと目される『ラフィール』であった。
ラフィールは闘気が扱えないが、大宮電子のレギュラーを張る実力者だ。その相手を撃破した事はまさに大金星である。クルミも県大会決勝でチーム戦としてラフィールと対峙したがその時は敗北していた。
それを目の当たりにしたクルミは危機感を募らせる。
今はまだ勝算は高いが、アカネの成長スピードは想定以上なのだ。今の試合で闘気を発動させたみたいだが、今までは闘気発動後はフラフラになっていたのだが、今はそんな姿は見せずにピンピンとしており陽気な笑みを見せている。
「ねぇ、私とバトル、いいかしら」
焦りを感じながらクルミもバトルを申し込む。その相手は格上であるハルートだ。
Snowを除けはこの強化合宿に参加しているメンバーの中で最強のプレイヤーだ。この男に対して対等以上に闘えればまだレギュラーの座を守り切れるはずだ、との思いからの申し出であった。
ハルートは驚いたようだが、快くバトルを承認した。
結果は完敗であった。
序盤こそは幻惑系のスキルによる騙し合い、戦術のぶつかり合いで拮抗していたが、すぐさまハルートはクルミの戦略に適応し、最後は一方的なものとなってしまった。
最後の最後にクルミは一発逆転を狙い闘気を発動させようとしたが不発。闘気の気配を感じ、対抗して闘気を発動させたハルートの一撃をまともに喰らいバトルは終了した。
「最後はすこし冷やりとしました。
けれど慣れないうちに無理矢理に闘気を発動させようとするのはお勧めしないよ。確実に発動できるようになるまで、闘気を扱おうとするのは控えるべきだね」
倒れ伏したクルミに手を差し出しながらハルートは助言をする。その言葉をクルミは「ふん。そんな事、分かってるわよ」と強がりで返すのが精いっぱいであった。
不完全に闘気を発動させようとしたことで、クルミはその後に体調を崩す。
「おい、クルミ。大丈夫か?」
心配してセツナが声を掛けてくる。
「セッつん、ごめん。ちょっと体調が優れないみたいなんで、ログアウトしてすこし休憩するわ」
なんとかそう答える。その時、セツナは心配そうな顔をしていたが、それが同情された様に思えて手早くメニューを操作してログアウトした。
現実世界に戻った胡桃はダイブカプセルの中で「あぁ~」と唸って天井を見上げる。
「どうして、どうしてこんなに上手くいかないの……」
虚空に向かって言葉を漏らす。
アカネは激しい闘いの中で闘気に目覚めた。自分も極限状態になれば闘気に目覚めると思ったのだが不発だった。自分と朱音で何が違ったのだろうか。本当にこのままで朱音に勝てるのか。その不安と、心配してくれたセツナを無視してログアウトしてしまった事への罪悪感に心が塗りつぶされ瞳から涙が零れた。ホロポロと堰を切ったように涙が止めどなく零れる。なんでこんなに涙が溢れるのか分からず天井を見上げ続ける。
コンコン……
しばらく涙を流しているとダイブカプセルを叩く音が響く。
「胡桃。大丈夫か?」
聞こえて来たのは刹那の声であった。大事な合宿中なのにゲームをログアウトし胡桃の様子を確認しに来たようだ。
胡桃は慌てて頬の涙を拭うと、カプセルの扉を開く。
「ちょっと疲れちゃっただけだから、わざわざ様子を確認しなくっていいのに」
できるだけ明るい声で答える。刹那は「そうか」と安心しかけるが、胡桃の顔を見て表情を変える。
「大丈夫、じゃないみたいだな。どうしたんだ、泣いていただろ?」
真っすぐに胡桃に視線を向けて訊く。
「べ、別に泣いてなんてないし。本当に大丈夫だから――」
強がって言う胡桃を刹那が優しく抱きしめる。
「いま現実には私しかいない。強がる必要は無いんだ」
そしてかけられた言葉に胡桃は涙を零す。
「セッつん、私…… 私、大会に出たいの。私、ブレバトが大好きなの。誰にも負けたくないし、全国大会で活躍してブレバトに関わる仕事に就きたいの!」
溢れ出た胡桃の本音を、刹那は黙って聞いていた。
「アカネがすごいのは分かってる。このままだと私はあの子に勝てない事も分かってる。
けど、私どうしても全国大会に出たいの。
私、どうしたら。どうしたらいいの、かな?」
刹那の身体をきつく抱き返しながら胡桃が問いかける。
「どうしてもアカネに勝ちたいんだな」
その言葉に胡桃は頭を縦に揺らして応える。
「残念ながら私では打開策は思いつかない……
