085 留守番(赤紫)
アイビスの森にある、クロの家。今は主が不在である。
クロとマシロが戦争に行き、留守居を任されたムラサキはアカネとのんびり過ごしていた。
朝はゆっくり起きて、すっかり習慣になったお茶を飲み、森へ出かける。
獲物を見つけたらアカネの狩りをムラサキが見守り、果物やキノコを見つけたらムラサキが選別、採取して籠に入れる。
マシロほどではないが、ムラサキの危機感知能力も優れており、危なげなく狩りと採取ができる。危険な魔獣がいればいち早く察知して離れ、狩りやすい獲物を見つければ狩る。キノコもムラサキが毒見すれば危険はない。
魔族に毒は効かないが、何も感じないわけではない。体内に入った毒物を即座に排出する機構があるだけで、多少は効くのだ。
キノコを見つけたら、まず少し千切り取って、食べてみる。口に入れて不味かったらパス。味が良ければ飲み込んでみる。休憩がてらしばらく様子を見て、不調が出なければ採取する。以前はムラサキはキノコの選別をしなかったが、毒キノコを持ち帰ってマシロに呆れられてから、毒見をするようになった。
日が傾くまでもなく、疲れてきたらさっさと帰る。帰ったらムラサキは取って来た食材の保存処理をする。アカネは狩った獲物の一部、持ち帰ってきた分を、スイーパー達に分け与える。もっとも、ムラサキとアカネで運べる量はたかが知れているので、少量だが。
そうしてのんびり過ごして、クロ達が出かけた数日後。暇なムラサキは集めた食材で料理をしながら、ふと思い至る。
・・・そういえば、クロとマシロがいない今って、結構危険じゃね?
数日も経ってから、今更である。
とりあえず料理をしながら、ムラサキは今起こりうる危険を考えてみる。
・・・王都の獣人たち。公式には襲って来ないと思うが、個人の暴走ならあり得るか?
今のところ、国王やヴォルフとは良好な関係を維持できている。北の最前線で戦争中の今、軍が動くのはまずありえない。
だが、一市民や貴族の私兵は別だ。窃盗団の撃破で当主が処刑されたフォグワース家以外には、特に恨みを買われるようなことをした覚えはないが、魔族というだけで憎まれる可能性は高い。
・・・でも、それなら来るのは少数だろうし、問題ないか。
ムラサキはいつもクロやマシロの陰で目立たないが、結構強い。条件付きでなら、マシロと対等に戦うこともできる。魔力量が少ないので、対多数は苦手だが、数人程度なら瞬殺できる自信がある。
・・・他には~、他国から?いや、それもないか。
クロ達が魔族であり、フレアネス王国に協力しているのは、もはや世界中が知るところだ。発表したときには非難もされたそうだし、魔族の討伐を大義名分に攻め込んでくることも考えられる。
しかし、ここはフレアネス王国の中だ。軍を指し向けるには、必ずフレアネスの領地を横切ることになり、それはもはやフレアネスへの宣戦布告だ。クロと協力関係にあるフレアネスが、他国の軍を素通りさせるのも考えにくい。やはりこちらも来るとしたら少数の刺客だけだろう。
・・・なら、考えられるのはこの森の魔獣だけか。
森の魔獣にはムラサキが敵わない強さの者もいる。戦闘になれば、かなり危険だ。
とはいえ、それは戦闘になれば、だ。強い魔獣ほど賢く、無闇に他者の縄張りを侵さない。余程飢えていれば別だろうが、そんな事例は稀だ。現にムラサキたちは今もこの周辺で狩りを行っている。つまり、周辺に十分獲物がいるのに、わざわざこの家に来るメリットはない。
・・・もし来ても、最悪逃げればいいしな。なんだ心配して損した。
安堵の息を吐いて、料理を続けるムラサキ。
よくよく考えれば、先程思い至った少数の刺客に、自分を超える手練れがいる可能性もあるのだが、そこには思い至らない。そして、もう1つ、ムラサキは重要なことを忘れていた。
急にムラサキは料理の手を止める。
・・・敵臭、じゃなくて、敵襲!?
聴覚式魔力感知と嗅覚式魔力感知の両方で、家に接近する異物を認識した。
慌てて鍋を温める『ヒート』を止め、鍋に蓋をする。緊急事態でも料理を気にかけるあたり、かなり暢気だ。
素早く『変化』して猫形態になり、家を飛び出す。
そこには警戒して唸るアカネと、上空を跳びまわるスイーパー達。そしてアカネを見下す黒髪の男がいた。
「お、クロと一緒に逃げた猫か。」
「げっ、魔族!?」
・・・やっべ、魔族に追われてること、すっかり忘れてた!
