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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第1章 白い犬
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009 初陣③

 ・・・ああ、疲れた。

 魔族の体は疲労とは無縁だが、精神的に疲れた。100人は斬った気がする。それでも敵は減らない。減ってはいるんだろうが、減ったように感じない。前世でやってた終わりの見えない仕事をまたやっているようで胃が痛くなる。そろそろ引き際かとも思うが、ここで引き返すと、せっかく鹵獲した大砲が奪還されてしまう。

 幸いクロの怒りによる魔法制御力向上はまだ継続中だが、援軍は期待できない。

 ・・・敵があきらめるまで粘るか?何人殺ればあきらめるかな・・・敵は2万だったよな?こちらに4分の1来てるとして、5000?うわ、100人程度じゃ焼け石に水か。

 俺に広範囲高火力の攻撃手段があればなあ、と思いながらクロは腰に差した脇差をちらと見るが、反応なし。反撃開始時には反応があったが、出し惜しみしてるうちになくなってしまった。これが使えれば一掃できるが、使用条件が厳しすぎる。

 そんな思考をしているうちに帝国兵が射程まで接近し、銃を構える。


「『壁』」


 傍らに浮かんでいた溶融金属の球体が、キーワードに応じて形を変え、クロの正面に正方形に広がる。『壁』は本来操った鉄柱などを整列させて壁を作る魔法だが、液体となった金属でも可能だ。液体状だと銃弾を防げるか少し不安だったが、問題ない。魔力を注ぎ続けることで、溶融金属は指定の場所に留まり続けようとし、その力が銃弾を抑え込んで止めている。大砲一つ飲み込んで十分な量になった溶融金属は分厚い盾を形成し、銃弾を受け止めるとその中に取り込み、融かしてさらに自身を大きくする。

 しかし、結構銃弾を飲み込んだせいか、操作性が悪くなってきた。ぽたぽた滴が地面に落ちてるし。鉄操作でまとめて動かすのも限度が出てきたか。鉛操作で鉛を分離することにする。こんな溶融金属の滴が垂れてたら、危ない。

 鉄操作魔法と鉛操作魔法を並列起動して溶融金属を2つに分ける。

 ・・・お、鉛の方は『ヒート』による加熱が弱くても融かせるから、結構コスト下がるぞ。2種の魔法を同時起動する分、魔力消費が激しくなるかと思ったが、意外に悪くない。

 鉄の方を引き続き『壁』で防御に使いつつ、鉛の方で攻撃する。『壁』で前方が見えないけど、味方がいないから関係ない。適当に飛ばせば当たるだろう。


「『滝』」


 融けた鉛が滝のごとく前方に流れていく。既存の水魔法『ウォーターフォール』の術式を流用した魔法だ。水魔法の術式はかなり勉強になった。対象を1つの物体ではなく、グループで指定し、整列させる術式は水魔法でよく使用されていた。そして、改良によりクロの『滝』は、垂直に落ちるだけでなく、好きな方向に飛ばせる。指定した幅と厚さで溶融金属がまっすぐに流れていく。

 ・・・ああ、敵兵の断末魔が多重に聞こえる。きっとこの盾の向こうは阿鼻叫喚の地獄だろう。地獄で入るのは融けた銅だったか?


 この『壁』と『滝』のコンボで少しずつ攻め上がる。ここまでは再生能力に任せて接近戦で斬り倒して来たが、せっかく楽に倒せる方法を見出したのだから、もう特攻は必要ない。包囲されないように時折後退しながら、敵兵を削っていく。敵を焼き払っては融かした金属を取り込み、一度まとめてまた鉄と鉛に分ける。魔法制御力向上が続く限り、消費魔力より自然回復の方が速い。継戦能力に問題がないどころか、徐々に敵の装備を食って武器が大きくなっていく。2つ同時操作も慣れてきた。

 しばらく進んだところで、こちらに向かってくる以外の敵兵が遠くに見えてきた。確かあっちは東。おそらく主戦線だろう。

 ・・・獣人部隊の当初の目的はあれを横から叩くんだったよな。一当てすれば混乱して引いてくれないかな?

