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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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089 復讐の化身

「なんだあれは・・・」


 ロクス司令官から橋の様子を見てくるように言われ、双眼鏡片手に司令部の屋上に出たドナルド副官は、双眼鏡など使うまでもなく見えている目の前の異常にそんな声を漏らす。

 今、司令部は大混乱だ。まったく予測していなかった戦艦の登場に、上流も下流も壊滅。双方から次々と伝令が来るものの、予想外の出来事に歴戦の将であるロクス司令官も対応策がわからず、手をこまねいている。そうしている間にも新たな指示が来ないために突撃を繰り返すロクス軍の兵士たちが次々とやられている。それがまたロクス司令官を焦らせる。

 イラつくロクス司令官が、橋への対応が雑になるのは仕方ないと言えるだろう。橋も砲撃を受けて落ちたと聞いても、司令官は「様子を見て来い」と副官のドナルドに丸投げした。

 文句の一つも言いたくなる対応だが、ドナルドとて状況がわかっている。文句を言う暇などない。そうして屋上からクロの安否を確認しようと出てきたのだが、屋上に出た瞬間に、橋に集まる異常な濃度の魔力に驚いた。

 魔法を使った戦場が、後に魔力濃度が高くなることはある。戦場で多用された魔法の残滓が原因だとか、死者の魂が漂っているからだとか言われているが、詳細な原因はわかっていない。それでも経験則から、魔力濃度が高くなるのは、戦闘が終わってからだと言われていた。

 魔法もたくさん使われているし、死者もたくさん出ている。魔力濃度が高くなる要因はそろっているが、過去の経験から、戦闘中にいきなりこんなことになることはありえないと言えた。

 しかもただ濃くなっているのではない。橋の残骸に向かって集まっているのだ。まるで容器に溜まった水が渦を巻きながら排水溝に流れ込んでいくように。行き場がなく溜まっていた魔力が、出口を見つけて殺到するかのようだ。


「まさか!」


 ドナルドは一つの可能性に思い当たり、双眼鏡を構えて目を凝らす。

 魔力が集まっている現状と、<赤鉄>クロの異常な回復力。その2つの関係性にピンと来て、その渦の中心にクロがいる気がしたのだ。

 そして予想通り、橋の残骸の上に立ち、海の方に向けて手をかざすクロが見えた。そしてその手の前で起きている現象に目を見張る。

 クロが手を少し降ろすと、クロの目の前で静止していた3つの金属の塊が、支えを失ったように川へと落ちたのだ。

 ドナルドの記憶が確かならば、その金属の塊は帝国が大砲に使用する砲弾だった。今見えている状況から、クロが砲弾を魔法で止めたことが容易に推測できる。だが。


「そんな馬鹿な・・・魔族とは、そんなに魔法出力が高いものなのか?」


 あんな大口径の砲弾を止めるなど、どんな魔法使いでもできはしない。金属が操作できる魔法が現在希少なのもあるが、必要なエネルギーを考えれば、個人で扱える魔力量を遥かに超えてしまうからだ。実現するには、常識外れの魔力量と魔法出力が必要になる。

 それが可能な例外と言えば、例えば火の神子たるジョナサン国王などだ。


「あれではまるで神子・・・いや、神獣ではないか!」


 クロの姿を見たドナルドはそう感じた。

 神子は確かに魔力量と魔法出力が常識外れに高いことがある。だが、必ずしもそうではない。それが神子の必須条件ではないからだ。何しろ、神子とは神からそれにふさわしい力を与えられたわけではなく、優秀な者を神が神子に選定するだけだからだ。

 逆に神獣は、神からそれ相応の力を与えられる。だから一様に魔力量や魔法出力が高い。だから、ドナルドはクロの姿に神子というよりも神獣を感じた。

 ドナルドは双眼鏡を置いて走り出す。屋上から飛び降り、屋根伝いに橋へ向かう。


 ・・・肉眼で何が起きているか確かめなくては!


