あめふるまちにくものいと
その紐は垂れていた。
まるでどこかのタライでも落ちてきそうなその紐は雲よりも高いところから垂れていた。
「ねぇ」
そこに大きなかごを持った少女たちが通りかかった。かごの中には様々な大きさの電池がぎっしり入っている。
短髪の活発そうな少女、珊瑚が他の二人に話しかけた。
「僕は何も見ていない。僕は何もみていない。僕はなにもみていな・・・」
「ちょっと、撫子?」
「ぼくはなにもみていない。ぼくはなんにもみてないよ。ぼくはなんに・・・」
「駄目ですわね」
なぜか現実逃避を始めた美少女に髪を高い位置で二つに結っている紅がため息をつく。
彼女はやれやれと首を振りながら撫子の耳元に口を近づけ、二言三言囁いた。とたんに撫子は顔を真っ赤にさせてせきこむ。
「なっ、なぜそれを!?」
その問に対して紅はただ怪しげな笑みをうかべるだけで答えようとはしない。珊瑚が何を言われたのかたずねると撫子は首をぶんぶん振りながらあとずさる。
するとすっかり忘れ去られていた例の紐にぶつかった。
「ねぇ」
珊瑚が再び他の二人に話しかけた。
「なんだ?」
「コレ、なんの紐かな?」
触らないように注意しつつ、じっくり観察しながら珊瑚が問う。
すると紅が紐に手をかけた。
「きっと引っ張ればわかりますわ」
「ダメだ!このヒモは・・・」
えい、と撫子の制止もむなしく紅は思いっきり引っ張る。
「待とうよ!!ぉぉぉぉ!?」
とたんに珊瑚の足元のコンクリートが白い煙を上げた。
「あぁ、だから止めたんだぁ!!」
珊瑚へと伸ばした撫子の指先を何かがかすっていく。
そして紅にもその何かが降ってきた、のだが。
「飴ですわね」
彼女は何事もなかったかのような優雅な動作でかわし、キャッチした。
親指と人差し指で落ちてきた飴をつまみ他の二人に見せつけた後、口に放り込む。甘い、と噛み砕いた紅に逆らわないでおこうと珊瑚は誓った。
「飴の雨、か。メルヘンだな」
そう、飴の雨。
そこらへんの絵本にでも出てきそうな可愛らしいフレーズだ。
しかし、現実は全く可愛くないものである。
空から降ってきた硬いそれはけっこうな破壊力を持っていた。たちまち閑静な住宅街は人々の悲鳴で溢れていく。道路に屋根、いたるところに穴があいてポールが傾きだした。
「コレ、やばいんじゃないかな」
珊瑚が言うと、またもや紅が紐に手をかけた。
「きっと引っ張ればとまりますわ」
えい、と引っ張る。今度は誰も止めようとはしなかった。
バサッ
「バサ?」
「落ちてまいりましたわ」
紅が紐の両端をふった。それを見た二人の顔が真っ青になる。珊瑚がふるえながら紐を指さし、口を開いた。
「ソレ、やばいんじゃなっ痛っ!!」
珊瑚の頭が賑やかな音を立てる。
それを合図にしたかのようにザアァァァァ、と一気に飴が降ってきた。まるで土砂降りだ。しかし今度のは先ほどのそれよりも威力はなく、どこにも穴が開くことはなかった。
それから飴は振り続けた。陽が西の空に沈み、もう一度東の空に現れるまで飴は賑やかに振り続けた。
「なぁ」
飴が降りやんだその日、大きなかごを持った少年が他の二人に話しかける。かごの中には色とりどりの飴がぎっしり入っていて少年たちの周りにもたくさんの飴が転がっている。彼らは昨日降ってきた飴の回収作業に朝からかりだされているのだ。
「どーした?」
「コレ、なんの紐だろう?」