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おまじない

作者:つちふる

 ナオ君はドジでおっちょこちょい。
 ドジでおっちょこちょいだから、よく転んでケガをします。
 そのうえ、とても泣き虫でした。
 ヒザや手をすりむて、血がでたりしたらもういけません。 
 ナオ君は目から涙を流して、わんわんと泣きだしてしまいます。
 あんまり泣くものだから、お父さんはあきれ、お母さんはこまり、友だちはからかいます。
「ナオがまた転んだぞ」
「ナオがまた泣いたぞ」 
 泣くのをこらえようとしても、すり傷からにじむ血や、ズキズキする痛さにがまんができません。
 あたりに泣き声がひびきわたり、学校にいるときは先生が、公園にいるときはお母さんや近所の人がとんできます。
 そんなナオ君を見て、笑う友だち。
「ナオがまた転んだぞ」
「ナオがまた泣いたぞ」
 それがいつものことでした。

 友だちから笑われるのはくやしいし、すぐに泣いてしまう自分もイヤ。
「どうすれば、おっちょこちょいはなおるかな」
 ナオ君は毎日のように考えました。
 どんなに気をつけていても、ちょっと気をぬくと転んだり、ぶつけたりしてしまいます。
 だからといって、一日中動かないでじっとしているわけにもいきません。
 実は、ためしてみたことがあります。
 ある日曜日、ナオ君は朝から夜まで一日中布団の中でじっとしていようとしました。
 でも、これは大失敗。
 お母さんから「早く起きなさい!」と怒られたあげく、おしっこが我慢できなくてトイレにかけこもうとしたら、ドアに足の指をぶつけて、結局ワンワン泣くはめになってしまったのです。
 おっちょこちょいは簡単になおせそうにありません。
 それなら、泣き虫はどうでしょうか。
「どうすれば泣き虫はなおるかな」
 公園にむかう道を歩きながら、ナオ君は考えます。
 ケガをすると泣いてしまうのは、どうしてだろう。
 それは、痛いから。それから、血がでるから。
 転んでも、痛くなければいいのに。
 血がでなければ泣かないのに。
 そんなことをぼんやり考えながら歩いていたものですから――
「あっ!」
 ナオ君は曲がり角からあらわれた人に気づかず、そのままぶつかって転んでしまいました。
「おっとっと。だいじょうぶかい、ぼうや」
 ぶつかった人は、タマゴみたいにまんまるなおじさんでした。頭もツルツルなものだから、大きなタマゴに小さなタマゴがのっているように見えます。
 いつものナオ君なら、思わず笑ってしまっていたでしょう。
 でも、今はそれどころではありません。なにしろ、転んだひょうしにヒザをすりむいてしまったのですから。
 ズキズキと痛くて、血がにじみでてきて…
「痛い! 痛い!」
 たちまちナオ君は泣きだしてしまいました。
 その大きな泣き声に、タマゴのおじさんはびっくり。
「おやおや、そんなに痛いのかい?」
「痛い! 痛い!」
 ナオ君はワンワンと泣きつづけます。
 タマゴおじさんはこまった顔でしばらく考えていましたが、やがてふっくらした手をポンと打ちました。
「よし。じゃあ、おじさんが痛いのをなくすおまじないを教えてあげよう」
「おまじない?」
 ナオ君は涙目をきょとんとさせます。
「そうだよ。まずは、この魔法の指輪をはめて」
 おじさんは小指にはめていた透明な指輪をとると、ナオ君の人さし指にはめました。
「今からおじさんがおまじないの言葉をいうから、ぼうやもまねして言ってごらん」
 おじさんはナオ君の前にしゃがみこんで、こう言いました。

   イタイのイタイのとんでけ
   おじさんにむかってとんでけ


「さあ、痛いところに指輪をはめた手をあてて。そう。そうしたら、おじさんに痛いのをとばすようにして、おまじないを言うんだ」
 ナオ君は言われたとおりにしました。
 すりむいたヒザに指輪をはめた人さし指をあて、痛いところをおじさんに向かって飛ばすようにして。

   イタイのイタイのとんでけ
   おじさんんにむかってとんでけ

 すると、どうでしょう。
 ナオ君のヒザから、たちまち傷が消えてしまったのです。
 さわってみても、ちっとも痛くありません。
「わっ、傷がなおっちゃった。さわっても、ぜんぜん痛くないぞ」
 ナオ君は泣いていたことも忘れて、大よろこびでとびはねます。
 でも。そのとなりでは…
「あいたたた!」
 おじさんがしゃがみこんで、痛そうにしていました。
「おじさん、どうしたの?」
「ヒザが痛いんだよ。ぼうやのケガをもらったからね。…ほら」
 そう言ってズボンをめくりあげると、おじさんのヒザにはナオ君が転んですりむいた傷がありました。
「ボクのケガが、おじさんにとんでいったの?」
「そうだよ。魔法の指輪をしておまじないをとなえたから、ぼうやのケガがおじさんにとんできたのさ」
 ナオ君は自分のヒザを見ました。
 傷はなくなり、痛みもすっかり消えたので、もう泣きたくありません。
「これはすごいぞ!」
 ナオ君はうれしくなって、またとびねたくなりました。
 このおまじないがあれば、どんなに転んでも、ケガをしても大丈夫。泣いてバカにされることもなくなるにちがいありません。
「おじさん、ありがとう!」
 ナオ君がお礼をいうと、おじさんは笑顔でうなずきました。
「ただし、あんまり大きなケガをうつすと指輪はこわれるからね。大きなケガをしないように気をつけなさい」
「うん!」
「それからね、おまじないはもうひとつあるんだよ」
「もうひとつ?」
「そう。今のおまじないは、痛いのを誰かにうつすおまじない。もうひとつのおまじないは、誰かの痛いのを自分にうつすおまじないなんだ。いいかい、こんなふうに言うんだよ」


