083 第2次モスト川の戦い①
「クロ殿はこちらにおられますか?」
10月1日早朝、モスト川の西岸。そこに作られたフレアネス王国軍の陣地。その端の方にある、土魔法で即席で作られた小屋にクロはいた。前日にここに着き、ブリーフィングを抜け出してから、手持ちの武装を整備したりして適当に時間を潰していた。
そしてこの小屋を借りて寝ていたのだが、そこに朝早く尋ねてきた者がいた。
「なんだ?」
寝起きで目をこすりながらクロが顔を出すと、小屋の前には作業着の馬系獣人の男が立っており、その後ろには巨大な馬車がある。
その馬車を見てクロは要件を察した。
「おお、間に合ったか。」
「ぎりぎりですが。まったく無茶な注文でしたよ。こんな重いものを3日で王国を縦断するような距離運ぶんですから。」
「すまんすまん。礼は弾むから。」
クロはこの戦で使うあるものの運搬を業者に頼んでいた。かなりの重量物のため、遅れるわけにはいかないクロ達が担いでくるのは無理があったのだ。
とはいえ、専門業者と言えど、普通の馬車で7日近くかかる距離を3日で走破しろというのは無茶な注文だった。マシロでさえ1日半かかるのだ。間に合わない可能性も多分にあると考え、出発の朝に王都に寄って業者に依頼する際に「最悪、間に合わなくても金は払う」と言って頼んだのだ。
「まあ、でも間に合ってよかったです。ハイランドホースをとっかえひっかえ、夜通し走ってきた甲斐がありました。」
そういって業者は馬車を曳く大きな馬を撫でる。
「無茶させちまったか?」
「無茶ではありますが・・・王国の一大事ですから。我が社がそれに一役買えるとあれば、多少の無茶はやって見せますよ。」
「立派なもんだ。じゃあ、敬意を形に表すとするか。」
クロは小屋に戻って荷物袋から財布を取り出し、通常の運賃の3倍を払う。痛い出費だが、口にした通り、敬意を表するためだ。クロはヒト嫌いだが、その技術と努力は尊敬するし評価もする。
「確かに。ではまたのご利用をお待ちしております。」
作業着の業者は礼儀正しくお辞儀をして去っていった。肝心の荷物は、会話している間に他の者が馬車から降ろしていたようだ。
クロは馬車を見送ると、梱包された荷物を開封し、点検する。
「うん。損傷なし。まさしくプロの仕事だ。いいね。」
業者の丁寧な仕事に感心しつつ、クロは荷物を組み立て始める。作戦開始は数時間後だ。あまり時間はない。
作戦開始1時間前。なかなか司令部に姿を現さないクロに、ロクス司令官が苛立つ。
「何をやってるんだ、あの魔族は!」
「時間は伝えたはずですが・・・」
「怖気づいて逃げたんじゃなかろうな?」
「まさか。<赤鉄>ですよ?銃弾の雨にすら突撃すると言われている猛者です。逃げるとは思えません。」
「それほど言うならドナルド!お前が呼んで来い!」
「はっ!」
怒鳴られたドナルド副官は、さっさと司令部を出る。
・・・やれやれ、傭兵は自由でいいね。怒られるこっちの身にもなってほしいもんだ。
そんなことを思いながら、クロに貸し与えた小屋に向かう。
ドナルド副官が小屋に着くと、クロはすぐに見つかった。小屋の前でなにやら作業をしている。
「クロ殿!作戦開始まで1時間もありませんよ!」
「ああ、副官殿か。わかってる。その作戦で使うのを用意してたんだよ。今、終わる。」
そう言ってクロは槍のような傘のような、謎の物体を持ち上げる。
それは傘のように鉄製の軸の周りにこれまた鉄製の骨がついていて、骨の上に黒い布が張られている。形は半開きの傘のようだが、開閉することはできない。骨は複数の鉄棒で軸としっかり繋がっている。
長さ3mはあるその大きな鉄塊を、クロは両手で持って振り回す。強度の確認だ。
全力で振り回しても問題ないことを確認すると、地面に置いた。
「お待たせ。いやあ、布を張るところで思いのほか手間取ってしまってな。」
「あれは何です?」
「あー、名前はまだ決めてない。でも使い捨ての予定だしなあ。便宜上、「傘」でいいか。」
