ある女性の嘆願
私には、死期が何となく昔から分かっていた。だからといっても悲観的になる気はなかった。それまで生きれる時期が分かっているのだから精一杯生き抜いていこうと思った。勿論、誰かに言うつもりはさらさらなかった。どうせ『何をほざいっていやがる。そんな妄想をしているぐらいなら、これぐらいのことは簡単に出来て当然だろな。おい、分かったか。こののろま。』なんて言われていつもの何倍もの仕事を押し付けられるのだろう。そんな分かり切ったことをするほど私は馬鹿ではなかったので何も言わずに過ごした。悟られないように好きなことをした。やりたいことをやったりもした。その中でも特に楽しかったのは歌を歌うことだった。次点は絵を描くことだが、仕事の関係上あまり時間を取れないため、なかなかできなかった。
歌っているときには私の心は、感情は私だけのものな気がしたからだ。辛いときに歌えば、少し軽くなる気がしたからだ。
そんな人知れずに歌っているときにある人と出会った。
『もしかしてよくここで歌っているのは君かい。気持ちよさそうに歌っているので気になっていたんだ。決してストーカーなんてものじゃないからな。』恥ずかしそうに言っていたのが印象的な人だった。
いつしか彼とはよく話すような関係になり、彼が学生運動に参加していることを知った。その時は今はそんな時代なのかという感想しかなかった。
あるとき、彼が真剣な顔をして私に言った。
『もしまた、会えたらこれを返してほしい。きっと戻ってくるからその時に聞きたいことがあるんだ。』そう言って彼がよく首にかけているペンダントを渡してきた。私は嬉しいようなもどかしいような気持ちで受け取った。
だが、後日ペンダントを少しいじっていると小さな隙間があることに気づいた。少し悪い気もしたが何故か気になってそこに指を引っ掛けて開けてしまった。中から出てきたのは折りたたまれた紙であった.
『もし、これに気づいて読んでいるのが君であることを願ってこれを書く。あまり書くスペースがないのでこれだけは書いておこうと思う。私は、君とこれからの人生を歩みたい。今度会えたら返答をください。』時間がなかったのか走り書きのようになっていた。これを読んだときなぜこのような文章を残したのか理解してしまった。
彼は、学生運動に参加しており、かつ先日このような会話をある人としたからだ。
『こんなクソメンドクサイ時期になんで上層部の連中は集まるんだか。仕事が増えるな。おい、お前の仕事は今日から倍以上になると思っとけ。これまで以上に要領よくやらないと仕置きだからな。ああ、クソが。』
だから私は、その日に彼が、否、彼らが何かをすることに気づいてしまった。気づいたからこそ、私は行かなければならないと思った。行かなければ何か大変なことが起きるような予感めいたことがあったからかもしれないが。
現場に何とか潜り込んではみたものの何か変わった点は特になさそうであった。一般的な警備体制であり、特に重要な案件がこの場において開かれるような雰囲気ではなかった。
しかし、一発の銃声によってこの場が一変した。多くの武装した否、軽装な学生たちが流れ込んできた。阿鼻叫喚な事態になるかと思っていたが、見えないところから銃声が聞こえ始めた。倒れるのは学生たちであった。勝利を信じた顔が驚愕の顔に変わって倒れていった。撃たれてない者も衝撃を隠せないのか動揺し、連携が崩れていった。そこからはもう相手のペースであった。
そんな時もう逃げなければならないと私も当たってしまうと思ったその時私は、彼がいるのを見つけてしまった。彼は何とか態勢を整えていたのだが、その瞬間を狙ったのか彼の位置からは見えない場所から銃を向けているのを見つけてしまった。だから私は、彼の下に彼を守るように駆けた。何とか間に合ったはいいが、、彼の声は、聞こえなくなりかけていった。
『なんで、君がここにいて銃に撃たれているんだ。君はここにいないはずの人間だろ。なんで、そんなに嬉しそうな顔をしているんだ。君の笑顔は好きだがこんな時には見たくなかった。・・・なあ、何とか言ってくれよ。・・・私を、俺を独りにするんじゃない。』私には何か声を出そうとしたが出たのは『ヒューヒュ―』という声にならないものでしかなかった。だからせめて彼の顔を撫でて安心させようとしたが、行動の半ばで意識が遠のいてしまった。
ここが、これが私の死期が来たのか思った。まあ、好きな人を守れて良かった。でも欲を言えば、もう少し、生きてみたかったかもしれない。最後の最後でもう少しと求めてしまった。分かり切ったことなのに。
・・・××君、君の願いがいつか叶いますように
其の願いは彼の願いが叶うこと
失ったものは其の命