  イタイのイタイのとんでこい
  ボクにむかってとんでこい


「誰かのケガに指輪をあてて言えば、たちまちぼうやのところへイタイのがやってくるんだ。ためしてみるかい?」
 おじさんがヒザのケガをみせて言うと、ナオ君はあわてて首を振りました。
「イヤだよ。せっかく痛いのがなくなったのに」
「そうだろうね」
 おじさんは少し笑ってから、急にまじめな顔になりました。
「でも、いいかい? どっちのおまじないも痛いの消すわけじゃないんだ。痛いのをうつせば、うつされた子が痛い思いをする。それを忘れてはいけないよ」
 そう言うと、おじさんはナオ君のケガがうつったヒザをさすりながら行ってしまいました。
 ナオ君の指には、透明な指輪がはまったままです。
 忘れていったのでしょうか。
 それとも、ナオ君にくれたのでしょうか。
「この指輪とおまじないがあれば、転んでも泣いたりしないぞ。もう、ケンタ君たちに笑われたりバカにされたりしなくなるんだ!」
 自分のケガを誰かにうつして知らんぷりをするのはズルイ気がします。
 でも。転んで、泣いて、みんなからバカにされるのはもうイヤでした。
 それに。
 ケガをして泣くケンタ君を、ちょっと見てみたいとも思いました。
 すりむいて血がでたりズキズキ痛かったりすれば、ケンタ君だってきっと泣いてしまうにちがいありません。
「今度はボクが笑ってやるんだ」
 ナオ君はいつケガをしてもいいように、指輪をしっかりはめて、おまじないを忘れないために何度も頭の中で繰り返しました。



 なにしろ、おっちょこちょいでドジなナオ君です。
 おまじないは、すぐにつかうことになりました。
 体育の授業でサッカーをしているとき、ナオ君は足をすべらせてみごとに転んでしまったのです。
 ケガをしたのはこの前と同じ左のヒザ。
 すりむけて、血がにじみ出てきて。そして、あのズキズキとした痛みがやってきました。
 いつものナオ君だったら、痛さにたえられずわんわんと泣いているところでしょう。
「あ、ナオがまた泣くぞ」
 ケンタ君がかけよってきて、ナオ君をからかおうとします。
 ところが、今回はいつものようにはなりませんでした。
 ナオ君は指輪をはめた指をあわててすり傷にあてて、あのおまじないをとなえたのです。

   イタイのイタイのとんでけ
   ケンタ君にむかってとんでけ

 すると、たちまちあの日と同じことがおこりました。
 ナオ君のヒザの傷と痛みが、ケンタ君のヒザへととんでいったのです。
「あ、痛い! 痛い!」
 ケンタ君はとつぜんの痛みに、しゃがみこんでしまいました。
「どうしたのケンタ君?」
 まわりの子も、先生も、おどろいてケンタ君にかけよってきます。
 痛みも傷もすっかりなくなったナオ君は、平気な顔で立ち上がってケンタ君をみました。
「あら、すりむいてるじゃない」
 先生はふしぎそうに首をかしげました。ケンタ君のヒザには、転んでもいないのにすりむいた傷があったのです。
「どこですりむいたの?」
「わかんないよ。急に痛くなったんだ」
「とにかく手当をしましょう。みんなはサッカーをつづけて」
 ケンタ君が先生につれられて行ってしまいました。
 ナオ君はねらいどおり、自分のケガをケンタ君にうつすことに成功したのです。
「こんなふうにおまじないを使えばいいんだ。そうすれば、もう泣かないですむぞ」
 ケンタ君が泣かなかったことは少し残念でしたが、それでもナオ君は、傷も痛みもないヒザをみてニッコリ笑ったのでした。



「ナオ君、近ごろ泣かなくなったんだってね」
 そう言って頭をなでてくれたのは、となりの家に住んでいるミユキお姉さん。
 五つ年上のミユキお姉さんは、今年から中学校へ通っています。
 いつでもやさしくて、お菓子をくれたり、勉強を見てくれたり、一緒に遊んだりしてくれるので、ナオ君はお姉さんが大好きでした。
 そんなお姉さんに、ナオ君はじまんげに言います。
「うん。ボク、もうケガをしても泣かないんだ」
「えらいえらい」
「どうしてだか、しってる?」
「ナオ君が強くなったからでしょ」
「ぶー」
「えっ、ちがうの?」
「正解は、おまじないをおぼえたからでした」
「おまじない?」
「うん。転んでケガをしても、痛いのをうつしちゃうおまじないなんだ」
「痛いのをうつす? 何だかよくわからないわ」
 お姉さんは首をかしげます。
「見ればわかるよ」
「じゃあ、見せて」
 ナオ君はさっそくおまじないを見せようとして、こまったことに気づきました。
 それは、おまじないを言うためには、ケガをしないといけないことです。ケガをしなければ、誰かにうつすことができません。
「わざとケガをしようかな」
 そんなことを考えるナオ君ですが、すぐに首をふりました。
 なぜなら、ケガをするときはまだおまじないを言う前なので、とても痛い思いをするからです。
 自分からわざわざ痛い思いをしたくはありません。
 でも、ここでお姉さんにいいところを見せてほめられたい気持ちもありました。
 ちょっと痛いぐらいなら平気さ。
 しばらく迷ったのち、ナオ君は電柱に頭をぶつけることにします。
 ところが。
「あいたっ!」
 ちょっとのつもりだったのが思いのほか強くぶつけてしまい、ナオ君の頭にコブができてしまいました。
「ナオ君、大丈夫?」
 とつぜんのことに、おどろくお姉さん。
 そんな中、ナオ君は痛くて泣き出しそうになるのをこらえておまじないを言いました。

