wanted.0 ギラン・ガロン盗掘団(下)
想像以上だった。
控えめに言っても神殿の中に収められていた金銀財宝はそれだけで国を一つ、いや二つ買えるほどのものだった。その光景は人間の本能にとって劇毒でしかない。獣耳共は歓声とも怒号ともつかぬ雄たけびを上げて扉の中になだれ込み、金貨の海を泳ぎ、王冠を被り、宝剣を掲げ挙げた。
俺は未だに門前に立っていた銀髪の猫耳の少女に声をかけた。
「行かないのか」
少女は無表情のままその赤い目でこちらをうかがうと、退屈そうにまた視線を外した。
「無欲だな。……今すぐにここから離れろ」
俺はそう残して、扉の中に足を踏み入れた。
「てめえの取り分なんざ、びた一文ねえぞ。下働きだからな」
金糸のローブを身に纏った熊耳がそう言った。さっきと言っていることが違う。まあ『泥棒の言うことは信じるな』だ。
「そんな冷たいことを言うなよ。一つだけ、一つだけだ。あんたの下での初仕事、その記念に取っておきたい」
「……ケッ。多めにクスねてみろ」
「『餌係』だろ? わかってるぜ、俺は居場所が欲しいだけなのさ」
俺ははしゃぐ獣耳共をよそに、宝物庫の奥へ進んだ。
馬鹿どもが。その金銀財宝は『罠』に過ぎない。まんまと引っかかりやがって、無様なことこの上ない。目くらまし、強欲さに賭けた罠!
部屋の最奥。地味な木箱。こんな目もくらむような財宝の中だとゴミにも劣るようなものだ。
箱を開くと中には短刀が収められていた。雑なようでいて、その実劣化を完全に防ぐよう加工された短刀だ。
俺はここに来るまで見た壁画を思い出した。
強壮な男が怪物を退治した後、男は短刀のようなもので怪物から何かを吸い取っていた。最初は鼻水かなにかだと思っていたが、あれは違う、間違いなく魂だ。男は怪物の魂をこの短刀に収めた。
厳重に短刀を神殿に封印した古代の人間は、馬鹿な盗掘家が不用意に封印を解くのを防ぐために大量の財宝を短刀と一緒に仕舞い込んだ。今回、それは十二分に効果を発揮したようだ。
だが、
俺は心中、古代人に詫びた。
すまないが、せっかく封印したその化け物を今から解き放たせてもらう!
グジュウ!!
両手で短刀を掴んで、俺は思いきりそれを自分の左胸――心臓に突き刺した。
「!! ぁぁあああああああッ! 畜生! 痛ってぇえ! ゴフゥッ! ガァ! クソが!」
短刀を伝ってとめどなく鮮血が流れ落ちる。肺を突き破ったせいか息苦しい。口からも血が溢れる。だが、だが!
死なない! あのときに感じた、全身が冷たくなる感覚! 凍るような心地! 止まりゆく生命!
今は全くそれを感じない!
心臓は早鐘のように打ち続け、体は燃えるように熱い! 視界は真っ赤に染まり、脳は激情に茹で上がる!
加速した意識によって相対的に時間が遅くなる。その中で、俺だけは正常に動ける!
真っ赤に染まった視界のなか、俺は振り向くと、宝剣を掲げていた獣耳に飛びかかった。右腕を振りかざすと、それは醜悪に形を変えて獣耳に襲い掛かった。
豆腐のように、宝剣も獣耳も『崩れ』ていく!
未だに腑抜けの顔で金貨の海を泳ぐ獣耳をミンチにすると、俺は自分の過ちに気づいた。
だめだ! 制御できない!
一回りも二回りも体が大きくなっているのに、まるで麻酔を打たれたかのようになにも感じない。冷静なようでいて、思考は殺意に支配されつつある。海の底にいるかのように音が響いて耳がよく聞こえない。この悪魔のような咆哮はもしかして俺のものなのか?
七人の獣耳を物言わぬ肉味噌に変えたところで、ようやく熊耳が動いた。ゆっくりと筋肉が隆起してシャツが破ける。
凄まじい反応速度とパワーだとは思うが、今の俺からしてみれば可愛いハムちゃんも同然だ。残念なことに熊耳は可愛いハムちゃんではないので俺も容赦はしない。右手の甲で熊耳に触れると、『乾ききっていないインクを手で延ばす』ように熊耳は滲んで消えた。
馬鹿め。だから泥棒の言葉を信じるなと言ったんだ。散々いたぶった男の「雇ってほしい」なんて言葉、どういう神経をしていたら信じられるんだ?
