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wanted.3 連続少女誘拐犯フェルダン

 凄まじくひどい嵐の夜だった。

 いや、もしかしたら夜ではなかったかもしれなかったが、しかし暗紫の空は雷雲が蛇腹のように蠢いて日の光だったものさえも稲妻に変換していくようだ。

 

テントのような幕を張ったジープがフラフラと泥を巻き上げながら、雑木林の横に死んだように駐車した。

マントを頭まで纏った少女と、コートにテンガロンハットの男が慌ただしく車から飛び降りて、銃弾のような雨粒を少しでも避けようと、腰を陰めて林の奥へ奥へと進んでいく。

暗闇の中、時折轟音と共に辺りを白滅させる稲光だけを頼りに、二人は安全地帯を求め走る。


ビシャァアアアアアアアアアアア!


一際大きい雷鳴の中、二人は確かに、豪雨で崩れ落ちそうな小屋を一瞬、目にした。



扉が開かれると現れたのは、猫背の、顔色の悪い、ぎょろりとした灰色の目玉の男だった。


「おや、こんなお時間に」


 馬鹿丁寧な口調だが、どうにも慇懃無礼な印象をぬぐえない。

 ざらつくような、絡みつくような、そんな男の声でさえ、今は豪雨や雷鳴よりかはましだ。テンガロンハットの男は顔をぬぐうと不気味な男に向き直った。


「すまねえ、こんな雨で野宿も出来ねえし町も遠い。雨が止むまで匿ってくれねえか」

「それは、それは」


 男はぎょろりとした目玉はそのままに口だけに笑顔を浮かべて、テンガロンハットとマントの二人を嘗め回すように見てから、戸を大きく開けた。


「どうぞお入りください」


 二人は小屋に足を踏み入れた。

 戸が閉められ、豪雨と雷鳴が再び場を支配し始めた。



「冬が通り過ぎてから随分と経ちましたが、いやしかし、まだまだ夜は冷えます。毛布を出しましょう。濡れた服はほら、暖炉の横へ」


 不気味な男はてきぱきと毛布やらを用意して、外見よりは広い小屋の中をひょいひょいと歩きまわっている。

 帽子を脱いだ黒目黒髪の大柄な男は言われた通りコートやらベストやらを脱いで暖炉の傍へ掛けている。もう一人もマントを脱ぐと、その横へ並べる。銀髪に猫耳の、赤目の少女だ。


「恩に着るぜ」

「……ありがとう」

「いえいえ」


 毛布を手渡しながら、男は口元に再び笑みを浮かべた。


「こう言っては何ですが、この辺りは街道からも遠く、人も寄り付かぬ僻地。お二方はどのようなご用向きでこんな場所を訪れたのですか?」

「俺たちは賞金稼ぎさ」

「ほう」


 そう言われて、不気味な男は、左目だけで瞬きした。見ようによってはウィンクに見えなくもなかったが、この青白い顔の男の場合、それは壊れた木偶の様にしか感ぜられなかった。


「連続誘拐犯がここから先にある峠に逃げ込んだって話が舞い込んできてよ。『同業者』共に先越される前に飛び出したらこの様だ」

「なるほど」


 穴の開いたゴムボールから空気が抜けるような音で笑うと、不気味な男は首肯した。暖炉に当たっているというのに、まったくその肌に生気のようなものは現れない。


「あんたこそ、こんな場所に住んでちゃ不便じゃないのか? 木こりにも見えねえしよ」


 ガサツな返答をする男を、少女は注意するように肘で突いた。

 それを知ってか知らずか、やはり不気味な男は掠れた笑い声を絞り出すと、おもむろに立ち上がった。


「誰にも干渉されない仕事場なのです、ここは」


 そう言って、壁にかかっていたランタンに火を灯した。


「せっかくいらしたのです、ワタクシの仕事場をお見せいたしましょう」


 左目だけで、男は瞬きをした。



「……ッ」


 男の仕事場がランタンに照らし出されると、銀髪で猫耳の少女はビクリとその体を震わせた。


目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉目玉


 一面の目玉! 目玉! 目玉!