   イタイのイタイのとんでけ

 指輪をはめた人差し指をコブにあて、それをうつそうとして――
 ナオ君は、そこで気づきました。
 ケガをとばす相手が、お姉さんしかいないことに。
 こんなに痛いコブをお姉さんにとばしたら、どうなるでしょうか。
 痛くて、泣きだしてしまうかもしれません。
 けれど、痛いのをとばさなければナオ君自身が泣いてしまいます。実際、ナオ君の目からはもう涙がこぼれはじめていました。
 ここでワンワン泣いたら「もう泣かない」と言ったことがウソになってしまいます。
「なんだ。ナオ君はやっぱり泣き虫じゃない」
 そんなふうに言われて、お姉さんに笑われるのは絶対にイヤでした。
 ナオ君は目をぎゅっと閉じると、

   イタイのイタイのとんでけ
   ミユキお姉ちゃんにとんでけ

 とうとう、おまじないをとなえてしまいました。
 とたんにナオ君の頭から痛みがなくなり、まるでなにもなかったようにコブも消えてしまいます。
 そして――
「あいたた!」
 そのかわりに、ミユキお姉さんが頭をかかえてしゃがみこんでしまいました。
 そう。ナオ君のケガが、お姉さんにうつったのです。
「みてみて、ミユキお姉ちゃん。ほら、ボク泣いてないでしょ」
 ケガも痛みのなくなったナオ君はうれしそうに言いますが、ミユキお姉さんはそれどころではありません。
「いたたた!」
 お姉さんのおでこは赤くはれてコブになっています。そこはちょうど、ナオ君が電柱にぶつけた場所と同じでした。
「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」
「いたたた。どうして私にコブができてるの?」
 痛がりながらふしぎがるミユキお姉さんに、ナオ君は秘密をうちあけることにしました。
「ボクがおまじないをとなえたからだよ」
「おまじない?」
「ボクのケガをね、おまじないでミユキお姉ちゃんにうつしたんだ。だからボクはぜんぜん痛くなくて、お姉ちゃんはとても痛がってるんだよ」
 お姉さんはコブをさすりながら、ナオ君の前に立ちました。
「このケガは、ナオ君のケガなの?」
「そうだよ」
「おまじないって、ナオ君のケガを誰かにうつすこと?」
 ナオ君はニッコリ笑ってうなずくと、
「ボク、泣かなかったでしょ。えらいでしょ」
 そう言って、ミユキお姉さんがほめてくれるのをまちました。
 けれど、ミユキお姉さんはいつまでたってもほめてくれません。おでこのコブをさすりながら、こまった顔をしてナオ君を見つめています。
「ナオ君が泣かなくなったのは、誰かにケガをうつしているからなのね?」
「そうだよ」
「誰にうつしたの?」
「この前はタケシ君。その前はアキラ君で、その前はケンタ君」
「その子たちは泣いちゃった?」
「泣かなかった。ユウヤ君はちょっとだけメソメソしたけど」
「じゃあ、えらいのはその子たちだね」
 ミユキお姉さんは、すぐにそう言いました。
「ナオ君は、ちっともえらくないよ」
「え、どうして?」
「だって、痛いのをがまんして泣かなかったのは、その子たちだもの」
「ボクだって泣かなかったよ」
「それは、ケガをその子たちにうつしからでしょう。ケガをうつさなかったら、ナオ君は痛くて泣いていたんじゃない?」
 ナオ君はうつむいていしまいました。
 お姉さんの言うとおり、ケガをうつさなければナオ君は痛くてワンワン泣いていたでしょう。
「自分のケガを人にうつすのはズルイことだよ。ナオ君だって、誰かのケガを自分にうつされたらズルイと思うでしょ?」
 これも、お姉さんの言うとおりでした。
 ケンタ君がケガをして、そのケガが自分にうつされたとしたら、ナオ君はケンタ君をズルイと思うでしょう。
 ナオ君も、自分がズルイことをしているというこはうすうす気づいていたのです。
「でも、おまじないをしないとボクはワンワン泣いて、ケンタ君たちに笑われちゃうんだ」
 そうして、ケンタ君たちに笑われると、それがくやしくてさらに泣いてしまうのです。
「……じゃあ、こうしましょ」
 お姉さんはしばらく考えてから、言いました。
「今度から、ナオ君のケガはぜんぶ私にうつすこと」
「え?」
「おまじないでケガをうつす人を、私だけにするの。できるでしょ?」
 たしかに、できないことはありません。
『イタイのイタイのとんでけ』のあとに、お姉さんの名前を言ってうつせばいいのですから。
「だけど、そうしたらミユキお姉ちゃんがケガしちゃうんだよ」
「そうね」
「痛いんだよ」
「痛いよね。でもそれは、ほかの子にうつしても同じことだよ。ナオ君のかわりに、その子が痛がるの」
 ナオ君は、またうつむいてだまりこんでしまいました。
「だから、ケガをうつすのは私だけにすること」
「お姉ちゃんには、うつしていいの?」
「いいよ」
 ナオ君は、ミユキお姉さんと約束しました。
 これからは、ケガをうつしていいのはお姉ちゃんだけ。
 痛がるお姉さんを思い浮かべると、ナオ君は顔をしかめてしまいます。
 ケンタ君やアキラ君にケガをうつしたときはいい気分だったのに、お姉さんにうつすのはちっともいい気分じゃありません。
「ボクがケガをうつしたら、お姉ちゃんが痛がるんだ」
 そう考えると、とてもケガをうつす気にはなれません。
「でも、ケガをして泣いたら、またケンタ君たちに笑われる」
 それは、ぜったいにイヤです。
「あ、そうだ!」
 ナオ君は、ポンと手を打ちました。
「ケガをしなければいいんだ。ケガをしなければボクは泣かないし、ケンタ君たちに笑われない。それに、お姉ちゃんにもケガをうつさいですむぞ」
 それはとてもよいアイデアのように思えました。
 ただ、ナオ君はだいじなことを忘れています。
 自分がとてもドジでおっちょこちょいだということを。



