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wanted.2 元医療助手クノー・フロイター(下)

 洞窟からもっとも近い病院もしくは診療所があるのはあの村だ。

 俺は額に汗を浮かべながらジープを繰っていた。マニュアル車なんて最後に運転したのは五年以上も前なので操縦できるか心配だったが、なんとかなるようだ。異世界の免許は持ってないが……


 細かいことは分からないが、ともかくあの村は俺達のような賞金稼ぎを高額の賞金で釣って、あの洞窟へ向かわせ、なんらかの方法で鉱石へと変えていたというわけだ。クノー・フロイターという男が本当にいるのかはともかく、少なくとももうこの世には存在しないだろう。村民の歓待ぶりに違和感があるのにもこれで納得だ。俺たちは救世主などではなく、ただの釣れた魚だったというわけだ。


「馬鹿にしやがって……」


 よって、俺達があの村に戻ったとして、ミルヒが治療を受けられるとは限らない。いや、むしろ秘密の露呈を恐れた村民どもに俺たちは殺されるだろう。つまり、村へ引き返すことは明白な悪手だというわけだ。

だが!

 ミルヒを放置して俺だけが助かるという選択肢は皆無だ。

 そして何より、ミルヒの純粋さを踏みにじったあの村の連中を、このまま許すわけにはいかない。それはなによりも優先されることだ。

 あの女医。レノと言ったか。あの女だけは俺達を引き留めてくれた。あの村も一枚岩ではないということだろう。

その希望に、俺はすがるしかない。


 

 村の近くに着いた。

 念のためにマスケットに弾を込めて、俺はジープを降りた。

 万が一のためにジープは村から直接は見えない場所に止めておき、ミルヒも後部座席に横たえたままにする。


「よし……まだ息はあるな」


 確認して、俺は村に足を踏み入れた。

 そしてすぐに気が付く。

 煙?

 村の中心でなにやら火が焚かれている。


「……」


 例の第六感が再び警鐘を鳴らしている。俺は駆けだした。

 村の家々に人間の気配はしない、村の中心に集まっているのだろう。

 なにか、なにか嫌な予感がする。

 小さな丘を越えていよいよ村の中心が視界に入った。


「!?」


 まさしく、嫌な予感は当たった。

 村人が大勢そこに集まっている。

 村の中心には木の柱が立てられていて、その周りに火が焚かれている。

 

そして木の柱にはレノが縛り付けられていた。


「てめえらァッ!!」


 怒号と共に俺が飛び込むと、村民どもは面食らったような表情をして俺を見ていたが、やがて村長が眉を顰めて一歩進みでた。


「あんた、生きていたのか」

「黙れ、さっさと女医をそこから下ろせ」


 問答無用にマスケットを村長の額へ向けて、俺はそう言った。そう言っている間にもますます火の勢いは強くなっている。まだレノの足元にも届かない勢いだが、悠長に構えている時間はないだろう。


「それはできませんな」


 それに比べて明らかに余裕がありそうな村長のその態度は、俺を取り囲む男衆の人数から来るものだろう。


「……俺を試すな。マスケットはあくまでも『表示』だ。こんなもんがなくてもテメエらなんて五秒でミンチにできるんだぜ?」

「それはそれは」


 辺りから嘲笑が漏れる。

 見ればミルヒに懐いていた子供も、母親と共にレノの処刑を『見物』に来ていた。怯えたような目つきで俺を見ている。


「……坊主、目ぇ閉じてな」


 びくびくと目を閉じる子供を確認してから、俺は一瞬の躊躇もなく引き金を引いた。


 轟音と破裂音がほぼ同時に響き、村長の頭はザクロのように飛び散った。

 辺りから今度は悲鳴が上がるが、そんなものはどうでもいい。どうせこんなもので済ますつもりはないのだ。

 一斉に俺を取り囲んでいた男どもが飛びかかって来る。まずは銃床で二人、いや三人はやれる。

 そう考えて俺がマスケットを構えたとき、ふと足元に奇妙な感覚を覚える。これは、地震?

 それだけではない。地中から轟音が鳴り響いている。

 

まずい! 

 

俺がその場から飛び退くや否や、轟音と砂埃と共に地面が炸裂した。


衝撃の中俺が目にしたのは、ミミズにトカゲの脚を付けたような超巨大な生き物が、大口を開けて地面から飛び出してくる様子だった。


頭(どこまでが頭かは分からないが)の七割を占める口には嫌に並びの良い歯が並び、目のような器官は見当たらない。粘膜に覆われた肌色の皮膚を見るに、典型的な『日の届かない』場所に住む生物なのだろう。


その場にいた村民の大半を一口で平らげた『ソイツ』は、完全に地上に姿を現して降り注ぐ午後の日差しに苦悶するように体を震わせた。すさまじい匂いだ。


「音か! エンジンの音を追ってここまで来やがった!」

俺は衝撃で地面を転がりながら毒づいた。なんて執念深い奴だ!


