142.県大会・決勝戦(vs大宮電子高校)⑦
■前回までのあらすじ■
ブレバトグランプリの県大会。
真雪(Snow)率いる神里高校は決勝まで勝ち上がった。
そして、ついに決勝戦が始まった。
一勝一敗となり、始まった個人戦1は両校のエースであるSnowとハルートの対決となった。
一進一退の攻防の末、互いに最後の一撃を繰り出した。
その結果は――
現在は以下の状況となっていす。
●試合結果●
①神里高校○ 3-0 ×久喜総合学院
②大宮電子高校○ 3-0 ×松伏緑山高校
③秩父龍勢高校○ 3-2 ×川越女学院
④所沢国際高校× 1-3 ○浦和赤城高校
〜準決勝〜
⑤神里高校○ 3-1 ×秩父龍勢高校
⑥大宮電子高校○ 3-1 ×浦和赤城高校
★試合中★
〜決勝〜
⑦神里高校 1-1 大宮電子高校
・団体戦1 神里高校○ - ×大宮電子高校
・団体戦2 神里高校× - ○大宮電子高校
・個人戦1 神里高校 - 大宮電子高校
とこか遠くから歓声が聞こえる。
私は――何をしていたんだっけ?
混濁する意識、ゆっくりと視界が戻ってくる。
『これは予想外の決着だーーー』
これは司会進行をしているマスコットキャラの声だ。そうだ、私、埼玉県大会決勝で闘っていたんだ。
意識が覚醒する。どうやら疑似的な気絶状態になっていたみたいだ。歓声が聞こえるって事はバトルが終了したのだ。試合の結果は――
顔を上げると画面に『Battle is Draw...』の文字が浮かんでいた。
「まさか、あの密着状態からあんな強力な一撃を喰らうなんて思っていなかったよ」
少し離れたところに片膝を突いたハルートの姿があった。
『まさかまさかのダブルノックアウト。ハルートの背中から心臓への一撃と、Snowの強力な必殺技にて一気に体力を奪うのが同時と判断され、引き分けの判定。
しかし大会ルールに則ってどんな試合でも勝敗が付くことになります。
現在審査AIによる試合判定が行われています』
マスコットキャラが状況を説明する。
そうか、最後の最後。私の放った必殺技がギリギリ間に合ったんだ。
『これはなかなか難しい判定になりましたね』
『ええ。AIがハルートの「致命の一撃」かSnowの「大ダメージの大技」どちらを高く評価するかですね』
『はい。ハルートの攻撃が「致命の一撃」でなければ、ダメージ量の判定で確実にSnowの勝利となるのですが、一撃必殺でしたからね。それをどう判断するか、なかなか判断に困るところでしょう。おっとどうやら結果が出たみたいです』
実況と解説がやり取りをしている間にAIによる判定が決まったようだ。
『Winner is...』
そう前置きするように文字が躍った後、私がスポットライトの光に包まれる。
『神里高校:Snow』
そう結果が表示されるとともに大歓声が巻き起こる。
勝っ、た……
「Snow~っ」
放心している私の背にアカネちゃんが抱き着いてくる。
「すごい、すごいよ。やった。やったよー」
ワシワシと私の頭を撫でる。
大画面には先ほどの闘いの最後のシーンが映し出されている。
逆手に剣を握り振り下ろすハルートに、ゼロ距離から繰り出した必殺の『瞬勁』を繰り出した私。こうしてみると朦朧とした状態で繰り出した技であったため、重心や接触の位置などバラバラで本来の威力ではない不格好なものだった。こんな不完全な技で相手の体力を削りきれたのは運の要素の方が大きい。
『やはりゲームという性質上、効果的な攻撃よりもエンターテイメント性の高い大技の方がポイントが高かったみたいですね。大宮電子高校のハルートは悔しいでしょう』
解説の言葉を聞いて視線をハルートに向けると、ゆっくりと立ち上がってこちらに向かって歩いてくるところだった。少し俯いている様でその表情はうかがい知れない。
「な、なによ。AIが決めたのだから、文句なら運営に言うべきよ」
アカネちゃんが私を庇うように抱きしめて言葉を放つ。
「いや。文句などないよ。最後の一撃、本当に素晴らしかった。Snow、この勝負は君の勝ちだ」
顔を上げたハルートの表情は晴れやかであった。
「あの、私、最後はほとんど意識が無くて、あんな滅茶苦茶な技で勝ってしまって……」
そこまで行った所で、ハルートは真剣な表情となって首を振る。
「謝ろうとしているなら止めてくれ。敗者が負けを認めているのだ。勝者は胸を張るべきだ」
そう忠告される。その言葉にハッとなる。晴れやかに見えた表情の中に悔しさがある事に気付いたからだ。敗けて悔しくないわけはないのだ。だから――
「貴方も強かったです。いい勝負でした」
私は相手を称える。
「ありがとう。
……あー、だが正直言うと、悔しいよ。勝って君に応援されたかった」
互いを称えあった後、遂にハルートの口から本音が零れた。
「けど、僕はまだ諦めていないよ。約束は『どちらが全国に行っても』としていたからね。ここからは信頼してる僕の仲間を全力で応援することにするよ」
そう言い残してハルートは仲間の所に戻るべく歩み出す。
「私の仲間も負けません」
その背中にそう言葉を返す。ハルートは振り返らずに手を軽く振るだけであった。
『さあさあ、これで神里高校が全国へ王手をかけたぞ。
次の試合で決まってしまうのか、それとも大宮電子高校が逆王手をかけるのか?
