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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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077 スミレ先生の歴史授業その2

「ふーむぅ。確かに図鑑通り。普通のフレイムフォックスですねぇ。」

「キャウ?」


 クロの家の前で、スミレがアカネを撫でまわしながらそう結論を出した。

 クロが来るなと言っても、結局めげずにやって来たスミレは、アカネが本当にただのフレイムフォックスなのかをまず確認していた。神獣の子供として何か特殊な部分があるのではないかと期待して調べたようだが、当てが外れたらしい。


「まあ、普通の個体より魔力量が多いのは、魔力濃度が濃い場所で育ったことと、教育のせいですかねぇ。」

「後者の影響が大きいと思うな。」


 スミレの考察に、クロが意見を述べる。クロ達はちょうど昼のティータイムの最中だ。クロ達が製錬作業で忙しい午前を避け、そのうえでアカネがマシロと出かける前の絶妙のタイミングで訪問して来たあたり、スミレはクロ達の一日のスケジュールを把握しているのかもしれない。どうやって知っているのか、それともただの偶然か、それはわからないが、警戒するに越したことはないとクロは思う。


 ・・・最悪、監視がついてる可能性も考慮すべきか。


 並の監視ならマシロがすぐに発見できるが、クロの知らない技術でマシロの索敵を逃れる術があるかもしれない。なかったとしても、遠方から双眼鏡で覗くくらいはできるだろう。

 クロの心配性は置いておいて、アカネの成長については、クロの言う通りマシロに鍛えられていることが大きく影響している。

 魔獣はたとえ木適性がなくても、ある程度魔力による身体強化が自然と施される。より厳しい環境でマシロのスパルタ教育に適応するため、アカネは物理的な筋力はもちろん、身体強化のための魔力も成長していた。

 とはいえ今はまだ子供。その成果はまだ顕著には現れない。しかし着実に強くなっていた。


 一通りアカネを調べ終わったスミレは、勝手に土魔法で椅子を作り、ティータイムの席に加わる。


「さて、次に製錬業についてですがぁ。」

「勝手に入るなよ。」


 ムラサキがあからさまに嫌そうな顔をして距離を取る。しかしスミレはそんなことは気にせずに続ける。


「結構、本格的な作りですよねぇ。クロさんの前世でのお仕事ですかぁ?」

「そういう仕事をしてたこともある。」

「なるほどぉ。でも、前は前世の記憶があんまり残ってないって言ってませんでしたっけぇ?」


 確かにまだ王城の一室に住んでいた頃、スミレの取材を受け、クロは自分の前世の記憶が断片的にしか残っていないこともチラリと話した。しつこく聞いてくるスミレを追い返す口実だったが、嘘ではない。


「嘘は言ってない。最近思い出したんだよ。」


 クロは転生直後はほとんど記憶がなかった。ただ訳もなく人間が憎くて、力が欲しかった。それが魔法の研究を始め、ムラサキと接することで、徐々に思い出していった。しかし、その記憶は断片的で、時系列もあやふやだった。自身に関する情報はほとんど思い出せず、携わったことがあるらしい工業や科学の専門知識と、ぼんやりした体験記憶だけが思い出せた。

 そして製錬業の知識については、引っ越し時に初めて森に馬車で移動した時、遠目に埋立場を見たときに思い出した。

 それを説明すると、スミレは納得したように頷きながら答える。


「あ~、確かに転生直後はなんかぼんやりしがちですねぇ。私もそうでしたぁ。でも記憶を失うって程じゃありませんでしたけどぉ。人によってはなるのかなぁ?」

「まあ、個人差はあるだろうな。」

「ともかく、失った記憶も、何かの拍子に思い出す可能性があるわけですねぇ。これは定期的に取材に来なければ!」

「来なくていいって。」


 クロが追い払うように手を振るが、やはりスミレには堪えない。


「まあまあ、そうおっしゃらず~。対価は支払いますからぁ。情報には情報でぇ。今日はアカネさんを見せていただいたお礼に、この世界の歴史の話をして差し上げましょう~。」

