15.虎の尾
■前回までのあらすじ■
クラスメイトの罠に嵌り、真雪はBrave Battle Onlineで不利なバトルをすることに
一方的に痛めつけられていたが「あれ、これアニメの再現じゃね」と勘違いした真雪はその実力を発揮し反撃を開始するのであった。
※今回はクラスメイトの有坂 文乃からの視点です。
※作者からのひとこと※
暫く胸糞展開が続きます。苦手な方は「29.スカウト」の話まで飛ばしてもらって構いません。
アバター名「ふーみん」こと、有坂 文乃は目の前で起きたことが分からず混乱する。
目の前でミレイの顔が大きく上へ跳ね上がった。
そして、スキルの効果で強力に捕まえていた相手が、腕からすり抜けたのだ。
何が起きたのかわからなかった。
気づいたらSnowは私の真上にいた、どうやらミレイの顎を蹴り上げ、その勢いのままに後方宙返りの要領で上空へ飛びあがったみたいである。
思いもよらない縦回転の動きに絡まっていた腕がほどけてしまった。
だが、Snowの行動はそれだけでは終わらなかった。逆さまに私の真上に跳び上がったSnowは、振り払われた際に上方に跳ね上がった私の右腕を取り、空中で絡みついたのだ。
ギシリ……
肘関節が軋む。
腕が強制的に伸ばされ、さらに両足が私の首を締め付ける。
「なっ、痛…… ……」
苦悶の声を出すが、Snowの足にて首を締め上げられ、その声が喉元で詰まる。
何が起きたのか理解する前に、右肘に軋んだ痛みが走り、さらに人ひとり分の重さが伸し掛かったのだ。
痛みに耐えながらそれを支えられる訳もなく、膝が崩れ地面に倒れ落ちる。
ド……ゴキリ!……
「ぐあ……ぁぁ……っっ」
肘の骨が砕けるような痛み。これば疑似的な痛みでフィードバックも普通なのだが、それは関節技など受けたことが無い私からすると未知の痛みだった。
締め上げられている喉から声はうめき声程度しか声が出ない。
苦しい、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛いぃぃぃぃぃっ
必死に藻掻くが、一向に絡みついたSnowの身体は全然ほどけない。
体力がジワジワと減っていくのが見える。
打撃に比べて極め技のダメージ判定は低いため、体力が0になるまで時間がかかるのだ。
この地獄の時間が続くと思うと恐怖が走る。
なんで、なんで私が、こんな、こんなぁぁぁぁぁぁぁっ
必死に藻掻くが痛みが続く。
こんなはずでは、こんなはずではなかったのにっ
「あこっち」に教えてもらって、ムカつく相手の設定を弄って、バーチャルの世界でストレス発散する予定だった。いかにも運動が出来ずトロそうな柊木なら簡単にストレス発散のサンドバッグが出来るはずだった。
なのになんで自分がこんなに痛い思いをしているのか。何が、何が間違ったのか――
降参と、Snowの足をタップするが、締め付けの手は緩まない。
必死に左手で宙を掻き、メニューウィンドウを表示させ「棄権」を選択しようとしたのだが、棄権ボタンが非活性となっていて押下不能となっていた。
思い出す。相手を甚振るためバトル設定を変更し、自ら棄権することを不可能にするようにルールを変更していたことに。
「う、そ……でしょ……」
まさか、自分にその不公平な設定が返ってくるとは思わず絶望する。
「てめぇ、死ねぇぇぇぇぇっ」
ミレイの声が響いたと思うと、私を拘束していたSnowの身体が離れる。
よかった、助かった、と思った瞬間、衝撃に吹き飛ばされる。
どうやら組み付いていたSnowに対してミレイが槌矛を振り下ろしたようだ。
Snowは寸前でその攻撃を回避したが、私は槌矛を振り下ろしたその衝撃に巻き込まれたのだ。
同盟攻撃は無効となっているため痛みはないが、吹き飛びで地面を転がった。
「くそっ、くそっ」
やっと拘束から解放された私は毒づいて立ち上がる。
どうやら右手は先ほどの攻撃で負傷した――部位破壊された――という扱いとなったためか、だらんと垂れて力を入れることができなくなっていた。
顔を上げると、ミレイとSnowが対峙していた。
「てめぇ、こんな事してタダで済むと思うなよ。二対一のハンデ戦なんだからな。抵抗しても勝てるわけないし、不利な戦いは一生終わらないからな。むしろ、次からは最大の3人でお前を甚振ってやるから覚悟しろ!」
ミレイがブチギレていて、汚い言葉でSnowを罵っていた。
対するSnowは想定外の反応を見せるのであった。
「ミレイの中に巣食う妖よ、すぐにその子から出ていきなさい」
よくわからない台詞を吐くと、ビシッと指をさしてポーズを決めたのだ。
「はぁ、頭沸いちゃったか? ぶっ殺す」
その言葉を受けてミレイが襲い掛かる。
こう見えてミレイはブレバトの上位ランカーだ。昨日から始めたような素人に負けるわけがない、と思っていたのだが
「くっ、くそっ、なぜ、なぜ当たらない!」
怒涛のような槌矛の乱撃をSnowは全て紙一重で躱す。
はぁ、ありえないんだけど。ゲーム内順位1000位以内のトップランカーとまではいかないけどミレイはその辺のプレイヤーなら手足が出ないくらいの勝率5割以上なのよ。やみくもな攻撃に見えるけど、一撃でも食らったらそのまま何十発もコンボがはいるような攻撃の連打をなんでそんな涼しい顔で捌いているのよ!