 そう甘い考えが浮かんた時、魔力を感知する。クロの魔力感知は視覚的なものがメインで、前方は遠くまで正確に把握できるが、高濃度の魔力を含む物体の向こう側や、後方が把握できない。しかし、クロは精度は甘いが聴覚的な感知もできる。それが後方から高速で迫る高い魔力を持った存在を捉えた。

 獣人以上の速度、人間を遥かに超えた魔力。魔族だ。


「刺客か!こんなときに。」


 視覚で感知すれば、見覚えのある魔力。間違いない。

 3人の魔族がクロの前に現れる。


「クロ、貴様が我らが主を・・・」

「『滝』」


 聞く必要なし。1対3の数で不利な状況で余裕はない。どんな問答をしようと、クロがこいつらの主を殺した事実に変わりはない。戦闘は避けられない。ならば、返り討ちにするのみ。

 2枚の溶融金属の奔流が時間差で魔族を襲う。1枚目は躱されたが、上に跳んで逃げた1人を2枚目が捉える。捕らえた魔族の体を融けた鉄が覆う。『移動』を行使。目標は奴の脳。同時に外れた鉛を奴の心臓に向けて『移動』。これで放っておいても融けた金属が奴を死ぬまで焼き続ける。


「くっ、貴様!不意打ちとは・・・」


 無視。即座に追撃する。魔族は戦う前によく敵と長々と会話する。目的は2つ。術式起動の時間稼ぎと闇魔法による敵の弱体化狙いだ。

 人間達が神の恩恵によって使う魔法と違い、魔族の魔法は術式起動を自前で行う必要がある。術式起動には、魔法を実行するのに必要な魔力と別に大量の魔力が必要になる。言ってしまえば、術式はプログラムで、術式起動はパソコンの電源を入れるようなもの。起動しなければ術式は動かない。さらに、古いパソコンのごとく、術式起動は遅い。その媒体(魔族が一般的に使うのは石板)に書かれている術式が多いほど、起動は遅くなる。じゃあ、起動しっぱなしにすればいいかというと、それでは魔力消費が半端ない。魔力枯渇が命に関わる魔族は、そんなことはできない。クロ並みの魔法制御力で自然回復するなら一考の価値はあるが、クロが確認した限り、クロ以上の制御力の魔族はいない。

 ちなみにクロは術式の媒体が小さな手帳だから、起動は容易い。本拠地に置いてきている普通の魔族と違って、身に付けてるから魔力の供給も楽。さらにこの手帳には多数の術式を書いてはいるが、実は『移動』を組み合わせただけの単純な魔法ばかり。容量が非常に軽い。強化とか変形とかの複雑な魔法の魔導書は別にある。だから、荷物をムラサキに任せたのだ。

 そして魔族が長々と話す理由2つ目の闇魔法による弱体化は言うまでもない。闇魔法を交えた言葉で相手を精神的に揺さぶる。動揺した奴は基本的に魔法の威力や精度が落ちる。闇魔法による魔力消費は微々たるものなので、ダメで元々、魔族なら誰でも試す。クロはやらないが。

 ともかく、接敵直後の魔族は、今、大した魔法が使えない。焼き殺した1人目も本来は風属性の飛行魔法とかで逃れえたはずだったのだろう。それを回避もできずに受けたのだから、間違いなく、今、刺客たちには魔法が使えない。その間に仕留める。


 2人目に斬りかかると、敵は剣を抜いて応戦してくる。だが1合目で決着。敵はクロの斬撃を剣で受け止めたが、1秒と持たずに敵の剣が折れ、クロの剣が敵の顔面を抉る。

 今、クロの「黒嘴」は『ヒート』で2000度近くまで加熱している。高融点のタングステンをさらに魔法で強化して作った剣だからこそできる芸当。加熱しているのは刀身だけだが、当然柄にも熱が伝わる。手は消失と再生を平衡させて握っている。長時間は使えない。

 ちなみにこの「黒嘴」、タングステンなんかでできているもんだから、鉄の2.5倍くらい重い。破壊力抜群だが、そのせいで腰にさせない。だからいつも杖代わりに手に持つことになっている。


 顔面を焼きながら斬られて視覚や嗅覚を奪われた敵が冷静さを取り戻す前に首を斬り落とす。もちろん、これだけでは死なないので、ズボンからある武器を取り出し、傷口に突き刺す。


「『丑の刻参り』」


 対魔族用の武器、「五寸釘」。もちろんただの釘ではない。

 首を斬られた魔族はクロを振り払い、頭を拾う。頭に血がいかなくなっても魔力で脳の機能を補い、体を魔力で動かす。訓練すれば魔族なら誰でもできる。そして首をつなげた。顔面も治りかけている。しかし、3人目の魔族が慌てて警告する。


「バカ!治すな!首に仕込まれたぞ!」

「え?」


 もう遅い。『丑の刻参り』が発動。「五寸釘」は先端と底以外は薄く小さい鉄の円盤が重なったものだ。その円盤が高速回転しながら四方八方に飛び散る。それを体内でやれば、肉を割きながら進むわけだ。


「がっ!?」


 2人目の魔族から無数の金属片が飛び出す。そして、戻る。1mくらい進んだら、元の位置に戻る。直線ではなく、それぞれ異なる曲線を描いて。行きでも戻りでも肉を切り裂く。


