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選べるなら、人間以外で  作者: 黒烏
第3章 黄色の鳶
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075 魔法式リサイクル製錬その4

 翌朝、クロ達はいつも通り材料の搬入を終える。ただし今日は搬入した材料をそのまま炉に投入していく。今日の分を終えたら、工事中に溜まった材料も追加で入れていった。大きいものはクロやマシロがへし折り、折り畳み、切り刻んで入れる。炉の半分くらいまで入れたところで投入を終了した。


「今日はこのくらいかな。」

「まだ入るのでは?」


 工事期間中に溜まった材料は結構な量で、まだ倉庫に積み上げられている。


「いや、初回から満杯に入れるのはトラブルの元だ。こんなものだろう。」

「承知しました。」


 材料の投入を終えて緑茶を飲みながら休憩していると、数台の馬車が荒れ地に乗り込んできた。適当なところに止まると、次々と獣人たちが降りて来る。


「よう、クロ。試運転を見に来たぜ。」

「ああ、ようこそホシヤマさん。試運転というか、もう本番だけどな。」


 来たのはホシヤマ率いる工事関係者だ。試運転というには結構たくさん材料を入れたので、試運転とは言いづらい。


「おはようございます、クロ殿。」

「ああ、おはよう。爺さん。」


 次にヴォルフ。王都に近い場所で大型設備が動くとなれば、国の関係者も見ておく必要があるだろう。ヴォルフが来るのは想定内だ。ただ、何人か部下を引き連れて来たのは意外だった。中には見知った顔もいる。


「お久しぶりです。」

「ブラウンか。久しぶり。今回はこれに金を使ったから、領土拡大はもう少し先になりそうだな。」


 ブラウンはクロの領地の線引きをやってくれたヴォルフの部下だ。金が溜まって領地を拡大するときは、また彼に線引きを依頼することになる。しかし今は貯まった金の大半を炉の建設に使ったので、貯金は減っている。


「先行投資ってやつですよねぇ~?これからこれでもっと稼ぐんでしょ~?」

「そうだが、スミレ、お前も来たのか。」


 最後に出てきたのはスミレ。表向きは図書館の司書、裏では国王お抱えの諜報員。異世界人であり、獣人では珍しく眼鏡をかけている。今日も女性らしくない色気のない機能重視の服装をしている。服装自体は地味だが、作業着のホシヤマ達と、スーツ姿のヴォルフ達に囲まれていると目立つ。


「なんか、私だけ歓迎されてないようなんですけどぉ?」

「お前が来るとムラサキが怯えるんだよ。」


 見た目は大人しい文学少女と言った感じなのに、中身はひどい。ムラサキは以前捕まって自白魔法をかけられたことがあり、トラウマになっている。王都を散歩中に追い回されたこともあるそうだ。

 今もムラサキはクロの後ろに隠れている。ティータイム中だったので獣人形態のままだ。ムラサキの真似をしているのか、アカネもクロの後ろに隠れる。


「あっ、その子が例のフレイムフォックスですかぁ?可愛いですねぇ。」


 そう言ってスミレが一歩踏み出した瞬間、クロは納刀したままの「黒嘴」をスミレの前に出して行く手を遮り、マシロがアカネを抱きかかえて離れる。


「触らせんぞ。」

「触らせませんよ。」

「えぇ~。ちょっとく・・・」

「「ダメだ(です)。」」

「そんな~。ブラウンさ~ん、ひどいと思いません~?」

「私に振らないでください・・・」



 見学者も集まってきたところで、いよいよ初運転を開始する。

 排ガス処理設備の各所を点検し、除害塔のシャワーを出す。その様子もホシヤマに解説されながら感心したように見学者たちが見ている。


 ・・・あまり原子魔法を使うところは見られたくないんだけど、追い返すわけにもいかんしな。


 ホシヤマ達には恩があるし、ヴォルフ達にもそうだ。スミレは追い返したいが、意地でも居座るだろう。


「じゃあ、始めるか。」

「はい。」

「おう。」


 炉の窓の前にクロ、マシロ、ムラサキが並ぶ。見学者は少し離れた別の窓から遮光ガラス越しに炉内を覗くことになっている。スミレがちらちらクロ達の方を見ているが、気にしないことにした。

 まずクロが魔力を材料に送り、制御下に置く。そして加熱。


「『ヒート』」


 『ヒート』は本来手元にあるものしか加熱できないが、魔族の魔法はそのリミッターも解除されており、制御下に置いた物が対象なら多少離れていても可能だ。もちろん、物体を完全に制御下に置くには相応の魔力を送らなければならず、今回のような規模の物体に魔力を通すのには時間がかかる。戦闘では基本、使えない。

 融けやすい金属が融け始める前にムラサキに合図を送る。


「窒素送風開始。」

「おうよ。」


 ムラサキが昨日と同じように窒素を送り込む。当然、窓付近も窒素が充満し、息苦しくなる。3人は魔族なので問題ないが、見学者たちには危険だ。アカネにも危険なので、工房の外で待たせている。

