wanted.2 元医療助手クノー・フロイター(中)
納期を守れ(自戒)
洞窟へ向かうジープに揺られながら、俺は考えていた。
どうにも引っかかる村長の説明。不自然な村民の歓喜。女医の謎めいた忠告。この村に来てからというもの、魚の小骨が喉に引っかかったような感覚がずっと続いている。
「これ以上この村に関わらずに、踵を返して、なにも知らなかったかのようなふりをして、他の町へ行きなさい」
女医はそう言っていた。
ワケを訊こうにも、あの晩、それ以上彼女は何も語らなかった。
村民はクノー・フロイターを殺してほしいと願い、レノは何も言わずに立ち去れと言う。どちらを信じればいいのだろうか? ただし明確なのはクノー・フロイターは元医療助手であり、それはすなわち、レノの部下であったということを指す。
元部下を殺してほしくない一心で、レノは俺達を洞窟から遠ざけようとしたのか?
いや、しかし、女医の目はそうは言っていない。言っていなかったはずだ。
俺は結局女医の言うことを鵜呑みにできず、それをミルヒに伝えることもしなかった。
「……」
「緊張してる?」
俺が黙り込んでいると、運転していたミルヒがそう尋ねて来た。
「珍しく、厳しい顔してる。いつもは変な顔なのに」
「今ので傷ついたぞ~」
ミルヒは前を向いたまま、少し声を張り上げるようにして続けた。
「村のためにも、今回は絶対に成功させる」
「……そうだな」
引き締まったミルヒの横顔を見て、俺は小さく頷いた。
彼女は村を守る。
俺は?
★
「こりゃ立派だな……」
「うん」
ミルヒも素直に頷いた。
俺たちは村長の言う通りの場所にあった巨大な洞窟の前に立っていた。
盗掘団の件のときのあの地下神殿もそうだが、やはり人間巨大な物には圧倒される。
「この中にいるんだな、クノーとやらは」
「……まずは生け捕りにする」
金属製の鋭利な爪のついたグローブを装着しながら、真剣な表情でミルヒが呟いた。彼女は獣人族なだけあって身体能力は俺とは比べ物にならないくらいに高い。一々弾を込めて火薬を詰めて……なんてするよりも、確かに肉弾戦を挑んだ方が早いだろう。でもそれで生け捕りにできるんですか?
まあ俺はこいつを使うしかないが……
弾を込めたマスケットを肩に担いで、俺は洞窟へ足を踏み入れた。
~~~
その頃、村では……
「あら、どうしたのかしら?」
診療所にて本を捲っていたレノは、入口の方に人影を認めてその顔を上げた。農作業中に擦りむいたとか、そういう事だろう。
「……」
しかし入口に立った人間は不気味に沈黙したまま、診療所に侵入してきた。一人じゃない。
「……」
これにはレノも違和感を覚えたのか、その眼鏡の下の賢明そうな目を細くした。
村の男どもだ。
「先生よ。昨日の晩、あの賞金首の男と二人きりでなにか話してたよな?」
座っているレノをぐるりと囲むようにして、彼らは険呑な目つきで女医を見下ろしていた。
「……なんの話かしら?」
「とぼけるんじゃねえ!」
男のうちの一人が派手に机を蹴飛ばしたので、レノは思わず肩をすくめた。
「バロツもレットも見てるんだぜ。あんた、あの男になにか吹き込んだな?」
「……」
「なんとか言ったらどうなんだ!」
ついにレノの胸倉をつかんで、男は彼女を持ち上げた。もはやその目に理性は見受けられない。
「もし奴らが洞窟へ向かわずに、逆にこの村の秘密をばらしたらどうする? てめえもただじゃ済まねえぞ?」
「……私はどうにもならないわ」
「……あのボウズのための罪滅ぼしのつもりか?」
男がそう言った途端、眉を顰めて耐えていたレノの表情が豹変した。
「私は何も悪くないわ! あんたたちがッ! あんたたちが彼を殺したのよッ!」
烈火のように顔を赤くして、レノは喚き散らした。
「彼を殺して! その上で彼の死をエサにして! それで金を稼ごうなんて! じ、地獄に! 地獄に堕ちなさい!」
「……」
そんな声にも男たちはその冷酷で残忍で偏執した表情を変えることなく、ただ洞のような眼で女医を睨んでいた。
「今まで唯一の医者だと思って生かしておいてやったが、それももう今日までだ。明日、この村に新しい医者が赴任してくる」
男の腕がレノの喉に食い込み、徐々に力が籠められていく。
レノの顔が絶望に染まる。
じたばたと男の腕の中でもがくも、拘束を解くには至らない。
「お前はもう、用済みだ」