運命の第四戦・個人2の対戦メンバーはこちらだぁぁ!!』
マスコットキャラが舞台中央で大型モニターを指さす。
神里高校
タッチー 剣士 属性:地
大宮電子高校
ラフィール 拳闘士 属性:地
相手は団体戦でも活躍した『四拳のラフィール』だ。筋骨隆々の巨漢が「おっしゃあ!」と気合の雄たけびを上げて舞台中央へと歩み出る。
対するうちのメンバーはカエデ先輩の代理で大会初参加のタッチー先輩だ。
「わ、我も、Snowに続くでござるよ」
長身で痩身痩躯のタッチー先輩がぎこちない仕草で一歩前へ踏み出す。緊張のためか口調も『ござる言葉』になっている。いつも古風な口調ではあるけど、ござるとは言っていないので、緊張しているのがこちらまで伝わってくる。
「ヒョロ男くん、決めてきちゃいなさい」
後輩をあだ名で呼ぶクルミ先輩がぎこちなく歩くタッチー先輩の背中を叩く。
「タッチー。あまり気負う必要はないぞ。もし敗けたとしても俺が残っている。いつも通りの実力を発揮することだけを考えて、気楽に行け」
レッドリーフ先輩が緊張を解そうと声を掛けるが、あまり耳に入っていないみたいだ。このままだと実力が発揮されずに負けてしまうかもしれない、と思い私はタッチー先輩に近づいて声を掛ける。
「先輩。初めての公式戦で緊張、してますよね?」
その言葉に、タッチー先輩はギギギと音がするかのようにぎこちなく振り返り「恥ずかしながら、緊張にて震えが止まらぬ」と正直に答える。部活で毎日のように私が指導していたので、意地を張らずに正直に現状を語ってくれた。
「私も何をするにしても凄く緊張するので、先輩の気持ちが分かります」
「そ、そうか」
「そんな時の対処方法を教えますね」
「うむ。実践できるか分からぬが、少しでもこの緊張が解けるのならば、助言をいただきたい」
藁にもすがるような視線を私に向ける。
「簡単ですよ。そんな時は『尊敬したり、目標にしている人の真似をする』んです。
あの人だったらこんな時どう言うかな、どう行動するかなって考えて行動していると、自分自身の緊張なんて忘れちゃうんです」
私は緊張した時はいつも『bear師匠ならどう動くだろう』って考えて真似している。
「なるほど。そんなもの、なのか」
「タッチー先輩だったら、そうですね。ジョーカーさんの真似をしてみたらどうですか?」
私の言葉に目を見開いて衝撃を受けたかのような表情になる。
「我がジョーカー殿の真似を? そんな、恐れ多いのではないか」
「そんなこと無いです。自分を慕ってくれている人が、自分の真似をするようになっても嫌な感じはしないでしょ。ほら、ジョーカーさんだったら試合に向かう前に仲間になんて言うと思いますか?」
発破をかけるように言うと、タッチー先輩は「そうだな」と呟いて瞼を閉じる。そして、目を見開いた時にはまるでそこにジョーカーさんがいるかのような不敵な笑みをたたえていた。
「皆の者、心配召さるな。勝利して全国行きを決めてくる」
そして、部員みんなに対してそう宣言する。口調自体はタッチー先輩のままだが、その言葉には自信が満ちていた。
急な豹変にみんなは目を丸くする。
タッチー先輩の表情に微かな不安の色が滲むが、私と目が合った瞬間に小さく頷いて見せるとその不安の色は払拭される。
