閑話.川越女学院高校
埼玉県大会の参加高校の紹介話です。
■登場人物紹介■
雨宮 玲奈
川越女学院高校の三年生。eスポーツ部の部長。
容姿端麗・文武両道の完璧なお嬢様。仄かな茶色の髪が特徴的な女性。髪型は縦ロールの長髪。
薙刀使いで、見切りの達人。地域に伝わる古流武術の『天道日輪流』の使い手。
神里高校の部長であるセツナをライバル視している。
明神 美晴
川越女学院高校の三年生。eスポーツ部の次期エース。
マイペースで表情が読み取りにくい。黒髪で髪型はボブカット。
表情には現れないが、想いは強く、その集中力は玲奈をも上回る。
弓の達人で、護身術として合気道や軍隊戦術をも学んでいる見た目とは裏腹に武道に長けた家系の人物である。
早い段階でその才能を玲奈に見初められてeスポーツ部に勧誘された。
川越女学院高校は由緒正しいお嬢様学校である。
襟を正した制服を纏った女子生徒が優雅に登校するその姿に地元でも衆目を集めている。
仄かに明るい茶色の巻き髪を棚引かせた女子生徒が颯爽と校門をくぐり抜ける。そのリボンタイの色からして最上級生である事が読み取れる。
「雨宮先輩、おはようございます」
後輩とみられる生徒がその人物を確認すると足を止めて頭を下げる。その視線は憧憬の感情が込められている。
「おはよう」
雨宮と呼ばれた女子生徒はその言葉に優雅な笑顔で応える。
髪を染める事を禁じられている川越女学院にあって目立ちすぎるその髪色が許されているのには理由がある。
彼女の祖母にあたる人物が英国人であり、染めたものではなく生まれながらによる髪色だからである。そのため色にムラもなく奇麗な茶髪なのだが、それでも好奇の目で見られていた事は否めない。
最下級生であった頃は上級生から辛く当たられたこともあった。
しかし彼女はそんな逆境を数年で覆したのだ。
学業の成績は常に最上位に君臨し、運動の成績も全ての数値で上位を誇っていた。それは彼女の並々ならぬ努力の賜物である。
他と異なるという好奇の目は、次第に羨望の眼差しへと変わり、最上級生になるころには「雨宮先輩ならば、もし染めていたとしても抗議する者はいない」とまで言わしめさせるまでになっていた。
それは人種の壁を乗り越えて来た祖母の厳しい教えがあり、努力を惜しまず完璧を目指す彼女の性格があるからである。
彼女の名前は雨宮 玲奈。世界を股にかける巨大流通会社の社長令嬢であり、その肩書きに恥じることのない完璧なお嬢様である。
才能だけでは語りきれない、多くの努力の積み重ねでほぼ全てのものを手に入れてきた彼女にも未だに手に入らられていない栄光があった。
文武両道を体現したような彼女の中で『武』の部分である。
彼女の所属している『eスポーツ部』は、強豪と呼ばれる様になってはいたが未だに全国大会へ出場した事が無かったのだ。
eスポーツの花形である『Brave Battle Online』
そのゲームは完全没入型VR格闘ゲームであり、自らに模したアバターを操作して相手と闘うというシンプルなゲームである。
元々、川越女学院では薙刀や弓道を教えていたため、土台はあったのだが、所作や型を重視するその教えのため、実践として闘うゲームでは良い成績を上げることは出来ていなかった。
玲奈は「怪我の心配がない」という理由からeスポーツ部に入部すると、あっという間に部内でのランキング1位へと駆け上がる。
さらに、実践に即した闘い方を部員に教えていく事で部活全体の実力も跳ね上がった。
そして迎えた一年時の県大会で、玲奈は初めて苦杯を嘗める事となる。
大きく向上した実力で快進撃を続けていた川越女学院の予選3回戦で激突した神里高校との闘いであった。
相手は二刀流の女剣士であった。
正しい型や基礎を重んじる玲奈にとって、二刀流という型破りな闘い方は癇に障るものであった。正しく武道を修めた自分ならば苦も無く勝利できると確信していた。しかし結果は――
「な、なぜ、ですの……」
玲奈は手も足も出ずに地に伏せる事となった。
画面には自分が負けたことをしめすメッセージが表示されでいた。
流派の技を駆使して繰り出した玲奈の攻撃は悉く弾き返され、カウンターで何度も相手の刃を喰らった。試合後半はその攻撃を防ぐことはできていたがそれでも終始劣勢のまま敗北を喫してしまったのだ。
