090 亡霊たちの代表
声が聞こえる。何十もの声が重なっているのに、不思議とその一つ一つが聞き取れる。しかしどの声も言っていることは大差ない。殺せ、潰せ、報いを、そんな内容ばかりだ。
正常な精神の人間がこんな声に囲まれ続ければ、頭がおかしくなりそうだが、クロにはむしろ心地よい。
死者たちの、嘘偽りのない本音の殺意。取り繕って本音を隠す生者より、クロにとっては余程好意的に感じられた。
・・・人間の本性なんて、こんなもんだよな。
復讐は何も生まない。人を殺すのはいけないことだ。口ではそう言っていても、死者となり、後先考える必要がなくなれば、誰だって殺したい者くらいいるだろう。ましてや自分を殺した仇となれば、復讐しない理由がない。
そんなことを考えながら、クロは悠然と戦艦内を進む。銃を構えた帝国兵が襲って来ようと、ゆったりと余裕を持って歩く。もはや防御の必要すらないとわかっているのだ。
「ここで仕留めるぞ!撃て!」
数人の帝国兵がクロに銃撃を浴びせるが、クロは怯む様子すらない。頭だけを宙に浮かせた盾で守りながら、ゆっくりと歩く。
銃が効かないクロを見た帝国兵が唖然として銃撃を止めたタイミングで、クロは左手で壁に触れる。
「それいけ。好きに暴れろ。」
クロの声に応じて、数人分の声が、クロから離れる。そしてその声について行くように魔力の一部が壁に流れた。
その直後、壁の鉄板が突然裂けてめくれ上がり、まるで紙屑のように引き千切られる。そうして数枚の歪な鉄板が壁から分離すると、それらは宙に浮き、一旦静止した後、高速で帝国兵に襲い掛かった。
「ひっ、ぎゃあああ!」
「なんだこりゃ、あぶぅあ!」
鉄板が帝国兵の体に次々と突き刺さり、切り裂き、潰し、血と肉片と内臓を撒き散らす。
むせかえるような血の臭いの中、真っ赤に染まった通路を、クロはまた悠然と歩く。先程の鉄板は獲物を求めてどこかへ飛んで行った。
・・・もう30人くらい見送ったが、まだ50人以上いるな。いや、増えている?
クロに聞こえる死者の声は少しずつ増えており、比例して、いやそれ以上に魔力も増加していた。
増えた声に耳を傾けると、聞き覚えがある声がある。
・・・この声は・・・なるほど。獣人たちだ。戦死した王国兵の亡霊まで巻き込み始めたか。
戦死した王国兵には手練れの魔法使いが多数いる。当然、一人一人がもつ魔力は帝国兵の数倍になり、それがすべてクロに合流する。いまやクロは数百人分の魔力を持つ状態になっていた。
亡霊を従えて死を振りまくその姿は、正真正銘の化物と呼べるだろう。
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その頃、艦橋では恐怖が蔓延していた。何しろ伝声管からは次々と断末魔ばかり聴こえてくるのだ。状況報告すら乏しく、船員達が何をされているのかすらわからない。
「に、に、逃げた方が・・・」
「どこへだよ・・・」
艦橋から出るルートは、階段のみ。一応外に梯子もあるが、降りている最中に接敵したらと思うと、とても使えない。まさか飛び降りるわけもいかず、逃げるにはここへ向かってくる死神、もとい<赤鉄>が昇って来るであろう階段を下りるしかなかった。今行けば、高確率で階段の途中で鉢合わせだ。断末魔が聞こえる位置から、もう近くまで来ているのはわかる。
今ほど空を飛びたいと思ったことはない。魔法を否定する帝国の将官でありながら、今すぐに空を飛ぶ魔法が使えるようにならないだろうかと願ってしまう。だが、当然、そんな願いは敵わない。なお、一般的な魔法使いが飛行魔法を習得するのには、長い訓練を要するため、たとえ彼らにその才能があったとしても、やはりここでは使えないだろう。
「がはっ、くそお・・・」
そんな部屋の外から、兵士がやられた声が聞こえた。緊張が走る。
少将は拳銃を構え、指示を出す。
「扉を開けたと同時に撃ちまくれ。」
「はっ。」
敵に聞こえないように静かに指示を出し、汗で滑り、恐怖で震える手を力任せに抑えながら、全員が扉に銃を向ける。
そして重厚な扉が動いたとき、部屋の中の兵士たちはすぐに撃とうとしたが、予想外の出来事に、発砲のタイミングを逃してしまった。