一際大きく暴れたあと、がくりとレノは脱力し、それきり動かなくなった。
~~~
「念のためにランタンを持ってきたが、こりゃもしかしたらいらんかもしれんな」
洞窟の中は想像よりも広かった。
適度に湿っていて、なんだか生臭くて、そして、洞窟の地面のあちこちに碧緑に光る大小さまざまな鉱石が転がっている。
日の光が届かないこんなところでも光って見えるということは、この光は鉱石の内側から生じるものだろう。こんな石を『向こう』では見たことがない。これが村長の言う「稀少な鉱石」なのだろうか。
「なあ、ミルヒ、コイツをいくつかちょろまかしてもばれないんじゃないか? こんだけ働いたんだからもしもばれたって村の連中も文句は言わねえよ」
「ズル、だめ。村の人に失礼」
「さいですか」
「ポケットに入れてるそれ、洞窟にもどして」
「……はいはい」
こっそり拾っていた鉱石をポケットから取り出す。我ながら完璧なスティールだと思ったんだがな。根がシーフなもんでね。
「集中しないと、やられる」
「わかってるって」
怒られた……
手持無沙汰に手にした鉱石を見つめていると、俺はそれになにか既視感を覚えるような気がした。この色、この光、どこかで……
それ以外にも洞窟には不自然な点がいくつかある。
まず、鉱石というからには地面に埋まっていたり壁に埋まっていそうなものだが、しかしここでは違う。すべての鉱石は壁から突き出しているのではなく、地面に転がっているものだ。地面から生えていたような痕跡もない。
また、地面のあちこちに服やら靴やらが散乱しているが、どれも村民が身に着けていたものとは違う文化のものだ。中には武器らしきものもあるが、それも農民が携帯するようなものではない。本当に人を殺すことを目的に使用するものだ。そう、例えば今の俺たちのような――
!?
全身に悪寒が走り、俺は立ち止まった。
おい。
おいおい。
おいおいおい。
おいおいおいおいおいおいおい!!
どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったんだ、俺は! もしかして異世界の人間は純粋で善良なのだと勘違いしていたんじゃないか? 俺は。いや、違う。俺はただ、油断していたんだ。盗掘団の窮地から脱出して、奴隷商人を上手く捕まえて、すべてが上手くいって、増長していた!
この鉱石、この碧緑の光!
まるっきり魂の色じゃないか!!
この世界においては仕組みや理屈なんて鼠の糞ほどの価値もない。
重要なのは、そこら中に転がっている鉱石の中には明らかに人間の魂が封じ込まれていて、そしてその魂が元は収まっていたであろう衣服や装飾品がゴミのようにその辺に遺棄されているという事実だ。その衣服や装飾品は誰のものかって?
クノー・フロイターを殺しに来た賞金稼ぎのものに決まってる!
「危ないッ!」
一瞬だった。ぼーっと突っ立っていた俺は、突然飛び込んできたミルヒに突き飛ばされて、洞窟の入口の方へぶっ飛んだ。
その刹那。洞窟の薄闇から現れた肌色のぬらぬら光る『何か』に突進されて、俺を突き飛ばしたミルヒは強かに洞窟の壁に叩きつけられた。
「ぐぁッ!」
小さく呻いて、ミルヒは地面に落ちて蹲った。
「……! 畜生がッ!」
ようやく我に返って、俺は薄暗い洞窟の奥の方に向かってマスケットをぶっ放した。
ズドォォォォオォオオオオオオオオオオン!!!
爆音が洞窟の中で反響して、『何か』は異様な生臭さをばら撒きながら洞窟の奥の方へ怯えたように這いずって消えた。
俺は慌てて立ち上がて、ミルヒの方へ駆け寄った。
「おい! 大丈夫か!?」
鉱石に照らされた意識のないミルヒの銀髪は、真っ赤な血に濡れていた。頭部からの流血だ。打ち所が悪かった!
呼吸は……まだある!
「クソッ!」
ミルヒを抱え上げて、俺は洞窟の入口へと駆けだした。背後にひしひしと『何か』の気配を感じながら。
ああ! 俺のせいだ!
俺がもっと早くに洞窟へ行くのを阻止していれば!
俺がもっと早く洞窟の異変に気付いていれば!
腕の中の少女の温もりが消えないように祈りながら、俺は洞窟を飛び出した。
入口に止めていたジープの後部座席にミルヒをそっと横たえて、俺は運転席に飛び乗った。見た目は車なんだから、俺でも運転ぐらいできるだろう。
鍵を回して、それから気づく。
確かにジープは向こうの世界のものと同じ機構のようだった。しかし――
「マニュアルじゃねえか!」