wanted.0 ギラン・ガロン盗掘団(上)
はじめまして! 初投稿です! よろしくお願いします!
若干冒頭にストレス要素がありますが、あとで後腐れなくストレスは解消します!
やられた。
残されたのは俺一人だ。
手に手に銃を構えて、俺よりもよほど質の悪い連中がその黒い穴を向けてくる。
囮にするならそう言ってくれればよかったのに、まったく、これでは完膚なきまでに裏切られてしまったとしか言うしかない。
やるせない。
寂しい。
まだはっきりと、お前はトカゲのしっぽだと言われた方が、元は蜥蜴の一部だった気がして暖かいのだが。
最期に俺が手にしているのはどこに価値のあるのか分からない黄ばんだ石板と、電池が切れかけて明滅しているペンライトだった。
「名乗れ! さもなければ撃つ!」
まるで映画のようだったが、しかしヒーローのごとく切り抜けられる訳もなく、よくよく考えればたとえ切り抜けても今さっき居場所は失われたので、俺は自分に向けられた無数の銃口に甘んじることにした。
俺は抱えていた石板を床に放ると、不敵に微笑もうとした。
「クリント・イーストウッドだぜ」
そう言いながら懐に右手を突っ込むと、すべての銃口が光って、そして俺は終わった。
前のめりに倒れながら、俺はピストルの形に握った右手と、俺の血を浴びてなぜかほのかに光り輝く、砕けた石板を見た。
目が覚めた。
と言っても、それほど心地のいいものではない。
どうも寝ているところに大量の水がぶっかけられたようだった。
「!? げほッ、げぇッ!」
慌てて上体を起こして辺りを見渡すと、目に飛び込んでくるのは汚れたズボンの脚だ。
俺は見知らぬ男たちに囲まれているらしい。
「名乗れ。でなきゃ今すぐ殺してやる」
「だからクリント・イーストウッドだっつってんだろ……」
そう言いながら声の主を見上げて、俺は言葉を失った。
薄汚れた、ガラの悪い男だ。それはいい、見慣れている。
ただその頭の上に犬の耳のようなものが付いている。
ぐるりと首を回すと、俺を囲んでいる男たちすべてに獣の耳が付いているではないか。
「で、クリント・イーストウッド。テメェ、こんなところで大の字になって寝てんのはどういう了見だ?」
リーダー格なのだろう。犬の耳のついた男が俺の胸倉をつかんで体を起こさせた。凄まじい力だ。
「みたところ〈標人族〉のようだな。どうしてこんなところにいる。偵察か? それともポリスか? 旅行者が来るようなところじゃねえぞ? おい」
男に抱えられてようやくあたりの風景に目が行くようになったが、俺はさらに肝を潰すことになった。
荒野のど真ん中だ!
アメリカの西部劇で見るような荒涼とした土地に、俺は居る。
遠くの方に異様に大きな穴が開いており、なにやら足場が組み立てられていて、大勢の人間が作業をしているらしい。
「何とか言ったらどうだ!」
横っ面を思いっきりぶん殴られて、俺は我に返った。
「俺は、俺は死んだんじゃ……?」
「ああ、今からな」
もう一発殴られて、俺は気を失った。
目が覚めた。
今回はなかなかどうしていい寝覚めだった。
起きた場所が鉄格子の中じゃなかったらもっとよかったのだが……
「……痛ぇ」
殴られた顔面が痛い。これで夢ではないことが証明されてしまった。
俺は上体を起こすと、辺りを見渡した。岩をくりぬいてできたスペースに鉄格子を取り付けただけの簡素な牢獄だ。牢の外にはカンテラがぶら下がっていて、牢獄の中はほんのり明るい。
服装は、あの時のままだ。しかしハチの巣になったはずの体には傷一つない。
「……どういうことだ?」
あの時、確かに俺は銃弾を浴びて死んだはずだ。間違いない。死ぬほど痛かった。だから死んだ。
それに、あの獣の耳が付いた男たち。突然の荒野。
「わからん……」
まるで異世界だ。人間、死んだら天国が地獄に行くもんじゃないのか? それとも、ここが地獄なのか。
混乱の極みだが、しかしどうやらどっこい、俺は生きているらしかった。
かつかつと、誰かが近付いてくる音がする。
「出ろ」
今度は虎の耳が付いた男だ。どうにも緊張感が薄れる。
ともあれ、俺は訳も分からず牢から出され、虎耳に引っ張られて階段を上がった。
地上に引き出されると、そこにはいくつかのテントが立てられていた。やはり見渡す限りの荒野だ。
「入れ」
一際大きいテントに蹴り込まれる。
勢いあまってテントの床に転がった俺は、立ち上がろうとしたところをテント内に控えていた獣耳共に抑えられた。
「紛れ込んだ〈標人族〉とかいうのはてめえか」
正座の姿勢になって顔だけを上げると、簡素な椅子にどっかりと腰かけた大柄な男が目に入った。あの耳は……熊?