『剣士』の固有スキルである【会心防御】は知っていたがここまで連続で発動させられたのは初めてであった。のちに『不可触の棘薔薇』の二つ名が付くその相手の名は『セツナ』と言った。
「良い勝負でした。貴女、私と同じ一年だよね。また勝負しましょう」
セツナは敗けた玲奈へ笑顔で手を差し伸べた。
その時の悔しさは一生忘れることはないだろうと思う。玲奈はその時どのような表情でどのようなやり取りをしたかが思い出せない。悔しさを心の奥に押し込んで気丈にふるまったであろうと後にやり取りを見ていた部員の話から推測は出来た。
まさか同じ学年の、しかも同じ性別の相手に負けたと知り、その時は悔しさで頭の中が真っ白になっていた。
その時の試合は他の部員の活躍があり川越女学院が勝利を収めたのだが、玲奈としては自らの敗北が心に刻まれたのだった。
それからは事があるたびにセツナへと挑むこととなった。小さなことでも突っかかり、時には憎まれ口を叩きながら何度も闘ったのだった。
自分の型にはまった攻撃スタイルでは太刀打ちできないと悟り、自分だけの特技を探り、そして『見切り』に光明を見出して自らも『真眼の巫女』という二つ名を得る事となった。
「一度まぐれで全国優勝をしただけで調子に乗らない事ね。来年はうちが全国へ行って全国制覇しますわ」
その後にゲーム内でセツナと顔を合わせる度につっけんどんな態度を取っていた。誰よりもセツナを認めているのに、そんな絡みしかできない自分に自己嫌悪に陥ることもあった。
二年時の県大会では順当に勝ち上がれば準決勝で激突する組み合わせであったが、神里高校が準々決勝で敗退し対決することは出来なかった。
「何をしていますの?! あと一つで私と闘えたのに、不甲斐ないですわ!」
敗退したセツナに向けてそう言葉をぶつける。それは理不尽な言葉であることは分かっていた。セツナの出た試合は全て勝利していたのだが、それ以外の試合を全て落として神里高校が2-3で敗退したのだ。セツナに何も非が無いのだ。それでも「すまない。私も玲奈と闘うことを楽しみにしてたのだが、巡り合わせが悪かったようだ」と頭を下げた。
「来年は貴女が部長ですわね。貴女だけでなく他の部員も強くして来年は必ず勝ち残ってくださいな。ふん、そうでないと去年の雪辱は果たせませんもの」
と言葉を残して踵を返した。その言葉は自分にも当てはまることは分かっていた。その年は県大会を優勝した大宮電子高校に総合力で敗北したのだった。自らの学校も自分以外のメンバーの実力が一段劣っている事を悟っていた。全員が全国クラスの実力者であった大宮電子高校を前になす術もなかった。せめてあと一人、全国クラスのメンバーが居なければ太刀打ちできないと感じてたのだ。
そんな中、とんでもない才能を持った新人が現れたのだった。
「……ん、雨宮先輩。おはよ、ございます」
校舎へと向かう道の途中で、おかっぱ頭の後輩と出会う。その生徒は感情が読み取れない表情でこちらに視線を向けて小さく頭を下げた。その勢いでか、額からツツっと汗が零れ落ちる。
「おはよう、明神さん。汗が零れてましてよ」
挨拶を返し、ポケットからハンカチを取り出し零れた汗を拭ってあげる。
周囲から「なっ、雨宮お姉さまのハンカチを」とざわつきが起きたが玲奈は無視して、後輩の明神 美晴に視線を向ける。
「ありがとうございます。……ハンカチ、洗濯してお返しします」
美晴は表情を変えずに私の手からハンカチを取る。
「別に構いませんのに」
「いえ。先輩が構わなくても、周りが許さないようです」
美晴があたりを見回すと、嫉妬に塗れた視線が美晴に集まっていた。私が視線を向けると、そっと視線を逸らしたが、このままでは美晴に不利益があるのだろうと悟る。
「分かりましたわ。で、そんなに汗をかくということは、また激しい朝練をしましたの?」
替えのハンカチを鞄から取り出しながら質問する。
「……ん、今日は集中できたので100射ほど。朝練の後、ちゃんとシャワーを浴びたのですが、今日は暑いから……」
帰ってきたのは予想通りの言葉。
「大会が近いのだからオーバーワークは駄目といったと思うのですが?