目の前の攻防に絶句する。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……
くそっ、ふーみん、見てないで援護!」
攻撃の嵐がひと段落したところで、ミレイが肩で息を切らせながら血走った目でこちらを見る。
「分かった。すぐ詠唱に入る」
答えて杖を構える。
詠唱、と言っても呪文を唱えるわけではない。
ブレバトでいう「詠唱」とは、魔法のスキルを放つための「溜め」のことを指すのだ。
杖を構えたことで魔法陣が足元に広がり詠唱状態となる。
(最大の魔法だから、詠唱はこの状態で10秒。ミレイが足止めしてくれれば大丈夫なはず)
そう思って、戦況に目をやる。
「妖め。やはりミレイの中から出ていくつもりはないか。ならばこの『浄化の拳』で成敗する」
Snowはよくわからないことを言いながら拳を構えていた。
「意味分かんねーんだよ!!」
叫んでミレイは槌矛をスキル【投擲】にてSnowに向けて投げ飛ばす。
軽々と振るっていたが、職業補正の【重量軽減】のスキルの恩恵があっただけで、投げ飛ばせば槌矛は凶悪な高質量の弾丸と化す。
さらに、投げ飛ばした槌矛を追ってミレイが駆ける。もし槌矛を避けても追撃したミレイが追い打ちをかけるためだ。
対するSnowは――
避けない?!
拳を構えたまま動かない。
直撃する、と思った瞬間、目を疑うようなことが起きる。
大質量の槌矛が逸れたのだ。いや、逸らしたのか。Snowに当たるかと思ったその瞬間、Snowが手を振るうと、槌矛の軌道が変わり錐揉みしながらSnowの後方へと飛んで行った。
「クソがぁーーっ!!」
ミレイは叫びながら飛び蹴りを放つ。スキル【飛燕脚】だ。
槌矛の陰に隠れて迫っていたミレイの動きは分からなかったはずだが、Snowはそれを読んでいたかのようにSnowは半身を逸らしてその攻撃を躱すと、ミレイの腹部に拳を叩き込んだ。
「ごはぁぁぁっ!!」
カウンターで打ち込まれた拳にミレイはもんどり打って地面に転がる。
「くっ、くそっ、化け物がぁ!」
見かねて私は詠唱が終わった魔術師スキルを発動する。
「スキル発動【氷塊乱舞弾】!!!」
私の体力の一割が減少し、氷の弾丸の嵐がSnowを襲う。MPの概念がないブレバトでは魔術師系のスキルを使用すると体力が減少するのだ。
体力一割の代償は大きいが効果は絶大だ。射程範囲に降り注ぐ氷塊の嵐は回避は困難。盾を持たない拳闘士では防御できずに大ダメージ必至だ。
「これが魔術師の魔法ですね。だけど、私は速度には自信があるんです」
そう言うと、Snowは腰を落として拳を構える。
はっ? バカじゃないの。速度に自信があるって言ってるのに避けるそぶりもないじゃない。
そのまま無数の氷の弾丸が襲い掛かり冷気で生み出された煙がまるでマシンガンを撃ち終えた後の硝煙のように立ち込める。
しばらくしてその煙が晴れると、何事もなかったかのようにそこに立つSnowの姿があった。その足元には粉々に砕け散った氷の破片がまるで雪のように散らばっていた。
「ま、まさか……」
言葉を失う。
まさか、スキルで撃ち出された30の氷の弾丸を全て拳で打ち落としたっていうの?
