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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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079 狩りの訓練

 小雨が降る森の中、マシロは犬形態で身を屈め、茂みに潜む。視線の先にはそろりそろりと池の方に近づくアカネ。

 今、マシロはアカネの教育に来ていた。アカネに狩りを教え始めてもうすぐ2週間。今までマシロの狩りを何度も見せて、やり方を教えた。昨日からアカネに1人で狩りをやらせているが、昨日は1匹も仕留められなかった。そのうえ、一度マシロが助けに入ったことさえあった。

 しかしそれも仕方がないこと。野生の獣でも巣立ち直後はなかなか狩りが成功しない。数日食えないことなどざらにある。特にここは魔獣の森だ。捕食者も被捕食者も一筋縄ではいかない猛者ばかり。そんなすぐには狩りは成功しない。9割方成功するマシロが異常と言えた。

 今日もこれが3度目の挑戦になる。アカネの狙いは、池のほとりにたたずむカエル。体高50cmはある巨大なカエルだ。黄色と茶色が混ざった派手な体色で、見るからに毒を持っている。

 普通なら毒を持った者を狙う捕食者はいない。その毒に耐性があるなら別だが。しかしマシロやアカネはその嗅覚で毒がどの部位にあるのかわかる。このカエルは背中と内臓に毒を持っているようだ。つまりそれ以外の部位は食べられるし、触っても問題ない。

 如何にしてカエルの隙をつき、背中に触れないよう急所を攻撃するか。このカエルを仕留めるにはそれが重要だ。


 アカネがカエルに風下からそっと近づく。身を屈めて進めば、茂みに隠れてある程度まで接近できる。幸いにも小雨と微風が茂みを進む音を誤魔化してくれるので、今のところカエルに気付かれた様子はない。

 それでもマシロは自分が狩りをするときの何十倍もドキドキしながら見守っていた。

 カエルに気付かれて逃げられるならまだいい。最悪なのは、思わぬ反撃でアカネが重傷を負うことだ。さらに敵が毒持ちというのもマシロの不安に拍車をかける。毒トカゲの毒にやられて死んだ親兄弟のことが嫌でも思い出される。

 マシロは飛び出したい衝動を必死に抑えつつ、いつでも助けられる態勢でアカネを見守る。


 数分かけて慎重に進み、アカネはカエルの背後の茂みに陣取ることに成功。しかしここから先の5mほどの距離には身を隠す茂みがない。このまま馬鹿正直に飛び出せば、アカネがカエルに飛び掛かる前に、カエルは池の中に逃げてしまうだろう。アカネの瞬発力では、まだこの距離を一瞬で詰めるのは無理だった。


 ・・・さあ、アカネ。どうします?


 マシロはアカネに、速度にものを言わせた力技の狩りしか見せていない。それゆえ、これまでのアカネは、全速力で飛び掛かるばかりで、いつも逃げられていた。アカネにももうマシロと同じようにしていては狩りが成功しないことがわかったはずだ。アカネとマシロは種が違う。種族が違えば、狩り方も変わる。自身の長所を活かす工夫が求められる。

 アカネはじっとカエルの背を睨んで動かない。だがマシロにはアカネが無為に手をこまねいているのではないとわかった。

 アカネの体内の魔力が蠢いている。何か魔法を使おうとしているのだ。


 ・・・炎魔法でしょうか?牽制で回避行動をとらせ、その隙をつく。悪い作戦ではありませんが、状況に合っていません。


 この状況で牽制を撃てば、間違いなくカエルは水中に逃げる。それではカエルを捕らえられない。

 マシロは失敗を予想するが、それはそれでいいと思っている。失敗しても、生きていればそこから学べる。アカネは状況に合った戦法の運用方法を学ぶだろう。

 だが、アカネはマシロの予想を上回って見せた。アカネの魔法発動の直前、マシロが感知したアカネの魔法の属性は炎ではなかった。


 ・・・炎ではない?あれは、闇魔法!?


 一体いつ使い方を覚えたのか、アカネは闇魔法を行使した。魔獣故、詠唱はいらないが、ヒトがこの魔法を使う時、この魔法は『オーディオ・ハルシネイション』と呼ばれる。すなわち、幻聴を起こす魔法だ。

 闇魔法のほとんどは、成功するかどうかに対象の抗魔力が影響する。簡単に言えば、格上には通用しない、ということだ。

 しかしそれは平常戦闘時の話だ。確かに向かい合って身構えている相手に闇魔法をかけようとすれば、格上には闇魔法は効かない。

 だが、抗魔力は状態によって大きく変動する。今のように、カエルがアカネに気付いていない、つまり無警戒の状態では、抗魔力はかなり下がる。

 さらに言えば、闇魔法の威力は何か媒体に乗せて魔力を飛ばすと向上する。投擲武器に乗せてもいいし、何かを見せてもいい。直に触れていれば尚いい。今回アカネが使ったのは・・・