マシロがいたら、呆れ果てるだろう大失態だ。魔族の刺客に対する備えを忘れて、料理などしていたのだから。
「ずっとこの家を覆ってた魔力感知が数日前からなくなったから、来てみたんだが、これは思った以上に好機みたいだな。」
どうやら魔族はずっとクロの家を見張っていたらしい。マシロの魔力感知波を警戒して、今まで攻撃して来なかったが、それがなくなったので様子を見に来たようだ。そして案の定、警戒していたマシロが不在、チャンス、というわけだ。
「さて、一応、宣告しておくぞ。クロ、および共犯の猫。族長の1人、ボマーを殺した罪で抹殺だ。族長殺しは重罪だぜ。」
ボマーとはクロの主だった魔族の研究者の通称だ。爆裂魔法を得意としていたため、そう呼ばれていた。
魔族は社会性が乏しい連中が多く、集落に法律などはなかったが、最低限のルールはある。「正当な理由なく魔族を殺した魔族には罰を与える」というのもその一つだ。実に大雑把だが、この世界に生き残った魔族が少ないため、減少を抑えるために作られたルールだ。正当な理由か、罰はどの程度か、などの細かい部分は族長会議で決められる。
今回のクロのボマー暗殺も、会議が行われ、正当な理由なし、罰は抹殺、と決まったようだ。
そこまで聞いたムラサキは、ようやく重要なことを思い出す。
・・・やべ、魔族相手に会話で時間を取られるのは愚策、ってクロが言ってた!聞いてる場合じゃなかった!
「とはいえ、ウチの族長は寛大だ。ウチの傘下に入るなら・・・」
「うるせえ!」
ムラサキは魔族の言葉を聞かずに、即座に『エアテイル』で攻撃する。空気の鞭が魔族を襲うが、魔力視で見切ったのだろう魔族はそれを難なく回避する。
「おいおい、最後まで聞けよ。」
「うるせえな!てめえの時間稼ぎには付き合わねえ!」
ムラサキは続けて『エアテイル』で魔族を捕まえようと追うが、魔族はひょいひょいと躱して見せる。
「そのつもりなら、もっと早く攻撃すべきだったな。『ツイスター』!」
「うおっ!」
魔族が手を振りつつ詠唱すると、ムラサキと魔族の間に竜巻が発生する。その強力な風によって、ムラサキの『エアテイル』は吹き飛ばされてしまう。
竜巻に巻き込まれまいと、ムラサキが後退する。それを支援するようにアカネが吠えた。
「キャン!」
声に乗せた幻覚魔法だ。今回は幻聴だけを起こす『オーディオ・ハルシネイション』だけではない。幻視を起こす『オプティック・ハルシネイション』も組み合わせて、敵を混乱させるつもりだ。
「闇魔法か?ふん。ちゃちな威力だな!『ウィンドカッター』!」
しかし当然、格上である魔族には通じない。魔族はアカネにお返しとばかりに特大の風の刃を無数に放つ。下位魔法でも、魔族が使えば威力は絶大だ。高速で飛んでくる隙間がない攻撃に、アカネが慌てる。
それをすかさずムラサキがフォロー。『エアテイル』で引っ張ってアカネを後退させた。
「アカネ!お前じゃ荷が重い!下がってろ!」
「クウン・・・」
ムラサキの言う通りだった。アカネには他にも炎魔法による攻撃もあるが、大した威力はない。それも魔族には通じないだろう。悔しそうにしながらも、アカネは家の傍まで下がった。
少し距離を置いて睨みあうムラサキと魔族。
「ふん。実験動物風情が、1対1で俺に勝つつもりか?」
「その通りだよ、バーカ。」
「思い上がるな!『ツイスター』!」
魔族が手を前にかざし、掌から水平に竜巻を発生させる。明らかに自然の現象ではない、本来の『ツイスター』とは異なる使い方だが、この魔族が工夫して改良した物だろう。
細く圧縮された竜巻は、巻き込んだ石などを高速で回転させ、ミキサーのごとく破壊する。竜巻が当たった小屋の壁が少し抉れた。
発生が早く、射程も威力も申し分ない自慢の一撃。魔族はムラサキに躱せるはずはないと思っていたが、ムラサキは余裕で躱して見せた。
「遅せえよ。」
「何!?」
ムラサキは実は単独で森を散策するときに、何度もこの森の魔獣と遭遇して戦っている。