なんと扉はドアのように開くのではなく、接続部分が引き千切られてまっすぐ、閉じた状態のまま前進して来たのだ。
ギギギと嫌な音を立てながら、重厚な鉄製の扉が外される。そして完全に壁から分離した瞬間、急にその扉は加速。前方にいる2人の兵士にぶつかった。
「がっ!?」
「ぶはっ!」
そんな声を上げて、扉が当たった兵士は、扉と共に窓を突き破り、外へと落ちて行った。落下中の悲鳴と、甲板に落下した瞬間の断末魔が聞こえる。
呆然となった艦橋の生き残りたちの前に、ゆっくりと黒い服を着た黒髪の男が現れる。右手には納刀した剣。剣を抜くことすらなくここまで来たとでも言うかのようだ。しかし多量の返り血を浴びており、ここまで船員達を何人も殺して来たのは間違いない。
その男がゆっくりと発言する。
「亡霊たちを代表して、参上した。<赤鉄>、クロだ。・・・艦長は、あんたか?」
「ひっ!?」
クロと名乗った男は、無機質な瞳で少将を見据える。目が合った少将は、まるで剣を首元に突き付けられたような、銃口を向けられたかのような恐怖を覚える。戦場で武功を上げて来た、肝の据わった少将でさえ、死の恐怖には耐え切れない。小さく悲鳴が漏れる。
それでも、可能な限り毅然と。部下の前であることが、逃げ出したくなる少将の弱い心を抑え込む。
「ぼ、亡霊だと?何を馬鹿な・・・」
「そうだ。で?艦長はあんたかと聞いている。」
亡霊などバカげている。そう言おうとした少将の言葉を遮って、何という事も無い、というようにクロは肯定する。
魔法が存在するこの世界でも、霊の存在は懐疑的だ。魔法の専門家ですら、いるかどうか怪しい、といっているものを、科学第一主義の帝国が信じるはずがない。
・・・こいつは頭がおかしいのか?くそっ、こんな狂人に!
少将がそんな感想を思い浮かべたところで、クロが呆れたように溜息をつく。
「答えないならYesととるぞ。あんたが艦長。もうそれでいい。・・・行け。」
クロのその言葉と共に、突然部屋中の壁や床の鉄板がめくれ上がって千切れ飛ぶ。さらには壁の中の配管まで折れて曲がって、暴れ始めた。
「「ああああああ!」」
突然襲い掛かって来た壁や配管に、次々と兵士たちが捕まり、殺されていく。兵士たちは必死に襲い掛かる鉄板に銃を撃つが、当然、鉄板は軽く変形するだけで止まらない。叩き、斬り、潰し、抉る。あっという間に艦橋は血の海になった。
そんな中で、少将だけが無傷で残っている。
・・・なぜ私には襲って来ない?
そう思った少将へ、いつの間にかクロがすぐそばまで近づいて来ていた。驚いた少将は咄嗟に拳銃でクロの胸を撃つが、銃弾は羽織ったコートで止まった。
「防弾か!」
「まあ、そうだな。」
防弾でも普通は銃撃など受ければ吹っ飛ぶのだが、焦る少将はそんなことに気付かず、クロもわざわざ訂正しない。服が防弾なのは事実だからだ。
「ならば!」
少将はクロの頭を打つ。銃弾はクロの眉間に命中したが、皮膚を傷つけただけで止まった。そしてすぐに銃弾はポトリと落ち、傷はみるみる塞がっていく。
「な・・・!」
「無駄だよ。」
絶句する少将に、クロが淡々と言う。まるで効いていないことが声からわかる。
気がつけば部屋の中は静かになり、少将とクロ以外立っている者はいなかった。
少将が思わず後ずさりをしたとき、それを待ち構えていたように床がめくれ、配管が2本飛び出して来た。そして鉄製とは思えない柔軟さで少将の両脚に巻き付いた。
「うおっ!」
少将はバランスを崩してふらつくが、その両手を何かに掴まれる。見れば、両腕にも天井から飛び出した配管が巻き付いていた。
そこで少将は自分が捕らえられたのだと気がつく。両手両足を拘束された状態。これからされることが想像できた。
「わ、私を拷問する気か!何が望みだ!」
クロは一瞬キョトンとした顔になるが、すぐに笑い始める。
「ああ、それもありか。捕虜として帝国の情報を教えてもらうってのもありだな。」
「では!」
捕虜ならば生き延びる可能性がある。少将はそう思って食いつこうとした。適当な情報を流して、捕虜になろうと考えた。だがその希望はすぐに潰える。
「だが、あんたはダメだな。こいつらが許せないそうだ。」
「こいつら?」