 可燃物が炭に変わり始めたらマシロの出番だ。クロの指示を待たずにマシロが炭素を操作して回収していく。同時に融け始めた金属をクロが操作して炉の中央に集めていく。


「おお。」


 見学者の方から感嘆の声が上がる。融けた金属が光を発し、遮光ガラス越しにも見えるようになってきたからだろう。

 数分後、マシロが炭素の回収を終える。ほぼ同時にクロもすべての金属を融かし終えた。


「私は少し見学者の対応をしてきます。次の手順になったらお呼びください。」

「ああ。」


 チラリと見れば、見学者たちは随分と暑そうだ。分厚い炉壁で隔てられていても、高熱を完全には遮られていない。工房内は蒸し風呂のようだ。魔族には平気でも、普通の獣人にはきつい。


 ・・・さっさと作業を終えるべきだな。


 見ればムラサキも長時間の送風で疲れ始めている。クロは作業を急ぐ。

 リチウム回収、ベリリウムなし、ナトリウム回収、マグネシウム回収、アルミ回収、・・・

 酸素と反応すると危険な金属も、ムラサキの窒素送風のおかげで、急激な反応を起こさずに保管位置に運べる。あらかじめ保管位置に用意しておいた鋳型に次々と回収した金属を置いていく。

 ちなみにクロが主要金属以外の金属原子も操作するときは分厚い魔導書が手元に必要だ。術式の起動は遠隔でもできるが、近い方が起動が速い。また、クロの腕前ではまだ同時に起動できる術式の数は多くない。この作業でも主成分である鉄と同時に順番に各金属を操作していくことになる。すべて同時に起動できれば速いのだが、それができないので一つ起動して操作し、終わったらそれを終了して次の元素の術式を起動する、といった手順になる。今日は魔導書を見学者に見られたくないので、コートの内側に隠している。

 10分ほどかかっただろうか。ようやく鉄以外を回収したところで最後の工程だ。


「酸素を少量送風。」

「・・・おう。」

「真白、来てくれ。」

「かしこまりました。」


 サッと見学者のところからマシロが戻って来る。


「酸素送風停止。炭を少量添加。・・・ああ、それぐらいでいい。」


 この辺は適量をやりながら見極めている段階だ。マシロが取り出した炭の量を見て、とりあえず今日はこのくらいでいいだろうと、クロが判断する。

 炭を入れてクロが融けた鉄を攪拌したら、少しずつ取り出して鋳型に入れていく。


「鋳型が不足しそうですね。取って来ます。」

「ああ、頼む。・・・ムラサキ、もう少しだ。」

「お、おう。」


 ムラサキがへばって来たが、回収が終わるまでは我慢してもらわないといけない。

 倉庫から追加で持ってきた鋳型に鉄を流し込んで、完了だ。


「できた。お疲れさん。」

「ぶはー!疲れた!」

「お疲れ様です。」


 ムラサキがぐったりと床に寝転ぶ。クロも魔力をだいぶ消耗した。しかし、クロはまだ休憩していられない。

 見学者たちが拍手しているが、クロは無視して後始末を始める。


「よし、ムラサキはここで休みながら鋳型を見ててくれ。俺は設備を点検して除害塔を止めて来る。真白、煙突の出口付近に行って、有毒ガスが出ていないか確認してくれないか?」