けど、教えを乞うならば私よりも適任がいるだろ?」
刹那からの答えは望んでいたものではなかった。しかし、アカネ撃破の糸口になる内容であった。そうこういう時に頼るべき相手は分かっている。
「けど、Snowはアカネの親友だよ」
「Snowは先輩からの真剣な相談を無下にするような子ではないと思うがな。もう少しあの子を信頼してもいいと思うぞ」
胡桃の心配を刹那が否定する。言われてみればそうだ。あまり親密に話したことはないが、いままでのSnowの対応を見ていればそんな事は分かり切っていた。
「ありがとう。セッつん。そうしてみるよ。
けど、先輩としてのプライドがあるからね。もう少し自分でも戦術を考えてみるよ」
不敵に笑って見せるが、涙と鼻水で酷い表情であった。
「ああ。分かった。
合宿を中断してでも様子を見に来てよかったよ」
そっとハンカチを差し出しながら刹那が答える。
「ありがと、ね」
受け取ったハンカチで涙を拭きながら、礼を言う。
「いや。私では胡桃の役には立なかった、頼りない部長で申し訳ない」
「そうじゃない。私の事を心配して様子を見に来てくれた事、その事へのお礼。そういう所、尊敬するわ」
その言葉を受けて刹那は照れくさそうに頭を掻く。
「ひとまず、大丈夫そうで何よりだ。私はゲームに戻るよ」
「ええ。私も落ち着いたらゲームに戻るわ。心配かけてごめん」
刹那は気にするなという意味を込めたサムズアップを見せて、自らのダイブカプセルに戻って行った。
胡桃はそれを見遣るとカプセル内のシートに横たわり、対策方法に頭を巡らす。
「やっぱり一番の対策は『闘気』を扱えることになる事だけど、残り数日でそれを習得するのは難しいわね。覚えられたとして強力な闘気技ひとつ、が限界。そうなるとどんな技にするか、よね。
一撃で形勢逆転できて、反動が少ない技。そんな技があればいいんだけど――」
今まで戦略で勝利してきたのだ、相手が嫌がる戦術、もしくは思いもつかなない策を講じる事は得意であった。幾つか案を出しては考察していく。
「闘気で幻惑系のスキルを強化――駄目ね。不意は突けるかもだけど、決定力に欠けるわ。ならば投擲技の強化――これも駄目。こっちの闘気発動の気配を察知されて闘気で防御される確率が高い。近距離技ならば――それじゃ私の得意とする中距離戦闘じゃなくなるし本末転倒よね」
なかなか結論が出ない。いくつも案を出しては没にしていく。そして、ひとつの答えに辿り着く。
「習得は困難かもしれないけど、アカネに勝てるようになり、全国大会でも活躍するにはこれしかない――」
胡桃の瞳に覚悟の光が宿っていた。
こうして、強化合宿はチーム全体のレベルアップと、新たな火種を残しつつ幕を閉じる事となった。
一泊二日の強化合宿を終え、ゲストとして参加してくれた二校のメンバーを見送ると、残った神里高校のメンバーは合宿で使用した施設の掃除を行った後、解散となるのであった。
強豪の高校とのバトルを繰り返した神里高校のメンバーは疲労の色を見せつつも各々帰路に就く。
「Snow、ちょっといい?」
迎えの車を待っている真雪に胡桃が話しかける。急に話しかけられて「ひゃい」と変な返事を返した真雪に「別に取って食おうってわけじゃないんだから、そんなに怯えなくていいわ」と言葉を続ける。
「昨日のミーティングで決まった通り、今度レギュラーの座を掛けてアカネと闘う事になったわ」
その言葉に真雪はこくりと頷く。
「今のままでは私は闘気を扱えるアカネには勝てないし、全国に出ても私は戦力にならない」
真剣に語る胡桃の言葉。
「私はチームの足手まといになりたくないの。だから、私に一つ技を教えてほしい。
多分、それはアカネとの闘いで切り札となるものだから、友達である貴女にとっては気の進む事ではないでしょうけど――」
そして、深々と頭を下げる。
「お願い。協力してほしいの」
そう言葉を続けた。
しばしの沈黙ののち、真雪が口を開く。
「分かりました。だから頭を上げてください」
そして承諾の言葉を告げる。
「ありがとう。恩に着るわ」
「それで、教えてほしい技って何でしょうか?」
その問いに、胡桃は真剣な眼差しで答える。
「私が教えてもらいたい技は――」
こうして、残り僅かな時間を利用してでの胡桃の一世一代の挑戦が始まるのであった。




