078 クロの固有魔法
スミレが来た日の夜。クロは自室で本を読んでいた。ムラサキも今は自室にいるはずで、マシロはアカネと共に風呂に入っている。普段マシロからは厳しく躾けられている分、珍しく優しくしてくれるマシロにアカネも嬉しそうだった。
この世界には既に紙も印刷技術も普及している。昔は筆記魔法とかもあったようだが、異世界人が印刷技術を伝えると、次第に廃れていった。その結果、今は王都の巨大な図書館がいっぱいになるほどの本が存在し、その形も前世でよく見るハードカバーの本とほぼ同じだ。ただ、紙質は違う。この世界で普及している紙は和紙に近い。おそらくこの世界の木で和紙と同じように作った結果、こうなったのだろう。クロの記憶にある和紙より丈夫そうだ。
・・・紙と印刷を伝えた先人には感謝しないとな。こうして異世界に来ても本が読めるんだから。
クロは生き残る確率を高めるために、図鑑等を読んで知識を増やすことが多いが、息抜きに物語なども読む。今読んでいるのはフィクションの出世物語だ。とある平民が貴族に理不尽な仕打ちを受け、復讐のために生きていく。しかしその途中で復讐の無意味さに気がつき、仲間と共に商人として働いて、最後には貴族に並ぶ発言権を持つ豪商に成り上がるという話だ。
今読んでいるところは、主人公が成り上がった後、かつて復讐しようとしていた貴族に偶然出会うところだった。
・・・先が気になるところだが、そろそろマシロ達も上がって来るだろう。そしたら就寝だ。切りの良いところでやめとくかな。
そんなことを思っていた時、ページをめくっていた手が止まる。
クロが手を止めたのではない。手が動かなくなっていた。体も、顔の向きも変えられない。この感覚は久しぶりだった。
・・・おい、続きが読めないんだが。
「心配せんでも、時間ならほぼ止まっているぞ。読書の時間は減っておらん。」
いつからいたのか、クロの自室の中央に黒いサルがいた。そのサルはゆっくりと歩いて、机に向かうクロの視界に入って来る。そして遠慮もなくクロの机の上に乗った。
・・・おいこら。汚いだろ。
「足ならちゃんと洗って来たぞ?」
サルが前足も後ろ足も開いて見せ、汚れていないことをアピールする。
・・・そういう問題じゃねえ。机には乗らないもんだ。
「それは、ヒトのルールではないか?お前の嫌いな。」
サルはくつくつと笑う。腹立たしいが、図星だ。クロはヒトのルールに縛られるのが嫌いなくせに、礼儀には妙にうるさかったりする。
・・・自己矛盾は自覚してる。何の用だ?闇の神。
黒いサルの姿で現れた闇の神は、机の上で胡坐をかいて座る。
「そう邪険にするな。そんなにその本の続きが気になるか?ヒトへの復讐心で生きるお前に、その物語はどう感じられた?」
・・・べつに。これはフィクションだしな。明るい話にしておいた方がいいだろ。復讐は何も生まない。いい教訓じゃないか。
「くっくっく。そうだな。」
・・・で、マジで何の用だ。
「なに、お前の固有魔法の話をしておこうと思ってな。」
・・・復讐魔法だろ?それがどうかしたか。
クロは固有魔法を他の神には内緒で闇の神から渡されていた。
クロは魔族に転生するペナルティとして八神の同意で魔法禁止の呪いがかけられているのだから、固有魔法も禁止されるはずだった。しかし、闇の神が今と同じように思考加速を用いた疑似時間停止を使って、他の神に悟られないように固有魔法を授けていた。
ところがその時、闇の神は「復讐魔法だ」とだけ言って、具体的な効果も教えずにクロを放り出していた。クロは手探りで使い方から探らねばならず、とりあえずクロの怒りに反応して魔法制御力が向上することだけわかった。
・・・ようやくまともな説明をしてくれるのか?
「まあ、そんなところだ。しかし、面白いことになったなあ。」
にやにや笑うサルを見て、サルを睨みつけたくなるが、顔が動かない。しかし不快感は伝わったようで、サルはさらににやける。
・・・なにがそんなに面白いんだ?
「いや、お前をからかうのは面白いな。」
・・・帰れ。
「まあ、そう言うな。復讐魔法の説明だったな。お前にはあえて使用方法や効果を教えずに授けてみたんだが・・・」
・・・あえて?面倒だからほっぽり出したんじゃないのか。
「こら、話の腰を折るな。面倒だからなわけがなかろう。」
・・・お前が勝手に俺の思考を読んでるだけだろ。スルーしろよ。
「まったく。・・・で、お前は本来とは違う使用方法を編み出してくれたわけだ。だから面白いと言ったのだ。」
・・・は?これ、本来の方法と違うのか?
