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子爵と王都とおまけに令嬢。

書きためがつきた……だと!?

 翌日の朝早く。ロイスロッドは公爵一家に見送られ、屋敷を辞した。いつもならば、貴族会議の翌日の夜に行われる社交会などには出席しないのだが、公爵から、「お主とあれが親しい友人であるということを見せねばならぬ」という言葉に逃げられないことを悟り、目礼してそれに答えたのである。


 では、今から彼がなにをするのかというと、自らの商会の王都支店を回るのだ。規模からいって、第二本店といっても過言ではない。しかし、彼の直営ではなく、有能な商人に経営を任せていた。もちろん、その商人も所属上はストーク商会なのであるが。「もともとあった商会ごと取り込むけれど、経営は自由にしていい」というロイスロッドの命が王都のストーク商会にはある。


「最初はどちらへ?」


 そう聞く御者に「貿易商会」と伝え、一日慣れぬ公爵邸にいて緊張した体を休めるように椅子に深く腰を下ろした。


 王都の貴族街を出て数分後、煉瓦造りで建てられた建物へ到着する。港の程近く。商船から積み下ろされた商品が建物の裏の倉庫へ積み込まれている光景が広がっている、その場所に幸運を運ぶ(ストーク)貿易商会はあった。


 ロイスロッドがドアを開けて入っていくと、店員達が彼を迎える。「お久しぶりです、子爵様」や「お元気そうで、活躍は聞いておりますよ!」などといって、自らの統領に声をかける。ある意味貴族らしくない彼の雰囲気が、うまく人々と調和するのであろう。


「ジョルジュはいるか?」


「会長なら奥にいますよ!」と、荷物を運びながら店員が答えた。誰も彼も忙しそうに立ち働いているのを見て、ロイスロッドは速く本題に移った方がいいと考えたのか、速い足取りで奥にすいすいとすすみ、商会の奥へと進んでいった。商談を行う部屋を過ぎ、さらに奥へ。「会長室」と掘り込まれた扉にたどり着くと、「入るぞ」と声をかける。


 「は!? 統領! どうぞどうぞ!」


 貴族らしくない貴族らしくないと繰り返し書いてはいるが、このようなあたりは貴族らしい。


 ロイスロッドがドアを開けると、そこは高級木材を使用した家具を据えた、品のいい部屋であった。その中央で忙しくなにかを計算しているのが、ストーク貿易商会の王都本店を取り仕切る、ジョルジュ・ペスカーラである。


「忙しそうだな。どうだ、取引はうまくいっているか?」


「概ねは。ただ、我々の商会が作った絹布はまだまだ舶来のものには敵いませんな。この前斜文織にしたやつを見たんですがね、あのぐらいまで育てるには、まぁ大変でしょう」


 直接交易しているものもあるが、中継貿易で莫大な利益をあげている部分も貿易商会にはあった。もし、自領で生産できそうならばほかのストーク商会と協力し、生産し、売れ。しからずんば交易で手に入れろ。やや乱暴な趣であるが、貿易商会にはそういう気風がある。


「統領が欲しがっている燃石や硝石は北方まで内海を昇っていかなければなりませんが、かわりに葡萄酒(ワイン)や南で手に入れた珍しい豆類が高値で売れますから、儲けとしてはでかいです。積む量が多いので、どうしても現金ではなく手形の取引になりますが……」


「いつの時代も、新しいものは様々な意味で高くつく。しかし、効果はでかいぞ」


 蒼玉色(サファイア・ブルー)の瞳を輝かせて、若き商会の統領(トップ)は夢を語る。多分に鉄臭い夢ではあるが。


「戦争でも起こすつもりなのですかな、統領」


 子どものように夢を語る自身の上役に対し、ジョルジュはぶすり、と釘をさす。商人にとって戦争とは儲かるものであるが、当人が戦争に巻き込まれてはたまったものではない。


「まさか。私の領地は南、東の貿易地点になっていることはわかるな? その理由で財貨を狙う連中の多いこと多いこと。一体誰の差し金なのやら。それと、色々後ろ暗い商人も開拓地ということで集まってくるゆえ、必要不可欠だ、それがわからぬ貴様ではあるまい」


 子どものようだった目がどこか冷たく変わる。サファイアの瞳が北の氷河のような冷たさを覗かせる。それは、施政者としての姿勢であったのか、それとも感情的な義憤だったのか、ジョルジュには皆目見当がつかなかった。しかし、この氷のような一面とともに、自身(ジョルジュ)が忙しいだろうと滋養強壮に効くという蜂蜜酒を樽で送ってくるような、そういう面もあることを、王都の商会長は知っていたのである。


「なにか統領にお考えがあるならば私は何も申しませんが……。何かあれば申しつけてください。できる限りお答えしますよ」


「ああ、頼りにしている」


 あとは、取引の話をしていた。うずたかく積み重ねられた帳簿をジョルジュが引きながら、どのような商品が王都では人気なのか統領(ロイスロッド)に語って聞かせた。その本人は、いくつかは手元の紙に書きつけながらときおり質問し、どの程度の値段で売るのかを考えているのか討論をし、逆に王都で売れている菓子をこちらに積んで来い、と指令をだす。それは一見商会同士の商談であり、一方で出入りの商会に注文をする貴族のようでもあった。


