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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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080 大河の前で

 クロは建物の屋上で手すりにもたれて、目の前を流れる大河を眺める。川は浅く、一見すると流れは緩やかに見えるが、もし入ればその流れに翻弄されることになるだろう。また、今は秋の終わりでもうすぐ雪が降ろうという季節だ。水温は低く、長時間漬かれば獣人でも凍えてしまう。

 その長大な川幅の大河の向こう、対岸に目をやれば、その大河の東側全てを覆っているのではないかと言うほど長い壁が見える。高さは2m程度。ここからでは厚さまでは見えないが、かなり堅牢だろうと思われる。その壁の向こうを魔力視で覗けば、見ていて気分が悪くなるほどの数の人間がたむろしているのが見える。

 それを見てクロは大きく溜息をついた。


「はあ、なんでこんなとこに来なきゃいけないんだか。」


 クロが見ている川は西大陸北東部を流れるモスト川、その下流域だ。対岸に見えているのは帝国軍。すなわち、ここはフレアネス王国対ライデン帝国の最前線だった。クロがいる建物は、王国軍の最前線基地。会議が大嫌いなクロは、軍のブリーフィングを最低限だけ聞いて抜け出して来たのだった。

 クロがぼーっと川を眺めていると、屋上にもう一人やって来た。


「おや、クロ殿。こちらでしたか。」


 黒髪の犬系獣人がクロに近づいてくる。姿勢がいい優等生と言う感じの軍人だ。荒れ事よりデスクワークの方が向いていそうに見える。

 クロは数秒、その顔を眺めて考え、そして諦めて聞くことにした。


「すまん。誰だっけ?」

「・・・自己紹介していませんでしたかな?私はロクス司令官の副官、ドナルドです。」

「ああ、思い出した。悪い。ヒトの名前を覚えるのが苦手でな。」

「はあ。」


 クロは嘘偽りなく、本当に人の名前を覚えるのが苦手だ。恩義を感じたり、頻繁に会う者は覚えるが、そうでもなければ基本、覚えていられない。根本的に人間に興味がないのだろう。


「で、何の用だ?あんたも休憩に?」

「いえ、クロ殿がブリーフィングを抜け出してしまいましたので、内容をお伝えすべきかと。」

「ああ、助かる。」


 そうしてドナルド副官は、クロに丁寧に作戦内容を伝える。クロはそれを聞きながら、自分がここに来ることになった経緯を思い出していた。


ーーーーーーーーーーーー


 3日前の9月27日。天気がいいので、クロ達は昼のティータイムを外でとっていた。そこでクロの向かいに座っていたマシロが急に椅子から立つ。


「マスター、来客です。ヴォルフさんですね。」


 嗅覚式魔力感知を常に行っているマシロは、一早く来客に気がつく。立ち上がったのは、来客時にはメイドとして振舞うためだ。


「爺さんか。世間話や取引の話ならいいが・・・半分くらいの確率で厄介事を持ってくるんだよな。」

「おそらく後者かと。」

「げ。」


 これまた魔力感知でヴォルフの感情を既に読み取っているマシロが、要件の予想を告げる。

 クロはヴォルフ自身のことは嫌いではない。キュウビの件では対立したが、ヴォルフ個人の能力と人柄は尊敬に値すると思っている。だが王国の厄介事を持ってくるのだけは困る。さらに言えば、領地の割譲や地金の取引で良くしてもらっている分、断りづらいのも悩みの種だ。