「そうだ。言うなれば復讐魔法の部分発動と言ったところか。術式が存在しない原始魔法だからこそ起こり得るものと言えよう。」
術式が書かれた通常の魔法は、術者が威力を抑えたり、対象を決められるようにある程度自由度は持たせているが、基本的には術式に書いてある通りの現象しか起こせない。
術式とは魔力に特定の動きをさせるプログラムであるから、それと異なる動きをすることはまずない。異なることがあるとすれば、術式の書き間違いか、別の要因による干渉だ。
だが、クロはそういったミスや干渉もなく、復讐魔法を本来と違う方法で使用している。術式がないと制御が難しいが、その分、自由度が高いとも言える。
・・・やっぱ原始魔法か、これ。魔族の集落にあった古い文献で読んだ時からそう思ってたんだ。術式を使わない大昔の魔法って書いてあったし。
「ほう、魔族はそんな古い文献も後生大事にとっているのか。いい心がけだ。最近は神ですら原始魔法のことを忘れている奴がいて困る。」
・・・魔法の管理者のくせに、そんな奴いるのか。
「ああ。まったくもって嘆かわしい。いち研究者として恥ずべきことだ。己の携わっている研究テーマの起こりも忘れるようでは・・・」
・・・愚痴を言いに来たのか、このサル。
「おっと。立場上、愚痴を言う相手にも困るものでな。つい言ってしまうのだよ。話を戻そう。」
・・・ああ、そうしてくれ。早く続きが読みたい。
クロは自分の固有魔法も気になるが、本の続きも同じくらい気になっていた。
闇の神はそれもツッコミを入れようかと思ったが、切りがないのでスルーする。
「復讐魔法は一応名前があり、『ヴェンジェンス』と言う。詠唱が不要だから、形式だけだがな。まあ、過去には発動時に詠唱していた者もいたが、精神的なスイッチという奴だ。」
・・・なるほどね。
原始魔法は術式がない故に、意図的に発動するのは難しい。自身の精神状態を発動条件を満たす状態に持っていかなければならない。そのためには強力な自己暗示が必要だ。詠唱もその方法の一つとしてありだろう。
・・・で、本来の使用方法は?
「己が身を捨ててでも殺したい相手ができたとき、その怒りに反応して発動する。効果は魔法制御力の爆発的向上だ。副作用として身体能力の向上もある。」
・・・俺のはそれを数割減で使用してるわけか。
「そうだな。その効果は絶大で、戦闘訓練も受けていない一般人が魔獣を殺せるくらいにはなる。魔法を使える奴なら、魔法の威力が爆発的に上がる。例えば過去には町一つ吹き飛ばした奴がいたな。今はもう魔法にリミッターがあるから無理だが。」
・・・凄い威力だな。俺は魔族だからリミッターがないから、再現可能か。
「その原子魔法でできるならな。・・・そして、使うと術者は必ず反動で死ぬ。」
・・・おい。
「仕方なかろう?己の身の丈を遥かに超える魔力を行使するのだ。体が耐えられるわけがない。少なくともヒトの身ではな。皆、使った瞬間、仇を道連れに無残な死を遂げたよ。」
・・・じゃあ、俺が生きてるのは、部分発動だからか?
「それも要因の一つだな。お前の復讐魔法は発動割合が怒りに応じて変わるようだ。もう別物だな。『ヴェンデッタ』とでも呼ぼうか。」
・・・好きに呼べばいい。詠唱が不要なら名前なんて関係ない。
「もちろん、お前の『ヴェンデッタ』でも100%発動すれば『ヴェンジェンス』と同じ効果を発揮できるだろう。」
・・・死ぬとわかっててやるかよ。
「いやいや、ワシの見立てではお前なら100%の発動でも生き延びる可能性があると思っている。木適性が高い魔族。これ以上ない再生能力だ。反動による体の崩壊と、魔族の再生能力が釣り合えば、あるいは、とな。」
・・・まさかそれが狙いで、その実験がしたくて俺に復讐魔法を?