 学校のお昼休み。
 給食を食べ終えたナオ君たちは、校庭でドッジボールを始めました。
 ケンタ君はナオ君をねらってボールを投げますが、なかなかあたりません。
 ナオ君はボールをとるのは苦手ですが、逃げるのは得意なのです。
 でも、逃げてばかりでは勝てません。
 仲間の子がどんどん当てられていき、とうとうナオ君が最後の一人になってしまいました。
 こうなると、どうしようもありません。
 とんでくるボールを何回かよけたあと、ケンタ君のボールがナオ君の足にきました。
 ジャンプしてよけようとしたナオ君ですが、ボールはつま先に命中。その拍子にバランスをくずしてしまいます。
「あっ」
 声をあげたときは、もう手おくれ。
 両手から地面に落ちたナオ君は、右のヒジを思い切りすりむいてしまいました。
 ジンジンとした痛みがひろがり、すりむいたヒジからは血がにじみ出てきます。
 ナオ君はすぐにおまじないをとなえようとしました。
 そうしないと、またワンワンと泣いてしまうからです。
 でも、そこで思い出したのはミユキお姉さんとの約束。
『ケガをうつすのは私だけにすること』
 おまじないでケガをうつせば、ナオ君は泣かないでいられるけれど、かわりにミユキお姉さんがケガをすることになるのです。
 迷っているうちにもジンジンとした痛みは強くなり、ナオ君の目には涙がたまっていきます。
 今にも声をだして泣いてしまいそう。
 そこへ、ケンタ君がいつものように言いました。
「あ、ナオがまた泣くぞ」
 涙があふれだす寸前。
 ナオ君は、とうとうおまじないをとなえてしまいます。

  イタイのイタイのとんでけ
  ミユキお姉ちゃんへとんでけ

 すると、ナオ君のヒジのすり傷はたちまち消えてなくなり、ジンジンとした痛みも、にじんでいた血もどこかへいってしまいました。
 あふれだしそうだった涙も、すっかりひっこんでいます。
 これなら、もうだいじょうぶ。
 ナオ君は起き上がると、ニッコリ笑って言いました。
「ボク、泣いてなんかないよ」
 ケンタ君はそれを見て、残念そうに顔をしかめます。
「ちぇっ。このごろのナオはちっとも泣かないからつまんないや」
 ナオ君が泣かなくなったのは、ケガを誰かにうつしているからです。
 これまでは、それがズルイことだとは思っていませんでした。
 だって、うつす相手は自分をからかう子―― ケンタ君やアキラ君やタケシ君―― だったから。
 でも、これからはちがいます。ケガはぜんぶミユキお姉さんにうつすことになりました。
 だから、ナオ君の右ひじのすり傷は、お姉さんの右ひじにうつっているはずです。
 とつぜんケガをしたお姉さんは、どうなるでしょうか。
 お昼を食べているときに「いたい!」とさけんでしまうかもしれません。
 まわりの友だちはびっくりすることでしょう。
 それに、ジンジンと痛くて血がにじんできたら、泣いてしまうかもしれません。
 お姉さんの泣き顔を思い浮かべると、胸のあたりがキュっと痛みます。
「ボク、泣いてないよ」と、ほこらしげに笑ったナオ君の顔が、今はまっ青。
 やがてお昼休みがおわり、午後の授業が始まりました。
 でも、先生の話しも黒板に書く文字も、ちっとも頭に入ってきません。
 ナオ君は青白い顔で、キュッと痛む胸に手をあてて、ずっとミユキお姉さんの泣き顔を思い浮かべていたのです。



