088 怨嗟の声
マシロがカイルの前に倒れる10分ほど前。クロが戦艦の砲撃で吹き飛ばされて瓦礫の中に倒れる様子を、闇の神は黙って見ていた。
そんな神域の一室に、ノックの音が響く。力強い大きな音だ。ここに存在する物質は魔力の塊のようなもので、物理的に破壊されることはないが、扉が壊れそうな音だ。
「うるさいぞ。勝手に入れ。」
「邪魔するぞ!」
元気に入って来たのは真っ赤な髪を逆立てた火の神だ。うるさいと言われているのに、声がでかい。
そんなことも気にせずに、火の神は闇の神が座るソファーに遠慮もなく相席する。
「鬱陶しい奴だ。何しに来た?」
「いやあ、此度の戦は火の神子が出ないようなのでな!件のイレギュラーの様子を見ようと思ったのだ!」
「自室で見ればいいだろう?」
神は好きに下界の様子を見ることができる。クロが闇の神子だからといって、わざわざ闇の神の部屋を訪れる必要はない。
「接続が面倒なのだ!」
「やれやれ、相変わらず魔力の扱いが下手だな。」
好きに見られるとはいえ、それは可能というだけで、必ずしも簡単ではない。自身の神子や適性が近い異世界人には簡単につなげるが、現地人や適性が離れた異世界人には繋ぎにくい。
クロには炎の適性もあるから火の神が接続するのは比較的容易なはずだが、それすらも面倒らしい。
仕方なく闇の神は追い出さずにおいてやる。そもそも、今いいところなので、追い出す手間が惜しい。
「なんだ?イレギュラーが倒れているではないか。以前のような100人斬りを期待していたのだが。」
「それなら数分前にやった。遅かったな。」
「なんと!それは惜しいことをした。開戦と聞いてすぐに来たんだがな。」
「情報が遅いぞ。今は帝国の戦艦が出張ってきて、橋ごと吹き飛ばされたのだ。」
「ほう、戦艦を。さしものイレギュラーも戦艦相手は分が悪いか。」
「まあな。」
つまらなそうに言う闇の神を、火の神はからかうように笑う。
「どうした?嫌に冷静ではないか。お気に入りではなかったのか?」
「お気に入りだとも。だが、ここで終わるようなら、ワシの見込み違いということだ。」
ここから先の展開は闇の神にも読めない。クロは不死身に近い再生力を持つが、戦艦の砲撃は威力が高すぎる。先程は盾でガードして直撃を免れたが、倒れて気絶している今、追撃を喰らえば死にかねない。
・・・ここまでか?クロよ。復讐魔法のスペックを最大限引き出せると見てお前を見出したが、いかんせん復讐魔法は発動条件が厳しい。100%発動すれば、ここから逆転も可能だが、この状況では怒る要因が乏しいか。せめて仲間が近くにいればな。
復讐魔法が真価を発揮するのは、やはりその名の通り復讐の時だ。なにか大事なものを奪われた時にこそ発動する。しかし今回、単独でこの戦場に来たクロに、その大事なものが近くにない。発動は困難に思える。
「勇者すら喰える逸材かと思ったのだがな・・・」
残念そうにつぶやきながら、闇の神はクロの様子を眺める。
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戦艦の砲撃を防御したものの、その衝撃で気絶したクロは、夢を見ていた。
真っ暗闇の中、吹雪が吹いている。足元には深い雪が積もっているが、クロの足元だけは枯れた地面が見えている。
吹雪いているのに風の音はなく、代わりに誰かの声が聞こえる。
「俺がいなくなって、家族はどうするんだよ・・・」
「私には夢があったのに、こんなところで・・・」
「畜生!本当についてねえ・・・」
声は複数あり、そのほとんどは聞き覚えがない声だ。しかしその中に聞き覚えがある声がある。
「ああ、せっかくここまで生き延びたのに、こんな形で使い捨てられるとは・・・」
「あんた、あの指揮官か?」
