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ある壮年の願望

 儂は、昔にある事件を起こした。巻き込まれたといってもいいかもしれんが。そこで儂の大事な将来を誓った相手と利き腕を失ってしもうた。その喪失感は酷く強く心を蝕み始めどんどんとふさぎ込むようになっていった。どうしようもない事実に打ちひしがれ気力もとうに潰えていた。その時の心にあったのはただ一つ『ああ、もうだめだ。生きている意味などない。どうやって逝けばいいのか。』それだけを考えて空虚な日々を生かされていた。

 ふとした時にあの人の笑顔を思い出しては、もういない事実に否応なしに突き付けられ絶望の淵に立たされてしまうのだ。後をただただ追いたくなってしまう。


 死ぬ方法は多岐にわたり存在している。例えば、首つり、入水、切腹などだ。実行自体は簡単であるが、後に残った肉体をどう処理するのかが問題となる。その辺に放置しては肉体が腐り腐敗臭が経ち込み近隣からの苦情の元になったり、発見者の心に深い傷を負わせる可能性がある。以上のことから簡単には出来なかった。


 また、あの人が生前このようなことを言っていた。

『もし、私が君の前から姿を消すことになったら、後を追うんじゃないよ。私にみたいな矮小な存在に気を取られてないで。逆の立場だったら迷わず私は悲観に暮れてないで先に進んでいつか会えたらどんな日々を過ごしていたかとくとくと話してやるよ。なんたって私の人生は私だけの物なんだから。だから立ち止まるんじゃないよ。分かったか。』あの人にしては珍しく真剣な口調であった。今思い返せば、これから起こることを予感していたのではないかと思われるな。だからこそ、軽々しく死ぬことなどできるはずもなかった。


 だから、儂は、何かに打ち込んでそのようなけったいな考えを振り落とそうと必死になっていった。当時を知る人に言わせれば、『人が変わったかのように鬼気迫るものを感じて、とても近寄ることなどできるはずもなかった。あいつ、どうかしてしまったのか。』と言われるのが関の山であろう。それだけ必死こいていたのであろう。


 それから、月日が流れ何度もあれから花が咲く季節に会っては別れていた。それ程の日が経つごとに儂の心からどんどんと当時のことが風化されていった。だからといって今では死にたいとは思えなかった。そんな時ある少年と出会った。その少年は、まるでどうやって生きていけばいいのかが分からないような迷子の奴であった。

 少し気になってたまにあう時には何か話しかけるようにしていた。話しているうちに昔の儂に似ているような気がした。そんな時にふと相談された。

『僕は、もうすぐ視力を失う気がするんです。そんなことになったら、生きていく価値などないのでしょうか。』その言葉を聞き儂は、何とかしなければ、本当に死ぬのではないかと感じた。なんたって昔の儂と同じ匂いがしたからである。

『なにを悩んでそんな辛気臭い顔をしているかと思えば、そんな小さなことをうだうだと考えていたのか。いいか、小童。人は、いや、生きている者は何かを犠牲にして生きているんだ。例えば、健康や貧富、住んでいる環境といったものを犠牲にして生きているだけだ。ただそれが、お前にとっては視力かもしれないだけだ。まあ、高尚な文書では、“それは神が与えた試練だの、あなたなら乗り越えることが出来るから与えたものです。”なんて言っているかもしれないが、それは儂に言わせればただの高みの見物をしてその立場にないもののどうにか立ち向かってほしくて、悲観的にならないでほしいがための言葉にしか感じられん。それでもいいかもしれないが、儂はお前に贈るのであれば、ただただ挫けずに進んで人生を謳歌してみろ。そんなことで挫けてはそれでこそ自分自身に負けたことになるんだ、だから楽しんでみろ。なんて言ってやるか。まあ、それでも挫けそうなら立ち止まってもいいだろう、そこで悲しんでもいいが、いつまでもそこに居座るな。いつか幸せの訪れに気づけないからな。分かったか小童。そんなことを考えている暇があったら、少しでも対策ぐらいは取ったらどうだ。うかうかしている暇などないだろ。』何か言わなければ思い、当時を思い返してそんな時に言ってほしかった言葉を気づいていたらかけていた。少年は水を得た魚のように、生気が戻ったかのようにしなければいけないことに気づいたのか『ありがとうございました。』といって走り去っていった。

 ああ、儂は同じような思いをする人間を一人でも減らすことがあの人が残した願いなのではないかと思えた。

         ・・・××、お前の所に行くまでにしなければならないことがようやく見つかった。また会えたらその話をしようか。

其の願いは自分と同じ人を作らない


失ったものは最愛の人と其の利き腕

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