 ムラサキも似たようなことを考えているのか、嫌そうに顔を顰める。


「厄介事ってこの間の窃盗団みたいな、か?」

「ああ。だいたいここに持ち込む案件って、その時点で王国内で解決できない難題であることが確定してるよな。」

「うげえ。」


 クロの言葉にムラサキの顔はますます歪む。面倒くさがりで自由人のムラサキには特に嫌なのだろう。

 そんな会話をしているうちにヴォルフがやって来た。


「こんにちは、皆さん。」

「こんにちは。」

「・・・あまり歓迎されていないようですね。」


 クロ達を見渡して気まずそうにヴォルフは言う。

 クロとムラサキはあからさまに不機嫌だし、マシロも表情には出さないが、警戒している。唯一、話が分かっていないアカネだけがいつも通りだ。


「厄介事を持って来たんだろ?」

「ええ、まあ。」


 クロが遠慮もなく言うと、ヴォルフは肯定する。

 ヴォルフがマシロに席を薦められて座り、マシロが淹れた紅茶を一口飲むと、即座に要件を話し始める。どうやら紅茶の感想を述べる余裕もないようだ。


「事の発端は、今年の雪が遅いことです。」

「遅いのか?」


 今年からフレアネス王国に住み始めたクロには、例年との違いは分からない。クロの疑問にマシロが答える。


「確かに遅いですね。例年ならとっくに初雪が降ってもおかしくない頃です。」

「その通り。なかなか初雪が降らないことから、今年の雪は遅いというのが、王国内の共通認識です。」

「ふうん。」


 ここまではただの世間話だ。クロも興味なさそうに聞いている。ぼんやりと自宅の積雪対策を頭の中で確認するくらいだ。


「そこへ数日前に、北と東の大陸ではすでに積雪が始まっていて、東の戦線はすでに休戦状態だと報告が届きました。」

「東はもう休みか。」


 まるで他社の社員の休暇を羨むようにクロが感想を述べる。東部戦線でイーストランド王国がネオ・ローマン魔法王国と同盟し、帝国を押し返している話は、クロも少しは耳にしている。遠方の話なので詳細は伝わっていないが、勇者が活躍しているとだけは聞いていた。


「それを聞いた司令官の1人が、今が攻め時だと躍起になっているのです。」

「はあ?」


 話の雲行きが怪しくなる。厄介事だと初めからわかっていたが、どうやら思ったより規模が大きい話になりそうだ。

 王国には国王直轄軍と各領地の貴族の私兵がいる。軍と言えば、普通は国王直轄軍を指す。その軍は特殊部隊を覗けば4つの軍団に分かれており、それぞれにそれを統括する司令官がいる。軍団の名前は司令官の名前を取っている。アクシー司令官の軍団は、アクシー軍だ。

 さらに軍団の中で種族ごとの部隊に分かれる。犬系部隊、猫系部隊、虎系部隊、と言った感じだ。その部隊それぞれに部隊長がいて、司令官の下につく。種族ごとに分かれるのは、獣人は種族によって能力も性格も異なるからだ。異なる種族の混成部隊にすると喧嘩が良く起きるし、連携も取りにくい。軍の規律と言う点では人間の軍隊よりだいぶ劣っている。

 だが同族同士ならかなり高度な連携も取れる。犬系部隊など遠吠えだけで連絡でき、伝令要らずだ。

 話を戻すと、司令官が動くということは、少なくとも軍の4分の1が動くということであり、すなわち確実に大規模な戦闘になる。


「東が休みってことは、単純に帝国の戦力は今、倍ってことじゃないか?」


 東部戦線の軍が合流すれば、単純計算で敵の兵力は倍になる。クロにはなぜ今が攻め時なのかわからない。


「そうでもありません。休戦状態とはいえ、警戒は必要ですから、帝国の東部軍は動きません。仮に西に来たとしても、移動に時間がかかりますから。」

「まあ、そうか。」

「ロクス司令官が主張するメリットはまさにそこです。今、帝国では雪が降っているので、輸送がおぼつかないのです。つまり、援軍も物資の供給も乏しい。我が国だけが十分な補給がある状態になるのです。故に、今戦えば勝てる、と言っているのです。」


 確かに雪が降れば輸送機関は機能が低下する。帝国は豊富な輸送手段を持っているが、その多くが雪で阻まれる。


「なるほど、理屈は通っているようだが、爺さんはそうは思わないのか?」


 クロの問いかけにヴォルフは頷く。


「ええ。確かに帝国軍の補給は乏しくなるでしょうが、帝国はおそらく既に冬に備えて前線に大量の備蓄を行っているはずです。それを削り切るのは困難でしょう。そもそも我が国は物量で圧倒的に劣っているのです。帝国に対して消耗戦は悪手ですよ。」