砲撃の前にクロと戦った、指揮官の声のようだ。クロが問うてみるが、返事はなく、独り言をつぶやいている。
「徴兵されてから、死なないようにここまで知恵を絞って戦ってきたのに。上官命令で死地に送られるなんて、詰んでるじゃないか。ああ、畜生!」
聞いていて哀れになってくる話だ。これを喋っている者の姿が見えていれば、ヒト嫌いのクロは共感などしないが、今は姿も見えない不遇な死者の声だ。少しは共感する。
「ああ、努力しても報われないことって往々にしてあるよな。」
クロが同意の意を示すと、今まで独り言を述べていた者たちの意識が、一斉にクロに向くのを感じた。視線もないのに、不思議な感じだ。
「そうだ!俺だって頑張ったのに、やってらんねえよ!」
「そりゃ自分のミスや不慮の事故で死ぬなら諦めもつくさ。戦場に出てるんだからな。」
「けど、これは明らかに上に殺されたようなものじゃないか!」
「上の連中は、私たちのことなんてゴミみたいに思ってるのよ!」
「そうだそうだ!俺達が死んだのは不運なんかじゃない!こんな作戦を立てた上の連中のせいだ!」
「くそお、今まで帝国のために戦ってきたのに、その結果がこれかよ!」
「許せない!」
クロは別に戦艦の砲撃が帝国の予定通りだったのかどうかなどわからない、と思うのだが、彼らはもう、帝国が初めから橋を吹き飛ばす予定だったと思い込んでいるようだ。
だがクロはそれを訂正しない。怒っている者に事実を突きつけても、利などないことを知っているのだ。まずは話を聞いてやること。事実を伝えるのは冷静になってからでいい。
「そうか、許せないか。」
「ああ、そうだ!」
「許せない!」
「じゃあ、復讐するか?」
クロの問いに、死者たちは一旦静かになるが、すぐに爆発する。
「したい!」
「ぶっ殺してやる!」
「あのくそ戦艦め!」
復讐の念を燃え上がらせる死者たち。だが例の指揮官が冷静な意見を述べる。
「しかし我らは死んでしまった。復讐などできない。」
「う・・・」
「ううううう!」
「くそおおおお!」
指揮官の言葉に悔しがる死者たち。
復讐したくてもできない。そんな彼らの声に、クロは妙に共感を覚えた。失った記憶にそういった経験があったのだろうか?それは今はわからないが、共感を覚えた以上、放っておけなかった。
「じゃあ、俺が代わりにやろうか?」
そのクロの言葉に反応して、死者たちの意識がまたクロに集まる。
「頼む!」
「私達の仇を討ってくれ!」
「俺達の怒りを思い知らせてやれ!」
「奴らに目にもの見せてくれるなら、何でもする!」
「私からも頼む。敵に頼むなんて都合のいい話かもしれないが、我らの無念を晴らしてくれないか?」
口々に復讐をクロに頼む死者たち。その声を聴いてクロは悪い笑みを浮かべる。
仇を取るなんて気はないが、その無念は晴らしてやりたい。その怒りをぶつけてやりたい。そう思った。
「よしきた。」
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闇の神と火の神が見ていたクロの映像に、変化が生じる。
肉眼ではわからないが、倒れているクロに急に魔力が集まり出した。
それを見た火の神が呟く。
「おい、これは・・・」
「来た・・・」
「は?」
火の神が言いかけた言葉を遮って、闇の神が笑い出す。
「来たきたきたきたきたきたきたきた!ついに来た!はっはっは!」
「なんだ、いったい!」
闇の神が笑う間にも、クロに魔力が集まっていく。魔力濃度が濃い土地でもないのに、どこから生じたのか、魔力が次々と現れる。
「そうか!そう使うか、クロよ!はっはっは!まったく面白い!ワシの見込みに間違いはなかった!」
「いい加減、説明しろ!」
火の神が説明を求めると、闇の神はめんどくさそうに鼻を鳴らす。
・・・まったく野暮な奴だ。この歴史的瞬間に立ち会いながら、水を差すとは!