「お~。」

「かしこまりました。」


 クロは見学者を押しのけて工房の奥に向かい、マシロは入り口から出ていく。一足飛びで屋根に飛び乗ったのが、音からわかる。

 クロは除害塔のシャワーを止めた後、素早く排ガス処理設備の各所に溜まった灰などを確認していく。


 ・・・灰はまだ回収するほど溜まってないな。よし。除害塔の水槽の沈殿もまだほとんどない。いい感じだ。


 一回の処理で大量に灰やえんが出て来る場合は、回収作業が手間になるし危険だ。少ないのは喜ばしい。

 クロが炉の前に戻ると、見学者たちが鋳型を囲んでいた。


「まだ熱いから触るなよー。扱いを間違えると爆発する奴もあるし、毒もあるからなー。」


 ムラサキがクロの受け売りを話しながら注意している。幸い、迂闊に触って事故を起こしたりはしていないようだ。

 同時にマシロが工房の入口から入って来る。もう危険はないので、アカネもついて来た。


「どうだった?」

「ゼロとはいきませんが、剥き出しでやっていたころに比べれば大幅に減少しています。生物に害が及ぶほどではないでしょう。」

「まあ、ゼロは無理か。でも一度にできる処理量は今回くらいの量が限度かな。」


 かなり除害できたとはいえ、わずかでも有毒ガスが出るなら、処理量は抑えないといけない。それにこれ以上時間がかかると、ムラサキの体力がもたないだろう。

 魔族は魔力の枯渇が死に直結するため、過剰な魔法の行使は危険だ。

 つまり、3人とも休息が必要ということだ。そして、見学者がいては休めない。


「じゃあ、見学はこれで終了だ。ほら帰った帰った。」

「マスター、ちょっと失礼すぎます・・・皆さま、気をつけてお帰りください。」


 マシロが礼儀正しくお辞儀をすると、見学者はそれぞれに挨拶をして馬車に入っていく。


「無事稼働できてよかったぜ。家を直すときはまた呼んでくれよ!」

「興味深いものを見せていただきました。ありがとうございます。今後とも地金供給をお願いしますね。」

「取材したいところですけどぉ、お疲れみたいですしぃ、日を改めますねぇ。」


 クロもそれぞれに返事をして見送る。


「ああ、ホシヤマさん、またなんかやるときはよろしく。ヴォルフ爺さんも今後とも御贔屓に。スミレ、お前は来なくていい。」

「ひどいぃ~!ブラウンさ~ん。」

「だからなんで私なんですか!」

 

 先に馬車に乗っていたブラウンに泣きつくようにスミレが馬車に走り込んで、全員が馬車に乗った。若干騒がしい声を響かせつつ、馬車は荒れ地を出て走り去っていった。

 見送るクロが溜息をつく。


「やれやれ、騒がしい連中だ。」

「しかし工事の方やヴォルフさんたちには恩義があるのですから、もう少し丁寧に・・・」

「わかってるよ。ちょっと雑になってた。」


 クロにとっても今回の処理量は多かった。作業を急いだこともあって結構疲れている。魔力は自前の回復力ですぐ回復するが、集中力が続かない。


「できれば地金の後処理も済ませちまいたいところだが、先に休憩だな。」


 地金は鋳型に入れて冷めていくうちに、収縮によってヒビが入ったりする。それを魔法で操作しながら再加熱して形を整える作業が必要なのだ。


「そうしてください。見るからに疲れていますよ?」

「そんなに疲れて見えるか?」


 クロが自分の顔に手を当てて言う。クロはできるだけ顔に出さないようにしているつもりだ。


「私にはお見通しです。」

「そういう意味か。」


 嗅覚式魔力感知が得意なマシロには、他者の感情が容易く読み取れる。クロがいくら強がっても、その感情を嗅ぎ取って察することができる。


「じゃあ、お茶入れてくれ。俺はムラサキ回収してくるから。どうせまだ鋳型の前で寝そべってるだろ。」

「かしこまりました。・・・ムラサキには冷たい水でもかければシャキッとするでしょう。」

「相変わらず厳しいね・・・」


 そうしてマシロは家へ、クロは工房へ向かった。



 マシロがお茶の用意をして戻って来ると、クロは椅子に座ってムラサキを膝の上に乗せて弄り回していた。


「ほれほれ。」

「やめれ~。」


 クロがムラサキの顔やら腹やらいろんなところをぐりぐりと撫でまわす。ムラサキは口ではやめろといいながら、気持ちよさそうだ。クロの足元ではアカネが羨ましそうにムラサキを見ている。

 マシロはクロの脇のテーブルに茶器を並べながら話す。


「冷水で十分でしたのに。」

「いやあ、今回一番頑張ったしな、ムラサキは。労ってやるべきだろ。ほれ、ここはどうだ?」

「ああ~。」

「それは労っているのですか?」

「もちろん。マッサージだ。」


 マシロには感情が見えるので、ムラサキがクロのマッサージを気持ちいいと思っているのはわかる。確かに労っているだろう。だが、ムラサキ以上にクロが癒されているのが、マシロには見えた。

 実際、クロはムラサキを労うだけでなく、自分も癒されるためにやっている。


 ・・・真白ほどじゃないが、やっぱムラサキもいい毛並みしてるよな。こういう機会でもないとムラサキは恥ずかしがって逃げるから、ムラサキをモフれるのは貴重な機会だ。存分に堪能しよう。モフモフ。


 ムラサキはクロと2人だけの時ならともかく、マシロの前ではだらしない状態を見せたくないと思っている。そのため最近はなかなかこうする機会がなかった。

 しかし今ムラサキは疲労困憊で満足に動けない。逃げようがなかった。

 いつまでもムラサキを弄り続けるクロに、マシロが声をかける。


「マスター、お茶が出ましたよ。」

「おお、ありがと。」


 クロがすっかり力が抜けたムラサキをマフラーのごとく首にかけると、クロの膝が空いたのを見計らって、アカネが飛び乗って来る。


「おっと。アカネ、お前もやってほしいのか?」

「キャン!」

「よしよし。」


 ムラサキを首にかけたまま、膝の上のアカネを左手で撫でつつ、右手でマシロが淹れてくれた紅茶を飲む。


 ・・・うーん、極楽、極楽。


 思わずにやけるクロの向かいにマシロは礼儀正しく座り、自身も紅茶を飲む。


 ・・・まあ、マスターの精神が癒されているなら、別にいいのですが・・・なんか仲間外れのような気がしてきますね。


 他の2人がクロにぴったりくっついていて自分だけ離れているのを、マシロは少しだけ寂しく感じるのだった。


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