「デンスはちぃっとばかし短気でな。少し頭にくるとすぐに殺しちまう。そいつはな、あまり『上手く』ねぇんだ」
おい、
と熊耳がそう呼びかけると、傍で控えていた猫耳の少女が進み出て来た。
荒野で目覚めてから初めて見る女性だ。銀色の髪に同色の耳。美しい作りの顔に一切の表情はない。
これほどの女性がなぜこんなところにいるのか。俺は深く考えようと思わなかった。
熊耳の持っているグラスに少女がなにか赤い液体を注ぐ。
「今からてめえの手の指を一本ずつ折っていく。全部折れたら足の指だ。その次は目。その次は……もうめんどくせぇから野獣どものエサだ」
俺を押さえていた男が、力ずくで俺の手を広げさせる。
まずい。
「質問は一つだ。てめえはどこの回しもんだ?」
「待て! 聞いてくれ! 俺はこの世界の人間じゃねえ!」
「折れ」
ペキン、といとも簡単に、俺の人差し指は手の甲の方へ折れた。
「ガァアアアアアアアアアアア!!!!!!」
思わず絶叫して身もだえするが、男たちがそれを許さない。
「クソどもがァッ! このクソ野郎どもがァアッ! 俺が! 俺が何したってんだよ! 死んだんだよ俺はッ! それでよかったんだッ! なんでわざわざこんな目に遭わなきゃなんねぇんだよクソッタレがァアアアアッ!!」
滅茶苦茶に激昂して、俺は喚き散らした。
しかしそれに対して熊耳は涼しい顔だ。
「さっさと吐けば楽にしてやる」
「だから知らねえつってんじゃねえかこのボンクラ!」
「折れ」
「ガァアアアアアァァァァアアアアア!!!!」
熊耳はどこからか取り出した薄汚れた石板を俺の鼻先へ突きつけて来た。
「この『鍵』がほしいんだろ? 言ってみろ、誰だ? 誰に頼まれた?」
「知るかそんなイシクレ!」
「折れ」
「ォォォオォオオオオオオオオオッ!!」
「これはな、正真正銘古代遺跡の隠された扉を開くための鍵だ。この石板だけでも相当な値打ちだが、その扉の向こうに隠された財宝の価値と比べりゃあ、カスみたいなもんだぜ。ん? どうだ? これが目的だろ?」
「何が古代の石板だッ! ただその辺の石に落書きしたもんだよそれは!」
「……何?」
「だからただのカスなんだよその石板は! カス! ゴミ! 役立たず! 理解できるか!?」
激昂したまま、俺はそう言った。それが『本物』なのか『偽物』なのかは、見ればすぐにわかる。それを包む空気が全く違う。
「……わけのわからんことを言って延命しようとしても無駄だ」
「てめえがその石板を取り出してからそこの犬の耳した奴が焦りっぱなしなんだよ! そんなことにも気づけねえのか!?」
テント内の視線が、先ほど俺を殴った犬耳の男に向けられる。
「デンス」
「……コイツの言う事を信じる気じゃないでしょうね、親爺」
熊耳は犬耳の目をしばらく見た後、目にもとまらぬ速度で裏拳を犬耳の顔面に叩き込んだ。それだけで犬耳の首がぐるりと二回転し、やがて犬耳は物言わぬ肉塊となった。
「この畜生のテントを調べろ。石板が見つかるはずだ」
俺をとりおさえていた男どもが短く返答して、そしてテントの外へ散っていった。
「気が変わった。もう少し楽に殺してやる。クリント」
「……」
右手を押さえながら、俺は熊耳を睨んだ。
その後、俺は再び牢獄に放り込まれた。よくわからない薬を飲まされてから指の痛みはすっかり治まり、驚くべきことに骨がくっつき始めてすらいるようだ。
一時的に自殺を考えたが、それも却下だ。
ここまで天の神様にコケにされてはもう黙ってはいられない。俺を虐げてきた不運に唾を吐くべき時が来たのだ。
生きてやる。何をしてでも、どれほど汚れても生きてやる。二度と運命には殺されない。
チャンスを待つことだ。
それが目の前を横切ったとき、俺はそれに噛みついて離さないだろう。
大丈夫だ。牙はある。
四日ほど経って、俺は牢から出された。
何も言われずただ地下の空間を上がったり下がったりしていると、やがて開けた場所に出た。