「キャン!」


 音。声だ。アカネの『オーディオ・ハルシネイション』が乗った声は、カエルの耳に届き、その聴覚情報をカエルの脳が処理する際にアカネの魔力が干渉。まったく逆の方向から聞こえたように錯覚させた。

 カエルは正面方向、池の向こうから狐の声がしたと思って警戒する。警戒するが、動かない。それも当然。声がしてもその声の方向は池であり、姿も見えないのだから、まだ遠いと判断したのだ。

 そしてカエルが意識を池の方に集中し、狐を探し始めた瞬間、アカネが茂みから飛び出す。

 虚を突かれて反応が遅れたカエルの前足にアカネが食らいつく。カエルは逃げようと身を翻したところで前足を引っ張られ、態勢を崩して転倒する。

 それを見ていたマシロは慌てて近づく。


 ・・・闇魔法を駆使した接近方法は見事でしたが、捕らえたのが前足ですか。一気に喉に行くのは難しかったとは言え、あれでは危険です!


 案の定、カエルは暴れて、背中の毒腺から毒を染み出させ、アカネに擦り付けようとする。

 慌ててアカネはカエルの前足を咥えたまま、自分の両前足の爪をカエルの腹に立てる。そうして背中に触れないようにカエルを固定した。

 それでもカエルは口から毒液らしきものを吐き出し、舌を伸ばして、なおも暴れる。

 これにはアカネも対処しきれず、カエルを手放して回避した。


 ・・・放してしまいましたか。だが英断でしょう。毒を喰らうよりはいい。


 近くまで来て見守るマシロがそう思ったのと同時、自由になったカエルが身を起こした。

 そしてカエルが逃げるために跳躍しようとしたその時。


「カッ!」

「!」


 アカネが火を吐いた。炎魔法で作りだした火球による攻撃。親譲りの、と言うには威力が足りないが、カエルに致命傷を負わせるには十分だった。

 口から無理に色々出していたカエルは、まだ口を開けたままだったため、口の中まで焼かれ、声を上げることもできずに苦しんで転げまわる。

 池に逃れようとするが、それをアカネが抑え込んだ。口も背中も、焼けてしまえば毒液は十分に出せない。その身の油まで燃えているのか、まだ火が消えないカエルに、火をまるで恐れることなくアカネが組みつき、今度こそ急所の喉を捕らえる。

 深々とカエルの喉にアカネの牙が突き刺さる。カエルは最期まで暴れるが、抵抗むなしく力尽きる。その命の火が消えるのを表すように、カエルを焼いていた炎も同時に消えた。


ーーーーーーーーーーーー


 一方その頃、クロは自宅であるものを睨み、そして覚悟を決めていた。


「・・・よし、やるか。」

「そんなに嫌ならマシロに任せちまえばいいだろ。」

「いや、何でもマシロに任せっきりは良くない。」


 そう言うとクロは扉を開き、棒状の器具を手に取る。手に取ったのは掃除用のブラシ。クロが向き合うのは便器だ。

 そう、クロが今からやるのは便所掃除。家の掃除はほとんどマシロがやっているが、毎日どこか1カ所はクロの担当にしていて、今日は便所担当だった。

 ここには当然、下水などないので、便器の下は穴が地中深くまで開いているだけだ。王都の一般家庭では、定期的に汲み取って肥料にするらしい。

 汲み取るだけでは当然、底に結構な量の糞便が残るわけだが、この地域の地中は微生物の働きが強いのか、ある程度なら放っておいても地中の糞便は分解されるそうだ。

 しかし分解されるのは地中の分だけで、便器や穴の浅い部分の汚れは分解されない。今日はそこを掃除するわけだ。


 「『ウォーター』」


 クロは水魔法で水を出しながら、ブラシで掃除する。土魔法で土を固めて作られた便器はまるで陶器のようで、ブラシで磨くと汚れを落とせる。とはいえ、前世にあったような洗剤がないから、結構ゴシゴシやらなければならない。

 便器の掃除が終わったら、用意していた長い棒とブラシを繋げて、穴の中も掃除する。壁に付着したものを底に掻き落とす感じだ。

 『ウォーター』による流水も併用して綺麗に掃除したら、回収作業だ。

 今のクロの家に住む者のうち、普通に用を足すのはアカネだけだ。他の3人は魔族であり、排泄はごく少量。どうやっても体で利用できない成分がたまにまとめて排出されるだけだ。

 そのため、汲み取って肥料にすることはないが、別の成分を回収する。

 魔族の体から排出される、どうしても体で利用できない成分というのは、大抵が金属だ。特に重金属の類は、一切体に使われず、即排出される。それがここに溜まっているわけだ。


