第五十五話 誓いの勇戦戦争
「俺はもう何も失いたくないんだ。だから……黙っててくれよ」
俺は奥歯を噛み締めて、ラズラをにらめつけた。
しかし、ラズラは表情一つ変えなかった。
そしてラズラが俺の肩に手を優しく添えたのである。
「私が絶対にマゼルを幸せにしてあげる」
なんだよ……。
幸せとか知らないよ、俺は。
不幸だったんだよ、俺は。
そんな俺を幸せにとか、できるわけないじゃないか。
「ほっといてくれよ! 俺は幸せになれない存在なんだ……」
俺はうつ伏せの状態になった。
そして泣いた。喚きながら泣いた。大量の涙を流しながら泣いた。
「ラズラ、お前にはわかんないだろうな。俺がどんだけ苦しんできたか……」
「マゼル……、私だって苦しんできたよ。何度も痛い思いをした。マゼルだけじゃないよ! 苦しんできたのは」
「俺、生きる価値を失っているんだ。この異世界から出られてもホームレス生活が続くだけでさ。どうせみんなは帰る場所があるんだろ? 俺は無いんだ……」
「マゼル、勇者軍に囚われていたとき私のこと『好き』って言ってくれたよね」
「……」
俺は確かに好きと言った。しかし、それがどうした。
それで俺の人生が変わるはずもないのに。
「異世界から出たら私とデートしてくれる?」
俺は異世界から出たらただのホームレスの人間。
「俺は、俺はお前を幸せにできない。だから……断る」
「私を異世界から出して幸せにしてよ!」
ここから出して幸せにする……。
そうか。俺は忘れていた。
俺は誰かを幸せにできるんだ。たとえ俺が不幸であっても。
俺はやっぱり戦わないといけないのか。
「わ、わかったよ……」
するとラズラはうつ伏せの俺に手を差し伸べてきた。
「私との約束だよ。破らないでね」
「ああ、約束だ」
俺はラズラの手をぎゅっと握りしめながら立ち上がった。
太陽が眩しい。風が気持ちいい。気持ちが晴れた。
そしてラズラは俺を両手で抱きしめてくれた。
「マゼルのこと、大好きだよ」
「ありがとう……」
ラズラの手は暖かく、柔らかかった。
なにか俺を包み込むような感じだった。
俺の涙は止まり、顔には笑顔が溢れた。この街の人のように。
そして俺はザゼルのほうに振り向き、こう言った。
「俺は戦う。よろしく頼む」
「ありがとう、マゼル」
俺とザゼルは手を握り合った。誓いの握手だ。