 双眼鏡では、魔力視の有効距離まで伸びるわけではない。魔力の動きまで見るならば、もっと近づくことが必須だ。司令官に報告するにも、もっと正確な情報が必要だった。


ーーーーーーーーーーーー


 クロは自分の感覚に若干戸惑いながらも、膨大な魔力を正しく扱っていた。

 魔法制御力の増大。身体能力の強化。思考の加速。いずれも復讐魔法が発動した時の症状だ。だが、今回はその度合いが桁外れだ。飛んで来る砲弾がゆっくり見え、その砲弾を止められるほどのエネルギーを容易く扱える。

 さらに戸惑っていたのは自分の感覚だ。今まで復讐魔法が発動するときは、身を焼くような怒りを感じており、冷静さは失わないまでも、興奮状態にはなっていた。

 ところが今は、それほど怒っていない。いや、常時ヒトへの恨みを抱いているし、帝国の味方を切り捨てるやり口にもイラついてはいるが、復讐魔法が発動するほどではない。少なくとも、こんな威力で発動するほどは怒っていないはずだ。

 3発の砲弾を宙に止め、川に落として足場にしながら、クロは自身を冷静に分析する。


 ・・・この強化具合、今までの復讐魔法とは桁が違う。これがサルが言っていた100%の発動状態『ヴェンジェンス』か?いや、あれは体が自壊する症状があったはず。となると、また魔法が変異したのか?


 さらに自身の状態を分析していると、声が聞こえてきた。


「殺せ。」

「潰せ。」

「仇を。」


 クロは周囲を見渡すが、誰もいない。だが、小さいがはっきりと声が聞こえる。


 ・・・さっき見た夢の、死者たち?もしそうなら、魂は実在したってことか。


 妙に冷静な頭は、戦闘と関係ない考察を始めてしまう。その思考に没頭しそうになった時、声が少し大きくなった。


「来るぞ。」

「また来る!」

「俺達を殺した砲弾が!」


 クロが見上げれば、また思考が加速する。ゆっくりと、しかしそれはクロの主観で、実際には高速で、クロめがけて砲弾が降って来る。

 加速したクロの目では、その3つの砲弾のうち、直撃は真ん中の1発のみとわかる。


「止めろ!」

「また止めてやる。」

「ああ、何発でも止めてやる!」


 不思議なことに死者たちは「止めろ」ではなく「止める」と言い始めた。

 しかしクロには何となくその理由がわかり、迷いなく魔力を砲弾に送る。砲弾が着弾するまでのわずかな時間に、一気に膨大な魔力が3つの砲弾に送られる。


 ・・・ああ、この魔力は、俺のじゃないな。


 魔力を送りながら、クロはそう思う。

 魔力を操作しているのは確かにクロなのだが、違和感がある。クロが操作している、というより、クロの指揮に従って、大勢の誰かが一斉に魔力を動かしている。そんな感じだ。


 ・・・そうか。これは死者たちの魔力か。


 さっきから聞こえる死者たちの声。彼らは死んでもその魔力がこの世に残り、先の夢で言ったように、恨みを晴らさんと、クロとともに戦っているのだ。

 死んだ帝国兵たちは魔法を使わない。だが、この世界の生き物は、多かれ少なかれ皆、魔力を持っている。特にヒトは多い方だ。帝国兵たちは、魔法の使い方を知らなかっただけで、魔力は皆そこそこ持っていた。

 それが100人以上。常人の100倍以上の魔力。砲弾を止めてしまうのも頷けるエネルギーだ。

 それを理解した途端、クロはニヤリと笑う。


「止めるだけじゃあ足りんな。」


 クロはまた3つの砲弾を止めた後、左右の2発だけ落として、一番近い砲弾は目の前に静止させた。


「せっかくだから撃ち返してやろう。」


 クロはそう言って、「黒嘴」を両手で持って峰打ちの向きに構え、野球の打者のように振りかぶる。

 それを聞いた死者たちが声をさらに大きくする。


「おお、それはいい!」

「いいぞ!奴らに我らと同じ思いをさせてやれ!」

「意趣返しにはちょうどいいな。頼むぞ。」


 死者たちの声を聞いたクロは、小さく答える。


「よしきた。」


 そう言うと同時、クロは目の前に静止した砲弾を、思い切り叩く。強烈な打撃で戦艦の方に飛ぶ砲弾を、魔法で制御・加速。戦艦へと高速で飛ぶ砲弾を見送るクロの目には、砲弾に宿る魔力に帝国兵が何人も乗っているように見えた。