「へえ。」

「興味ねー。」

「これは、今日は午後は動けそうにありませんね。」

「クウ?」


 クロは情報が得られるなら取材もやぶさかではないと、聞く態勢に入る。ムラサキは興味がないようで、紅茶を一気に飲み干し、猫形態に『変化』。来ていた服を『エアテイル』で回収し、それに包まって寝る態勢だ。マシロは今日もアカネの教育に出かける予定だったが、仮にも客であるスミレがいる間はその対応をしなければならないため、今日は休みにするようだ。

 状況がわからず首を傾げているアカネに説明してやると、喜んでクロにすり寄って来た。それをクロは抱え上げて膝にのせてやる。アカネの中では、休み=クロに毛づくろいしてもらう、という図式が出来上がっているようだ。

 クロにしても冷えてきたこの時期には、アカネを膝に乗せると膝掛けのようで温かく気持ちいい。クロもアカネも大満足の態勢だ。

 一方、マシロはちょっと寂しそうに2人を見つめる。


 ・・・来客に反応して立ってしまったのが仇となったのでしょうか。私もたまにはアカネに優しくしてあげたいのですが・・・


 スミレは客として接するべきか悩ましい相手だ。情報をやり取りする取引相手としては確かに客なのだが、クロはあまり歓迎していない様子だ。故に、来客時にはメイドとして振舞うマシロも、今日はそうせずに座っていてもよかったのだが、なんとなく反射的に立ってしまった。そのまま、客を見てから座るのも失礼かと思ってメイド役を続けたため、座るに座れなくなっていた。



 そんな4人の様子を眺めてから、スミレが語り始める。


「この世界に人間が生まれた起源については諸説ありますが、私が調査した結果から一番有力と考えた説をご説明しましょう~。」

「ほお。」

「まず、人間が猿から進化した生物という点は前世と同じようですぅ。証明はできませんが、類似点は多いですからねぇ。」

「そうだな。」


 当然、この世界では遺伝子検査などできないため、科学的に証明することはまだできない。魔法で確認する術があったとしても、魔法は使用者を選ぶものだ。世界中全員を納得させられるような証拠とは言い難い。その魔法を使える者にしかその情報が正しいか検証できないのだから。


「まあ、人間は神によって異世界から送られてきた神の使いだ、何て言う人もいますが、これは置いといてぇ。猿から人間にどのように進化したか、が諸説あるんですぅ。その中で私が有力視しているのは、魔力濃度が濃い土地に棲みついた猿が進化を促された、という説ですぅ。」

「あー、確かにありそうだな。」


 魔力とは生物の意志に反応し、その願いを叶えるように働く。それは魔法だけでなく、生物の進化も促す。そうして進化した獣が魔獣だ。


「実際、そういう土地に棲みついた獣が魔獣化した例は多く確認されていますからぁ。最有力説ですねぇ。」


 しかしそこでクロは疑問が生じる。とりあえず疑うのがクロの性質だ。


「でも、それだけで猿が人間に進化するほど大きな変異を及ぼすなら、この世界はもっと魔獣だらけになっていたり、ヒトに匹敵する社会を持った種が多くいるはずじゃないか?」


 魔力濃度が濃い土地は、結構そこかしこに存在する。このクロが住む家もそうだし、キュウビがいた火山もそうだ。

 しかしスミレは動じることなく答えを出す。


「ちっちっち。クロさん、忘れていませんかぁ?魔力濃度が濃い土地は普通、獣に忌避されるんですぅ。棲みつくこと自体が珍しいのですぅ。その理由は、そういった土地は天変地異が起きやすいからですぅ。地震、噴火、土砂崩れ、洪水、津波、等々。仮に棲みついたとしても、進化するには何年もかかりますぅ。その間にそういう天変地異が起きれば、進化する前にその地を離れるか全滅しますぅ。棲みつくのもレア、さらに進化完了まで天変地異が起きないことも激レア。これが重なる超幸運な者だけが進化できるんですぅ。」