「安心して、観覧するがよい」
そう言葉を続けてタッチー先輩が舞台中央に歩み出る。その足取りは自信に満ちているように見える。実際はジョーカーさんの真似をしているだけなのだが、自ずと不安や気負いは無くなってくるはずだ。
「ちょっとSnow。タッチー先輩に何を言ったの?」
タッチー先輩の代わり様に驚いたアカネちゃんが私に訊いてくる。
「緊張が取れる魔法の言葉かな。多分、これで先輩も実力を発揮できるはずだから、いい試合になると思うよ」
と、はぐらかしながら答える。
『それじゃあ、バトルフィールドへ転送するよー』
対戦メンバーの二人が舞台中央に集まったところで、マスコットキャラがフィールド転送の合図を送った。
◆
転送されたバトルフィールドは『砂漠』であった。
どこまでも続く砂のフィールド。小高い砂丘があるのみで障害物のないシンプルなフィールドだ。
地面が砂ということで移動に不利な効果があるのだが、今回は互いが『地』属性であるため、双方とも不利な地形効果は無効化している。
「はっはっは。久々に『地』属性同士の闘いだな。互いに正々堂々と闘おう」
「うむ。我も尋常な勝負は望むところだ」
バトルメンバーの二人は互いに言葉を交わし戦闘態勢に入る。
フィールド中央に試合開始までのカウントダウンが表示され、試合が開始される。
「多重詠唱――スキル【武具錬成】――『巨人の腕』!」
事前詠唱していたラフィールは試合開始早々にスキルを発動させる。
「させぬよ。スキル【縮地】っ」
だがそれを読んでいたタッチー先輩は強化系のスキルを捨て、高速移動のスキルを使用して一気に距離を詰める。
相手のスキルにて地面から巨大な篭手が作り出される前に射程に入る。
「ちぃぃっ、スキルを潰しに来たか。だが、そんな真っすぐに突っ込んできては格好の的だぞ。ふんぬぅぅぅぅっ」
ラフィールはスキルの発動を破棄し、スキル発動中の身体の硬直状態を解くと、カウンターパンチを繰り出す。
上手い。
状況を見てスキル破棄。そして、相手の動きを読んでのカウンター。完璧な動きだ。タッチー先輩の繰り出した横薙ぎの斬撃を身屈めで躱し、その身を沈めた勢いを乗せた強力なカウンターパンチがタッチー先輩の顔面を襲う。攻撃後の隙を突いた反撃。強烈な一撃が決まる、と思われたが――
ぐにゃり
そんな効果音が聞こえるかのようにタッチー先輩が身を逸らしてその攻撃を躱したのだ。
ザシュ――
さらに振りぬいたはずの剣の軌道が変化しラフィールの肩口に一撃が入る。『蛇咬斬』と呼んでいるタッチー先輩の必殺技だ。
「うわっ、出た、変態斬り」
共に観戦していたクルミ先輩が感想を漏らす。クルミ先輩の言いようは酷いが、これがタッチー先輩の真骨頂だ。
身体の柔らかさと、変幻自在な攻撃がタッチー先輩の強みなのだ。初見であの攻撃を躱すのは至難の業である。
「くっ、なかなかやるな。まさかこれほどの使い手が神里にいるとは」
何度かの攻防があった後、距離を取りラフィールが感想を漏らす。
「有難き、感想。『四拳』となられては不利なので、このまま一気に行かせてもらう」
間髪入れずにタッチー先輩が距離を詰める。
「嫌な闘い方をする」
相手の強さを認めながらもラフィールが迎撃する。
ギィン、ギィィン!