「「行けえええ!」」

「「行くぞおおお!!」」


 クロの傍と、飛んで行った砲弾から、叫び声が聞こえる。その声は、恨みが目いっぱい籠っていながら、どこか晴れやかだ。

 そして轟音とともに、撃ち返した砲弾が戦艦の艦首に当たり、その艦首を大破させる。


「やった!」

「やったぞ!」

「ざまあみろ!」


 その言葉とともに、声が少し減った。恨みが晴れた死者の一部が、去っていったのだろう。だが、まだまだ恨みを持つ死者は、クロの周りに膨大な魔力とともに漂っている。


「まだまだ。」

「もっと殺せ。」

「一人も帰すな。」


 その声に、またクロは答える。


「おうとも。」


ーーーーーーーーーーーー


「浸水発生!」

「退避急げ!早く扉を閉めろ!浸水箇所は放棄せよ!」


 艦首付近につながる伝声管から悲鳴と共に浸水を告げる報告が聴こえる。部下が対処の指示を出しているが、少将は艦首の惨状を気にしている余裕はない。


「まだ態勢を立て直せんのか!?」

「現在調整中です!そんなすぐには・・・」


 艦首に大きな損傷が生じたために、艦が傾いているのだ。この状態では自慢の主砲も副砲も満足に狙いを付けられない。


「早くしろ!早く<赤鉄>を倒さねば、こちらが沈められるぞ!」

「し、しかし少将・・・撃ってもまた撃ち返されるのでは?」

「そうです!撤退すべきでは!?」


 部下たちは撤退を進言するが、少将は聞き入れない。


「馬鹿者!たった1人を相手に戦艦が撤退?馬鹿も休み休み言え!我々に敗北は許されんのだ!」


 少将は当然、帝国上層部の一員だ。帝国の意向は把握している。

 帝国はこの戦艦が敗れることを一切想定していない。いや、一部の偏屈、軍師などは想定しているかもしれないが、とにかく戦艦を出した限りは勝ち以外考えていないのだ。それは艦長に少将という重役を任命していることからもわかる。本来、最前線に出るような役職ではないのだ。

 また、そんな重役が乗っていることからも、この艦の重要性がわかる。あらゆる箇所に最新技術が使われ、外装は全面鉄板で耐火設備も万全。魔法で反撃を受けてもびくともしないよう設計されているのだ。負ける要素はない、はずなのだ。

 そんな戦艦オーラムが、敗走でもしようものなら、少将の処分は降格では済まないだろう。最新技術を詰め込んだ分、莫大なコストがかかった戦艦オーラムが、無駄に終わったとなれば、当然だ。

 実際はすでに王国軍に重大な打撃を与えているのだから、戦果は上げているのだが、今の少将の頭にそんな楽観的な事実は浮かばない。


 ・・・なんとしても勝つ!勝ち以外、ないのだ!


「主砲、準備!」

「少将!まだ艦が安定しておりません!」

「馬鹿者!安定したらすぐ撃てるように準備するのだ!」

「は、はっ!」


 艦が傾き、揺れが激しい中で、「10km先の敵1人に狙いを付けろ」などとんでもない無茶ぶりだ。当然、伝声管から抗議する砲手の声が聞こえ、部下が苦い顔で少将を見るが、少将は無視する。

 そして主砲がゆっくりと動くのを少将がイライラしながら見ていると、今一番来てほしくない連絡が入る。


「敵に動きあり!」

「なにっ!」


 すぐさま少将は自前の双眼鏡で<赤鉄>を見る。双眼鏡越しに見えたのは、まず宙に浮かぶ砲弾。そして少し視点をずらせば、剣を長く持って振りかぶる<赤鉄>が見える。

 見えた瞬間、その動きの意味を理解し、少将が叫ぶ。


「次弾、来るぞ!」

「っ!総員、衝撃に備えよ!」


 少将の叫びを聞いた部下が、慌てて艦全体に警告を発する。

 そしてその数秒後、先程と同じく、ドオンと大きな衝撃が走る。近場の手すりにしがみついて耐える者、椅子から転がり落ちる者、壁にぶつかる者。艦橋の者達でもこれだ。各所で作業していた船員の中には、もっと悲惨な状態の者もいるだろう。だが、怯んでいる暇はない。

 すぐさま起き上がった部下が艦内に連絡する。


「被害状況、知らせ!」


 それに応じて次々と上がる被害報告。まず被弾したのは右舷。被害が浅く広範囲に達していることから、<赤鉄>が放った砲弾は、右舷を削るように抉ったようだ。さらに衝撃で艦首の浸水が悪化。その上、直接の被害がない場所でも小さな故障が続出している。