そこはまさしく地中に埋もれた巨大な神殿だった。
こんな状況だと言うのに俺はその威容に気おされて言葉を失っていた。
「もたもたするな」
虎耳に背中を蹴られて俺は神殿の中に入って行った。
堅牢な作りだったのだろう。完全に地中に埋まりながらもそれによる神殿の破損などは見られない。あちらこちらで壁が崩れたりしているのは、その形からして獣耳どもの爆破によるものだろう。
神殿内を歩いていると、その壁に描かれた絵に目が行く。
見るからに凶悪な風貌の化け物が人々を襲い、村を焼き、それはそれは暴虐の限りを尽くしている。そののちに他の人間とは違う装いの、明らかに強壮な男が弓を引いて化け物に立ち向かっている。情けない顔で許しを請う化け物に男は情け容赦なく短刀のようなものを突き刺して、化け物からなにか垂れた鼻水のようなものを吸い出していた。どういうことだ。
と、壁画はそこで途切れていて、なにやら巨大な門扉が立ちはだかっている。その前に数人の獣耳どもが集まっている。
「来たか」
腹に響く重低音でそう話しかけてきたのは熊耳だ。横には昨日テントで見かけた銀髪の少女が控えている。
「どうだ。すごいだろう。こんなものを地面に埋めておくなんざ、昔の連中はどうにもおつむが弱い。まあ、俺たちのために残しておいたんだと考えればそれはそれでありがたいがな!」
吠えるように取り巻きが嗤う中、俺は眉間に皺を寄せて熊耳を睨んだ。
「なんだ。俺にも財宝を分けてくれる気になったのか?」
グワア!
と熊耳が吠えた。いや、どうも笑ったらしい。
「構わねえよ。お前がこの扉を開けたならな!」
後ろ手に縛られていた紐を解くと、俺は門の前に突き出された。
「ほら、カギだ」
そう言って石板を手渡される。これこそは本物だ。
なぜ俺が開場の役割を言い渡されたのかは明白だ。こと宝物が隠されているような場所は何重にも罠が掛けられるものだが、その最後は必ずと言っていいほど『鍵』に託される。
開錠方法が分からない『資格無き者』は容赦なく最後の扉に処刑させる。
こんな大げさな神殿ならなおさらだ。
だからこそ、獣耳共は俺をスケープゴートにする気なのだろう。
俺は神殿の大扉に向き直った。ここで死ぬ気などさらさらない。
正方形の穴は一つある。
対して石板も一つ。
「どうした、さっさと石板をはめろ」
熊耳が急かすが、俺はそれを無視して意識を扉に集中した。
どうだった? 今までこの手の罠はどういう構造だった?
どうする? 俺ならどういう罠を仕掛ける?
たとえ、万が一、ここが異世界だとしても、この神殿を作ったのは人間のはずだ。獣の耳が付いていようとエルフだろうと、裸の猿が考えることなどどこも同じだ。
俺は石板を思いきり地面に叩きつけた。案の定、石板は神殿の床とぶつかって粉々に砕け散った。つい最近見たような光景だ。だが、未来は違う。
「てめぇ……!」
熊耳が激昂して腕を振り上げるが、俺は「待て」とそれを制した。
「よく扉を見ろ」
「アン? ……!」
見上げるような大扉は轟音と地鳴りを起こしながら、ゆっくりと開いていくではないか。
「石板は『鍵』ではなく『栓』だ。あれを嵌めれば永遠に扉は開かなかっただろう」
「やるじゃねえか……糞ボウズ」
「雇ってくれ」
「なに?」
轟音の中。俺は熊耳にそう言った。
「俺はフリーの泥棒だ。裏切られて荒野に捨てられていたところにあんたらに拾われたのさ。だから雇ってくれ」
「そんなもんを信じろと?」
「泥棒の話なんて信じるなよ。あんただって泥棒だろ。あんたが信じるべきなのは、俺の言葉じゃなく、俺のスキルだ。そうだろう? それに、あんたが裏切りなんて恐れるもんか」
「……」
熊耳は黙った。
扉が開ききるまでもう少しだ。
凄まじい砂埃の中、熊耳の唸り声が聞こえた。
「……いいだろう。まずは下働きからだ」
「恩に着るぜ。熊耳の旦那」
「次にそう呼んだら『餌係』だ」
ついに、神殿の門が開かれた。