「学校が終わったら、お姉ちゃんにあやまりに行こう」
 そう思っていたナオ君ですが、いざお姉さんの家の前にくると、こわくなってしまいました。
 インタホンを押そうと手を伸ばしては引っ込め、手を伸ばしては引っ込めと、もう何度もくり返しています。
 今日はやめにして、明日あやまろうかな。
 そんなことを思ったやさき、ナオ君の肩にポンと手がおかれました。
 おどろいて振り返ると、そこには制服を着たミユキお姉さんが立っていました。
「何してるの、ナオ君」
 お姉さんはいつものようにニッコリと笑っています。
 その笑顔を見て、ナオ君は少し安心しました。
 きっと、ケガをうつしたことを怒っているだろうなと思っていたのです。
 そうだ。ケガ!
 そのことを思い出して、ナオ君はお姉さんを見ました。
 ナオ君がケガをしたのは右のヒジ。
 でも、お姉さんのヒジは制服にかくれて見えません。
「お姉ちゃん、ケガは?」
 ナオ君があわてて聞くと、ミユキお姉さんは「うん」とうなずきました。
「ちゃんと、とんできたよ」
 そういって制服をめくると、お姉さんの右ヒジにはすりむいたような傷がありました。
 まちがいなく、ナオ君のケガです。
「このケガは転んですりむいたの?」
「うん。ドッチボールをしてて」
「痛かった?」
「うん。最初はがまんしようとしたんだ。でも、泣きそうになって。ケンタ君にも『ナオが泣くぞ』って言われて」
「そっか」
「お姉ちゃん、痛かった?」
「うーん」
 ミユキお姉さんはちょっと首をかしげて、うなずきました。
「そうだね。ちょっとだけね」
「ちょっとだけ?」
 ナオ君は驚いた顔でお姉さんを見ます。
「痛くて泣いたりしなかったの?」
「うん。泣かなかったよ」
「どうして泣かなかったの?」
 首をひねるナオ君に、お姉さんは笑ってこたえました。
「転んでケガをするよりも、もっと痛い思いをしてるからかな」
「もっと痛いこと?」
「そうそう。その痛さに比べれば、転んでケガをする痛さなんて何でもないの」
「…じゃあ、ボクも転ぶよりも痛い思いをすれば平気になるの?」
「そうだね。…あ、でも」
 うなずいてから、お姉さんは少しからうような目でナオ君を見ました。
「ナオ君、そういうケガをしたら私にうつしちゃうから、だめかも」
「え、うつさないよ!」
「えー。うつすよ」
「うつさないってば!」
 むきになるナオ君に、お姉さんは言います。
「だって、転んだケガの痛さくらいでうつしちゃうんだもん。もっと痛いケガをしたら、なおさらうつしたくなるでしょ」
 たしかに、お姉さんの言うとおりです。
 転ぶよりもずっと痛い思いをしたら、きっとすぐにおまじないをとなえてしまうでしょう。
 でもナオ君は、お姉さんにバカにされたことがくやしくて、怒ったように言いました。
「うつさないったら、うつさない!」
「ほんとに? 転んだケガくらいでうつしちゃうのに?」
「じゃあいいよ! 転んでケガしたって、もううつさないから!」
 思わずそんなことを言ってしまいました。
 転んでケガをしたら、ナオ君はまた泣いてしまうでしょうし、ケンタ君たちにも笑われるにちがいありません。
 それはとてもイヤなことでしたが、お姉さんに弱虫だと思われるのはもっとイヤだったのです。
「ぜったい、うつさないから!」
「約束する?}
「約束する!」
 ナオ君はそう言うと、くるりとお姉さんに背をむけてけけだしました、
 そして、一度立ち止まってお姉さんを見ると、
「ぜったいにうつさないから!」
 さけぶように言って、またかけていきました。



 おまじないをやめたナオ君
 でも、ドジでおっちょこちょいはやめられないので、相変わらず転んでケガをします。
 そして、やっぱりそのたびに泣いてしまい、ケンタ君たちに笑われていました。
「ナオ君は大人になっても泣き虫のままかもね」
 あんまり泣くものだから、先生もあきれてそんなことを言います。
 大人になっても、転んでワンワン泣く。
 そんな自分を思い浮かべて、ナオ君は恥ずかしくなりました。
「やっぱり、泣き虫はなおなさきゃ」
 でも、どうやって?
 ナオ君はふと、ミユキお姉さんの言っていたことを思い出しました。
「転んでケガをするよりも痛い思いをすれば、平気になるよ」
 転ぶよりも痛いこと。
 でも、そんなに痛いことを、わざと自分でする勇気はありません。
「やっぱり、ボクは泣き虫のままかなあ」
 ナオ君は暗い気持ちで、トボトボと帰り道を歩いていきます。
 そして、ようやく家について玄関の前まきたとき。
「わっ」
 ナオ君は思わず声をあげてしまいました。
 ナオ君がドアを開けるよりも早く、お母さんが飛び出してきたのです。
「お母さん?」
「あ、ナオ!」
「ただいま」
「おかえり。ちょっと出かけてくるからね」
 やけにあわてているお母さんに、ナオ君は首をかしげて聞きます。
「どうかしたの?」
「おとなりのミユキちゃんが、学校で大ケガしたらしいの」
「えっ?」
「さっきミユキちゃんのお母さんから電話をもらって、今、病院にいるって。だからお母さん、ちょっと行ってくるから」
「お姉ちゃんは大丈夫なの?」
「おでこを深く切っていてね、もしかしたら縫うかもって」
「おでこを縫う?」
「あとに残らないといいけど」
 おでこを縫うだなんて、どんなに痛いことでしょう。
 きっと、転んだケガなんかよりもずっとずっと痛いはずです。
 想像しただけで、ナオ君はまっ青になりました。 
「じゃあ、ナオは留守番しててね」
「あ、まって」
 出て行こうとするお母さんを、ナオ君はあわててよびとめます。
「ボクも行く!」
「ナオも?」
 お母さんは少し迷ったようでしたが、ナオ君がさっさと車のほうへ走りだしてしまったので、仕方なくつれていくことにしました。