「なら、そういえばいいじゃねえか。」


 ムラサキが簡単に言うが、クロは首を横に振る。


「言ったんだろ?で、聞く耳持たなかった。そのなんとかって司令官がな。」


 クロのところに話を持ち込んだ時点で、話し合いで解決しなかったことは明白だ。


「はい。あと、ロクス司令官ですよ。」

「そう。それそれ。一体どんな奴だ?」


 ヴォルフに名前を言われて、クロはその司令官の特徴を尋ねる。しかしヴォルフが答えるより先にムラサキが呆れて溜息をつく。


「クロ、お前会ってるだろ?ロクスって。」

「え?」

「マジで忘れてるのか。」

「忘れた。」


 きっぱりと言うクロに、流石にマシロも呆れた声を出す。


「マスター。私を軍から引き取る交渉をしに行った際にお会いした方です。虎系獣人の。」


 マシロにそこまで言われてようやく思い出す。


「ああ、あれか。あの頑固な。そんな名前だっけ?」

「そうだよ。ちゃんと向こうも名乗ってただろ?」


 ムラサキにそう言われても、覚えていないものは覚えていない。クロは自分と関りが薄いヒトの名前は覚えない。


「まあいいや。で、その頑固司令官はどうやって攻める気なんだ?西の川から?それとも南の平野の<雨>を攻略する気か?」


 クロの問いに、ヴォルフは少し答えにくそうにしてから、すまなそうに言う。


「・・・両方です。同時に攻めると言っています。」

「・・・国を滅ぼしたいのかそいつは?」


 ただでさえ数が劣る王国軍が、さらに戦力を分散させるなど、各個撃破される未来しか思い浮かばない。


「愛国心は人一倍強いのですよ。ですが、暴走気味と言うか。」

「誰か止めろよ、って止めても聞かないのか。」

「はい。しかも彼が熱く語ると、なんとも説得力があって、多数の貴族も賛同してしまって。一応、作戦としては悪くないのです。モスト川に主戦力を配置し、別動隊が<雨>を平野に釘付けにする。その間にモスト川を越えようと言うのです。」

「ん~、まあ、確かに。」


 仮に川に戦力を集中した場合、<雨>が平野から駆け付ける可能性がある。そうなると王国の被害は甚大だ。故に少数で<雨>をミタテ平野に引き留めるのは、確かに必要なことに思える。


「戦力が足りれば、有効な作戦なのです。」

「足りないと爺さんは思うわけか。」

「はい。ロクス軍の主力が総攻撃をかけても、川を渡れる確率は1割にも満たないでしょう。」

「他の軍団を合流させられないのか?」

「4軍団は前線、沿岸警備、休暇でローテーションです。不可能ではありませんが、兵の疲弊が気になるところですね。」


 この戦いの後は雪で休戦状態になるのだからいいだろうと思うかもしれないが、一兵卒からすれば、例え戦闘がなくとも、前線にいるというだけでストレスになるものだ。雪が降っても前線には万が一に備えて兵を置かなければならないし、沿岸警備も必要だ。


「それに合流して2軍団で攻めても、それでも勝率は5割以下でしょう。そもそも獣人は密集戦闘に向いていませんし。王国軍の半分の命を預けるには心許ない勝算です。」


 それを聞いてクロは先を読んで言う。


「で、王国軍の数万人の命を懸けるよりは、同盟国の3人の命を懸けた方がいいと。」

「・・・はっきり言ってしまえば、そうなります。」


 確かに数の上では賭ける命が圧倒的に少ないし、無駄に数を増やすよりよほど効果があるだろう。ちなみにアカネはカウントしていない。クロはアカネを前線に出す気は毛ほどもない。

 それを聞いたムラサキが騒ぐ。


「なんだそりゃ!俺達には関係ねえ!却下だ、却下!」


 ムラサキの言う通り、自滅しようとする軍団に付き合うなど馬鹿らしい。だが、先を考えればそうも言っていられない。


「待て、ムラサキ。ここで王国を見捨てたら、帝国はここまで攻め込んでくる可能性もあるんだぞ?」

「ぐっ・・・」


 ここで傍観を決め込み、ロクス軍が全滅でもしたら、王国は一気に傾く。冬の間に立て直す可能性もなくはないが、来年の春には一気に劣勢になる可能性が高い。

 とはいえ、クロも勝算が薄い戦いはしたくない。クロが迷っていると、マシロが進言する。


「マスター、私は・・・」


ーーーーーーーーーーーー


 そこまで思い出していたところで、ドナルド副官の声で我に返る。


「以上です。・・・あの、聞いておられますか?」

「ん?ああ、聞いてる聞いてる。要は俺は橋から攻め込んで、敵を引き付ければいいんだろ?」

「はい。<赤鉄>殿が敵を引き付けてくだされば、その間に上流、下流から我々が渡河を試みます。」


 ロクス軍は各部隊の風魔法使いや水魔法使いを中心に、上流と下流に分かれて渡河する。クロはその間にある橋を渡り、敵を引き付ける。一人で、だ。

 ひどい囮に聞こえるが、クロとしては単独の方がやりやすい。下手に友軍がそばにいると、気を使わなければならないし、最悪、巻き添えにしてしまう可能性もある。


「言っとくが、俺が引き付けられる数なんて、たかが知れていると思うぞ。」

「もちろん、<赤鉄>殿にすべて任せるわけではありません。多少の敵は打ち破って見せますよ。<疾風>殿のおかげで、予定より多くの兵がいるのですから。」

「ああ、そう。」


 クロは興味なさそうに返事をして、南東の空を見上げる。


 ・・・真白も今頃、<雨>を前にして作戦開始を待ってる頃か。


 クロは自分のことなど棚に上げて、留守番をしているムラサキとアカネや、一人で<雨>と戦うと言ったマシロを心配していた。

 そして、それ故に、クロが見ている対岸の帝国軍の実際の数と、ロクス軍が見積もっている敵の数に大きな差があることに気がつかなかった。


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