「おい、体内に戻ったぞ!早く取り出せ!」

「しかし・・・」

「クロは俺が仕留める。それを抜いたら加勢しろ。」


 ・・・3人目は、油断してくれそうにないな。だが、そいつが加勢することはないよ。


「ごっ!?」

「なに!?」


 再生し始めた2人目の体をまた引き裂く。これで2回目。あと5回は自動で起動する。とても持つまい。

 その様子を見て動揺したと思しき3人目に斬りかかるが、躱された。他の2人のようにはいかなそうだ。


ーーーーーーーーーーーー


 留守番のムラサキは意外にも暇ではなかった。

 魔族になってからというもの、五感が発達し、特に聴覚が優れていた。魔力感知も聴覚による認識がメイン。全方位が認識でき、条件によっては壁の向こうも遠くも把握できる。距離は視覚に劣るが、索敵には十分な距離だった。それらを併用して、倉庫にいながら司令部の会話を聞いていたのだ。


「なんか劣勢っぽいなあ。勝てるんじゃなかったのかよ。」


 詳しい用語はわからないが、中央は何とか食い止め、東の獣人部隊は迎撃されて後退中。クロが行ったはずの西に至っては連絡が取れず、おそらく全滅。伝令すら戻れないとかやばいだろ。

 まあ、クロについてはあまり心配していない。クロは謙遜するだろうが、ムラサキはクロが不死身だと思っている。魔族が死ぬのは魔力枯渇のみ。その魔力の自然回復力がクロは異常なのだ。その上、用心深く、頭が潰された場合や心臓が使えなくなった場合まで想定して訓練していたのを見た事がある。むしろどうやったら死ぬというのか。

 とりあえずムラサキは、やばくなったら逃げることを決め、逃げた後どうやってクロと合流すべきか悩み始めた。そこに聴覚が妙な音と魔力を捉える。


「南東から高速接近?敵の別動隊だったらやばいなあ。」


 どうやって荷物を運ぶか思案し始めるが、なんと高速接近していたものは、あっという間に司令部前に到達した。ムラサキは驚き慌てるが、よく見ると攻撃する様子はない。倉庫から顔を出すと、司令部前には大きな白い犬と、その背にまたがる兵士が1人。


「なんだあの犬。でけー。」


 その真っ白な犬は全長3mはあろうかという巨体。明らかに普通の獣ではない。魔力感知で見れば、普通の獣より体内の魔力が多い。


「魔獣か。」


 魔獣とは、獣の中にまれにいる、魔法を用いる獣のことだ。だが、定義としては、魔法を使う能力がある獣、であり、判別方法は魔力容量の大きさである。故に、魔獣が必ず魔法を使うわけではない。魔力があっても使う術を知らなければ、魔法は使えない。だが、魔法なしでも魔獣は強い。魔族ほどではないが、魔力で各種身体能力を向上させる。さらに知能も高い。ほとんどの魔獣は人語を解する。一部の魔獣は人語を話せるほどだ。逆に言えば、知能が高いからこそ、魔力容量が大きいと言える。

 白い犬の背に乗った兵士が、犬の背から飛び降りた。


「シロはここで待て。」


 シロと呼ばれた犬はこくりと頷くと、座った。兵士が司令部に入っていくと、犬はムラサキの方を見た。


「うわ、何でこっち見んだよ。こえー。」


 その犬の眼は鋭く、野生以上に過酷な修羅場を潜り抜けてきた貫禄があった。視線で攻撃されたような気がしたムラサキは倉庫の奥に引っ込む。

 耳が再び司令部の会話を拾う。


「フレアネス王国犬人部隊所属ハヤト・ミタライです。援軍の先鋒として参りました。」

「おお、あの<疾風>の!お噂は聞き及んでいます。」

「時が惜しい。見たところ劣勢のようですが、状況は?」

「中央は第3防衛ラインで食い止めています。初手は敵の兵器に手痛くやられましたが、土魔法による塹壕と土塁が有効とわかりましたので、何とか対応できています。東の獣人部隊が迂回して攻める予定だったのですが、迎撃され、現在逆襲を受けています。」

「西は?」

「それが・・・西の様子はよくわからないのです。連絡が途絶えてから1時間ほど経つのですが、敵が攻めてくる様子もなく・・・」

「斥候は出したのですか?」

「先程。まだ戻ってきていません。」

「伝令!右翼がさらに押し込まれています!もう持ちこたえられません!撤退の指示を!」

「・・・では私は東の援軍に行きます。」

「申し訳ない。お願いできますか?」

「なに、帝国兵の相手なら慣れたものです。失礼します。」


 司令部から出た兵士ハヤトは颯爽と犬にまたがる。そして鞍のようなものに付いた取っ手を掴み、別の手に小型の銃を構える。


「行くぞ、シロ。東の戦線を押し返す。」


 犬は立ち上がり、走り出す。一瞬のうちに加速し、目にもとまらぬ速さで駆け抜けていった。


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