「はあ・・・どう使うんです?」
「説明してもいいが、俺を呼びに来たんじゃないのか?」
「あ、そうでした。司令官、カンカンに怒ってますよ?早く来てください。」
司令部に行くように促すドナルドに、クロは嫌そうにする。
「俺が出る意味はないだろ。作戦内容はもう聞いたし。それとも変更でもあったのか?」
「変更はないですが・・・」
「なら俺は行かねえ。会議は苦手だし、あの司令官も嫌いだ。」
ロクス司令官とは到着直後に少し話したが、やはりクロにとっては嫌な奴だった。マシロが<雨>と戦うと聞くや否や、「では<雨>の対処は<疾風>だけで十分だな」と言って、別動隊の人員を連絡員だけ残してモスト川の方に合流させたのだ。
ロクス軍にとっては勝率が上がる有難い指示だが、クロにとって見ればマシロの危険が増す行為だ。当然抗議したが、ロクスは一切聞く耳持たなかった。しかもクロを魔族だからと侮っているのが見え見えだった。
「あいつは俺が同盟国の国主って立場だとわかってんのか?俺は権力を笠に着る気はないから、あまり言いたくないが、あんな態度をとったら普通、問題だろ。」
クロは国王を名乗ったことはないが、フレアネス王国と対等の同盟を結んでいる領地の主だ。すなわちジョナサン国王と対等である。それに対して聞く耳を持たないばかりか、舐めた態度をとっていたら、普通は外交問題だ。
そう言われたドナルドは申し訳なさそうにする。
「それは私から謝罪します。豪気で熱いあの方は、部下には慕われているのですが、どうにも頑固でして・・・国王の忠言にも耳を貸さないことすらあるのもですから。」
「よくクビにならねえな。」
「本当、部下の人望は厚いのですよ。その分、ロクス軍は士気も高いですし。武将としては優れているのです。」
「ふうん。で、足りない部分を副官のあんたがフォローしてると。大変だな。」
「お察しの通りで・・・」
ロクス軍は司令官に惹かれて集まった熱血漢の集団だ。王国軍の4つの軍団の中でも特に士気が高い。だが、だからこそ暴走しやすい。それをフォローして回るのがロクス司令官の副官たちだ。
王国軍は大勢を司令官が束ねる単純な構造故に、司令官への負担が大きい。それを減らすために、どの司令官にも複数の副官がついている。
ロクス軍の副官たちは、一様に苦労人だった。
「その私を助けると思って、会議に参加してくれませんか?」
クロとしてはどうでもいいと突っぱねたいところだが、ドナルドにはさぼった会議の内容を教えてもらった恩がある。
「しょうがない。行くよ。」
「助かります。」
そうしてクロは右手に「黒嘴」、左手に「傘」を持って司令部に向かった。
そして司令部の会議室。クロが参加して、作戦の最終確認が始まる。
クロが参加したことで、とりあえずロクス司令官の怒りは収まったのだが・・・会議が再開して数分後。
「<赤鉄>・・・!貴様、聞いてるのか!?」
「ん?ああ、何?」
頭を揺らして舟を漕いでいたクロが目を覚まし、返事をする。明らかに寝ていた。会議に参加してわずか数分である。これにはロクス司令官の怒りも再燃。
クロが居眠りし、ロクスが叩き起こすのを何度か繰り返した末、結局クロは追い出された。
「もういい!貴様は時間になったら橋に突っ込め!せいぜい敵を引き付けろ!」
「はいはい。」
追い出されたクロは、司令部の入り口に置いていた「傘」を確認する。愚痴をぶつぶつと言いながら。
「まったく。だから会議は苦手って言ったんだ。しかもやることはやっぱり昨日聞いたのと変わらねえじゃねえか。」
そして「傘」の確認を終えたクロは時間を確認し、橋へと向かった。帝国側からは見えないように、ゆっくりこそこそと。
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モスト川東岸。橋を守る帝国兵達は、規律正しく整列しながらも、小声で近くの仲間と雑談していた。