「そうだ。期待しているぞ。いつか100%の発動を見せてくれると。今までの術者は皆、発動した瞬間、死んでしまったからな。復讐魔法の性能を活かしきれていないのだ。開発者としては使いこなす様を見てみたい。ぜひとも使いこなしてくれ。」
・・・誰がお前の実験なんかに付き合うか。と言いたいところだが、必要なら使うかもな。
「ああ。お前は使う。たとえ死ぬとしてもな。お前はそういう奴だ。いつかきっとその時が来る。」
・・・知った風に言うんじゃねえよ。
「知っているとも。なにせワシは心が読めるからな。」
そう言うと黒いサルは立ち上がり、音もなく机から飛び降りる。
クロは気になることを思い出し、闇の神を引き留めようと、頭の中で呼びかける。
・・・おい、待て。原始魔法を開発って、いったいどうやって・・・
しかし返事はなく、気づけば時間は動き出していた。
闇の神が去った部屋を眺め、しばし呆然とするクロ。そこへノックの音がする。
「マスター。就寝の時間です。」
クロはハッと我に返る。
・・・畜生。結局、本の続きが読めなかった。あのサル、読書の時間を邪魔しやがって。
「マスター?」
ドア越しでもクロのイラつきを読み取ったマシロが心配そうに声をかける。
「ああ、何でもない。本を読んでただけだ。詳しくは寝室で話すから先に行っててくれ。」
「わかりました。」
マシロの足音が遠ざかるのを聞きながら、クロは栞に手を伸ばす。
・・・しょうがない。続きは気になるが、明日にしよう。
本に栞を挟んで閉じると、クロは寝室へ向かった。
クロは犬形態のマシロの腹を枕にしながら、傍らに丸くなっているアカネを撫でる。アカネは気持ちよさそうに眠っている。ムラサキは丸くなっているが、まだ起きているようだ。
「それで、何があったのです?」
「久しぶりに闇の神が来てな。説明したっけか。あいつは精神魔法で疑似的に時間を止めて来るから、マシロには認識できなかっただろ?」
「・・・確かに侵入者の気配はありませんでした。流石は神ですね。」
「ああ。だから今のところはあいつの指示に逆らえないんだよなあ。」
闇の神はいつも黒いサルの姿で現れるが、闇の神が精神魔法専門であり、思考加速による疑似時間停止の中で動いていることから、あのサルはクロに幻像でも見せているのだろう。実体はないと思われる。流石のマシロもそんなものまでは捉えられない。足を洗ってから来たとか言っていたが、そもそも汚れるかどうかすら怪しいものだ。
「今回はどのような指示を?」
「いや、今日は指示じゃなかった。俺の固有魔法の説明だったな。」
固有魔法と聞いてムラサキがわずかに反応する。寝たふりをしているつもりらしいが、バレバレだ。
「説明がされていなかったのですか?」
「ああ。効果や使い方は自分で調べた。苦労したよ。で、説明しなかったのは、俺を使って実験するためだったようだな。」
「実験?」
「神にとっては、異世界人は新開発の魔法を使わせるモルモット、実験動物みたいなもんだ。俺が手探りで見つけた使い方が新しい方法だったから、狙い通りで満足してたよ。まったく腹が立つ。」
「実験動物、ですか・・・この世界に住む人々にとっては、異世界人は新規技術をもたらしたり、高い能力を持っていたりして、尊重されるべき存在と認識されていますが・・・神にとってはそんな認識なのですね。」
マシロは怒る様子もなく淡々と感想を述べる。モルモットという扱いがどのようなものか、実感がないのだろう。
とはいえ、クロは自分が神のモルモットであることに大して不満はない。現状、それなりに幸福に生活できているのだから。クロが腹が立っているのは、単に闇の神への反抗心によるものだ。
「まあ、実験動物って話をしてたのは闇の神だけだから、他の神がどう考えてるかなんて知らないがな。」
「そうですね。神の意志を我々が想像したところで詮無いことでしょう。」
「そういうこと。何が来てもいい準備だけしておいて、後は来てから対処すればいい。理由なんて後から調べればいいんだ。」
そう言ってクロは目を閉じる。先への不安は尽きないが、それに囚われていても仕方がない。今はその不安に対処するだけの力がある。共に立ち向かう仲間もいる。不安は置いておいて、今は眠ることにした。
マシロもクロが眠るのを察して目を閉じる。
しかしムラサキがぼそっと漏らす。
「結局、お前の固有魔法ってなんだよ・・・」
耳聡くそれを拾ったクロが目を閉じたまま返答する。
「まだ秘密だ。」
「まじかよ。」
「でも、まあ、そのうち話すよ。」
「絶対だぞ。」
そう言ってムラサキもクロも今度こそ眠る。クロはアカネの背に手を添えながら、眠る態勢に入る。アカネのふかふかの体毛は温かみがあり、その背に触れていると、アカネの呼吸も感じ取れる。それがクロの不安を解きほぐしてくれる。
若干落ち着いたクロは、微睡の中で、自分がどうなったら復讐魔法を100%発動させるだろうか、想像してみた。
しかし、その結論が出る前にクロは眠りにつき、結局、具体的な想像は浮かばなかった。