「今、あんたの手足を縛ってる奴らだよ。あと、艦内で残敵掃討してる連中と、俺の周りにいる奴ら。」
少将は天井から延びる配管を見るが、ヒトの姿は見当たらない。
「何を馬鹿な。誰もいないではないか!」
「いや、いるよ。見えてないだけで。」
「何とも愚かな魔法使いらしい妄言だ!見えないものをまるで存在するかのように妄信しおって!」
「いや、魔力は見えるだろ。・・・ああ、あんたらは使えないから見えないのか。」
帝国の上流階級は、もう生活魔法すら使っていない。そして、魔法は幻想であるという教育も始まっていた。炎魔法は火炎放射器や爆弾。水魔法や土魔法による攻撃はただの自然災害。そんな感じで教育し、帝国が世界を統一して魔法を排斥した暁には、その思想を普及させて、魔法の存在自体をなかったことにする予定だ。
少将は前線で戦った経験があるから、さすがに魔法が存在しないとまでは言わないが、教育された思想と言うのは根強く、魔法使いを妄想に囚われた者と見ていた。
クロは少し悩んだ後、何かに気がついたように横を見る。少将もつられて見るが、そこには何もない。しかしクロはまるで誰かとの会話の続きであるかのように話す。
「ああ、できると思う。じゃあ、ちょっと代わってみるか。」
クロはそう言って右手の剣を近くの計器に立てかけると、両腕を下げて力を抜く。
すると、数度の瞬きの後、目つきが変わった。世に希望など幾何もなしという暗い目つきから、普通の目つきになった。こうなると、どこにでもいる平均的な人間に見える。
クロは物珍しそうに自身の両手を見た後、前を見て、少将と目を合わせる。少将はその眼をどこかで見たような気がした。
すると、少将はそこで信じられないものを聞くことになった。
「お久しぶりです。ロナルド大佐。・・・いえ、今は少将でしたか。」
「に、ニール少尉?」
クロの声は全く別人の声に変っており、その声をロナルド少将は聞き覚えがあった。
ニール少尉は一度部下になったことがある、優秀な男だ。頭が切れ、決断力がある、現場指揮官として模範的な兵士だった。
「ええ、少尉です。まだ少尉ですよ。そして、少尉のまま死にました。」
その言葉に、ロナルドは裏の意図を読み取る。途端に冷や汗が噴き出し、冷静さを失う。
「まさか、アレのことを恨んでいるのか?い、いや、あれはだな・・・」
「そう慌てずともいいですよ。あなたの出世について僻んでいるわけでも、私が出世できなかったことが悔しいわけでもありません。」
ニールは恨んでいないと言うが、ロナルドは弁明を続ける。
「一昨年の秋の撤退戦のことだろう!?貴官の部隊を置いていってしまったとこは謝る!だが、そうしなければ全滅する恐れもあったのだ!申し訳ないが、貴官の部隊を囮にする他なかった!」
「そうですね。実際、あの撤退戦で私が生き残れたのは奇跡と言えるでしょう。」
2年前の撤退戦。ロナルド大佐が所属する軍団は、快進撃を続けていた。フレアネス王国軍を蹴散らし、次々と進軍。ところが調子に乗って突出したところへ、早めの降雪。しかも積もってしまい、輸送機関が急にマヒしてしまった。
慌てた軍団はすぐに引き返したが、当然、王国軍の追撃を受ける。その殿を務めたのはロナルド大佐の大隊だった。そして公的には、ロナルド大佐は見事殿を務め、その功績で出世。安全な後方へと転属された。
ところが、事実は少々異なる。実際に殿を務めたのは、大隊の中のごく一部。ニール少尉を含む数個の小隊だけだった。ロナルド大佐は彼らを残してさっさと後退。本隊を退かせて敵を誘い、少数の伏兵に攻撃させる。作戦としてはいいが、伏兵となった小隊の生存は絶望的だ。敵地に補給もなく取り残されるのだから。しかも相手が獣人となれば、伏兵は悪手。索敵能力が高い獣人にあっさり見破られ、伏兵はただの囮となった。
「そして奇跡的に帰還した私がどんな目に逢ったかおわかりですか?必死に働き、奇跡の生還を果たしたのに、誰も待っていてはくれなかった。私たちが最後まで残って戦っていたことを、誰も知らなかったのです。それどころか、遅刻扱い。もちろん、恩賞なし。なぜああなったのでしょうね?」
「それは・・・その、まさか・・・」
