wanted.1 奴隷商人リカルポ (中)
世界観補完回です。なのであんまりお話は進まないかもしれません。
「いやあ、稼いだ稼いだ!」
思いきりジョッキをあおってから、俺は勝鬨をあげた。
「……調子乗りすぎ」
テーブルの向かい側ではミルヒがちろちろと牛乳を舐めていた。なるほど、|牛乳≪ミルヒ≫ね。
「案外楽な稼業だなあ」
「油断大敵」
ジト目でこちらを睨んでくるミルヒだったが、別に機嫌が悪いという事でもないようだ。
「だが予想外だったぜ、死んじまって、魂での引き渡しになるときは賞金が十分の一になるなんてな」
「無暗な殺生を防ぐため」
「悪党にも情けを、か」
「それだけじゃない。肉体がないと言葉も発せないし、罰則も与えにくい」
「なるほどなあ」
俺はもう一度杯をあおった。ビールに似た何かの味がする。
ミルヒに拾われてから三日が経っていた。
あの後ジープで荒野の外れにある町についた俺達は、すぐに警察組織らしき場所に向かい、瓶に詰まった魂を指名手配書と共に引き渡した。
警察どもの驚いた表情が忘れられないが、その後渡された金額の方に俺は驚いた。
70万キャッシュ?
桁が違うではないかと抗議したところ、ミルヒと警官に馬鹿を見る目で睨まれた。理不尽な。
どうも賞金首は殺してしまったら賞金が十分の一になるらしく、今後はどんな輩であろうと生きてお縄にかけないと損をするらしい。当然俺としても殺しは大変不本意なので、このルールは甘んじて受けるつもりだ。
さておき、半額の35万キャッシュを握りしめて、俺は上半身裸のまま荒野の町の仕立屋をまずは訪れた。
荒野と言えばウェスタン! ウェスタンと言えば賞金稼ぎ! 賞金稼ぎと言えば……!
そんなわけなのでボロボロのズボンの代わりにジーンズらしきものを購入し、それからシャツを三着、ベストを二着、それからコートを一着購入した。忘れずにシンプルななめし革のベルトを一本購入。
すぐさま仕立屋を出て靴屋へ。
ずらりと並ぶ、形も素材も様々の靴の中、俺はベルトと同じく革で出来た頑丈そうなブーツを一足買った。
これで一応全身の服装というものは整ったのだが、忘れてはいけないものが一つある。
俺は靴屋で支払いを済ませた後、向かい側にあった帽子屋へ足を運んだ。
「これだ!」
思わず声を上げて、俺は棚に並べてあった焦げ茶のテンガロンハットを手に取った。
頭に乗せて鏡を見ると、なんということだ、そこにいるはカウボーイではないか!
まあ中身が東洋人だから完璧ではないのだが……
それでも憧れのウェスタンスタイルに身を包んだこの興奮は抑えがたきものであり、俺は即決即断でそのテンガロンハットを購入した。まさか死んで転生した先の異世界で本当にイーストウッドになれるとは……
「死ぬ前にイーストウッドと名乗ったのは正解だったな!」
ん? もしあの時「マツコ・デラックス」と名乗っていたら……?
いや、考えないようにしよう。
俺は店を出た。
あともう一つ! あともう一つだけ、カウボーイに足りないものがある。
ガンショップに足を運んだ俺は、しかしその品揃えに首を傾げた。
西部開拓時代っぽい感じの町なのに、店に並んだ銃はどれも原始的な物ばかりだ。その最たる例は火縄銃だ。火縄銃もマスケット銃の一種類なのだが、それはその中でも最古参だ。ミルヒが怪物化した俺を撃ったというあのマスケット銃は火縄銃よりも先進的な『雷管式』といって、銃身の根っこの方から伸びた管の先に、縄の代わりに雷管を取り付けたもので、引き金を引くとそれと連動した撃鉄が雷管のお尻を強打。たまらず雷管が火を噴いて、管の先に詰められていた火薬に引火して弾が発射されるという仕組みである。
ついうんちくを披露してしまったが、これらマスケット銃はアメリカ西部開拓時代にはすでにリボルバー式や中折れ式の銃にその地位を奪われているはずだ。
やはりもっとも有名なのはコルト・シングル・アクション・アーミーだろう。カウボーイの代名詞だと言ってもいい。どうしてもそれがほしい。
未練がましく店の中をぐるぐると回っていると奥の方にガラスの中に厳重にしまわれている一丁の銃を見かけた。
「!?」
これだ! コルト! っぽいやつ!
異世界でもあったなんて!