eスポーツなので怪我をしても影響が出ないといっても、限度がありますわ。指先のケア等は怠らないでくださいね」
小さくため息を吐きながら、やんわりと注意する。彼女の手を取り指先を確認すると、やはりオーバーワークの影響で炎症を起こしていた。この程度ならば問題ないが、こんな練習を続けていたら重大な怪我となる事もあり得るのだ。
この子は表情の変化が乏しいが、とんでもない集中力を持った天才である。いままで玲奈の記録が校内最高であった弓道の成績を入学して最初のスポーツテストで破った子である。
その成績を見て玲奈が自ら勧誘し入部してもらったのだが、ゲーム内での美晴の実力も想像以上のものであった。
どんな状況でも集中を切らさず、とんでもない精度で矢を放つその姿に玲奈は歓喜に震えた。
この子は天才だ。うちの部員で足りていなかった全国クラスのもうひとり。
川越女学院に足りていなかったピースが嵌った瞬間だ。
これで全国を目指せる。そう確信し、県予選に臨むこととなった。これで未だに手に入れていない栄光を掴める、と息巻いた。
今年から予選会はバトルロイヤルを適用し、一気にベスト8を決定する事となった。
全高校が入り混じったバトルロイヤル戦。様々な策略が飛び交うこととなるであろう新たな試み、何が起きるか分からないその闘いで玲奈は一計を案じる。
生涯のライバルと認めたセツナとの闘いを一足飛びで果たそうとしたのだ。バトルロイヤル開始直後にベスト8進出確実なポイントを稼いた後、セツナとの一騎打ちを行うように仕掛けたのだ。
玲奈の我儘に近い作戦に反対意見が出たが、それでも玲奈は押し通す。
懸念した通りバトルロイヤルで不意打ちを受けて、ライバルとして認めたセツナの所属する神里高校は窮地に立っていた。このままでは予選落ちは免れないだろう。対する川越女学院は順調にポイントを稼ぎ、ほぼベスト8進出は確定させていた。
計画通りセツナとの決闘という状況を作り出した。
そこで繰り広げられた闘いは、これまで何度も行っていたセツナとのバトルの中でも特に激しいものとなった。互いに奥義を繰り出し合い、一進一退の攻防となった。これからの闘いの事なと考えず出し惜しみなく互いに奥の手をも使用する。
最後に勝敗を分けたのはセツナが使用した『闘気』であった。
一握りの強者のみしか使用できないシステムに影響を与える『想いの力』に圧倒され玲奈は地に伏せる。
一年の時の闘いと同じ状況。しかし、玲奈は諦めずに立ち上がる。
まだ、まだですわ。私は、敗けて、いない――
そう強く思った瞬間、セツナの肩に矢が突き刺さる。
決闘の場を作るため協力してくれていた美晴の射撃攻撃だった。
「サニー、どういう事ですの?
わたくしはセツナとの一騎討ちを他人に邪魔させるな、と言いましたわよね」
怒りが溢れ出す。まだ、自分は負けていない。まだ闘えたはずだ。そんな想いが溢れ出す。
「私はチームが勝ち残ることを優先します。それは部長に対しても譲れません」
無口な美晴が見せた、初めての反抗であった。
無口で素直な彼女の中にも譲れないものがあったのだ。彼女は玲奈が思っている以上にこの大会に全てを賭けていたのだ。表情が読み解きにくい彼女の瞳からその事を読み取る。
そして、両校が対峙している間にバトルロイヤルは時間切れとなった。
結果として、セツナとの決闘は決着せずに終えることとなった。
これでセツナとの高校生大会での勝負の決着は着かずじまいかと思われたのだが、想定外の事が起きる。
『バトルロイヤル一位通過は神里高校だぁ!!』
結果発表で司会から放たれた言葉に目を丸くする。
なんとセツナの所属している高校が首位でバトルロイヤルを通過したのだった。
玲奈とセツナが闘っている間に、セツナの高校に所属する仲間が大量ポイントを稼いでいた様だった。
思いがけない再戦の機会に、思わず口角が上がってしまう。
「部長……」
そんな玲奈に美晴が言葉をかける。その言葉に玲奈は慌てて表情を戻す。しまった、再戦の機会が生まれた事を喜んでしまったことを気付かれてしまったか、と視線を向けると、美晴は真っ直ぐに結果が表示されているメインモニターに向いていた。見つめる先は首位となった神里高校の結果だ。そのポイントの内訳を見て驚いている様だ。
Snow(一年生) 41ポイント
そこには脅威の数値が表示されていた。一人で川越女学院の総ポイントを上回るポイントを叩き出していたのだ。しかも、付属情報として表示された学年情報は一年生だという事だ。美晴も14ポイントとうちのメンバーの中で最高のポイントを叩き出していたのだが、それを遥かに凌駕する値である。
「一年生って事は、美晴と当たる可能性が高いわね」
玲奈の言葉に美晴がこくりと頷く。
「しかし、バトルロイヤルのポイントだけでは真の実力は計れませんわ。
もし対戦した時にはコテンパンにのして差し上げなさい。貴女にはそれだけの実力があると、わたくしは思っておりますわ」
その言葉に驚いた様に美晴が玲奈の顔を見返す。
「ん。その時は、部長の期待に応えてみせる」
表情は読み取りにくいが、これが美晴の最大級の笑顔なのだという事を玲奈は知っている。
「……貴女も同学年に好敵手となる相手が見つかればわたくしの気持ちがわかる様になると思いますわ」
小さく溢した言葉に、美晴は首を傾げる。
「なんでもありませんわ」
軽く首を振ると、玲奈は部員に向き直る。
「計算通り無難にバトルロイヤルを乗り越えましたわ。
しかし、わたくしたちの目指すのは地区大会優勝。そして全国制覇ですわ!
来週から始まる決勝トーナメントも気合い入れていきますわよ!」
そう檄を飛ばすと、部員からは「はい!」と気合の入った返事が返ってくる。
その中でも一際、美晴からの視線が熱かった。
願わくは、自分にとってのセツナの様な素晴らしい好敵手が美晴に見つかる様に、と玲奈は心に祈るのであった。