「まさか私たちが生還すると思っていなかった?だから、殿を務めたのは自分達だと報告して、我々については報告もせずに?自分達は戦わなかったくせに。」
そう、その撤退戦で戦ったのは、結局囮となった者たちだけ。王国の追撃部隊は一斉に囮だけを集中攻撃し、ロナルド大佐の本隊には見向きもしなかったのだ。それは王国側からすれば当然。伏兵として伏せていた兵を無視して前進すれば背後を突かれる。ならば、伏兵をせん滅してから前進するのは当たり前だ。十分な人数がいれば手分けすることも可能だったろうが、王国軍は寡兵。故に追撃部隊は少数精鋭だった。
しかし少数とはいえ数十人はいる。ニールの小隊は森の中で10人の手練れの獣人に囲まれ、結果、逃げおおせたのはニールを含め2人だけ。他の小隊は誰一人生還できなかった。しかしニールと彼らの奮闘のおかげで、たった数個の小隊で、軍団が撤退するまでの時間を稼いだのだ。間違いなく勲章ものだっただろう。誰かがその手柄を横取りしなければ。
「まあ、先に申し上げた通り、そのことはいいのです。そこまで出世に執着していたわけではありませんし。ただ・・・あそこで出世していれば、こんなところで捨て駒にされることはなかったのでは、と思うとね。」
「ううっ!」
クロの体で、ニールがロナルドを睨む。その眼には確かな憎悪の感情が浮かんでいる。
「そして、今回も、あなたは我々を死地に捨てた。私にとってはこれで2度目です。もう、看過できない。」
「ま、待て・・・」
「私だけではない。ここで死んだ、全ての者たちに、貴方に復讐する権利がある。手段は彼が与えてくれた。」
「待て!い、今からでもお前の出世に口添えしよう!撤退戦での手柄についても、私が申告してもいい!だから・・・」
それを聞いたニールは苦笑い。
「今更、出世?死者に何を言っているのやら。どうせ何もなくとも2階級特進でしょう。死んだ我々には関係のない話ですが。」
それでもロナルドは説得を続ける。
「今、私を殺せば、反逆罪だ!その2階級特進もなくなるぞ!お前の家族にも累が及ぶ!」
「それは困りますね。」
「そうだろう!私を見逃せば、罪には問わん!」
活路を見出したとばかりにロナルドは捲し立てる。しかし。
「心配いりません。ここで生存者がいなければ、私たちがやった証拠も何もない。彼も我々の処遇については興味がないようですから、彼から漏れることもありません。」
ニールはクロにとり憑いた時点でクロの内心も感じ取っていた。クロはニールたちに同情して手を貸しているが、それまで。クロが興味があるのは復讐者だけであり、人間としてのニール達には一切興味がない。むしろその復讐心に共感しなければ、敵意を抱くくらいだ。現にここまでクロはニールたちの名前も聞かなかった。
「では、復讐の時です。皆、準備はいいか?」
ニールの声に、周囲に浮いていた鉄板や配管が一カ所に集まる。艦橋以外を飛び回っていた鉄板も集まって来た。鉄板と配管が集まり、大きな筒を形作る。次に筒は床に突き刺さり、メキメキと大きな音を立て始めた。筒が艦を貫いて伸びているのだ。そして10秒ほどしてその音は止んだ。筒は拘束されたロナルドを向いている。
ロナルドは、筒の形状と、筒が伸びて行った先にあるもので、これから何をされるか理解した。
「まさか・・・やめろ!放せ!くそおおおお!」
ロナルドが暴れるが、手足に食い込むように巻き付いた配管は全く外れない。
暴れるロナルドを前に、ニールは静かに言う。
「お覚悟を、ロナルド少将。」
その言葉と共に、魔力が見えないはずのロナルドにすら、何かが筒に集まるのを感じ取れた。そしてそのなにかは、筒の奥へと集まっていく。
「やめろおおおおおお!!」
「我々の痛み、恨み、思い知れ!!」
ニールの声と共に、筒から何かが飛び出した。飛び出したのは、弾薬庫にあった砲弾。途轍もない速度で発射されたそれは、通った筒を破壊し、ロナルドの胴体を抵抗もなく吹き飛ばし、窓を破り、空へ飛び出して、そして落ちてくることはなかった。
クロが思う「誰だって殺したい者くらいいる」という考えは、果たして正しいのか。それは私にはわかりません。心の内の本心なんて、本人にしか知りえないのですから。それこそ、魔法でも存在しない限り。