「『ライト』」


 クロは魔導書片手に魔法の光源で穴の底を照らして覗き込む。クロは光適性が低いので、大した明るさではないが、魔族の目なら十分底が見えた。

 そこに溜まっているモノを視認すると、原子魔法で浮かせる。様々な元素で試し、一番多い量が反応した元素だけ引っ張る。そのまま引っ張り出すと糞便もついてくるので、『ウォーター』で洗い流す。

 何度か洗いながら引き上げると、砂のようなものが残る。


「やっぱ、鉛が多いか。」


 食べ物から摂取した分もあるだろうが、何より戦場での被弾が一番の原因だろう。再生時に弾丸は排出するが、一度体内に入った以上、多少は鉛が体に残る。魔族だからこうして魔力で集められて綺麗に排出されるが、普通の生物なら、とっくに鉛中毒を起こしている。

 集めた砂を、用意していた皮袋に入れる。掃除用具を片付けたら、鉛の砂が入った袋は製錬炉の近くに置いておく。もちろん、炉の建屋は施錠しておく。


「ふー、清掃完了!」


 クロが伸びをして体をほぐし、『ウォータ』で手洗い、うがいをする。この辺は前世の癖だろう。

 小雨の中、家に戻り、クロは客間のソファーに座って読書を始める。後は今日の仕事はない。1~2時間もすれば日が沈み始め、マシロ達が戻って来るだろう。それまで読書だ。

 ムラサキが暇そうにしていたので、捕まえて膝の上に乗せる。ムラサキはマシロの前ではこういう行動を控えているが、今はマシロがいないので、遠慮なくクロの膝でくつろぐ。


「何読んでるんだ?」

「きのこ図鑑。」

「ほお。」


 ムラサキが興味を示したので、クロは図鑑をテーブルに広げて読む。ムラサキもクロの膝の上から首を伸ばして図鑑を覗き込む。


「これ綺麗な色してるな。」

「毒じゃねえか。食えねえよ。」

「魔族なら問題ないぞ。」

「毒物は大抵、味もまずいもんだ。」

「いやいや、例外もあるぞ。」

「本当かあ?信じられねえなあ。」


 そんなことを話しながら、2人は図鑑を読む。クロは時々ページをめくりながら、ムラサキの背や頭を撫でる。この間、ムラサキを撫でまわしてから、ムラサキもこうされることを拒否しなくなってきた。


 ・・・いい傾向だな。モフモフ。


ーーーーーーーーーーーー


「ただいま戻りました。」

「キャン!」


 日が沈みかけた頃、マシロとアカネが帰宅する。


「おう、おかえり。」

「おかえり。」


 ムラサキはマシロが戻って来たのを察知した時点で、クロの膝から降りている。


「なんだ、随分元気そうだな。」

「キャンキャン!」


 いつもはマシロのスパルタ教育で、バテバテで帰って来るアカネが、今日は元気だ。


「今日、アカネが初めて自力で狩りを成功させたのですよ。」

「マジか。一人でやらせるのは、昨日から始めたばっかりだよな?」

「ええ。驚きました。わずか2日で自ら工夫して狩りを成功させたのです。」


 そうしてマシロはお茶を淹れながら、アカネが毒カエルを狩った様子を語る。


「それで、狩ったカエルは可食部が少なかったので、その場でアカネが平らげました。毒がある部分は、食べられる連中が食べるでしょう。」

「なんだ、足の一本でも持ってくれば、オレが調理したのに。」


 ムラサキが残念そうに言う。対してクロはアカネを目いっぱい褒める。


「そうかそうか。凄いなアカネは。もう闇魔法も炎魔法も使いこなせるのか。」

「キャン!」


 モフモフと撫でられて、アカネは気持ちよさそうにしつつ、自慢げに吠える。

 それを見たマシロが、あえて苦言を呈する。


「しかしここで調子に乗ってはいけませんよ。危ない場面もあったのですから。」

「クウン。」


 その点は反省してます、とばかりにアカネが悲しげな声を出す。

 それをまたクロが撫でる。


「そうか。反省すべきところは反省しなきゃな。なに、次はもっとうまく狩ればいい。」


 クロの言葉に、アカネが表情を引き締める。明日はもっと上手くやる!と思っているのが見て取れる。


「ともあれ、今日はお疲れ様。お茶でも飲もう。」

「ええ。どうぞ、マスター。」

「お、ありがと。」


 クロはマシロから紅茶を受け取り、ムラサキも獣人形態になって紅茶を飲む。アカネは床に置かれた皿から水を飲む。いつも通りの団欒で、その日の夜は更けていった。


次まで約1週間ほど間が空きます。1つ外伝を挟んで、次回からまた戦場へ。

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