 病院につくと、お母さんは窓口で何かを聞き、早足で歩きだしました。ナオ君もあわてて追いかけます。
 広い病院を奥へ奥へと歩くと、やがて【形成外科】と書かれた診察室の前にやってきました。
 診察室は三つ。
「お姉ちゃん、中で診てもらってるの?」
「たぶんね」
 しばらく待っていると、真ん中の診察室からミユキお姉さんと、お姉さんのお母さん、ハルコおばさんが出てきました。
「ミユキちゃん、大丈夫?」
「あら、わざわざ来てくれたの」
「どんな感じ?」
 ナオ君のお母さんは、声を小さくしてハルコおばさんに話しかけます。
「五針も縫ったわ。思ったよりも傷が深くて」
「あとに残りそう?」
「もしかしたらね」
 ナオ君とミユキお姉さんは、二人から少しはなれところに座っていました。
 ミユキお姉さんはおでこに包帯をまいていて、ときおり手でさわっています。
「痛い?」
 お姉さんは小さく首をふりました。
「麻酔をしてるから大丈夫。してなかったら、きっとすごく痛いだろうけど」
「どうしてケガしたの?」
「体育でバレーボールをしてね。ボールに飛びついたら、ネットを立てる柱にぶつかちゃったの。ドジでしょ」
 その光景を思い浮かべて、ナオ君は顔をしかめます。
「痛かった?」
「痛かったなあ」
「転ぶより?」
「転ぶなんかより、ずっと。血もすごくでたし」
「お姉ちゃん、泣いちゃった?」
 ナオ君が聞くと、お姉さんはまた首をふりました。
「泣かなかった。あんまり痛すぎると、泣くどころじゃないのね」
「そうなの?」
「それより、今のほうが泣きそうだよ」
 お姉さんは大きなため息をついて、おでこの包帯をなでます。その大きな目からは、涙がこぼれてきました。
「傷あと、ずっと残るかもしれないんだって」
 ナオ君は泣きだしたお姉さんにおどろいて、顔をのぞきこみます。
「残るのがイヤなの?」
「あたり前でしょ。おでこの傷なんてすごく目立つのに、一生消えないんだから」
 お姉さんはそう言うと、顔をおおってだまりこんでしまいました。
 ナオ君は、そんなお姉さんを見つめながらじっと考えます。
 お姉ちゃんのケガは、転ぶよりずっと痛いケガなんだって。
 じゃあ、お姉ちゃんと同じケガをすれば、ボクは転んでも泣かなくなるかな。
 ボクの泣き虫もなおるかな。
 そうだ。
 自分でケガをする勇気はないけど――
 ケガをうつすおまじないで、ナオ君は思い出したことがあります。
 タマゴみたいなおじさんが言っていたこと。

「おまじないは、もうひとつあるんだよ」
「もうひとつ?」
「そう。今のおまじないは、ケガを誰かにうつすおまじない。もうひとつのおまじないは、誰かのケガを自分にうつすおまじないなんだ」

 誰かのケガを、自分にうつすおまじない。
 あのときは 「絶対につかいっこないよ!」 と言っていたナオ君です。

「誰かのケガに指輪をあてて《おまじない》を言えば、ぼうやのところへケガがやってくるんだ」

 そのおまじないも、ちゃんと覚えています。
 ナオ君は人さし指にはめたままの透明な指輪見て、それから涙を流すミユキお姉さんを見ました。
 泣いているお姉さんを見るのは初めてです。
 これまではケガをして泣くのはナオ君で、お姉さんはナオ君をなぐさめてくれる人でした。
「ナオ君は、泣いた顔よりも笑った顔のほうがカッコイイよ」
 そんなことを言って。やさしく笑って。
 今、泣いているお姉さんを見て、ナオ君も同じことを思います。
 お姉ちゃんは、泣いた顔よりも笑ってる顔のほうがカワイイな。
 ナオ君は魔法の指輪をはめた人差し指を立てると、泣いているお姉さんへそっとのばしました。
 転ぶよりもずっと痛いって、どれくらい痛いんだろう。
 なんて、そんなことは考えません。
 考えたら、やめてしまいそうだからです。
 人さし指がお姉さんのおでこにふれました。
 お姉さんはでも、何も言わずにうつむいています。
 ナオ君はこわい気持ちをぐっとこらえ、いつものお姉さんみたいにやさしく笑いかけて言いました。
「お姉ちゃんは、泣いた顔よりも笑った顔のほうがカワイイな」
 それから、おまじないをとなえたのです。

