【3回表裏】
約一時間後、私服に着替えたレジ係の彼女がスーパーから出てきた。後ろに束ねた髪を下ろして現れた彼女は、一層女性らしく映る。
そして語りかけるべく私は彼女に歩み寄る。
・・・けれどしかし・・・
私が口を開くより先に…私の方が彼女に質問をされてしまった。
「プロって…プロフェッショナルって何だろうね?」
挨拶や雑談を挟むことなく、彼女は唐突に口火を切った。
「え~~っと・・・・」
彼女の先制口撃に、不意をつかれ驚いた私は口ごもる。
「・・・・そこに金銭が発生するなら、その報酬に見合う働きができる人?ですかね」
そして彼女のストレートな物言いにタジタジとなった私は、面白味に欠ける当たり前の答えしか口にできない。
「じゃあプロスポーツ選手の評価の基準はお金?」
「それが全てではないと思いますけど…サラリーが高いということは期待値が高いということですから…。あと働きは短期間では評価できないので、最低でも1シーズン終わってからでないと、プロとして役目を十分に果たせたかどうかは判断できないと思います。大事な場面での勝負強さとかもありますけど、トータルで評価されるべきです」
スポーツジャーナリストなら誰でも、当然語れることを、私は教科書を朗読するように述べた。それは同時に、自分のジャーナリストとしての薄っぺらさを、声に出して発表しているようで少し気分が滅入った。
「年棒も判断基準になるとは思うんだけど…。私はね…プロスポーツ選手は観客を集めてなんぼ、集客力がバロメーターになると思うんだよね。だから単純にね。先ず、彼の二刀流をファンが支持しているかどうか?実際に二刀流の彼を観るために、沢山の人々が、スタジアムに足を運んでいるんでしょ?」
聞きたかった本題を語り始めた彼女に対して私は頷いた。
「ならこれは…プロとしてクリアしてるわね」
彼女は止まることを知らない。
「あと二刀流を続けることを本人が望んでいるかどうか?無理強いすることはあり得ないだろうから…これもYESね」
とんでもない人に声をかけてしまったかも知れない、と私は思い始めていた。
「そしてそれをサポートするチームが存在すること。これは…一目瞭然。言わずもがなね」
私は張りぼての赤べこのように何度も首肯する。
彼女はスポーツ音痴のド素人どころか、とんだベースボール・モンスターだった。
「この三つの条件をクリアしていれば、プロとして二刀流を続けない理由はどこにもないわよ」
確かに、プロスポーツは慈善事業や趣味ではない。
したがって需要がなければ供給されることもない。
「私たちは今、野球史の…スポーツ史の…節目に立ち会っているのよ」
彼女はキッパリとそう言い切った。
彼女の言葉に私はハッとさせられた。
そうだ…彼の二刀流への挑戦は良い悪い正解不正解の話ではない。
そんな次元の低い話ではないのだ。
彼女の言葉によって、私はトンネルの先にある微かな光を捉えることができた。
「あなたもジャーナリストなら、その歴史的場面に立ち会いたいと思わない?」
なぜそんな質問をするのだろうか?
立ち会いたくないジャーナリストなどいる訳がない。
それは100人のジャーナリストに聞けば、100人同じ答えが返ってくる愚問。
彼女の言葉は…
『あなたは本当にジャーナリストなの?』と彼女にジャーナリストとしての資質を問われているように思え、今現在の自分の心が見透かされている気がした。
「やむを得ない事情があったにせよ、もしもスポーツ史に刻まれるようなシチュエーションに立ち会うことができなかったら…そのときはスポーツジャーナリストとしての自分に嫌悪すると思います」
彼女の耳には精一杯強がっているように聞こえたかも知れないが、私は正直にそう答えた。
「それはそうよね!当たり前よね!ごめんなさい…変なこと聞いて…。良かった~。まさに『そのとき歴史が動いた』が今なのよ」
彼女は右手人差し指を私に向け、弾けるような笑顔を見せた。