ありえない。ありえないっ
「スキル発動【超絶破壊拳撃】!!」
目の前で起きた信じられないことに慄いているうちに、ミレイがSnowの背後に忍び寄ってスキルスロット2つを使う超威力のスキルを発動させる。
が、その攻撃がSnowに当たることはなかった。
「くはっ……」
またしても、Snowのカウンターの肘がミレイの顔面に突き刺さった。
「背後から攻撃するなんて卑怯千万。この聖なる拳で浄化しましょう。はあああああああああああ!!!!」
Snowはそのまま振り返ると、肘の一撃を受け仰け反ったミレイに拳の連打を叩き込む。
「ぐ、ぎゃ、うあっ、痛、やめ、やめ、うああ、助け」
ミレイの身体にいくつもの拳跡が刻まれていく。
息つく間もない攻撃に、ミレイは何かを言おうとする言葉をも飲み込まれていく。
長く甚振るためダメージ換算を最小にしているのにも関わらずミレイの体力ゲージがグングン減っていく。黄色から赤に変わり、そして――
「成敗っ!!」
とどめとばかりに顎を打ち上げると、ミレイの体は宙を舞い、地面に落ちるとともに体力ゲージが0となった。
な、な、な、なんなのよ。なんなのコイツっ
気づいたら私の体は恐怖に震えていた。
先ほど、思わず口を突いて出た言葉だが、こいつは本物の『化け物』だ。
ムリムリムリ、こんなの、勝てない。な、なんなの、体が弱くて、世間知らずの女だったはずなのに
「さて、次はふーみんに憑いている妖ね」
ゆっくりとSnowがこちらに視線を向ける。
「ふ、ふざけんな。化け物、来る、な」
必死にまだ動く左手に持った杖を構える。
もうこんな痛い思いはゴメンだ、と垂れ下がる右手を見下ろす。
くそっ、なんで棄権機能を無効にしちゃったのよ。
もう後は魔術師スキルで体力を使い切って負けるしかない。
慌てて詠唱状態に入る。
足元に魔法陣のエフェクトが現れる。
「行きます」
Snowが宣言して地面を蹴る。
来なくていい!
「スキル発動【氷結捕縛】」
杖を地面に突き立てると地面を伝って氷の帯がSnowに向かって伸びる。この帯を踏むと足を凍結させて拘束する事ができるのだ。
「む、嫌な予感」
Snowは跳び退ってスキルを躱す。
素人でスキルのことを知らないはずなのに勘がいい。
「くそっ」
慌てて次の詠唱に入る。
「はああああっ、成敗っ!」
Snowの拳が迫る。
間に合えっ
「スキル発動【氷塊結界盾】」
奥の手のスキルを発動する。氷の結界が私を包む。
ガキィィン!
氷の壁がSnowの拳を弾く。
私の奥の手は攻撃手段じゃない。単独戦闘に向かない職業である魔術師の奥の手は防御だ。基本的に団体戦でしか戦わない私は窮地に陥った時に防御の結界を張って、仲間が助けに来るのを待つのだ。
一対一になった今では意味がないかもしれないがもはや関係ない。
スキルが発動している間は代償として体力が少しずつ減っていくのだが、体力切れで負けても構わないのだ。もうあんな痛い思いはしたくない。このまま時間を稼げば――
「水の一滴は岩をも穿つ――真陰熊流格闘術、奥義・水穿!!」
パリィィィィィン……
「えっ」
思わず気の抜けた声が出てしまった。
な、なんで、なんで絶対的な防御力を誇る氷の壁が粉々に砕けてるの。
「もう一つ――」
間合いに入ったSnowと目が合う。Snowは追撃の構えを取っている。
「僅かな穴でも水が浸透すれば堤防すら崩れる――奥義・崩穿華!!」
「や、やめ――」
私の言葉は最後まで発生することが出来なかった。
打ち込まれたSnowの拳は、私の必死の防御をあざ笑うかのように体力を削る。
身体を貫くような衝撃と痛みに視界が霞む。
防御不能技――なん、なのよ、これは――
手も足も出ない。圧倒的な暴力。まさに化物だ。
容赦なく拳の連打が私を襲う。もう反撃する気すら起きなかった。全身を駆け巡る激痛に耐えながら私は後悔し、そして悟る。
子羊を狩るつもりが、虎の尾を踏む行為をしてしまったのだと――
■スキル■
属性纏衣★
武器やアバターに自らの属性を纏うことが出来る。抵抗力と得意属性へのダメージが若干上がる。
斬波衝★
斬撃系武器専用。斬撃を飛ばすことが出来る。射程は溜めの時間に比例する。
電磁加速投擲★
属性「雷」専用。超高速で武器を投擲できる。命中・射程距離が大幅に上昇。
推進炎加速★
属性「火」専用。展開中、移動速度が加速する。後方に噴き出す炎にダメージ判定あり。
飛燕脚★
射程5メートルの飛び蹴り。空中での発動も可能。
武具錬成★
登録した武具を生み出す。スキル発動後30秒のクールタイムがあるため、短時間に大量の武器を錬成することは出来ない。
俊敏強化★★
俊敏の行動制限を解除する。発動中は防御・抵抗力が若干低下する。
筋力増強★★
筋力の行動制限を解除する。発動中は精度・命中が若干低下する。
超絶破壊拳撃★★
筋力の行動制限を解除した超強力な一撃を繰り出す。防御無視のダメージを与える。発動動作はやや遅く、発動後に硬直あり。
氷塊乱舞弾★
属性「氷」/魔術師専用スキル。30の氷礫を連続発射する。
氷結捕縛★
属性「氷」/魔術師専用スキル。足元より地面を伝い冷気を放出する。命中すると脚部を凍結させ行動を阻害する。
氷塊結界盾★
属性「氷」/魔術師専用スキル。硬度の高い氷の壁にて身を守る。全方位に展開するため、解除するまで移動不能となる。