闇の神は研究者だ。常により有用でより効果の高い魔法を考案している。
故に、新魔法が作り出された瞬間というのは、闇の神にとってとても重要だ。新魔法の開発は歴史的偉業であり、開発の瞬間は歴史に記録され、語り継がれるべき時間なのだ。
よって、無粋な者への説明は、簡潔に済ませる。
「フン!自分で考えろ、愚か者が!ただ、一つ言うなら、クロは今、復讐魔法をさらに進化させた、ということだ。」
「なに!」
復讐魔法については、火の神も風の神から聞いていた。クロは昔からあった復讐魔法を変質させて使っている、と。それをさらに進化させたというのだ。
それゆえ、火の神は驚いたが、すぐにはその重要性が飲み込めない。
「で、どうなるのだ?」
「フン、まあ、見ておれ。面白いことになるぞ。」
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「少将、よろしかったのですか?」
「仕方あるまい。」
モスト川河口から戦場に介入した戦艦オーラムの艦長を務める帝国少将は渋い顔で答える。
今回のモスト川の戦いにおける帝国の切り札、戦艦オーラム。北へと攻めあがって来るフレアネス王国をモスト川で確実に食い止めるため、軍師の進言により建造された。
帝国から海を渡って西大陸に行こうとすれば、必ず王国の風水魔導士に沈められてしまう。そこで軍師が提案したのが、最前線へ物資を少しずつ運搬し、最前線で戦艦を建造してしまおうというものだった。
数年前の提案当初は優勢だったために無駄だと言われたものの、軍師の強い勧めにより少しずつ進めていた。それがここにきて実を結んだのだ。
数年前にはまさか劣勢になるなど誰も思っていなかったため、軍師をバカにしていたものだったが、こうなっては軍師の慧眼に感謝するほかない。
そうして建造され、モスト川東岸に隠されていた戦艦オーラム。王国が攻めてきたのを機に満を持して出陣したのだ。
戦果は上々。敵の切り札である川を操る魔導士を一掃し、橋を攻めていたネームド<赤鉄>を今まさに吹き飛ばした。
しかし代償は大きい。橋に詰めていた帝国兵100人以上をその<赤鉄>とともに吹き飛ばしてしまったのだ。
「橋にいた兵たちには申し訳ないが、あそこで逃亡させるわけにはいかん。」
逃亡兵というのは、全軍の士気を落とす要因になる。だからこそ逃亡兵は厳罰に処し、逃亡兵を出さないように努める。
もしあのまま橋の兵がどっと逃げ出せば、東岸の友軍にも大いに影響があっただろう。
「そうは言っても、友軍を撃つのは・・・」
後悔の念が残る部下に、少将は言い聞かせる。
「むしろ温情ある対応だと思うぞ。逃亡兵は処刑されるのはもちろん、家族も連座だ。ここで吹き飛ばしたことで、彼らは逃亡兵に登録されなかった。逃亡兵となるより、家族が助かる分、いいではないか。」
「まあ、それは確かに。」
とりあえず納得したらしい部下を確認した少将はまた戦場に目を向ける。同時に口には出さない懸念を思い浮かべる。
今吹き飛ばした兵士の数は、帝国全体の兵力からすれば大した数ではない。しかし友軍ごと吹き飛ばしたことをどう帝国で報じられるか。
・・・そこは広報担当にうまく書いてもらうしかないか。
モスト川の上流と下流を、諦めきれずに渡ろうとする王国兵に、散発的に砲弾を浴びせる様子を見ながら、少将は戦後の処理に思いを巡らせる。
戦況はもはや決まった。橋は落ち、川を操作する魔導士はもういない。あとは力技で渡るしかない王国軍だが、東岸には防壁と無数の兵士。さらに河口から戦艦オーラムの砲撃。万が一にも渡河は成功しないだろう。
やがて悪あがきのように川を渡る王国兵が減ってきたあたりで、少将は指示を出す。
「よし、川の援護はもういい。西岸の敵陣地を攻撃せよ!奴らに止めを刺してやれ!」
「「はっ!」」
指示を受けた部下たちが、戦艦各所へ指示を出し始める。
それを眺めながら、少将はふと思い出す。
「そういえば、<赤鉄>は確認できたか?」
橋にいた<赤鉄>に砲撃が命中したのは確認している。しかし、橋での戦闘から得た情報から、どうもかなり治癒力が高いらしい。仕留めたのか確認しなければ、安心はできない。
手が空いた兵士が各所に確認し、答える。
「いいえ。戦艦各所から橋を双眼鏡で探していますが、その姿をまだ確認できていません。砲撃が命中したことから、川の中に落ちたのではないかと。」
「ふむ。そうなるとこの位置からは確認できんか。」
戦艦は大きい。河口より上は水深が浅いため、これ以上近づくことはできない。
故に河口から双眼鏡で探すしかないのだが、落ちた橋の瓦礫が積みあがる川の中にいるのならば、まず見つからないだろう。
そもそも、もう冬になる時期だ。人間なら冷たい川に落ちれば、それだけで凍死の危険がある。一緒に落ちた兵士は1人も助かっていないだろう。
しかし相手は強靭な生命力を持つ魔族。生きている可能性はある。
少将は少し悩んだ後、指示を出した。
「主砲のみ砲撃目標を変更。橋の<赤鉄>が落ちたであろう個所にもう3発ほど撃ち込んでおけ。」
「・・・はっ!」
部下が今度は若干ためらいがちに答える。彼らからすれば無駄撃ちに見えるだろう。しかし戦場で弾をケチって不十分な攻撃をすれば、思わぬ反撃を受けることを少将は知っている。
・・・やるなら徹底的に、確実にだ。
そして砲撃の準備が整う。
「主砲、準備ヨシ!」
「よし、発射!」
ドオン、ドオン、ドン!!!