「ふむ、なるほど。」

「で、その進化はいつ起きたのか?それは未だわかっていません~。考古学があまり発達していませんしぃ。ただ、紀元前5000年よりずっと前、だと思われますぅ。」


 この世界の暦は、異世界人が歴史を記録し始めてから始まったそうだ。その年を紀元0年とし、今年は1003年になる。


「ってことは、少なくとも6000年以上前か。根拠は?」

「森人って前に説明しましたよねぇ?」

「ああ、東大陸の森の奥に住むエルフみたいなのだろ?」

「はいぃ。その森人の言い伝えによると、森人は平地に住む人間族、森人は野人と呼んでましたが、それから分離して以来、5000年、森と共に生きて来た、と言われているんですぅ。」

「なるほど。」

「ただし、口伝なのでぇ、どこまで信憑性があるやら、わかりません~。」


 この世界では異世界から技術が伝えられることで、かなり早く発展しているが、それも異世界人がこの世界にやってくるようになってからだ。それより前、すなわち紀元前の時代のことは公式な記録などない。それどころか紙のような手軽な記録媒体もなかっただろう。もしかしたら壁画とかあるかもしれないが、それも解釈次第だし、何年前とかの情報は結局これも科学的な分析ができなければ難しい。


「さて、人間族はそうして猿から進化し、数を増やし、発展して一大勢力を築いて行ったわけですぅ。では獣人族や竜人族は、どのようにして生まれたのでしょう~?」

「その種は前世にいなかったからな。」

「そう!それがヒントですぅ。すなわち、前世になかったモノが関与していると推測できますぅ。つまりぃ?」

「また魔力か。」

「その通り~。こちらは獣や爬虫類が、人間族の祖先の猿と同じように、魔力濃度が濃い土地に棲みついて進化したと思われますぅ。」


 どうやら獣人も人間と同じ進化ルート、というのがスミレの持論のようだ。

 しかしここにもクロは疑問を挟む。


「獣人が獣から進化した?それにしちゃ人間に似すぎじゃないか?」


 獣人の生態は、身体能力が人間より優れている以外には、ほぼ人間と同じだ。やや野生的な性格ではあるが。

 それを見る限りは、人間からさらに進化したとか、何かの魔法で人間と獣が混ざったとかの方がありそうだ。


「それも説明できますよぉ。基本に戻って考えましょう~。魔力とは生物の意志に反応して願いを叶えるように働くんですよぉ?つまり、進化する先は、獣が願う通りになりますぅ。空を飛びたいと思えば翼が生え、水中を泳ぎたいと願えば水かきがつき、鰓だってつきますぅ。」

「まあ、確かにそういう魔獣はいるが・・・」

「だからぁ、獣人族の祖先は、人間になりたかったんですよぉ。きっと勢力を広げた人間に住処を追いやられた獣たちでしょう。人間を羨み、妬み、その思いを抱きつつ、魔力濃度が濃い土地に追いやられた。そして自分達も人間と同じように進化した。そんなところでしょう~。」

「ふーむ。まあ、一理あるか。」

「それを裏付けるように、獣人族に鳥類はいないでしょう~?」

「そういえばそうだな。」


 王都や戦場で様々な獣人族を見たが、いずれも哺乳類の獣人ばかりだった。


「鳥類は人間と生息域が被っても生きて行けますしぃ。仮に追いやられた場合でも、魔力濃度が濃い土地にわざわざ行かなくても、新天地を遠くまで探しに行きやすいですしねぇ。あと、両生類や魚類がいないのは、生息域が被らなかったせいか、種が違い過ぎて人間型には進化できなかった、というところだと思いますぅ。」

「で、爬虫類が竜人族に、と。」

「はいぃ。しかも竜人族は、今いる大陸北西の島が自分たちの起源だと言っているんですよぉ。直接行ったことはないですが、あの島もとびきり魔力濃度が濃く、噴火が良く起きるそうですぅ。」

「よくそんなところに住んでるな。」

「私も住みづらいと思うんですけどねぇ。先祖伝来の土地は離れ難いものなのか、はたまた隠されたメリットがあるのか?どんな生活をしているのか?いやあ、興味が尽きません~。ぜひ一度行ってみたいですぅ!」