ついに宝物庫を血の海にすると、俺は宝物庫の前にぼうっと突っ立っていた少女に思いをはせた。俺の言う通り遠くへ逃げたのだろうか。流石にあの娘までこの手で葬り去るのは忍びない。
きっと、俺はもう『俺』には戻れない。短い第二の人生だったが、悔いはない。天に唾を吐いて、おかえしにゲリラ豪雨を食らった気分だ。気持ちがいい。これで終わりだ。
神殿を粉砕しながら飛び出し、俺は目についた獣耳の作業員を残らず消し飛ばした。足場を壊し穴を飛び上がったところで、
ズドォォォォオオオオオン!!
突然、なんだか最近聞いたことがあるような音がして、俺はなぜか意識を失った。
その寸前、目の前に銀髪で猫耳の少女が立っているような気がした。
驚くべきことに、目が覚めた。
どうやら荒野を爆走するジープの上にいるようだった。
すっかり夕焼けだ。空も大地も真っ赤に染まっている。
「!?」
慌ててきょろきょろすると、隣に人がいることに気が付いた。
「大人しく座ってて」
「あんたは……」
銀髪で猫耳の少女が、ゴーグルをかけてハンドルを握っていた。熊耳の横に侍っていたときはドレスのようなものを身に着けていたが、今は違う。ショートパンツにシャツという動きやすい格好だ。
ジープには屋根がないので、凄まじい向かい風に猫耳もぺたんと仰向けになっている。
「ど、どういうことだ? 俺は化け物になって……」
「心臓に刺さっていたナイフを破壊した」
短く返答する少女。
俺は自分の胸の部分を見た。あの時に服は破れたのだろう。俺は半裸だった。
心臓のあたりに醜い傷跡が残っている。
「完全にナイフを取り出す前に傷がふさがった。まだ怪物の力が残ってるかもしれない」
前を向いたままそう言う少女に、俺は混乱を隠せない。
「そいつは助かったぜ……」
「お礼なら足元のそれに言って」
足元?
俺は足元に立てかけてあったものに視線を向けた。
マスケット銃だ。
「あんた一体何者なんだ?」
「賞金稼ぎ」
そっけなく、少女はそう答えた。
「賞金稼ぎ?」
「『ギラン・ガロン盗掘団』、700万キャッシュ」
「……」
俺が黙っていると少女は左手でハンドルを握ったまま、右手で自分の足元を探って大きめの瓶を探り出した。俺に差し出してくる。
「これ、魂」
いや、魂って言われても……
確かに、瓶の中にはいくつもの蒼い人魂のようなものが詰まっていた。
「町で賞金と交換する。君にも半分あげる」
「なに?」
「君が全員殺した。でも私が君を助けた。だから半分」
「……なんで俺を助けたんだ?」
「私が死ぬかもしれなかったから」
「なるほど」
少女は瓶を再び足元にしまった。
「賞金稼ぎ、賞金稼ぎか」
俺は呟いた。どうにもこうにも、いよいよここは異世界のようだった。そして、俺はなんとか生きている。
「なあ、俺も一緒に賞金稼ぎをしてもいいか?」
「だめ」
即答だった。
「な、なんで?」
「一人で仕事をする主義」
「俺は足手まといにはならない」
「〈標人族〉は嫌い」
「俺は〈標人族〉なんかじゃねえ」
語気を強めた俺に、少女はチラリと視線を向けた。
「『人間』だ」
ガコンッ!
とジープが大きめの岩に引っかかって大きく跳ねた。
「うおっ!」
驚く俺と、無反応な少女。彼女の視線は再び荒野の先に向けられていた。
「頼むよ。身寄りがないんだ。賞金稼ぎとして一人立ちできるようになるまで助手をさせてくれ。長居はしない」
「『泥棒の言葉は信じない』」
「……」
自分で言った手前、反論できなかった。
これでまた見知らぬ土地に放り出されることになる。
果てのない荒野を進むジープの中、俺は表情を暗くした。
そんな俺をもう一度チラリと見て、少女はぼそりと言葉を発した。
「……一か月」
「え?」
「一か月だけ、助手にしてあげる。そのあとは、商売敵」
「いいのか?」
「少しでも怪しい動きをしたら八つ裂き」
「分かってる。俺は義理堅いんだ」
「……」
「よろしく頼むぜ。ええと……」
「ミルヒ」
「?」
「名前。みんなミルヒって呼ぶ」
「そうか。よろしく頼むぜ、ミルヒ」
「……よろしく。クリント・イーストウッド」
「いや、それは俺の名前じゃない」
ミルヒは呆れ顔になった。
「……ほんと、嘘ばっかり」
「いやこれは成り行きで……」
俺は取り繕って、一つ咳ばらいをする。
「不随だ。不随耀鉄。それが本名」
「嘘」
「本当だって」
「泥棒の――」
「もう泥棒じゃないさ。俺は賞金稼ぎだ」
少女は少し黙った。そしてこう言った。
「まずは下働きから」
「がってん承知だ」
ジープは加速した。燃えるような夕焼けを背景に、遠くの方に町の影のようなものが見える。
ここから始まるのだ。
俺の第二の人生が!
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