 その対応に追われているうちに、更なる連絡が来る。


「敵に動きあり!」


 その連絡を聞いた瞬間、もう見るまでもなく次弾が来ると全員が察した。たまらず艦橋の全員が少将に叫ぶ。


「少将!もう無理です!このままでは撃沈されます!」

「確かに負けは許されませんが!この艦を失う方がより大きな痛手なのでは!」

「むう・・・」


 少将もここまで言われては、ごり押しできない。部下の言う通り、このままでは敗走どころか艦そのものを失うことになる。そうなれば、今後の戦況にも大きく関わる大損害だ。

 数秒悩んだ後、少将は決断する。


「撤退だ・・・撤退!」

「はっ!発進させろ!180°転回!面舵!」


 少将の合図に部下はすぐに反応し、艦はゆっくりと向きを変えて進み始める。これでも全速力なのだが、この状況ではいやに遅く感じてしまう。

 そして実際、遅かった。3発目が着弾する。


「衝撃に備えろ!」


 ドオン!


「くっ、被害状況知らせ!」

「左舷だ!くそっ!」


 伝声管からの声を待たずに、艦橋から外を見ていた一人が叫ぶ。さらに各所から詳細が報告されてくる。今度は直撃し、砲弾がかなり深くめり込んだようだ。


「食堂まで砲弾が来たぞ!どうなってんだ畜生!」


 居住スペースに被害状況を見に行った船員の悲痛な声が伝声管から聞こえる。艦内を走り回る船員達は、何から攻撃を受けているかも知らない。知らせる余裕もないのだから仕方ないのだが、艦内は混乱を極めている。


 ・・・耐えろ、耐えてくれ!


 艦橋の全員がそう願う。

 そして90°ほど向きが変わったあたりで、1つの連絡が入る。


「敵を見失いました!」

「「はっ?」」


 ずっと敵を注視していたはずの船員が、<赤鉄>を見失ったと言う。少将が窓へ走り、自ら確認すると、確かに先程までいた場所に<赤鉄>がいない。周囲を見渡しても見つからない。

 そこへ部下がその船員へ尋ねているのが耳に入る。


「なぜ見失った!?」

「申し訳ありません!衝撃に備えるため、一時目を離した隙に・・・」


 それは仕方がない。敵の様子を見ている船員は艦橋の上、高い位置にいる。双眼鏡を構えながらでは、衝撃に備えられないのだから、責めるのは酷と言うものだ。


「3発目を撃った後、移動した?どこへ・・・」


 少将がそう呟いた瞬間、悲鳴が伝声管から聞こえてくる。


「なっ、ぎゃああああ!」

「だ、誰、ぐえっ!」

「どうした!」

「て、敵襲!」


 伝声管からの悲鳴に、部下が状況を尋ねるのと、その声が聞こえるのは同時だった。


「剣を持った黒い男・・・があああ!」


 詳細を伝えようとした船員の断末魔が艦橋に響き渡る。

 少将はすぐさま連絡を聞いていた部下に尋ねる。


「場所はどこだ!?」

「し、食堂です。」

「なっ・・・」


 ・・・3発目の砲弾と共に、自身も飛んできたというのか!?馬鹿な・・・


 信じられない。信じられないが、起きている以上、対処は必要だ。戦場では事象の理解よりも早急な対処こそが重要だ。少将は部下から伝声管をひったくり、叫ぶ。


「敵襲だ!艦内に敵が侵入!総員、戦闘準備!」

「「は、はっ!」」


 伝声管から、戸惑いながらも戦闘準備をする様子が聞こえる。艦橋にも緊張が走る。


「て、敵が、ここへ・・・!」

「あの、化物が・・・」


 動揺する部下たちに、少将は一喝する。


「うろたえるな!むしろ好機ととらえよ!」

「こ、好機、ですか?」

「そうだ!手出しできぬ遠方から砲撃されていた今までとは違う!ここに来るなら戦える!勝ちの目が出たのだ。それに、ここでネームドを仕留めれば、戦艦に被害を出した失態も取り返せよう。」

「な、なるほど!」

「わかったらお前たちも準備しろ!」

「はっ!」


 少将は今でこそ重役だが、昔は前線で戦っていた身だ。かなり肝は座っていた。

 だが、これが好機か絶望かは、すぐにわかることになる。


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