 急に興奮気味に語りだすスミレ。どうも知らないことは調べないと気が済まないようだ。


「行けばいいんじゃないか?その島に。」

「いやいや、クロさん~。竜人族は鎖国状態で、どこからも渡航者を認めていないんですよぉ。隠れてこっそり行くにも、竜人は強いですからぁ。生きて返れる自信がありません~。」


 そこでスミレが興奮を冷ますように、紅茶を飲む。マシロはスミレに紅茶を出していないのだが、どこから出て来たのか?

 よく見たら、スミレが使っているのはムラサキのティーカップで、いつの間にかティーポットから勝手に注いでいた。


 ・・・こいつ、やっぱ図々しいというか、太々しいというか。油断ならないな。


 そんなクロの警戒心に気付いていないのか、気づいていながら無視しているのか、落ち着いた様子でスミレが話を続ける。


「とまあ、3種族の起源はそんな感じで。あとは自然に縄張り争いで争うようになり、何千年も争い続けて今に至る、という感じですぅ。」

「雑な締め方だが、まあ、異種族との確執なんてそんなもんか。」


 100年前の勇者のように、異世界人や奇特な者が和解させようとしたり、和解させたりしたことはきっと過去にもあったのだろう。しかし世代が変わればまた再燃してきたに違いない。先のスミレの仮説が正しいなら、獣人族も竜人族も、人間への妬みで進化したのだから。

 そしてクロは、人間とは己と異なるものを徹底的に排除しないと気が済まない生物だと思っている。和解などあり得ない、というのがクロの持論だ。


「今日の情報提供はこんなところでいいですかねぇ?」

「ああ、なかなか面白かった。」


 そこでクロが膝の上で寝息を立てているアカネに目をやり、思いついたように顔を上げる。


「そういえばその起源が正しいなら、人間も獣人も魔獣の一種と言えるよな?」

「あ~、まあ、言えるかもしれませんねぇ。」

「よし、ウチのルールに加えよう。個人を表す文言に「魔獣」を使い、但し書きでこれに人間や獣人を含むことを明記するんだ。」

「では、それで書き直しますか?」

「ああ、頼む。」


 マシロが早速書き直しに家に入っていく。それを驚いた様子でスミレが見送る。


「え、ここ、法律があったんですかぁ?」

「法律ってほど大仰なものじゃない。いずれいろんな魔獣がここに住み着いたときのことを考えて、わかりやすい最低限のルールだけ決めておこうと思ってな。ついでに明文化してるんだ。まだ草案の段階だけど。」

「へ~。で、マシロさんが書くんですか?」

「ああ。マシロの方が字が上手いんだよ。」

「意外ですねぇ。」


 スミレはマシロが最近魔族化したばかりだと知っている。つまり字を書けるようになったのも最近だ。普通に考えれば、クロの方が字が綺麗だと思うだろう。


「いや、マシロは魔族化してから字を覚えたから綺麗なんだ。魔族はボディコントロールが完璧だから、思った通りに体を動かせる。つまり、手本と全く同じに書けるんだ。多少練習すればな。」

「へえ、便利ですねぇ。でもそれならクロさんも同じではぁ?」

「いや、俺は前世での文字の癖が染みついちまってるから。矯正はできなくもないが・・・面倒だし。」


 クロは今さら字を書く練習をしたいとは思わない。それにクロが矯正しなくても、努力家のマシロが既に綺麗に書けるようになっているのだから、それでいいと思っている。


「なるほど~。じゃ、私は帰りますぅ。法律できたら、見せてくださいねぇ。」

「まあ、それくらいなら構わん。」

「ではまた~。」


 クロは手を振って帰って行くスミレに、適当に手を振り返す。


 ・・・危険な奴ではあるが、有益な情報源だし、次来た時は客として対応してやるか。


 そんなことを思いながら、クロは紅茶を飲み、アカネを撫でながら残った午後の時間をまったりと過ごした。


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