3発の砲弾が橋の残骸に向かって発射された。
それと同時、橋に変化が起きる。しかしこの時点では、魔力が見えない帝国兵たちは気づかない。
魔力が見える者たちには、感じ取れただろう。実に禍々しい膨大な魔力が渦のように橋の残骸に集まっていくのを。
そして着弾の瞬間、ようやく戦艦オーラムの帝国兵たちも異変に気が付く。
「・・・着弾したのか?」
「ええと・・・」
いつも機敏に答える部下が、言葉に詰まる。それも無理はない。確かに砲弾は目標に向かって正確に飛んでいったのだが、着弾による爆発も何も確認できなかったのだ。
部下はすぐさま艦内各所へ連絡を取ってみるが、誰も彼も歯切れの悪い返事しかない。
「どこも目標に向かっていったところまでは見たのですが、着弾の様子は誰も見ていないようです。」
「砲弾が軟着陸したとでも言うのか?馬鹿な・・・」
少将がそんなことを言うと、周囲の部下も、そんな馬鹿な、と声を漏らすが、状況はそうでもなければ説明がつかない。艦橋の全員が、西岸への攻撃も忘れて困惑する中、外の観測員から緊急連絡が入る。
「緊急!<赤鉄>を確認!」
「なに!どこだ!?」
「ほ、砲弾の、上です!」
「「は?」」
連絡を受けた兵士も、聞いていた少将も連絡の意味が分からない。
それを察した観測員が詳細を告げる。
「先程撃ち込んだ3発の砲弾です!砲弾が無傷で川に並べれらています!その砲弾の上に<赤鉄>らしき影が見えます!」
「む、無傷?」
「砲弾が?」
現在、帝国で使用されている砲弾は、何も仕掛けがされていない金属の塊だ。それ自体が爆発などはしない。それでも、使用した砲弾は着弾の衝撃で多かれ少なかれひしゃげるものだ。
それが無傷であるということは、すなわち先程少将が漏らした通り、砲弾が軟着陸したことを意味する。
そこで少将に嫌な予感がよぎる。
「まさか・・・」
<赤鉄>は魔法で金属を操る。砲弾は金属。<赤鉄>は魔法で砲弾を止めたのか?いやいや、砲撃で飛来する砲弾はその重量も速度も半端ではない。いくら魔族とはいえ、そんな膨大な運動エネルギーを持つ物体を、個人で止められるわけがない。
そんな考えを少将は巡らすが、ありえないとは思ってもその可能性があるなら、対策すべきだ。
・・・たとえ奴が砲弾すら止める化け物でも、そう何発も止められるわけがない!
「砲撃用意!目標、<赤鉄>!」
「「は、はっ!」」
戸惑いながらも素早く再砲撃の準備を整える。すでに主砲の砲門は<赤鉄>を向いているため、準備はすぐに整った。
「主砲、準備ヨシ!」
「発射!」
準備が整い次第、少将は砲撃を指示する。いつ<赤鉄>がどんな動きをするかわからない。最悪、砲弾を止められるなら、同じ速度で飛ばすことも可能なのだから。
主砲が火を吹き、3発の砲弾が飛んでいく。戦艦の乗組員全員が、これであの不気味な敵を倒してくれ、と祈りながら、それを見つめる。
そして、砲弾が着弾する直前、3発とも砲弾は急に減速し、2発は<赤鉄>の両脇にドスンと静かに着地。そして真ん中の1発が、撃ち返された。
「「なっ・・・!」」
ドドオン!!!
戦艦の乗組員が驚愕の声を上げる暇もなく、戦艦に大きな衝撃が走る。
復讐の化身が、戦艦へ攻撃を開始した。