 碧眼も赤目も黒目も白目も複眼も、あらゆる眼球が部屋に立ち並ぶガラスの棚に収められている。


「壮観だな?」


 さしもの黒髪の男も眉を顰めて部屋を見渡している。ランタンの光を受けて、眼球たちが不規則に橙色の光を反射している。


「そうでしょう?」


 例の笑みをこぼして、不気味な男は愛おしそうに碧眼の眼球が収まっている棚を撫でた。


「ワタクシは義眼職人なのです」


 棚の間をゆっくりと歩き回りながら、義眼職人はそう言う。


「事故で目を失った者、訳あって人相を変えなくてはならぬもの。『相手の目の色が気に食わなかった』者。義眼の需要は少ないようで実はそうではありません」


 知らず知らずの間に、獣人族の少女は黒髪の男の毛布の裾を掴んでいた。一挙一動が監視されているようで不安になるのも、この際責められないだろう。


「だからワタクシは作り続けます。この美しい義眼を。決して本物ではありませんが、美しさという意味では限りなく真実に近いガラス玉! 嵌めた者に新しい真実を与えるこのガラス玉! なにせ、『目は口ほどにものを言う』のですからね」


 かひゅう。隙間風のようにまた笑って、義眼職人は振り返った。右目にランタンの光が反射してぬらりと光る。


「そうか」


 黒髪の男は興味なさそうに返答した。


「そいつはたまげた職人技だ。俺も職人の多い国の出身だから、あんたの意気込みってのはよくわかるぜ」

「それはそれは!」


 そんな言葉に気をよくしたのか、義眼職人の口は裂けるようにつり上がった。黄ばんで欠けた歯が覗く。


「なにせ、中々ご理解をいただけない仕事なので」

「そうかい」


 職人は再び来訪者二人のもとへ歩み寄った。少女の手に力がこもる。


「いやはや、孤独な職人の無駄話に付き合わせてしまったかな? 今丁度、シチューを煮込んでいたところでした。いい時間です、お夕飯でもいかがですかな?」

「実を言うと、小屋に入ったときから匂いで気付いてたぜ。気が気でなかったさ」

「それはそれは!」


 笑いながら、小屋の主と二人の客人は部屋を後にした。

 バタンと戸が閉まると、誰もいない部屋は暗闇包まれる。


 ビシャァアアアアアアアアアアア!


 一瞬の閃光。


 そのとき確かに、

棚に収まったすべての義眼が、

三人がくぐった扉の方を見据えていた。



食卓に並んだ二人の前に、義眼職人はそっと器を置いた。

湯気が立ち昇るその皿にはたっぷりとシチューがよそわれていて、体の冷えた二人にとってはこの上ないごちそうだった。

しかし……


「……」

「……」


 ぎょろりと、魚のお頭がシチューから覗いている。濁った眼球が二人を捉えて離さない。


「おや? お気に召さないようですかな?」


 義眼職人はわざとらしくそう言いながら、自分のシチューを食べ始めた。


「少し行ったところに川がありまして、そこで魚が獲れるのです」


 同じようにシチューに浮かんだ魚のお頭から目玉をスプーンでえぐり取ると、義眼職人はほとんどのシチューを口からこぼしながらも目玉を口へ入れた。

 にちゃにちゃと噛み砕く。


「そうか。それはいい」


 言って、黒目の男が躊躇しながらも、シチューを口に運ぶ。味は確かなものだったが、いかんせん先ほどのアレを見ては、食欲も失せようというものだった。

 男がシチューを口にするのを見て、ようやく少女もおずおずと皿に口をつけ始めた。


 デザートに葡萄が出たが、暖炉の明かりを受けて光るそれがどうしても眼球を想起させて、黒髪の男と銀髪の少女はそれには口を付けなかった。


「まだ、外は酷いな」


 黒目の男が暖炉に当たりながらそう呟いた。相変わらず雨と風は小屋を吹き飛ばさん限りに猛威を振るっているし、定期的に鳴り響く雷鳴もその間隔をますます縮めているようだ。

