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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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084 ミタテ平野決戦①

 10月1日朝。時刻はもうすぐ8時になろうという頃。ミタテ平野のど真ん中で、青髪の男カイルは仮眠をとっていた。周囲に豪雨が降り注ぐ中、1点だけ雨が降らず、地面も濡れていないところがあり、そこにテントが張られていた。カイルはその中で横になり、この寒い中、毛布1枚で寝ていた。もちろん熟睡はしていない。できるわけもない。

 カイルは昨日から彼の固有魔法である雨に魔力感知波が当てられているのに気づいていた。何者かが雨を観察・分析している。初めは雨の範囲を広げて雨の中に入れてやれば、それで終わりだと思った。

 ところが敵はそれを回避し続け、観察を続けてくる。そんなことをされればカイルも黙っていられない。何度も捕らえようとするが、敵は決して雨に入らなかった。

 その動きから手練れであることは明らかであり、それがいつ自分に攻撃してくるかわからない以上、カイルは敵が帰るまで粘ることにした。

 するとなんと敵は夜を徹して観察し続けたのである。これにはカイルも参り、明け方になって止む無く仮眠をとることにしたのだ。もしかしたら敵は、こうしてカイルを疲弊させ、雨を維持できない状態に追い込むつもりなのでは?そう思ったからだ。

 カイルの固有魔法『レインメイカー』は、雨水を操る魔法で、自動攻撃もできる。だからカイルが寝ていても降り続ける。疲弊しても魔力があれば持続するだろう。ただし、自動攻撃は見境がないので、降るのだけ自動にして、攻撃は手動にしている。

 ただ降っているだけでは意味がないのではないか、と思うが、カイルの場合は違う。長くこの魔法を使いこむことで、機能を向上させ、雨水が当たった場所全てを魔力感知で把握しているのだ。分類としては触覚式魔力感知になる。雨水を自分の体の一部と認識し、水が触れた部分を手で触れたように把握する。文字通り、手に取るようにわかるのである。

 触覚式は嗅覚式に次いで得られる情報が多い。通常は直接接触しないと使えない方式なのだから当然とも言える。

 それゆえ、カイルは寝ていても隙が無い。それを証明するようにカイルが目を覚ます。雨に入ってきた者に気が付いたのだ。

 だがカイルは慌てずゆっくり起き上がり、毛布を畳み、衣服と髪を整える。感知した瞬間に敵ではないと把握したからだ。そうして来訪者がテントに来る前に身支度を終えてテントから出て、来訪者を迎える。


「伝令、ご苦労。」

「はっ!」


 ずぶ濡れになり、カイルの前に息を切らせてやって来たのは帝国の伝令だ。息を切らせながらも、びしっと敬礼をする。彼もただの伝令ではなく、カイル専属の特別伝令だ。

 カイルは帝国の秘匿戦力であり、その存在は帝国の一部の者しか知らない。故に伝令も秘密を守れる信用ある少数の者に絞られる。彼もまた選ばれたエリートというわけだ。

 現在は帝国軍に魔法を使う者がいると他国にまで知られてしまっているし、それに伴ってこうしてカイルを大っぴらに働かせているが、だからと言ってカイルが秘匿戦力であることに変わりはない。重要な戦力であるならば、その情報は可能な限り伏せるべきだ。


「昨夜の段階ではまだ王国軍に動きはありません。こちらはいかがでしょう?」


 実際はこうして報告している今まさにクロが橋に突撃しているのだが、手元に無線機がないこの場では、どうしても連絡にタイムラグがある。連絡員が特別伝令の彼しかいないのだから、なおさらだ。


「昨日からこちらを観察している者がいる。少なくとも1人、手練れがいるな。」

「こちらにも、ですか。やはり軍師殿の読み通り、両面作戦でしょうか?」


 帝国軍の作戦指揮のトップは、帝都にいる参謀本部だ。当然、複数人で回しているが、その中に軍師と呼ばれる切れ者がいる。その軍師は別に参謀本部のトップというわけではないが、その読みはなかなかの的中率を誇り、現場では彼の意見を重視する者も多い。まあ、突拍子もないこともよく言うので、信用していない者も同じくらいいるのだが。


「そうだな。こうしてこちらを牽制し、俺をここに縛り付けている間にモスト川を渡る、というところか。」

「ならば心配いりますまい。モスト川に集結している王国軍の数は把握しております。全軍で攻めてきても余裕で追い返せますよ。それに、奥の手もあります。」

「慢心は危険だが、アレがあるならまあ、問題はないか。」


 カイルも帝国軍がモスト川に用意した奥の手については聞き及んでいた。それを出せば、敵が多少策を弄して来ようが、捻り潰せるだろう。

 カイルがまだ膠着状態は続きそうだ、とため息をつこうとしたその時。カイルの表情が変わる。弛緩したものから、一気に殺気立ったものに変わった。


「どうされ・・・」

「早くここを離れろ。」


 尋ねようとした伝令の言葉を遮り、カイルは言うが早いかテントの南側に回る。

 離れろとは言われたものの、状況がわからずカイルについていく伝令。


「どうされたのです!」

「・・・・・・」


 伝令の強い問いかけにも答えず、南側を睨むカイル。そして腕組みを解き、腰の短めの双剣の柄に手を置く。

 その動きに伝令はぎょっとする。彼はその役目上、カイルの戦闘を何度か見たことがある。だが、今までただの一度も腰の剣を抜いたところなど見たことがないのだ。どんな敵だろうと、近づく前に雨で仕留めていたのだから。