   イタイのイタイのとんでこい
   ボクのところへとんでこい


 三つのできごとが、いっぺんにおきました。
 まず、ナオ君のはめていた指輪がこわれました。
「あんまり大きなケガをうつすと、指輪はこわれてしまうからね」
 ミユキお姉さんのケガは、おじさんの言っていた『大きなケガ』だったのです。
 次に、ミユキお姉さんのケガがおでこから消えました。
 といっても、おでこには包帯をまいているので誰も―― お姉さんでさえ―― 気づきませんでしたけれど。
 そして、最後に。
 お姉さんのケガが、ナオ君にとんできました。
 まゆげの上の、おでこのところへ。
 バレーボールの柱にぶつかってできたケガ。
 五針も縫ったケガです。
 その痛さときたら!
 ナオ君は口を大きくひらいて、お魚みたいにパクパクさせています。
 あまりにも痛すぎて、言葉にならないどころか、声すらでてこないのです。
 涙を流す?
 ワンワン泣く?
 それどころではありません。
 ナオ君はイスからずりおちて、おでこをおさえて、ただうずくまることしかできませんでした。
 最初にその様子に気づいたのは、ミユキお姉さんです。
「どうしたの、ナオ君?」
 声をかけても、ナオ君は返事をしません。うずくまったまま、ふるえています。
「おなか痛いの?」
 聞きながら、ミユキお姉さんは赤い目でナオ君の顔をのぞきこみました。
 そして――
 目を大きく見開き、辺りにひびきわたるような大声で、
「どうしたのそのケガ!」
 と、さけんだのです。
 ナオ君のおでこには ――ちょうどお姉さんがケガをした場所に―― 大きな傷ができていました。
 ぱっくりと開いた傷口からは、血がどんどん流れてきます。
 近くにいた人たちも、ナオ君のケガに気づいてさわぎだします。
「これはひどいケガだ」
「はやく手当をしないと」
 そこへ、ナオ君とミユキお姉さんのお母さんがやってきました。
「ナオ、どうしたの!」
「まあ、大変!」
 二人はナオ君のケガをみるなり、お姉さんと同じように声をあげました。
 ナオ君のお母さんはあわててハンカチをとりだし、ナオ君のおでこから流れる血を止めようとします。
 ミユキお姉さんのお母さんは、オロオロするばかり。そのとなりで、ミユキお姉さんもまっ青な顔。
 ナオ君はというと、あまりの痛さとたくさん流れる血を見て気がとおくなりかけています。
 そんな中―― 
「さきに診てもらってください!」
 大きな声は、人だかりの中から聞こえました。
 見ると、右手に包帯を巻いているお兄さんがナオ君たちにかけよってきます。
「僕の番をあとにしてもらいました。すぐに診てもらえます」
 ナオ君のお母さんははじかれたように立ち上がると、
「ありがとうございます!」
 お兄さんにお礼を言って、ナオ君を抱えるように診察室へ飛び込みました。
 そこは、真ん中の部屋。
 ミユキお姉さんが診てもらった診察室でした。
 だから、ナオ君の治療が終わったあとでお医者さんは目を丸くして言ったものです。
「同じ日に、同じところに同じケガをして、まったく同じように縫うだなんて初めてですよ」

 ケガの理由を、ナオ君はイスの角にぶつけたことにしました。
「それぐらいで、こんな大けがになるかしら」
 お母さんは首をひねりましたが、まさかミユキお姉さんのケガがうつったとは思いません。
 ミユキお姉さんも、おでこに巻いた包帯の下のケガが消えてていることに、しばらく気づきませんでした。



 あれからしばらくたちまして……

 ナオ君のおでこのケガはだいぶよくなり、先日、縫っていた糸も抜きとってもらいました。
 痛みはもうありません。
 けれど、先生の言ったとおり、傷あとは少し残ってしまい、鏡で見ると右のまゆげの上にもう一つうすいまゆげがあるようにも見えました。
 ナオ君自身はたいして気にしておらず、むしろ「マンガの主人公みたいでかっこいい」とさえ思っているのですが、そんなふうに思っていない人もいます。
 ミユキお姉さんです。
 お姉さんは、ナオ君からおまじないの秘密を教えてもらっていました。
 だからあの日、家に帰って自分のおでこからケガがすっかり消えていることに気づいたとき、すぐにナオ君のおまじないだとわかったのです。(このことをお母さんにもお医者さんにも話したそうですが、不思議がるばかりで信じてはもらえなかったようです)
 それからお姉さんは、ナオ君の傷を見るたびに涙を浮かべてあやまるのです。
「私のせいで、ごめんね」と。
 ナオ君はこまってしまいました。
 ケガを自分にうつしたのはお姉さんの泣いている顔を見たくないからだったのに、会うたびに泣かれてしまうのです。
「おまじないで、ケガを私にもどしてよ」
 そう言われても、指輪はあのときにこわれてしまったので戻すことはできません。
 それに、もし指輪があったとしても絶対に戻さなかったでしょう。
 なぜなら、お姉さんからうつしたこの傷あとが、ナオ君にとって大切なものになっていたからです。