魔獣は皆、無詠唱で魔法を行使してくる。それに比べれば、いかに発生が早くとも、詠唱が必要な魔族の魔法は、ムラサキにしてみればあくびが出る遅さだ。
一瞬のうちに間合いを詰め、ムラサキは魔族の背後に回る。魔族が慌てて魔法を中断し、振り返る頃には、ムラサキは魔族の後頭部に一撃入れて死角に回り込んでいる。
「ぐっ!この!」
「ほれほれ、遅い、遅い。」
接近戦に持ち込むや否や、ムラサキの一方的な攻撃が始まる。死角へ死角へと縦横無尽に跳び回るムラサキを、魔族は全く捉えられない。何しろただの平地で戦っているのに、ムラサキは3次元的な動きをしているのだ。
その正体は、『エアテイル』で作った足場だ。地面だけでなく、空中の好きな場所に足場を作れるムラサキは魔族のすぐそばを挑発するように跳びまわり、隙を見ては引っ掻き、『エアテイル』の先を尖らせた槍で突いたり、少しずつ魔族を削っていく。
これでもムラサキにとっては相性が悪い相手なのだ。本来なら窒息攻撃も駆使してより有利に進めるところだが、相手は風魔法を使う。窒素をせっかく集めても、強風ですぐ拡散させられてしまう。『エアテイル』で窒素を固定すれば、生半可な強風では拡散しないが、それで窒息させるには『エアテイル』で捕まえないといけない。しかし流石にそこまで敵は間抜けではない。こうして周囲を跳びまわりつつ何度か捕まえようとするが、捕まえるたびに力ずくで振りほどかれてしまう。
しかしそんな不利は相手に知られるべきではない。あくまで余裕を装い、敵の平常心を奪う。
「そこかっ!」
焦った敵が振り向きざまに拳を振るうが、そんな当てずっぽうの攻撃に当たるムラサキではない。
「そこじゃねえんだなあ。」
余裕を持って回避したムラサキが、『エアテイル』で魔族の脇腹を突く。
「うっ!」
うまく急所に入ったらしく、魔族の呼吸が止まり、一瞬動きが止まる。
その隙を見逃さずにムラサキは『エアテイル』で捕らえる。
・・・捕まえた!いくら馬鹿力でも、浮かせれば踏ん張りがきかないはずだ!
そうして全身包み込もうとした時、魔族が怒りを爆発させる。
「なめるなああああ!!!<竜巻>の異名が伊達ではないことを教えてやる!『ツイスター』!!」
魔族が自身を中心とした竜巻を発生させる。その強力な風で、またも『エアテイル』は吹き飛ばされた。しかし、当然これは自爆攻撃だ。魔族の体も竜巻に巻き込まれた石などで傷つけられる。
拘束に失敗したムラサキだが、慌てるどころか逆にほくそ笑む。
・・・これを待ってたんだよ!
ムラサキは敵を覆う竜巻に酸素を送り込みながら、背後に後退しているアカネに声をかける。
「アカネ!炎だ!」
ムラサキによって酸素濃度が高まった竜巻に火を放てば、盛大に燃える。魔族に致命傷を与えることができるはずだ。
ところが、アカネから返事がない。
「あれ?」
ムラサキが振り返ると、そこには首輪をつけられて力なく横たわるアカネと、もう1人の女性の魔族がいた。
「アカネってコイツのこと?残念。もう捕まえたわよ。」
「クウ・・・」
女性の魔族の周囲には、数匹のスイーパーも倒れていた。アカネの怪我はそれほどでもないようだが、力が入らない様子だ。どうも首輪に仕掛けがあるように見える。
「ほら、サイクロン!いつまで自爆してんのよ!もう終わったよ。」
女性の魔族が声をかけると、サイクロンと呼ばれた魔族は、『ツイスター』を解いて出て来る。負傷は多いが、それもすぐ治り始める。
「遅いぜ、エレキ。相変わらずせっかちなくせに魔法はとろいんだな。」
「うるさいわね!雷魔法ってのはそういうものなのよ。」
言い合う2人の魔族を見ながら、ムラサキは必死で頭を回転させる。背後から忍び寄るもう1人の魔族に気付かなかったのは、完全に自分の失態だ。マシロがいれば、そんな隙は見せなかっただろう。どうにかして打開策を考えるが、いい案が浮かばないうちに、予想通りの言葉を突きつけられる。
「さあ、そいつの命が惜しければ、抵抗するなよ。」
・・・あ、これ詰んだかもしれん。
ゆっくりと近づいてくるサイクロンを前に、ムラサキは既に半ばあきらめていた。