タッチー先輩の剣と、ラフィールの鉄甲のぶつかり合う音が響く。
「やはり県大会決勝の相手。対応が早いですね」
私が感想を漏らす。
変幻自在なタッチー先輩の攻撃に対して攻撃の発動際を撃墜するような防御に切り替えていた。アカネちゃんがタッチー先輩と闘った際に対処した方法と一緒なのだが、一瞬にしてその対応方法を見出した相手の洞察力に舌を巻く。
「ふっ、はっ!」
しかし、タッチー先輩の攻撃は斬撃だけでない。柔軟性を駆使して繰り出される拳や蹴りによる打撃攻撃も厄介なのである。普通ではその体勢からは出てこないようなところから攻撃が飛んでくるのだ。
その攻撃を何度か喰らい、ラフィールの体力が減っていく。
ひとつひとつのダメージは大きくないが、確実に対手の体力を削っていく。これがタッチー先輩の戦闘スタイルなのだ。
「はぁっ!!」
ラフィールが回避が困難な『鉄山靠』を繰り出す。タッチー先輩は咄嗟に防御に切り替えるが、図体の良いラフィールと痩身のタッチー先輩の対格差により大きく吹き飛ばされる。
「くっ……」
だが苦悶に表情を歪めたのはラフィールの方であった。タッチー先輩が防御のタイミングで剣を相手の防具に覆われていない脇部分に突き刺していたのだ。
「突進系の攻撃については、プロテインとの闘いにて対策済みである」
防御した腕を軽く振ってタッチー先輩が再度剣を構えなおす。
「はっはっは。これは参ったな。油断していたわけではないが、代替要員だと思って甘く見ていた事は確かだ。ここからは、出し惜しみなく行く」
ラフィールがふぅーと細く息を吐き集中力を高める。何かを仕掛けてくる前兆だ。
「なにをしようとしているか分からぬが、やらせはせん。このまま押し切る」
タッチー先輩もそれを感じ取ったのか、攻撃を仕掛ける。
「スキル【拳圧衝弾】」
ラフィールが中距離スキルにて衝撃波を放つ。つかし、その攻撃はタッチー先輩には当たらない。するりするりと躱していく。この辺はタッチー先輩の戦闘センスの光るところだ。
「武具『脱装』」
衝撃波を繰り出す間にラフィールが腕に装備した鉄甲を脱ぎ捨てる。拳闘士としては固有スキル【武具不壊】にて護られた最大の防具を捨てたことになる。
「スキル【双拳突撃衝】っ」
さらにスキルを発動させて突撃攻撃を仕掛ける。使用したのは両手に無敵状態のオーラを纏わせて突撃攻撃を仕掛けるスキルである。強力なスキルだが発動中は突き出した両腕を動かすことが出来ないという大きなデメリットがある技だ。
その攻撃をタッチー先輩は身の柔軟性を利用した回避で避けつつ相手の首筋に斬撃を放つ。決まれば一撃必殺だ。しかし、これは分かりやすい罠である。
「タッチー先輩っ!」
声が届かない事は分かっているが、それでも声が出てしまう。
「スキル並列起動――【念動力】!」
ラフィールが複数のスキルを同時に使用する高等技術を発動させる。使用したのは【念動力】だ。
ドウッ
「がっ――」
先程脱装した鉄甲を操りタッチー先輩の死角から鉄甲での攻撃を加えたのだ。
脇腹に攻撃を受けたタッチー先輩の態勢が崩れる。
観戦モードとして離れた場所から見ていたので気づけたが、スキル攻撃の回避を行っていたタッチー先輩からは鉄甲を脱装したのが見えていなかったようだ。
「油断したな。俺の四拳はなにも錬成した武具だけではないのだ」
ラフィールは種明かしをしつつ更に発動させた【念動力】にてもう一方の鉄甲にて追加攻撃を加える。
タッチー先輩は必死に防御するが、その間にスキル後の反動硬直が解けたラフィール本体からの追撃が襲う。
「これが四拳の本来の闘い方だ! ぬぉららららららららららららっ!!!!」
左右の連打に加え、【念動力】にて操られた鉄甲二つの打撃がタッチー先輩を襲う。それはまさに急に降り注いたゲリラ豪雨の様だ。あまりの手数の多さにタッチー先輩の防御が間に合わない。
次々と打撃が加えられ体力ゲージが一気に減っていく。
「タッチー先輩っ!!」
一転しての危機的状況に思わず声が漏れる。
「行けぇぇ、ラフィール!!!」
逆に大宮電子高校側の観戦エリアからは大きな声援が飛ぶ。
このままでは一気に体力を削りきられてします。
がんばれ、がんばれ、先輩っ
もう祈ることしか出来ない。何とかこの乱撃を凌ぎ切れば光明はあるはずだ。
「ぐぁ、くっ、くあぁ……」
「いい闘いだった。悪いがこのまま押し切らせてもらうぞ。俺のスタミナはまだまだ尽きん」
ラフィールの連打の速度が更に上がる。
「我は、こんなところで、こんなところで無様を見せるわけにはいかないのだ」
だが、タッチー先輩の目は死んでいない。
「この瞬間に全てを掛ける。特訓の成果、とくと見よ。闘気――解放!!!!」
そしてタッチー先輩は全てを掛けて最後の手段の『闘気解放』を使用したのだった。
構想段階でタッチー先輩がここまで活躍するとは思っていませんでした。
さあ、奥の手の『闘気』を発動させたタッチーは、この劣勢をひっくり返すことが出来るのでしょうか?
次話もお楽しみにしてください。