 今日は日曜日。
 ナオ君は公園でケンタ君たちとサッカーをしています。
 サッカーと言ってもゴールがないので、ただボールのとりあいっこをするだけですが、みんなは必死です。
 とったりとられたりしているうちに、ボールがナオ君のところへ転がってきました。
 実はナオ君、サッカーが得意です。
 背は小さいけれどすばしこいので、なかなかボールをとらせません。
 あっちへ逃げ、こっちへかわし、ちょこちょこ動き回ります。
 その様子を、公園のベンチに座って見ている人がいました。
 ミユキお姉さんです。ナオ君が「見せたいものがあるから」と言って、むりにつれきたのでした。
『見せたいもの』のひとつは、サッカーがうまいところ。
 ケンタ君たちをヒラリとよけるナオ君に、お姉さんも感心して拍手をします。
 とてもいい気分。
 でも、一番『見せたいもの』はべつにありました。
「ナオ、まて!」
 あんまりボールがとれないものだから、ケンタ君たちはだんだんムキになってきます。
「このっ!」
 アキラ君が、ナオ君のボールをとろう足をだしてきました。
 それをヒョイとよけたところへ、今度はタケシ君。
 またまたヒョイとよけると、最後にケンタ君がつっこんできました。
 よけようと思えば、きっとよけることができたでしょう。
 でもナオ君はよけませんでした。
「あっ!」
 ケンタ君の大きな体がぶつかると、ナオ君の小さな体はつきとばされ、思いきり転んでしまったのです。
 ズルリとした感触。焼けるような痛さ。
 起き上がったナオ君が見てみると、右のヒザにすり傷ができていました。
 みるみる血がにじみだし、あのズキズキとした痛みがやってきます。
「ナオ君!」
 ベンチで見ていたミユキお姉さんが、ハッとなってさけびました。
 いつものように、ナオ君がワンワン泣きだしてしまうと思ったのです。
 ところが。
 ナオ君は泣きませんでした。
 泣くどころか涙さえ見せず―― ただ、どういうわけかおでこをしきりになでながら―― ヒョイと立ち上がってみせたのです。
 しかも、その様子を見ておどろいたのはミユキお姉さんだけ。
「ケンタ、今のファールだぞ」
 アキラ君が言うと、ケンタ君はぶすっとして「悪かったよ」とあやまるし、タケシ君は「傷バンやるから、水で洗ってこいよ」とナオ君に傷バンを差し出したりして。
 誰も、ナオ君が泣くとは思っていないようでした。
 そう。
 ナオ君がお姉さんに一番『見せたいもの』は、このことだったのです。



 水道で傷口を洗っているナオ君のところへ、ミユキお姉さんがかけよってきました。
「ナオ君、だいじょうぶ?」
「うん」
 ナオ君は笑顔でうなずきます。
 それから、
「ボク、泣かなかったでしょ」
 と、ちょっとほこらしげに言いました。
「うん。泣かなかったね」
「どうしてだか、わかる?」
 お姉さんは首をふります。
「おまじないを使ったからだよ」
「おまじない? ……あっ!」
 お姉さんはあの『おまじない』を思い出して、ナオ君のヒザを見ました。
 けれど、そこにはちゃんと傷があって、どこにもいっていません。
「おまじないなんて使ってないじゃない。ナオ君、ケガしたままだよ」
「そのおまじないじゃないよ。新しいおまじない」
 そう言うと、ナオ君は前髪をめくりあげました。
「ほら、これ」
指さしたのは、右のまゆげの上にもう一つうすいまゆげがあるように見える、傷あと。
「それって、ナオ君が私からうつしたケガじゃない」
「そうだよ。この傷あとが新しいおまじないなんだ」
「え?」
 ミユキお姉さんはさっぱりわからず、首をかしげます。
「転んでケガをしたときとかにね、こうして傷あとをなでて」
 言いながら、傷あとをなではじめるナオ君。
 それを見て、お姉さんは思い出しました。さっきケガをしたとき、ナオ君が同じことをしていたと。
「傷あとを、こうやってなでながらね。聞くんだよ」
「聞く?」
「これより痛い? って」
 そのケガの痛さを、お姉さんはよく知っています。何しろ自分のケガだったのですから。
「そうするとね 『この痛さに比べたらちっとも痛くないぞ』 って思って、泣くのをがまんできるんだ」
「…それが、ナオ君の新しいおまじない?」
「うん。新しいおまじないはね、お姉ちゃんのケガがないとが使えないんだ」
 ナオ君はお姉さんを見て言います。
「だから、返さなくていいよね」
「え?」
「おまじないが使えないと、ボクはまた泣き虫にもどっちゃうよ」
 ナオ君は考えてきたことを、いっしょうけんめいに言います。
「お姉ちゃん、泣いてるボクより笑ってるボクのほうがカッコイイって言ったよね」
「…うん」
「じゃあ、泣き虫なボクよりかっこいいボクのほうがいいよね」
 お姉さんは、ナオ君をじっと見つめました。ナオ君もお姉さんをじっと見つめます。
 そして、ずいぶん長い間そうしたあとで、お姉さんは久しぶりの笑顔をみせてうなずきました。
「そうだね。かっこいいナオ君のほうがいいな」
「決まり! このケガはボクのものだ」
「うん」
「みてて。ボク、サッカー得意なんだから」
ナオ君はニッコリ笑うと、洗ったヒザに傷バンをはりつけてみんなのところへ走りだしました。
 その後ろ姿に、お姉さんがあわてて声をかけます。
「ありがとう、ナオ君!」
 ナオ君は振り返って手をふろうとしました。ところが、地面から顔をだしていた石につまづき、また転んでしまいます。
 でも。もう、だいじょうぶ。
 ナオ君はすぐに立ち上がると、笑顔でお姉さんに手をふって言いました。
「ほら、泣かないよ!」
 もうかたほうの手で、おでこの傷をなでながら。           

 おしまい

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