第五十四話 弱い男の勇戦戦争
時空間魔法が世界を救える。
そんなの嘘だとわかっていた。そうやって俺を惑わしてまた檻の中に閉じ込めることを。
「そんなこと……嘘だろ?」
ザゼルは手を下を向いていた俺のほうに差し伸べて、優しい笑顔を浮かべた。
「私たちは勇者を恨んで戦うわけではない。あくまでもザイザンドロールケッキー社を恨んでいる。その為にも君の協力が不可欠なんだ。だから……頼む!」
「俺は、本当にこの異世界を救うことはできるのでしょうか? 俺は弱い人間だ、馬鹿人間だ、人を殺さない人間なんだ。そんな奴この異世界にいても意味はないんだよ……」
すると、ザゼルは急にこんなことを言い出した。
「それがお前の本当の『優しさ』ではないのか?」
俺の『優しさ』……。
その優しさで俺は今まで痛い目にあってきた。
そんなこと言われたって俺はちっぽけな人間なんだ。
もう、優しさなんていらない。強く生きたいのである。
「マゼルー!」
背後から聞こえるこのハキハキとした声。それはラズラだった。
俺は振り向くことはしなかった。
「何してるの、マゼル!」
「黙っててくれ!」
俺に優しさなんていらないんだ。強くなくてはいけなかった。
ホームレスのときもそうだった。
一人で生活していく為に、強くなった。
「俺は戦いたくねぇ!」
その声は空まで響くような大声で、周りの人々も驚いていた。ザゼル以外は……。
逃げることが負けることではない。強くなることと俺は知っている。
だから俺は逃げる。自分の為に。
「馬鹿じゃない!」
そう言って、ラズラは俺の顔をぶった。それも俺の顔を後ろに強引に向けて。
「痛い………!」
「自分の為に逃げるっていうの? そんなのマゼルっぽくないよ!」
「マゼルっぽくない……? なにがマゼルっぽくないんだよ」
マゼルって誰なんだよ。この世界の架空のキャラクターだろ。そんな奴、とっくのむかしに消えてるというのに。
「今まで私を何度も救ってくれたじゃない! そんなマゼルが好きだったのに……!」
「俺はラズラを救えてないんだよ……」
「救おうとしてくれた君の姿、カッコよかったよ」
「カッコいいとか、好きとかそんなの関係ないんだよ。俺は……戦うことが怖いんだよ」
俺は弱い人間なんだ。心も、力も。