慌てて体勢を立て直して辺りを見渡すと、今の衝撃でレノが縛られていた柱が倒れて縄も緩くなっているのが分かった。

悲鳴を上げて逃げ出していく村民たちを、ソイツは上手く『聞き分け』て、もがきながらも一人、また一人とその口で噛み砕いていく。


俺は歯噛みしながら地面に倒れているレノを抱え上げると、村の入口まで駆けだした。

轟音と衝撃で意識が戻ったのだろう、俺の腕の中でレノがもぞもぞと動いた。


「……ぅう?」

「起きたか」

「あなたは……」


 怪訝そうな顔でこちらを見上げてくる。俺はまっすぐと走りながら、ミルヒの無事を祈っていた。


「寝起きで悪いが診てほしい奴がいる」

「ど、どういう……」

「説明してる暇はねえ。とにかく考えうる限り最悪の状況を想像してくれれば、それで正解だ」


 レノは俺を見上げて、そして村の奥の方を見て、顔を蒼くした。



 不幸中の幸いというべきか、ジープとミルヒは無事だった。


「これは……脳震盪かしら、出血自体は重傷じゃないわ。全身の打撲もあるけれど、命には関わらないわ」

「そうか、それはよかった」


 レノが後部座席でミルヒを診察している間、俺はマスケットに火薬と弾を込めていた。


「なにをするつもりなの」

「始末をつけるのさ」

「あんな化け物相手にそんなものじゃ役に立たないわ。それに、このまま放っておけばまた巣に戻るかもしれない」

「いいや」


 俺はレノの言葉を遮った。


「ここだけは引いちゃいけねえ」



 レノがジープを運転できることを確認して、俺は三度、村に足を踏み入れた。

 俺が戻らなかったら、『ミルヒが目覚める前に』村を離れるように伝えた。この村の惨状を目の当たりにしたミルヒの気持ちを察すれば当然だろう。


 村の中央で、アイツが村民だったものを貪っていた。


「トカゲ野郎! 俺の匂いが分かるか!」


 俺が叫ぶと、ソイツはビクリと反応して、そして俺に気が付いたように体の向きを変えた。


「喰ってみろよ! てめえにできるならな!」


 まるで挑発に乗ったかのようにソイツは、血に染まった大口を開けてこちらに突進してきた。

 俺は一つ二つと深呼吸をして、マスケットの銃床を右脇に挟んで、まっすぐと構えた。

 確実にアイツの心臓を狙える位置まで引きつける。

 

    10メートル

   5メートル

  3メートル

 2メートル

1メートル


 段々と近付いてきたソイツが、ついに俺を呑み込まんとしたとき、急速に世界が『遅く』なった。

 これは……

 一瞬走馬灯のようなものかと思ったが、違う。この心臓の脈動を、この四肢にみなぎる熱い力を、俺は知っている。


「なるほど」


 すっかりなりを潜めていたかと思ったら、そういうことか。

 奴は虎視眈々と、俺が死ぬ時を待ち構えていたというわけだ。いよいよ俺が窮地に立たされたという時に、俺の体を奪おうと、俺の心臓の中で画策していたというわけだ。


「させるかよ」


 お前は俺が生きるために飼殺す。お前の魂が完膚なきまでに消滅するまで、その力を絞りつくしてやる!


 真っ赤に染まった視界が、ゆっくりとこちらを覆い始めたトカゲ野郎の口内を、まるでレントゲン写真のように透かしていく。その奥に、形こそ歪だが、確かにトカゲ野郎の心臓が蠢いていた。


 俺はゆっくりと引き金を引いた。


~~~~~


 新緑が広がる大地を一台のジープが走り抜けて行く。

 ハンドルを握る男は、後部座席で少女が身を起こしたのに気が付いた。


「……」

「目が覚めたか」


 バックミラー越しに少女に視線を送りながら、男は微笑みのようなものを浮かべた。


「あれ……私……」

「今回は失敗だ」

「?」

「洞窟で俺を突き飛ばしただろ? あの後分かったんだが、あの洞窟にはどデカい魔物が住んでてな、人を喰っていたらしい。貴重な鉱石というのはそいつの排泄物だったというわけだ」

「……じゃあ、クノー・フロイターは」

「とっくに石ころってことよ」

「それは……」

「ともかく。俺たちの手に負えねえ案件だったってわけだ。村長には軍隊を申請するように言ってやったぜ。村の平和は、兵隊さんたちにお任せさ。まあ、村民は巨大な経済基盤を失うことになるだろうがな」

「……」

「生きてりゃ儲けもんだろ」


 少女は後ろから男の顔を眺めていたが、しばらくしてまた座席に横になった。


「あの子に、挨拶してから村を離れたかった」

「……」


 男は沈黙した。


「あんたが目え覚まさねえから、大きめの町を目指して早めに出なきゃならなかったんだ。悪く思うなよ」

「うん」


 少女はそう言って、そして変わらず涼やかな風の中、そっと目を閉じた。

 


獲得賞金:

 『元医療助手 クノー・フロイター』0キャッシュ



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