 ぴたりと黒目の男に寄り添った少女が、ふわりと小さくあくびをした。


「もうそろそろ寝るか」

「……うん」

「あいにく、空いている部屋は一つしかありませんので、お二方にはそこに泊まっていただきますよ」

「何から何まで悪いな」


 かひゅう。それは隙間風だったか、それとも義眼職人の嗤い声だったか。



 深夜。嵐が収まる気配はない。

 客室では赤目の少女が黒目の男にしがみつくようにしながら、同じベッドの上で寝息を立てていた。



 まだ微かに暖炉の火が残る居間で、義眼職人は肘掛け椅子に一人腰かけていた。

 先ほどまで常に顔に浮かべていたあの薄気味悪い笑顔は消え、まるで死体そのもののように彼は項垂れていた。

 不意に、その血の気のない顔面に動きがあった。

表情を変えたわけではない。

その飛び出しそうな右目が、項垂れた顔面からぼとりと床へ落ちたのだ。

ただの穴と化したその眼窩、義眼職人はしかし『物』のように動かない。

床へ垂れ落ちた職人の灰色の眼球は、本来視神経が伸びている辺りに付いた八本の金色の針を足のように使って、器用にも床に『立ち上がった』。


カリカリカリカリ……


ギョロギョロと瞳があたりを見渡して、眼球は床を蜘蛛のように『歩いて行く』。


不幸な訪問者が眠る客室へ……



 ギィ―――


 客室のドアが開かれた。ささいな軋音は窓を打ち付ける雨と小屋の隙間から漏れる風の音にかき消され、ベッドの上の二人には届かない。

 ドアノブから飛び降りた眼球がカサカサと蠢いて、ベッドの枕元まで這い上がる。

 二人は深く眠っているようだった。

 食い入るように瞳が二人を捕らえ、時々値踏みするように、選定するように、眼球は男と少女を交互に見比べている。

 

およそ一分後、眼球は黒目の男を『選んだ』。

ぐるりと枕元を這い回ると、眼球は男の右目に覆いかぶさるようにした。その細い針のうち二本で男の瞼を開くと、いよいよ残りの六本で男の右目の眼球をえぐり出そうと眼球は勢いをつけて襲い掛かった。


ビシャアァァァァアアアアアアアアアアアアアアアア!!!


雷鳴。


~~~~~


 カコンッと澄んだ音がして、俺は胸を撫で下ろした。

 床に置いてあったランタンに火を灯す。

 明るくなった部屋の中で、俺とミルヒはベッドの上で額の汗をぬぐった。

ミルヒの手の中には中くらいのビンが握られいた。


「ひやひやしたぜ……」


 心底そう思って、俺は透明なビンの中を覗き込んだ。

 ガリガリガリ……と未だにビンの中で眼球のようなものが暴れている。


「……きもちわるい」


 ミルヒがビンを押し付けてくる。あまり見ない表情だ。


「それで、本当にこいつなんだろうな? 賞金首『ザ・カ・ゾ・ニ=ギ・ゴ』ってのは」

「多分」


 俺はビンを受け取りながらそう訊いた。変な名前だが、それは『コイツ』が巨人族だかららしい。


「巨人族の義眼職人だって噂だからどんな奴かと思ったら、これは驚いたな」


 ビンに閉じ込められた衝撃によるものだろう、眼球の一部が欠けてしまっている。そのかけた穴の部分から漏れているのは、明らかに生物の血と内臓らしきものだ。


「自分を丸ごと義眼の中に『押し込め』やがったな。それで人様の眼窩に収まって脳味噌の主導権を奪っていたわけか」


 観念したように、ビンの中の瞳が俺の方を見据えた。


「技術も、発想も、まったく狂ってるぜ」


 ミルヒが呟いた。


「嵐が去ったら、ここをすぐに出よう」


 どうも一秒たりともここにはいたくないようだった。


「なんだ、怖いのか?」

「別に、テツが怖そうだったから」

「さいですか」


 俺がニヤついていると、ミルヒは爪を立てて両掌を向けてくる。


「なにか文句ある」

「ねえよ、ねえって」


 俺は誤魔化しながら、そして部屋の扉の方を見遣った。


「俺もさっさとこんなところからオサラバしちまいてぇがよ。その前に、あのおっさんをどっかその辺に埋めてやろう。そんな義理ねえけど、まあ、な」

「……うん」


 ミルヒは頷いた。


 どうやら、雨脚がすこし弱まってきたようだ。




獲得賞金:

 『義眼職人 ザ・カ・ゾ・ニ=ギ・ゴ』 20000000キャッシュ


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