「おやっさん! こいつを売ってくれ!」
一も二もなくそう叫んだ俺に対して、店主は冷ややかな表情を向けた。
「おまえさん、あまり金を持っているようには見えんなあ」
「なにおう。こう見えて20万キャッシュは持ってるぜ」
「20万? 20万でそいつを買おうとしたのかい?」
「え?」
俺はコルト(っぽいやつ)についている値札を見た。
「500万!?」
盗掘団をほとんど生け捕りにしてようやく買える値段だ。こんなことでは西部を開拓できないではないか!
「他の銃はせいぜい5、6万だろ。なんでこいつだけこんな高いんだ?」
「そりゃそうじゃろう。そいつは巨人族が丹精込めて打った貴重品。標人族にそんな精巧なものは作れん」
「いやこっちの人間はちゃんと作ってたぜ」
「……?」
ごねても仕方ない。巨人族なる種族がいるということにまず驚いたが、それよりも目の前にあるコルトが手に入らないことがショックだった。
なんてことだ! 銃のないカウボーイなんて……そんなのはバンズのないハンバーガーも同然じゃないか!
俺は悔しさを抱えたまま店を出た。
「じゃああのマスケットは貸してあげる」
「いいのか?」
宿の部屋に合流した後、ベッドに腰かけていたミルヒは落ち込む俺を見てそう言った。
「私、あんまり使わないし」
「なんで?」
「……獣人族の力があるから」
なぜか少し嫌そうに言うミルヒ。
「?」
「もしかして、知らないの?」
怪訝そうにミルヒは俺を見た。
といっても結構無表情なので、ミルヒから感情を読み取るのは難しい。
「あんまり……」
「……記憶喪失?」
獣人族の力とやらは、この世界においては常識中の常識なのだろう。だから俺の質問はミルヒにとって不自然なものだったに違いない。
「いや、俺は――」
この世界の住人じゃない。と、言おうとして、俺は踏みとどまった。せっかく親切に仲間にしてくれたのだ。おかしなことを言って警戒されるのは得策じゃない。どうせ信じてもらえないし。
いやでも、嘘を吐くのはどうか……。俺はもう泥棒稼業から足を洗ったのだ。不誠実なことはしたくない。
うーん……
「俺は、ものすごい田舎の出なんだ。閉鎖的な場所でな、そこには標人族(?)しかいなかった」
「…………ほんと?」
半目で俺を睨んでくるミルヒ。完全に疑われてる……
「ホントだって。嘘じゃない」
嘘ではない。
「どこなの?」
げ……
「……横浜」
思わず本当のことを言ってしまった。
「ヨコハマ? 聞いたことない」
「そりゃそうだろう。なにせものすごい田舎だからな」
「……」
「だからまあ、色々世間知らずなんだよ、俺は。いろいろ教えてくれ」
「……」
じぃーーーっと俺を見つめること五秒、ミルヒはジト目のままベッドにコロンと横になった。
「……わかった、とりあえず信じてあげる」
「ありがとう、師匠」
俺がおどけてそう呼ぶと、俺に背を向けたミルヒのしっぽがピクンッと動いた。
「師匠?」
ピクンッ!
「照れてるんですか?」
「……」
無視された……
可愛かったのでもっとからかっておきたかったが、しかし気になることがあるのでそれを優先する。
「なあ、師匠、早速教えてほしいことがあるんだけど」
「……なに」
ぶっきらぼうながらそう返答するミルヒ。
「見たところみんな馬やら馬車やらで移動してるんだが、あのジープって一体なんなんだ?」
ぶっちゃけオーパーツだ。町へ入ったときも奇異の目で見られたものだ。
「あれは、巨人族が造った魔力石で動く機械」
「また巨人族か……」
銃器店でのことを思い出して、俺は眉を顰めた。
「彼らは大地の加護を得ている。だから他の種族よりもずっと高い鍛冶の力を持つ」
「へえ……器用なんだな」
「……本当に巨人族も知らないの?」
「ヨコハマを舐めるな。やべえぞあそこは」
「……」
どうにも『異世界』要素を真っ向から受けると、カルチャーショックから呆けた回答になってしまう。
ミルヒに勘繰られて、俺は慌てて横浜を盾にした。
「ってことはあのジープ、相当珍しいものなんじゃないのか? なんであんなの持ってるんだ?」
コルトっぽい銃ですら500万キャッシュだ。車なんて想像もできない大金がなくては買えないだろう。
「……ヒミツ」
しかしミルヒはそれだけ言うと、それっきり黙り込んでしまった。
「さいですか……」
俺は仕方なく窓の外を見た、真っ暗闇だ。
異世界に来て初めての夜が、更けていった。