 子爵は貿易商会を出て、次はストーク織物商会へ向かった。そこで話す内容は、貿易商会で問題であった舶来の絹と、自身の領地で生糸を使った絹。それとどの程度差があるのかそういった点を見ていくことだった。絹織物をより上質にしていくノウハウは、東の海上貿易から手に入れていくしかないものである、という結論になったのである。自身の領内で作っているものと舶来品の絹では、まだまだ前者は弱い、という認識だった。もちろん、作成のノウハウがある以上、ほかよりは有利なことは変わりないのだが。




 ロイスロッドがそうやって自身のいわば縄張りを回っているころ、内意としては婚約者、表面的には親しい友人である、サリナ・フォゼリンガムはどうしていただろうか。彼女は、家庭教師の教授を受け終え、貴族の中でも良識派とされる人々の集まるサロンへ行こうか、というところだった。途中まで、護衛とついでに家庭教師もついてくる。


「キャスリオン、あなた確か……財政に詳しいのよね」


 品のいい浅葱色のドレスに身を包んだ公爵令嬢は、男ならば思わず呼吸を忘れるほどの美しさだった。そこに、14歳からの想いを遂げる相手が目の前に現れ、しかも向こうも自分に対して好意的であるという、自分にとっての良い知らせが昨日あったし、その本人は自分に対して遠慮をしているようだったが、両親の話を聞く限りでは好感触だった。


 その好意というものが、サリナ・フォゼリンガムがロイスロッド・コンウェイに対して抱いているものと違ったとしても、必ず同じ感情にさせてやる、という決意が秘められていたに違いない。初恋が実らないなど知ったことか、といわんばかりに気炎を上げていた。


「お嬢様、いきなりどうなされました? 私めにはいきなりすぎて話がわかりませんぞ」


 肩眼鏡に、白髪を後ろに撫で付けた壮年の男が答える。経済、財政について学びたい、と公爵夫妻に無理を言って派遣させた学者の1人であった。


「あなた、自身の腕を振るいたくない?」と公爵令嬢。


「私めがもう教えることは必要ないということですかな?」


 怪訝な顔をした家庭教師に「そういうことじゃないわ」と一言言って、公爵令嬢は話を続けた。


「あなた、コンウェイ卿のところで働いてみない? あの方、財政とか税制とか色々大変らしいから」


「コンウェイ卿と申しますと……ああ、あの方ですな。似たような研究をしていた同好の士が財務総監をやっております。その縁で何回かお話させていただいたことがあります」


 懐かしい記憶を思い出すかのように遠くを見て家庭教師はそう述べた。あのときのコンウェイ子爵はいくつだったか……。まだ20歳にもなっていなかったはずだ。彼は、自分に税制についての意見を求めてきたはずだ、とキャスリオン王国騎士は思う。


「なら話は早いわね、紹介状を書いてあげるから行ってらっしゃいな」


「はぁ!? お嬢様の家庭教師はいかがするのですか!?」


「私がそっちに行けばすむことだわ。それくらいの小遣いはもらっていますのよ」


「いえ、そういうことではなく……」


 このような突拍子もないことを考えるのは父親グレゴリー・フォゼリンガムに似ているとみえる。そしてその考えが周囲の人間を巻き込むことも。


「私と子爵は親しい友人。友人の領を訪ねることになにかおかしいことがあって? キャスリオン王国騎士?」


「は、恐れ入ります」


 美貌に嫣然とした笑みが浮かぶとここまで恐ろしく思えるものか。彼女がいわゆる悪徳貴族ではなくても恐ろしさでさっさとここを逃げ出す必要があるかもしれん、と家庭教師(キャスリオン)は思った。


「もう馬車に乗り換えます。ありがとう、キャスリオン。紹介状は王都の社交会が終わった後に子爵にお渡しするから……そうね……10日もすればあなたに返事が届くでしょうから、待っていなさい」


「は、仰せのままに」


「今日もご苦労様。あなたの智恵に感謝します、キャスリオン」


「もったいないお言葉」


 公爵邸の広い庭を通って馬車が貴族街の方へ去っていく。それを見越して、キャスリオンは踵を返した。


 公爵の自室にて、キャスリオンとグレゴリー・フォゼリンガムが対面している。


「で、どうされるのですか。公爵閣下」


「お主が良いなら私は何も言わん。あの男のためにもなると私は思う。お主をダシにしてあの男に会いたいだけだろうがな」


 ふふふふ……と笑いをこらえきれないように公爵が笑う。それは娘の恋を応援するかのようであった。


「では、私はこれで失礼させて頂きます」


 キャスリオンは公爵に一礼すると、公爵邸を辞し、自邸へと向かった。その脳裏には、助言を求めてきたときの蒼玉色(サファイア・ブルー)の瞳が浮かんでいた。


「ふむ、おもしろくなりそうだ」


 そうつぶやいたのは、自身の力を振るえるからか、それとも、若い2人の恋模様を近くで見られるからか。どちらなのかは、キャスリオンのみが知る。


ここまでお読みいただきありがとうございます。恋愛小説は初めての試みですので、温かく見守っていただけたら幸いです。

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