「本当に王国の奴らは来るのか?」
「上はそう言ってる。隠れてはいるが、確かに敵軍に動きがあるんだと。こっちが雪で補給できない今を狙って来るかもしれないって。」
「なら今日は勘弁してほしいね。」
「まったくだ。橋の守りの最前列なんて、真っ先に死ぬ位置だもんな。明日には下流に異動だし、明日以降にしてくれよ。」
「お前、下流か。いいなあ。俺は上流だよ。下流にはアレがあるから生き残る確率高いだろ。」
「まあな。でも上流だってここよりはマシさ。頑張って作った防壁があるんだからな。」
モスト川東岸には川沿いに高い防壁が建造されていた。防壁自体は元々あったが、獣人でも簡単に越えられないように、2mまで増築したのだ。
2mでも身体能力が高い獣人の中には飛び越えてくるものもいるが、防壁に隠れて銃弾の雨を浴びせてやれば、跳躍する隙を与えることはないだろう。実際、これまでに何度か渡河を試みた王国軍をそうやって返り討ちにしている。
そうやって明日の話をしている2人の帝国兵のところへ、通信兵の大声が飛び込んでくる。
「敵襲!敵襲!橋に侵攻する者あり!」
「「げっ、マジかよ。」」
2人は口では悪態をつきながらも、歩兵銃を確認し、隊列を組む。訓練で体に叩き込まれた動きだ。考えなくても必要な動きはできる。
帝国兵たちは数列に並び、土嚢を盾にして銃を構える。強烈な魔法攻撃が飛んでくる可能性を考えれば、なんとも心もとない盾だ。すなわち、何もさせずに制圧射撃で応戦するスタイルだ。隊列を組む彼らの後ろにはさらに100人を超える帝国兵が並び、前がやられ次第、前に出る構えだ。すなわち、前にいるほど使い捨てられる可能性が高い。
「ああ、畜生!嫌だぜ、最前列なんて。」
「あー、家の棚に隠しといた酒、飲んどけばよかったなあ。」
諦めムードの2人に、その隣に並んだもう1人が話しかける。
「早々にあきらめてんじゃねえよ。追い返せば生きて帰れるだろ!」
「そらあ、そうだがよお。」
そこへ追加の通信が来る。
「敵は1人!」
「「は?1人?」」
「朗報じゃねえか。その1人を追い返せば・・・」
希望を見出したところへ、追加情報が来る。
「外見から<赤鉄>と思われる!未知の武器を持って突進してくる!迎撃せよ!」
「「「あ、オワタ、これ。」」」
唯一前向きだった1人も、瞬時に生還をあきらめた。帝国兵になれば、嫌でも<赤鉄>の話は聞く。
なんでも出会った敵は皆殺し。今だ接敵した1人の生還も許しておらず、その戦闘方法すら金属を操るということ以外不明。対処法もない化け物だった。外見情報も王国に忍び込んだ諜報部員がようやく得てきたものだ。あまりにも情報が乏しい。
最前列の帝国兵が諦めたのと同時、その視界に黒い塊が見え始める。橋は500m以上あり、対岸の人など双眼鏡でも使わなければはっきりと見えない。
「あれ?もう半分くらい来てねえか?」
「は?まさか。いや、でも・・・」
「いや、来てるぞ!速い!」
最初の敵襲の通信から、数十秒。監視は対岸まで見ているから、敵が橋に入る前から連絡していたはずだ。わずか20~30秒で300m近く走破していることになる。武装した状態でこの速度は、獣人でも難しい。
「くそ!撃て!」
「待て!まだ射程じゃねえ!」
「数で押すしかねえだろ!相手がどんな化けモンだろうと、ハチの巣にしてやれば・・・」
「おい、なんだあれ?」
敵が150mほどまで接近したところで、ようやく帝国兵は敵の姿が認識でき始める。それは傘のような黒い何かを前に構えて、まっすぐ走って来ていた。さながらランスを構えて突進する騎士だ。だがその傘のようなランスは、敵の姿が完全にその陰に隠れるほど大きい。
「なんだありゃ!?盾か!?」
「おい、これ、撃ってもあれで防がれるんじゃ・・・」
「だからって撃たないわけにもいかねえだろ!」
そうして帝国兵の一斉射撃が始まる。
第2次モスト川の戦い、その火ぶたが切って落とされた。