 いつまで経っても動かない伝令にしびれを切らしたカイルが早口で説明する。


「南方から敵だ。おそらく昨日から牽制していた手練れだ。もう来るぞ。早く行け。」

「なっ・・・」


 伝令は言葉を失う。敵がここまで、もう来る。その事実に何重にも驚いた。

 まず先も述べた通り、カイルが制御する雨の中を無事に移動できる者などいない。カイルが操作する雨水がすぐさま体内に入り、内臓や脳を十数秒で破壊してしまうからだ。

 ここまで来るということは、それを何らかの方法で防いでいるということ。さらに驚くべきはその速さだ。

 カイルの雨は半径数kmにも及ぶ広範囲に降っている。伝令も雨でぬかるんだ地面を必死に走ってこのテントまで来たのだ。どんなに頑張っても人間では10分はかかる。獣人でも5分はかかるだろう。ところがこの敵は30秒足らずでここまで来ると言う。


「そんな者が・・・まさか!」


 伝令には1人だけ心当たりがあった。カイルも同じものを思い浮かべたようで、少し口角が上がる。


「ああ、こいつは犬だ。昨今噂の<疾風>だ。いや、正確には<疾風>の忘れ形見か。魔族になったと聞いたが、これほど腕を上げてくるとはな。」


 カイルは氷魔法で必死に雨に抗った<疾風>ハヤトと、そのハヤトを攻撃する際にハヤトから高速で離れていった犬を思い出す。


 ・・・あの時逃げた犬が、魔に堕ちてでも主人の仇を取りに来たか。いいだろう。受けて立つ!


 そして目視でもその姿が見えてくる。真っ白な毛並みに、真っ黒の鞍をつけ、黒く庇が大きい帽子を被っている。その帽子が雨水が顔に当たるのを防いでいるようだった。

 その速度は直に見ればますます生物とは信じがたい速度で、あっという間に近づいてくる。その足は一歩一歩が地面を大きく掘り返し、その速度故に動きを止めようと纏わりつく雨水を強引に振りほどいている。


「来い!化け物!」


 迎え撃つカイルに背を向けて伝令は一目散に逃げる。もはや話している場合ではない、と流石に気づいた。


 ・・・化け物はあんたもだろ、<雨竜>!


 その言葉を飲み込んで、伝令は駆け出す。これは一刻も早く本部に知らせなければならない案件だ。


ーーーーーーーーーーーー


 少し時を戻して、朝8時。マシロは犬形態で雨からいくらか離れたところに立つ。離れているのは、助走をつけるためだ。頭には以前、街を歩くために作った帽子を強化改造したものを被る。


 ・・・これでどの程度防げるかわかりませんが、ないよりはいいでしょう。あとは速度で押し切る!


 覚悟を決めたマシロの傍に、リュウイチ副官が近寄る。


「<疾風>殿。刻限です。」

「承知しました。<疾風>、出陣します。リュウイチ副官、私が敗れたときは、無理をせず、すぐさま本隊にその旨を伝えてください。」

「・・・心得ています。」


 本当はリュウイチも戦いたい。彼とて副官まで上りつめた実力者、腕に覚えがある。だが、格が違いすぎた。己の無力に歯噛みしながら、伝令のような仕事に終始するしかない。


「では、参ります。」

「「ご武運を!」」


 雨に向かって駆け出すマシロを、リュウイチ副官とその部下たちが敬礼で見送る。

 そしてマシロは十分な助走をつけて加速、最高速度で雨に突入した。


 雨は進むにつれて強くなり、帽子とマシロの背を容赦なく打つ。そして、打つだけでなく、まとわりついて動きを止めようとする。マシロはそれを強引に振りほどく。


 ・・・もっと速く!もっともっと速く!


 今までで最高の速度で突進する。まとわりついてくる雨水が、いつ体内に侵入してきてもおかしくない。顔は帽子で守っているが、完全に防いでいるわけでもない。段々、顔に付く水滴も増えてきた。それを頭をふるって落とすが、またすぐに付着し始める。

 雨の中心に着くまでの20秒ほどが、とても長く感じられた。しかし、足を止めず、雨に抗いながら、マシロはついに辿り着く。


 ・・・見つけた!


 青く長い髪の男が、まっすぐにこちらを見据えている。感じる魔力からも、この男が雨を操っているとみて間違いない。

 逃げていく雑魚には目もくれず、マシロは全速力で青髪の男に向かう。男は腰の双剣を抜いて構え、叫ぶ。


「来い!化け物!」


 ・・・そうだ。私は化け物だ。化け物になってでも生き延び、強くなり、そしてここまで来た。亡き主のため、主が守りたかった国のため、そして私が前に進むために、お前を倒す!


 マシロは低く跳び、『変化』で獣人形態になり、『換装』で鞍を戦闘用の服に変形させる。

 黒い大きな帽子の下に真っ白な長い髪をなびかせながら、真っ黒な衣装に身を包んだ長身の女性が雨でぬかるんだ地面に着地する。そして、勢いを殺さず走り出す。


 ・・・覚悟!


 両手に「黒剣」を構え、マシロは走る。因縁の対決が始まった。


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